Chapter 12
「はあ……」
僕は大きくため息をつきながら、学校への道を歩く。
昨夜はとても疲れた。あれから僕は、大澤さんとゲームを二つもやったものだから、疲労度が半端ない。よく倒れないでいられたと思う。それにしても大澤さん、何であれだけやっても疲れないのだろう。仕事柄、何か特殊な訓練でも受けているのだろうか。
まあ、とにかく。今後は、あそこへは一人で来ることにしよう。大澤さんのような人と行っていたら、身体が持たない。
僕が今日何回目かのため息をついたときだった。
「よう、桂!」
「うわっ!」
突然誰かから背中を押された。
見ると、そこには神保がいた。
またこいつか・・・・・・。
「神保・・・・・・今度は何の用?」
「ひひひ、実はさ。今日の昼休みに、少し話があるんだよ」
「は、話? 何の話だよ?」
「〝話〟の内容は伏せておこう。とにかく、待ち合わせ場所に来れば分かる。場所は、学校の屋上だ。いいな? へへへへ」
そういって、神保はいきなり走り出した。
「お、おい。神保! ちょっと待て・・・・・・」
僕が止めるのも虚しく、神保はその場から走り去ってしまった。
「・・・・・・〝話〟か・・・・・・」
見えなくなっていく神保の背中を見送りながら、僕は、重々しい口調でつぶやいた。
厄介な事になったものだ。奴らのいう〝話〟とか〝頼み事〟というのは、いつもろくなことが無い。今回は、一体どんな悪夢が待ち受けているのか。
ああ・・・・・・気が重い。
そして、昼休み。
屋上へ向かう僕の足取りは重い。前に進まない足が、まるで「行きたくないよ・・・・・・」と訴えかけているようだ。しかし行かなければ、後でどんな『罰』をくらうか分からない。
ただでさえ僕は、色々なことがあって疲れているというのに、勘弁して欲しい・・・・・・。
僕は大きくため息をつきながら、とぼとぼと屋上へ向かう。
屋上には、神保と富永、法倉がいた。三人ともニヤニヤとした目でこちらを見ている。そんな歪んだ目で僕を見るな。
「・・・・・・な、何だよ、話って。早く教えろよ」
僕はぶっきらぼうに言う。だが、神保たちはニヤニヤしたままだ。
「まさか、ゲーセン行く金が無いから、金よこせっていう話っていうのか? 冗談じゃない。ただでさえ貯金が少ないのに」
「・・・・・・・・」
「……お前らなあ!!」
我慢できなかった僕は、神保に左ストレートを入れようとした。しかし神保はその攻撃をさらりとかわし、逆に僕の首根っこを掴んで、地面に押さえ込んだ。
「ぐっ……」
「そんなにかっかしないでさ、まずは俺達の話を聞いてくれよ。な?」
「・・・・・・分かった。ちゃんと聞くよ」
「よしよし、それでいい。お前はいい奴だ」
神保は首根っこから手を離して立ち上がる。首を押さえて痛がる僕を見下ろしながら、神保は言った。
「お前、大澤光代とデートしてただろ?」
「は、はあっ? デート?」
「とぼけるんじゃねぇよ? ちゃんと証拠もあるんだぜ」
そういいながら神保は、懐から一枚の写真を取り出した。
それは、僕と大澤さんがベンチで話している写真だ。
い、いつの間にそんなものを・・・・・・!?
「ゲームの警備システムは甘いんだよ。ちょっといじくっただけですぐに通り抜け出来やんの。ハッ、笑えたもんだぜ。あまりにもヤワで拍子抜けしちまったよ」
「・・・・・・・・」
「んで、中でお前を探してたら、大澤光代と楽しそうに話してるお前を見つけて、このようにフォト機能で撮影してやったってわけさ」
神保は、写真をはらりと僕のところに落とした。
「どうだ、よく撮れてるだろ? いい記念になったんじゃね? ハハハ」
「・・・・・・なぜ見つけたときに、すぐ倒してこなかった」
「そりゃあ、大澤光代っていう強者がいたからだよ。あの女の強さにゃ、とても歯が立たねぇ。それに、万一ヘマを起こして、警備システムを厳重にしてもらっちゃぁ、困るからな」
そして神保は、耳元でささやく。
「代わりにお前を駆逐する事にしたのさ」
その言葉に、僕はぞっとする。
その後神保は何も無かったかのように「またなぁ~」といって去っていった。
僕は、神保たちが階段を下りる音が消えるまで、その場から動くことができなかった。
その日から、神保たちの悪事は始まった。
初めに遭った被害は、FAXからの嫌がらせメッセージだった。あの後家に帰ると、神保からの新着ファックスが届いていて、そのファックスには一言「悪夢の始まり」とだけ書かれていた。
他にも、郵便受けにごみがたくさん入れられていたり、何通も無言電話がかかってきたり、「ざまあみろ」「くたばれ」などの文字が何十個も書かれているファックスなど、様々な嫌がらせをされた。それらは、犯罪の範疇ではない、些細な悪事ともいえるものなのかもしれない。しかし、この嫌がらせによって、僕の心は、確実に蝕まれていった。
今このときも、神保の一味に監視されているのではないかという被害妄想さえも持つようになった。だから外を見るのも怖く、昼間でもカーテンを閉め切っていた。電話も全て着信拒否にし、セキュリティを厳重にし、一切の外部からの情報を遮断した。それ程までしないと、安心できなかった。
僕は、完全な引きこもりになったのだ。
ある日、僕は思った。
神保たちに、報復したい。
あいつらのことが、どうにも許せなかった。些細なこととはいえ、僕の心をここまで苛める神保たちのことが許せない。僕の事をいじめる神保の事が許せない。それを見てみぬふりする周りの人たちも許せない。こんな事態を何も知らないでいる人達のことが許せない。何もかもが許せない。
許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。
許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。
許せない――!!
「――はっ」
気がつくと、僕は道の真ん中に立っていた。
背中には、なぜかリュックをしょっている。服装もジャージ姿ではなく、いつもの私服姿だった。
そして不思議な事は、「許せない」と思ったあのときから、今までの記憶が、すっぽり無いことだ。
僕は一体、何をしてたんだ?
疑問を持ちながらも、僕は家に帰った。




