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遥かへ続く道-1

※  穂 積  ※

 電車を降り、改札を抜けると商店街に出る。そのままアーケードを進み、しばらく行くと見えるのが目的地の神社だ。

 鳥居に名前はあるものの、崩した書体が私には読めない。この神社をリュウトさんは「縁日の神社」と呼んでいた。

 参道に立ち、周囲を見渡してみる。


 ……大佐さん……大佐さんを探さなくちゃ……。


 先刻の電話の後、リュウトさんは「大佐なら坂町の田中も分かるかもしれない」と呟き、疑問符で頭の中がパンクしそうな私に「大佐は子供が好きで、近隣の小学生を熟知している」と説明してくれた。

 ……何の大佐かは分からない。


「縁日の神社に行ってこい。おそらく今の時間なら居るだろう。大佐は子供の下校を見守っているからな」


 大佐? 田中? 聞きたい事はたくさんあったのに、ようやく下がったリュウトさんの熱がまた上がってしまい、多くを説明できないまま眠ってしまったのだ。


 ……だから、とにかく大佐さん。


 名前から想像する姿は、胸にたくさんの勲章が付いた軍服に口髭。だけどそうではないらしい。

 年齢不詳で独特の雰囲気のある男性だと言う。

 身長については「デカかったかもしれないが、俺が小さくてよくわからなかった」と自虐するように笑って言っていた。

 今の所それらしい人どころか、誰も居ない。


 やっぱりドラゴンのせいなのかな。


 昼間とはいえ電車はガラガラ。途中の商店街だってシャッターが軒並み閉まって誰ともすれ違わなかった。

 ドラゴンの襲撃は、いつもは私に無関心の両親が気に掛けてくるほどのインパクトだった。


 大佐さんだってこんな日は居ないんじゃ……。


「……」


 手持ち無沙汰に体を回転させて、不意打ちを食らった。

 驚きのあまり声も出せない。


 いつの間に……?


 すぐ後ろのベンチに小太りの男性が座っていた。前髪をほぼ一直線に揃えているような髪型で、十代にも三十代にも見える。

 会った事もない人を探せっこない。そう思っていたのに……。


 大佐さんだ。


 直感的にすぐ分かった。

 誰も居ない神社の境内では、お互いの存在を意識せずにはいられない。合った視線を先に外したのは、私か大佐さんの方だったのかはよく分からない。

 ただ、心の中では何度も「あなたが大佐さんですか?」と話しかけている。

 だけど現実には声が出ない。


 ……どうしよう。


 知らない人に話しかけるなんて勇気がいる。だけど話しかけないと何も始まらない。


「……」


 柊さんを誘えば良かった。彼女なら「あなたが大佐ですわね!」と声を弾ませるはず。

 だけどここに柊さんは居ない。私は一人でいる事の心地よさを優先してしまったのだ。


 ……私って本当にダメな人間。


 こうしている間にも中森くんたちが大変な目に合っているかもしれないと言うのに、自分の気持ちばっかり。


 チラリと大佐さんの方を見る。

 近くに立っている私が気になるのかとても居心地悪がそう。何度も座り直し鞄を気にする仕草は、用事を探しているようにも見えた。

 ……このままだと何処かへ行ってしまうかもしれない。


「……」


 握りしめた拳が汗で湿っている。


 怖くない大丈夫。


「頑張ろう」と自分を励まし「頑張らないと先に進めない」と、奮い立たせる。大きく息を吸い、吐き出す勢いで言う。


「た……大佐さん……ですか……」


 話しかけられるとは思ってみなかったのか、下から向けられたのは驚いたような目。


「そ、そうですけど……な、なんですか」


 視線はすぐに外されてしまったが、やっぱり大佐さんなんだ!


「あ……あの……わたし……」


 あきらかな嫌悪の表情(かお)に言葉が続かない。私なんかが声をかけてごめんなさい。悪い者ではありません。

 私がリュウトさんみたいに綺麗なら大佐さんも嫌な顔なんてしないのに。

 ……なんて言おう。いきなり田中さんの話を切り出したら変な人だと思われちゃうかも……。


 そうだ……!


 緊張しすぎて忘れてた。リュウトさんからの預かりもの。トートバッグからノートを取り出すと、私の手元に視線を送っていた大佐さんの表情が緩んだ。


「そ、それ元帥のノート?」

「げんすい?」


 これはリュウトさんが毎週付けている魔法少女モモリンのノート。

 出てきた敵や倒した必殺技が書いてある……らしい。魔界の文字で私には読めない。だけど、上手いとは言いづらいイラストも一緒に書いてあるので、絵だけでなんとなく理解は出来る。

「凍らせた敵を殴り倒すとはモモリンも鬼畜だ」と喜んでいた日には凍った敵と手の絵。「女幹部がエロくて良かった」としみじみ言った日には、谷間が強調され女の人を描いている……。


「あの……これを大佐さんに渡すようにって……」


 ノートを受け取った大佐さんは一ページ目からじっくりと見入っている。


「読めるんですか?」


 もしかして大佐さんは魔界の人?

