Chapter 15
「この地区は、こことここか・・・・・」
僕は、監視カメラの場所を地図に記録していく。
あ、あそこにも見つけた。記録、記録・・・・・・。
それにしても、たくさんのカメラがあるものだ。これといった個性もなく、どこか無機質で、それでいて、日常の中にうまく溶け込んでいる。そこにカメラがあることに、気付かないくらいだ。でも、あちらこちらにカメラがあって、ありとあらゆるところから監視されているのかと思ったら、見る目が変わるだろうな。
「――よし、この地区は大体終わりだな。次は・・・・・・照井のところだ」
記録をし終わった僕は、照井の家まで歩く。
今僕は、現場周辺のカメラの位置を調べている。
目的は、犯人の逃げ道をあぶりだすためだ。犯人はいくつかのカメラに写っているが、もし犯人に土地勘があったら――まあ、いちいち監視カメラの場所を調べているかは分からないが――監視カメラの死角を見つけて、うまく通り抜けているはずだ。だから僕は、監視カメラの映像を頼りに、監視カメラの場所を全部探して、死角をあぶりだそうという事だ。
だが、監視カメラの数は思ったより多かった。これじゃあ、犯人の姿は丸見えだな。でも、念のために調べている。
照井の家の近くの監視カメラを調べていると、通行人に声をかけられた。
「あんた、そんなところで何してるんだい?」
「ああ、監視カメラの場所を調べてるんです」
「そんなもの調べてどうするんだい?」
「高校生殺害事件の犯人の特定に使いたいと思います」
そういったとき、その人の顔が歪んだ。
「何をやっとるのじゃ! 大人の真似事などするもんじゃない! ・・・・・・特にお前はな」
・・・・・・やはりそう言われるかと思った。
神保たちの仇を討つためとはいえ、僕はまだ学生だ。警察の真似事なんかやっていたら、怒られても仕方ないだろう。
その人は、こんな寒い日にもかかわらず、薄い長袖を着ていた。とても元気な方なんだな、と思う。他には、柴犬を連れていて、リードを右手首にぐるぐる巻きにしてあった。あれじゃ、犬が急に走り出したときに危ない。
……なんてことを考えてしまうのは、なぜだろう。
あれ? 右手首が少し膨らんでいる。
詳しく聞こうとしたが、
ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ
携帯のバイブが鳴った。通行人の携帯のようだ。
「ん? 何だ?」
通行人は、左手に持った携帯を右手で操作した。
「――はい、照井です」
照井!?
も、もしかして、あの照井の?
「・・・・・・あの、つかぬ事をお聞きしますが」
「何だい、今度は?」
「もしかして、照井翔宇のご家族の人ですか?」
「ああ、祖父だが」
やはりそうだったか!
詳しく話を聴こうとしたが、
「とにかく、遊び半分でやるんじゃないぞ! 分かったな!」
と言われてしまった。
「わ、分かりました・・・・・・」
仕方なく、僕は調査を続けた。
「ふう、ここも終わった・・・・・・」
照井の家の周辺の調査が終わり、室の家の周辺の調査も終わった。残りは常松の家の周辺だけだ。
気がつけば、日が随分と翳っていた。空はきれいな赤と紫のグラデーションに染まり、その空を縫うように、黒いカラスの群れが飛んでいく。
時計はもう五時を回っていた。今日のところは、このくらいにしよう。
僕は家へ帰った。
翌日。
「おっと、ここにも一つ・・・・・・」
僕は、監視カメラの位置確認を再開していた。
昨日は、神保、富永、法倉、照井、室の家の周辺の確認を終えた。今日は常松の家の周辺の確認だけだ。
僕が監視カメラを探しに行こうとすると、通行人に声をかけられた。
「あなた、もしかして、事件の犯人探しをしてるって子?」
その人は、買い物袋を提げた主婦さんのようだった。年齢は、四十代後半ってところだろうか。
「え? ええ、そうですけど、それが何か?」
「止めときなよ。子供が大人の背伸びなんてするもんじゃないし、何より下手に動き回ると、照井さんに止められるよ」
主婦さんが心配そうに言った。
どうやら昨日のことで、照井の祖父さんが近所中に噂をばらまいたらしい。
だが、これぐらいのことでは屈しない。
「確かに、この年で大人の真似事をするのは、おこがましいことかも知れません。でも僕は、この事件で死んだ友達の仇を討ちたいんです。友達の仇を討つのに、大人の真似事も何もないと思うんです」
もちろん、どれだけ熱弁しても、言っていることはただの詭弁だと言う事は分かっている。でも、これが僕の、最大限の反抗だった。
