表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
doppel  作者: ataru
10/22

Chapter 10

「そういえば、何で僕のところに、神保たちが来たんでしょうね? 僕は何も登録はしてないのに」

「え、うそ? おかしいわね。他の人の部屋には、友達登録した人の部屋にしか行けないようになってるんだけど」

「そうなんですか?」

「ええ。この専用ヘルメットを購入して、それを頭に装着して個人情報を入力すれば、誰でも登録できる仕組みになってるの。覚えが無い?」

「・・・・・・あ。そういえば、そんなことをさせられた記憶が・・・・・・」

 あれは、中学二年の頃だっただろうか。

 神保に〝拷問〟されてから一ヶ月ほど経ったある日、神保に三階の男子トイレに呼び出された。何をするのかと思ったら、

「今からお前には、ある〝ゲーム〟に登録してもらう」

 といわれ、僕が止めるのも虚しく、頭にオレンジ色のヘルメットをつけられた。数秒後に「ピコピコピコーン」という音がしたかと思うと、急にヘルメットを外され、ヘルメットを押し付けられた。

「ありがとよ、登録してくれて。ひひひひ」

 神保は下卑た笑いを僕に見せると、そのまま立ち去ってしまい、手元には、神保からもらったオレンジ色のヘルメットが残された。捨てるのももったいなさそうだし、神保に返すのもなんなので、仕方なく持っている事にしたのである。

 今思えば、そのヘルメットがそうなのかもしれない・・・・・・。

 大澤さんにそう話すと、大澤さんは真剣な顔で聞いてくれた。

「なるほど。こういうオンラインのものに無理やり登録させて『隠れ場』を作り、そこで徹底的に陥れようという考えか。ここのシステムはかなり大規模で監視が利かないから、そこにつけこんだのね。かなり悪質な行為だわ」

「こういうのって、よくある事なんですか?」

「まあね。最近、SNSとかに無理やり登録させて、そこでいじめを繰り返すってケースが増えてるの。このケースは既に百万件以上も寄せられていて、いじめの温床だって問題になっているの。――まあ、ああいうSNS関連のものは、ほとんどが手の届く範囲にあるものだから、ある程度対処できるんだけどね。こういうオンラインゲームは、あちこちに人脈が張り巡らさせているから、把握しきれないものが多いのよ」

「なるほど……」

 僕は相槌をうちながら聞く。

「それで、神保達はどうなるんでしょう?」

 僕が訊くと、大澤さんは、自分の胸をポンと叩いて言った。

「心配しないで! 神保君達には、私達が(しか)るべき処置をとっておくから。あなたがこの端末を通じていじめられることは、ないと思うわ」

「そうですか。ありがとうございます」

 それを聞いて、安心した。

 ひとまず、あいつらの魔手に苦しめられる心配は、今のところはもうなくなったということだ。

 僕はほっと一息つく。

 三日間の間、実に様々なことがあり、正直、とても疲れた。ゆっくり休むとしよう。

 そう思った。


 僕は、ふと気になったことを訊いてみる。

「それにしても、何でこのゲームの創始者は、こんなゲームを作ったんでしょうね?」

「え? 何でそんなことを訊くの?」

「え? いや……なんとなく。ここのゲームって、結構特異じゃないですか。だから、何でここまでする必要があるのかな……って」

「ああ、そのことね・・・・・・」

 そういうと、大澤さんは少し顔色を変えた。何だか、切ない顔だった。

「このゲームね、私のおじいちゃんが考えたの」

「大澤さんの、祖父さんが・・・・・・ですか?」

「そう。四年前まで、ここの会社の社長を務めてたのよ」

「四年前って・・・・・・じゃあ、もしかして」

「そう。露崎社長が蹴落としたのよ」

 大澤さんは、唇を噛みしめた。

「おじいちゃんは、このプロジェクトを発足させたわけを、私にだけ話してくれたわ」

 大澤さんは遠くを見ながら、ゆっくりと話し始めた。

「人と繫がるって、どういうことか、分かる?」

「え・・・・・・ううん、分かりません」

「人と繫がる――それは、自分の心を『癒す』ための、一つの手段に過ぎなかった。それほどまでに、人は、人と繫がる事に無関心だった。本当に人と繫がって、コミュニケーションや絆を深めようとはしなかったの」

 自分の心を『癒す』――それがどういうことなのか、僕には分からなかった。

「人と心を繫げて、互いにコミュニケーションを取り、深め合う。当たり前のことなんだけど、このご時世、その当たり前のことが、失われつつあるの」

「人との繫がりが薄くなっている、てことですか?」

「って訳でもないけど。近年、ツイッターやLINEなどのSNSが急速に進化して、どんどん便利になった。それと同時に、目と目を見て会話をするっていうことが少しずつ減っていった。――人って、言葉以外にも、様々なコミュニケーションがあるでしょ? 身振り手振りとか、表情とか。でも、ああいうSNSが発達したことで、そういった〝言葉以外で人を理解する〟機会がなくなる。おじいちゃんはそれがとてももったいない事だって、言ってたわ。人は言葉以外にも、様々な事で人を理解できるのに、その情報が減ってしまう。人をもっと理解できなくなってしまうって」

