Chapter 10
「そういえば、何で僕のところに、神保たちが来たんでしょうね? 僕は何も登録はしてないのに」
「え、うそ? おかしいわね。他の人の部屋には、友達登録した人の部屋にしか行けないようになってるんだけど」
「そうなんですか?」
「ええ。この専用ヘルメットを購入して、それを頭に装着して個人情報を入力すれば、誰でも登録できる仕組みになってるの。覚えが無い?」
「・・・・・・あ。そういえば、そんなことをさせられた記憶が・・・・・・」
あれは、中学二年の頃だっただろうか。
神保に〝拷問〟されてから一ヶ月ほど経ったある日、神保に三階の男子トイレに呼び出された。何をするのかと思ったら、
「今からお前には、ある〝ゲーム〟に登録してもらう」
といわれ、僕が止めるのも虚しく、頭にオレンジ色のヘルメットをつけられた。数秒後に「ピコピコピコーン」という音がしたかと思うと、急にヘルメットを外され、ヘルメットを押し付けられた。
「ありがとよ、登録してくれて。ひひひひ」
神保は下卑た笑いを僕に見せると、そのまま立ち去ってしまい、手元には、神保からもらったオレンジ色のヘルメットが残された。捨てるのももったいなさそうだし、神保に返すのもなんなので、仕方なく持っている事にしたのである。
今思えば、そのヘルメットがそうなのかもしれない・・・・・・。
大澤さんにそう話すと、大澤さんは真剣な顔で聞いてくれた。
「なるほど。こういうオンラインのものに無理やり登録させて『隠れ場』を作り、そこで徹底的に陥れようという考えか。ここのシステムはかなり大規模で監視が利かないから、そこにつけこんだのね。かなり悪質な行為だわ」
「こういうのって、よくある事なんですか?」
「まあね。最近、SNSとかに無理やり登録させて、そこでいじめを繰り返すってケースが増えてるの。このケースは既に百万件以上も寄せられていて、いじめの温床だって問題になっているの。――まあ、ああいうSNS関連のものは、ほとんどが手の届く範囲にあるものだから、ある程度対処できるんだけどね。こういうオンラインゲームは、あちこちに人脈が張り巡らさせているから、把握しきれないものが多いのよ」
「なるほど……」
僕は相槌をうちながら聞く。
「それで、神保達はどうなるんでしょう?」
僕が訊くと、大澤さんは、自分の胸をポンと叩いて言った。
「心配しないで! 神保君達には、私達が然るべき処置をとっておくから。あなたがこの端末を通じていじめられることは、ないと思うわ」
「そうですか。ありがとうございます」
それを聞いて、安心した。
ひとまず、あいつらの魔手に苦しめられる心配は、今のところはもうなくなったということだ。
僕はほっと一息つく。
三日間の間、実に様々なことがあり、正直、とても疲れた。ゆっくり休むとしよう。
そう思った。
僕は、ふと気になったことを訊いてみる。
「それにしても、何でこのゲームの創始者は、こんなゲームを作ったんでしょうね?」
「え? 何でそんなことを訊くの?」
「え? いや……なんとなく。ここのゲームって、結構特異じゃないですか。だから、何でここまでする必要があるのかな……って」
「ああ、そのことね・・・・・・」
そういうと、大澤さんは少し顔色を変えた。何だか、切ない顔だった。
「このゲームね、私のおじいちゃんが考えたの」
「大澤さんの、祖父さんが・・・・・・ですか?」
「そう。四年前まで、ここの会社の社長を務めてたのよ」
「四年前って・・・・・・じゃあ、もしかして」
「そう。露崎社長が蹴落としたのよ」
大澤さんは、唇を噛みしめた。
「おじいちゃんは、このプロジェクトを発足させたわけを、私にだけ話してくれたわ」
大澤さんは遠くを見ながら、ゆっくりと話し始めた。
「人と繫がるって、どういうことか、分かる?」
「え・・・・・・ううん、分かりません」
「人と繫がる――それは、自分の心を『癒す』ための、一つの手段に過ぎなかった。それほどまでに、人は、人と繫がる事に無関心だった。本当に人と繫がって、コミュニケーションや絆を深めようとはしなかったの」
自分の心を『癒す』――それがどういうことなのか、僕には分からなかった。
「人と心を繫げて、互いにコミュニケーションを取り、深め合う。当たり前のことなんだけど、このご時世、その当たり前のことが、失われつつあるの」
「人との繫がりが薄くなっている、てことですか?」
「って訳でもないけど。近年、ツイッターやLINEなどのSNSが急速に進化して、どんどん便利になった。それと同時に、目と目を見て会話をするっていうことが少しずつ減っていった。――人って、言葉以外にも、様々なコミュニケーションがあるでしょ? 身振り手振りとか、表情とか。でも、ああいうSNSが発達したことで、そういった〝言葉以外で人を理解する〟機会がなくなる。おじいちゃんはそれがとてももったいない事だって、言ってたわ。人は言葉以外にも、様々な事で人を理解できるのに、その情報が減ってしまう。人をもっと理解できなくなってしまうって」
「・・・・・・・・」
「だからおじいちゃんは、一生懸命研究した。どうすれば、人のことを深く理解できるのか。ただそれを熱心に研究した。おじいちゃんはゲーム会社の社長だったから、様々なゲームのアイディアやゲーム機のコンセプトを立ち上げた。例えば、オンライン機能を使った参加型のリアル脱出ゲームとか、テレビ電話機能とか……でも、どれも失敗したり、長続きしないものが多かった。それでおじいちゃんは、今のコンピューター漬けの現状を根本から覆すことはできないって、判断したの。それで思いついたのが、以前から考えていた〝FANTASY ANOTHER〟なのよ」
……なるほど。事情は大体分かった。
でも、人を理解する事か・・・・・・。
僕は考えてみる。
確かに、僕等が人を理解する上で取り入れている情報はたくさんある。今挙げたような身振り手振りや表情もそうだし、言葉もその一つだと思う。
でもこう言ってはなんだが、それらのどれかひとつが抜け落ちたって、分かる事は分かるのではないかと思う。なぜなら、言葉でしか理解できない事や、逆に、その他の情報では分からないような事もあるからだ。
それに、同じ一つの情報でも、人によって捉え方は違う。どのような情報が必要かだけではなく、情報を人がどう理解するかということも、人を理解する上では重要な事ではないかと思う。
でも、人によって捉え方が違うのなら、それによって感じ方や接し方も違う。それならば、人が人を理解する、もしくは人に理解されるという事は、一体どういうことなのだろう?
