Chapter 11
家に帰ってすぐに、家の物置をあさってみた。
あのオレンジ色のヘルメットは、まだ捨てていないはずだ。おそらく、後で神保にもらった、取扱説明書と充電器も。分別の方法がわからなかったから、まとめて置いてあるはずだ。
僕は、当時の記憶を頼りに、ヘルメットを探す。
えーと、たしかこの辺に……。
あった!
僕は、会社でみたものと同じものと思われる、オレンジ色のヘルメットを見つけた。その横には、ちゃんと説明書と充電器もある。
僕はさっそく、リビングで説明書を読んでみた。
操作方法
① 専用ヘルメット(シトラス)を装着する
◆予め充電しておいたシトラスを正しく装着し、図1のように仰向けになって寝てください。傾きセンサーと、脳波感知装置が自動感知して、ログイン画面に移動できます。※注1
citrusって、確か、柑橘類って意味だよな……。見た目と色が柑橘類のものに似ているから、こんな名前にしたのだろうか。あまりセンスの無い名前だ。
そんなことを思いながら、僕は説明書を読み進める。
② パスワードを入力する
◆就寝について数分ほど経つと、図2のようなログイン画面が現れます。
ログイン
○パスワードを入力して下さい。
[ | ]
パスワードを忘れた方はこちら
―――
入力部分をタッチすれば、携帯に表示されるような入力画面が現れますので、タッチパネルの要領でパスワードを入力して下さい。また、パスワードを忘れた方は、図2の「パスワードを忘れた方はこちら」をタッチして、パスワードを再発行してください。
③ ゲームスクエア
◆ログインが無事完了すれば、図3のようなゲームスクエアにジャンプすることができます。存分にお楽しみ下さい。※注2
注1 ログイン画面に移動する時間には個人差がありますので、予めご了承下さい。
注2 もし不安なことがございましたら、右下の「音声ガイド」のアイコンをタッチして下さい。音声ガイドがついて、あなたを案内します。
なるほど……やり方は大体わかった。
僕は、説明書をパタンと閉じる。
そして、目の前にあるシトラスとか言うヘルメットに、ちらりと目を向けた。
奇妙な形のしたオレンジ色のシトラスは、相変わらず無機質な光を放って、机の上に置かれている。
僕はゆっくりと息を吐いた。
正直僕は、〝FANTASY ANOTHER〟をプレイしようかどうか、決めあぐねている。
〝FANTASY ANOTHER〟は、取扱説明書をざっと見たところでは、とても楽しそうだ。何が起きるのかとてもワクワクしている。しかしその反面、神保の一味がまた僕を襲ってこないかと、びくびくしているのも事実だ。
神保は、生徒たちから厚い信頼を集めており、様々な人脈を持っている。だから集めさえすれば、死角をゲームに送り込んで、僕の事をいじめる事も可能だろう。
神保がその手法を使ってきたら、僕は一体どうすればいいのだろうか……。
僕は頭を抱えた。
夜になるまで悩み続けた僕は、〝FANTASY ANOTHER〟をプレイする事を決めた。
神保の一味に襲われるかどうかは心配だが、僕には大澤さんがいる。あと、急いで不正取締本部に連絡すれば、捜査員が駆けつけてくれるだろう。
そして何より、僕の心の内では、〝FANTASY ANOTHER〟がどれほどのものか、試してみたいという思いがあったのだ。
夜9時。
僕は頭にシトラスを装着し、寝る。
暗闇の中、緑色のランプがチカチカと点滅する。
僕は考える。
"FANTASY ANOTHER"には、体験してみないと分からないような驚きや楽しみが、たくさんあることだろう。それがどんなものなのかを、僕は確かめてみたい。
"FANTASY ANOTHER"の、全貌を。
僕は、目を閉じた。
次に目を覚ました時には、僕は、まばゆいほどの光の中にいた。
周りを見渡しても、あるのは、溢れるほどの光だけ。人や機械のようなものは、見受けられない。
ここが、〝FANTASY ANOTHER〟……?