「・・・・・・・・」

「だからおじいちゃんは、一生懸命研究した。どうすれば、人のことを深く理解できるのか。ただそれを熱心に研究した。おじいちゃんはゲーム会社の社長だったから、様々なゲームのアイディアやゲーム機のコンセプトを立ち上げた。例えば、オンライン機能を使った参加型のリアル脱出ゲームとか、テレビ電話機能とか……でも、どれも失敗したり、長続きしないものが多かった。それでおじいちゃんは、今のコンピューター漬けの現状を根本から覆すことはできないって、判断したの。それで思いついたのが、以前から考えていた〝FANTASY ANOTHER〟なのよ」

 ……なるほど。事情は大体分かった。

 でも、人を理解する事か・・・・・・。

 僕は考えてみる。

 確かに、僕等が人を理解する上で取り入れている情報はたくさんある。今挙げたような身振り手振りや表情もそうだし、言葉もその一つだと思う。

 でもこう言ってはなんだが、それらのどれかひとつが抜け落ちたって、分かる事は分かるのではないかと思う。なぜなら、言葉でしか理解できない事や、逆に、その他の情報では分からないような事もあるからだ。

 それに、同じ一つの情報でも、人によって捉え方は違う。どのような情報が必要かだけではなく、情報を人がどう理解するかということも、人を理解する上では重要な事ではないかと思う。

 でも、人によって捉え方が違うのなら、それによって感じ方や接し方も違う。それならば、人が人を理解する、もしくは人に理解されるという事は、一体どういうことなのだろう?

「――ねえ、桂君、桂君!? どうしたの?」

「えっ?」

 大澤さんの声に、僕は我に返る。見ると、大澤さんが心配そうな顔でこちらを覗きこんでいた。

「どうしたの、桂君? そんな真剣な顔をして?」

「え? ああ、いや、まあ。こんな話を聞いたら、人と会話をするってどんな事なのかって、考え込んじゃって」

「ふふふ、そうなの」

 大澤さんは乾いた笑みを見せた。

「大澤さんは、人と繫がる事について、どう思いますか?」

「私? う~ん・・・・・・」

 大澤さんは少し考えると、真顔になって言った。

「……嘘をつくこと、かな」

「……え?」

「人と繋がるということは、嘘をつくこと、だと思う」

 嘘をつくことが、人と繋がること……どういうことだろう。

 大澤さんは、一文字一文字言葉を選ぶように、ゆっくりと話し始めた。

「嘘をつかず正直になることは、もちろん大切。でも、場合によっては、人の為に嘘をつかなければならない事もあるでしょ? 「嘘も方便」って言葉もあるくらいだし。そういう意味では、嘘をつくことも、〝人と繫がる〟上では大事な(すべ)のひとつだと思うの。

 それに、人は時と場合に応じて、様々な本音と嘘を言っているでしょ? それって、使い方によって人を傷つけたり、あるいは裏切ってしまうっていう覚悟が無いと、出来ないような気がするの。だから私、上手に本音と嘘を使い分けている人って、ある意味凄いなぁ、って思うわけ。それにそういうことって、人を理解したり関わりあったりする事にも、通ずるものがあるような気がするの」

「………」

「どうしたの?」

「え? ああ、いや……凄いですね。大澤さんの理論」

大澤さんの理論はすごい。なんともなく思っているものを、他とは全く違う方向から見て、理論している。頭の回転が良くない僕には、到底出来そうもない理論だ。

「え!? そ、そうかな~」

「でも、確かにそれは言えてる気がします」

 大澤さんに言われるまで、嘘をつくことの大切さなんて考えたことも無かった。

 確かに場合によっては、嘘をつかなければならない事もある。でももちろん、嘘だけでなく、本当の事もきちんと言う事も重要である。人は臨機応変に、多様な武器を使い分けて生きているんだ。

 でもそれって、とても疲れることだと思う。別に変に嘘を言わなくても、正直に思いをぶつけ合って、理解しあえばそれでいい話ではないだろうか?

 でも、人と共に生きるには、適度に嘘も言わなければいけない。

「どうして人は、人と素直に会話ができないのでしょうね」

「それは私にもわからないわ。――でも、こんな難しいことなんかいちいち考えずに、頑張って生きていければ、それでいいんじゃない?」

「それもそうですね」

 そのとき、扉が勢いよく開き、中から、高笑いする大志摩さんと露崎社長が出てきた。

「いやあ、盛り上がった、盛り上がった!」

「久しぶりに話をすると、楽しいもんですな~っ! はははは」

 二人とも、とても楽しそうだ。

 大澤さんがあきれ返った口調で言う。

「もう、静かにしろって言っておきながら、一番うるさいのは、社長たちじゃありませんか。もう少し静かにできないんですか?」

「まあ、そりゃ、静かにしろとは言ったが・・・・・・」

 そういうと、二人は急に真顔になった。

「露崎は本当に融通が利かない奴だ」

「大志摩さんも、なかなか頑固な人ですよ」

 そういって二人は、互いの事を見つめあう。そして、数秒後に大笑いした。

 それを見て、大澤さんが肩をすくめた。

「この人たちは、正直者ね」

「そうですね」

 僕等は大きな声で笑いあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