「――ねえ、桂君、桂君!? どうしたの?」
「えっ?」
大澤さんの声に、僕は我に返る。見ると、大澤さんが心配そうな顔でこちらを覗きこんでいた。
「どうしたの、桂君? そんな真剣な顔をして?」
「え? ああ、いや、まあ。こんな話を聞いたら、人と会話をするってどんな事なのかって、考え込んじゃって」
「ふふふ、そうなの」
大澤さんは乾いた笑みを見せた。
「大澤さんは、人と繫がる事について、どう思いますか?」
「私? う~ん・・・・・・」
大澤さんは少し考えると、真顔になって言った。
「……嘘をつくこと、かな」
「……え?」
「人と繋がるということは、嘘をつくこと、だと思う」
嘘をつくことが、人と繋がること……どういうことだろう。
大澤さんは、一文字一文字言葉を選ぶように、ゆっくりと話し始めた。
「嘘をつかず正直になることは、もちろん大切。でも、場合によっては、人の為に嘘をつかなければならない事もあるでしょ? 「嘘も方便」って言葉もあるくらいだし。そういう意味では、嘘をつくことも、〝人と繫がる〟上では大事な術のひとつだと思うの。
それに、人は時と場合に応じて、様々な本音と嘘を言っているでしょ? それって、使い方によって人を傷つけたり、あるいは裏切ってしまうっていう覚悟が無いと、出来ないような気がするの。だから私、上手に本音と嘘を使い分けている人って、ある意味凄いなぁ、って思うわけ。それにそういうことって、人を理解したり関わりあったりする事にも、通ずるものがあるような気がするの」
「………」
「どうしたの?」
「え? ああ、いや……凄いですね。大澤さんの理論」
大澤さんの理論はすごい。なんともなく思っているものを、他とは全く違う方向から見て、理論している。頭の回転が良くない僕には、到底出来そうもない理論だ。
「え!? そ、そうかな~」
「でも、確かにそれは言えてる気がします」
大澤さんに言われるまで、嘘をつくことの大切さなんて考えたことも無かった。
確かに場合によっては、嘘をつかなければならない事もある。でももちろん、嘘だけでなく、本当の事もきちんと言う事も重要である。人は臨機応変に、多様な武器を使い分けて生きているんだ。
でもそれって、とても疲れることだと思う。別に変に嘘を言わなくても、正直に思いをぶつけ合って、理解しあえばそれでいい話ではないだろうか?
でも、人と共に生きるには、適度に嘘も言わなければいけない。
「どうして人は、人と素直に会話ができないのでしょうね」
「それは私にもわからないわ。――でも、こんな難しいことなんかいちいち考えずに、頑張って生きていければ、それでいいんじゃない?」
「それもそうですね」
そのとき、扉が勢いよく開き、中から、高笑いする大志摩さんと露崎社長が出てきた。
「いやあ、盛り上がった、盛り上がった!」
「久しぶりに話をすると、楽しいもんですな~っ! はははは」
二人とも、とても楽しそうだ。
大澤さんがあきれ返った口調で言う。
「もう、静かにしろって言っておきながら、一番うるさいのは、社長たちじゃありませんか。もう少し静かにできないんですか?」
「まあ、そりゃ、静かにしろとは言ったが・・・・・・」
そういうと、二人は急に真顔になった。
「露崎は本当に融通が利かない奴だ」
「大志摩さんも、なかなか頑固な人ですよ」
そういって二人は、互いの事を見つめあう。そして、数秒後に大笑いした。
それを見て、大澤さんが肩をすくめた。
「この人たちは、正直者ね」
「そうですね」
僕等は大きな声で笑いあった。