僕が戸惑っていると、いきなり目の前に、一つの画面が現れた。
ログイン
○パスワードを入力して下さい。
[ | ]
パスワードを忘れた方はこちら
―――
僕は、「パスワードを忘れた方はこちら」をタッチして、パスワードを再発行してもらう。
えーと、半角英数か……よし、これでOKだな。
僕は、再発行してもらったパスワードを入力部分に入力する。
目の前に、文字が現れた。
『パスワードが認識されました』
『これより、ゲームスクエアと通信します』
僕の胸が高鳴る。
いよいよだ。
光が大きくなっていく。
ゲームスクエアは、思ったよりも大きかった。
空は、万華鏡のように華やかに彩られ、様々な美しい模様を作り出す。ゲームスクエアは、四角形というよりも円形といった感じで、黒い鋼鉄のようなものでできた床が、円形に広がっている。周りにはいくつか巨大なゲートがあり、それぞれ文字が書いてある。どうやらゲームの名前を示しているらしい。
ここがゲームスクエアか。
僕は、ゲームスクエアの壮大さに、驚きを通り越して圧倒されていた。
そのとき、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。
「あら、桂君じゃない?」
「え? あ、大澤さん!」
振り向くと、そこには大澤さんが立っていた。大澤さんが訊く。
「また会ったわね。あなたのこのゲームに参加するの?」
「ええ、まあ」
僕は軽く頭をかいた。
「でも、大丈夫、ゲームに参加して? 神保君たちに襲われたりしない?」
「まあ、その心配はありますけど、いざというときは本部に連絡すれば良いし……なにより、大澤さんがいますし。大澤さん、とても強いでしょう? だから、人一人倒す事ぐらいお茶の子さいさいかと思って」
「ええ!? 嫌だな~、そんなこと言わないでよ」
そういいながら、大澤さんは顔を赤らめた。大澤さんは強いけど、こういうところはやはり『女の子』なんだな。
「それに、〝FANTASY ANOTHER〟がどんなものなのか、確かめてみたいというのもあって」
「なんだ、そういうことだったの」
僕は一つ、気になる事を訊いてみる。
「それより大澤さん、警備のほうは大丈夫なんですか? 仕事があるんでしょ?」
「ああ、今日は私は休暇日なの。それで部長に、このゲームで遊んでいいって許可をもらったって訳。たまには思いっきり遊びたいしね!」
そういう大澤さんは、なんだかとても楽しそうだ。子供のような無邪気さを感じる。あんなに冷静な人でも、やはりゲームは別物なのだろうか。
「そうですか……。それにしても、このゲームはすごいですね。スクエアも壮大ですし」
「ふふふふ、驚くのはこれからよ。こっちに来て!」
大澤さんが手招きした。
大澤さんとやるゲームは、いつもより楽しい気がした。
今までゲームをやるときは、リビングで一人さびしくやっていたものだから、誰かと協力してゲームをするということには、あまり慣れていなかった。でも、何度かやっていくうちに、どんどん楽しくなった。誰かと協力する事の喜びや楽しさを、再認識できた気がする。
大澤さんの話によると、このゲームスクエアでプレイできるゲームは、全部で六つ。そのうち三つは、現在発売している大人気ゲームがもとになっている。残り三つは、このゲームのために作られた新作。
僕らがプレイしたのは、新作ゲームの「HEROES OF COSMOS」。プレイヤーが戦士になって、宇宙空間で敵を倒すゲームだ。最初大澤さんに教えられたときは、よくある設定のゲームだと思ったけど、実際にやってみると、他にはないリアリティがあって、案外とても楽しかった。テレビ画面を見ながら、ゲーム機を持ってやるゲームとは、また違った感覚だ。
ゲームをやり終えて、僕等はベンチに腰掛けた。
「すっごく疲れた……。ああいうゲームって、結構精神力使うんですね」
「まあね。でも、結構楽しかったでしょう?」
「はい、もちろん!」
僕は威勢よく返す。大澤さんは笑顔でうなずく。
「うんうん、元気でいいね! 若者はこうでないと」
いや、あなたも十分若者ですよ、大澤さん。
僕は心の中で突っ込みを入れた。
僕は、大澤さんに言う。
「それにしても、〝FANTASY ANOTHER〟の凄さが分かったでしょ?臨場感溢れる世界観、壮大な規模のゲーム……そして、参加者を楽しませるために、様々な技巧が凝らされている。それはもう、ゲームの域を超えてるんでしょうね。言うならば、〝第二の世界〟」
「だ、第二の世界?」
大澤さん、また何か理屈っぽい事を言い出したぞ。
「人間は、安全性や利便性、娯楽を求めて、様々な創意工夫を重ね、『発明』をしてきた。コンピュータや家電、そしてスマートフォン……どれも、人間の喜びのために進化し、発明したものよ。そして現代、人間の娯楽のために発明したものが、この〝FANTASY ANOTHER〟。驚くほどリアルに。そしてとてもファンタスティックに。人間の娯楽のために試行錯誤して手に入れた、新たな進化形。未開の領域。スマートフォンを〝第二のコンピューター〟とするならば、〝FANTASY ANOTHER〟は〝第二の世界〟ね。そう、進化の末に切り開いた、第二の世界……新たな聖地」
「………」
僕は大澤さんの話を、呆然としながら聞いていた。
大澤さんの理論は、とにかくすごい。一般的な常識や、社会のルールを軸にしながら、普通では到底考えつかないような理論や思想を、淡々と話している。その理論には、大澤さんらしい発想と、奇妙な説得力に満ちていた。
「――さて! こんな難しい事なんか考えてないで、早く次のゲームやりましょう!」
「ええ!? ま、まだやるんですか?」
「当たり前じゃない! せっかくこうやって遊びの場を与えられてるんだから、めいっぱい遊ばないと!」
勘弁して欲しい。これ以上遊んでいたら、僕は倒れてしまう。
僕は頭を抱えた。