「ううん、まあねえ……あなたの気持ちも分からなくはないけど」
主婦さんは少し考え込むと、
「分かった。私で良いなら協力するわ」
と言ってくれた。
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
「ふふふ、まあね。その代わり」
そう言って、主婦さんはいきなり真顔になった。
「敵討ちならしっかりやり遂げなさい。でないと、死んだ友達が怒るわよ」
「分かりました」
僕も真剣な眼差しで返事をする。
「じゃあ、立ち話もなんだから、ひとまず、私の家に来なさい。照井さんに見つかったら大変でしょ?」
「はい、そうさせてもらいます」
僕は、主婦さんの家に案内してもらった。
主婦さんにお茶を淹れてもらいながら、僕は訊く。
「今回の殺人事件について、何か知っていることはありますか?」
「そうねぇ、あまり役に立てるようなものはないけど・・・・・・」
主婦さんは、僕の前にお茶を置いて言った。
「実は、一人怪しいと思っている人がいるの」
「それって、誰ですか?」
「こんなの人には言いにくいんだけどね」
主婦さんは一呼吸置いて言った。
「私、照井さんが怪しいと思ってるの」
主婦さんは神妙な面持ちで話し始めた。
照井さんとは、今回の事件で死んだ照井の祖父さんらしい。
「あの人、近所におすそ分けしたり、地域おこしに参加したりしてて、近所の間では評判が良いんだけど……何て言うか、少し癪が強いところがあるのよ。何か気に食わない事があるとすぐに怒ったり、ひどいときは手を出したりしてね。それでまあ、一部の人には敬遠されている訳なんだけど」
なるほど・・・・・・。
「それに、翔宇君のことを目の敵にしてるみたいなのよ」
「翔宇のことを? 何か揉め事でもあったんですか?」
「まあね。あの人、翔宇君が陸上部へ行くのにずっと反対していたの。あいつに陸上部に入れるほどの資質はないって、ずっと言ってたわ。でも、翔宇君が陸上部に入っちゃったものだから、照井さんかんかんで」
そこは、なんとなく納得できる。
何てったって、悪い意味での"陸上の三傑"という異名を持つ照井だ。周囲や家族から反対されてもおかしくはないだろう。
「それで、翔宇君と揉めているうちに、照井さん、危ない独り言が多くなったの」
「危ない独り言、ですか」
「ええ」
話を聞くと、照井さんは少し前から、「あいつに生きる価値などない」「この手で殺したい」という独り言が、少しずつ増えていったという。それで今は、危ない人間だと言って、照井さんを避ける人が多いそうだ。
「時には、凄く興奮しながら、殺してやる、殺してやるって言って、街中を歩いて回ったってこともあったわ。そのときの照井さんの鬼気迫る表情といったら・・・・・・もう、まさに狂気の権化で」
主婦さんは怯えた表情でそう話す。
「それで主婦さんは、あの狂気じみた精神なら、殺人くらいやってのけられると思ったんですね」
「まあ、そういうこと」
「他に何か、変わったところはありましたか?」
「他にぃ? う~ん……ああ、そうそう。あの人、急に犬を飼い始めたのよ」
犬を飼い始めた?
「なんだか、翔宇君がお亡くなりになった直後から、急に柴犬を買い始めて……どうしたのって訊いてみたら、寂しさを紛らわすためだって。でも何か不自然なのよね~」
「なるほど……」
その時、玄関の呼び鈴がけたたましく鳴った。
「おーい、本村さん! 本村さんはいるかな?」
このやかましい声は、恐らく照井さんだ。
「あら、あの人。何でここに来たのかしら……ほら、隠れてて」
「あ、はい」
言われるがままに、家の奥に隠れる。本村さんというらしい主婦さんが、照井さんの応対をしに行った。
暫くして、本村さんが戻って来た。
「どういう用件でしたか?」
「それが……あなたがここに来てないかっていうことだったのよ」
「えっ」
「どうも、事件を調査しているあなたを探しているみたいなのよ。一軒一軒回ってるらしいわ。だからあなた、早く帰ったほうが良いわよ。今はまだ照井さんがいるからダメだけど」
「はあ……」
それから10分後。
「照井さんがいなくなったわよ。ささ、今のうちに帰りなさい」
「分かりました。さようなら」
「気をつけて。――ああ、一つ言っておきたい事があるの」
「何でしょう?」
そう訊く僕の耳元に、本村さんはささやいた。
「照井さん、亡き奥さんからもらった光るブレスレットを、形見としていつも身に着けているのよ。参考にして」
「わかりました。ありがとうございます」
僕は本村さんの家を出て、家に帰った。