 だけどそれはあっさりと否定されてしまった。


「よ、読めません。げ、元帥は大人ぶってるけど、まだひらがな書けないのかな。でも一生懸命書いてて偉いなぁ。つ、次に会った時にモモリンノート見せてくれるって約束したんです」

「あの……どういう知り合いなんですか……?」

「モモ友なんです。あ、安心してください怪しい者ではありませんから」


 言いながら大佐さんは鞄をごそごそと漁り「どこに入れたかなぁ」と呟いている。


「……モモ友、ですか」


 モモリン友達の略? リュウトさんからはそんな単語を聞いた事ない。だけど二人は「大佐」「元帥」と呼び合うほど仲が良いみたい……。


 リュウトさんは凄いな。

 体の大きさなんて関係なく新しい友達を作ってしまう。

 毎日どこに遊びに行く用事があるのかな、なんて思っていたけど、根本的に私とは暮らし方が違うんだ。

 一緒に生活をして気心が知れているせいか、いつの間にか価値観も似ていると錯覚してたんだって思い知る。

 私とは全然違う世界の人だ。なのに私に合わせてくれてる。

 リュウトさんが居たから私の毎日は忙しくて、怒ったり、泣いたり……すごく楽しくて充実してて……。

 そのリュウトさんも近いうちに帰ってしまうかもしれない。


 ……結局、私には何もない。


 全部リュウトさんの求心力だ。

 柊さんともリュウトさんが居なかったら絶対に出会わなかった。

 中森くんとだってこんなに親しくなってないはずだ。中森くんはリュウトさんの事が好きなのかな……。


「……」


 胸がピリッと痛くなる。どうしてかは分からない。私は二人とも大好きだ。好きな二人が仲良くしているのは嬉しい。だけど二人だけの世界があるのかと思うと、もやもやする。自分をもっと嫌いになる黒い感情だ。


「あ、あの。だ、大丈夫? 顔色が」

「……は、はい! すみません。ボーっとしてました……」

「こっ、こっちこそ、すみません。あ、あの、これ」


 大佐さんは「元帥に」と読み終えたノートと一緒に、大きな丸いステッカーを手渡してきた。


「……モモリン」


 ホロの入ったキラキラシール。

「すごく……喜びます」と受け取り「あ……」と気が付いた。「もしかして」このごろシールをたくさん持って帰って来ると思ったら。


「ひょっとしてシール帳を下さったのも大佐さんですか? いつもすみません……」

「こ、こちらこそすみません」


 気づけば二人で頭を下げ合い「ご迷惑おかけしていませんか?」「とんでもない」「すみません」と何度か頭を下げ合う事になってしまった。

 大佐さんは独特な雰囲気のある人だけど、悪い人ではなさそうだなとも思う。大佐さんが話しやすい人で良かった。


「……」


 うっかり暗黒面に落ちていたせいで、何のために話しかけたのか忘れてしまうところだった。


「……あ、あの。それで聞きたい事があって」


 言ったはいいが、次の言葉が続かない。いきなり「田中さんの住所を教えて欲しい」なんておかしいと思われるかもしれない。


 事情を説明しないと……。

 だけど「誘拐」とか「盗んだ体操着」なんて単語、口に出しにくい……。

 大佐さんは「何ですか?」と待ってくれている。


「……子供が好きなんですよね?」


 大佐さんの顔が曇る。聞き方が違ったみたい。


「ごめんなさい……! 他意はありません……友達が大変なんです。大佐さんに力を貸していただきたくて……変な事を言います。ごめんなさい。あの……坂町に住んでいる小学生……六年三組の田中さんの家を知りませんか?」

「坂町……?」

「は、はい……! 大佐さんなら分かるかもしれないって聞いて。私、田中さんの家に行かなくちゃいけないんです」

「こ、個人情報だからさ」

「分かります……ほ、他の人には絶対言いません……ご迷惑はかけません……」


 言いながら自分の必死さに恥ずかしくなる。

 だけどなり形振(なりふ)り構ってなんていられない。


「お願いします……私、頑張りたいんです……」


 今日は私が頑張る日だ。

 こんな私にいつも優しい中森君と、頼ってばかりのリュウトさんの代わりに。


「坂町なら学区はあの小学校のはずだから……六年生って事は……」


 ぼそっと呟いて顎に手を当て考える仕草。田中さんの住所が分かるかもしれない。おのずと期待が高まる。


「田中って男じゃないよね?」

「……え、えっと」


 どっちだろう。

 田中さんとしか聞いてない。だけど猫のホズミさんが盗んだ体操着の持ち主だって聞いたから……たぶん。


「……女の子だと思います」

「なら分かるよ。僕、男児と十三歳以上は守備範囲外だから」


 ……なんだか気になる事を言われたけど、聞き流す事にします……!


 大佐さんは「僕から聞いたってことは言わないでね」と住所を書いたメモを差し出した。そのメモにあるイラストに目が惹かれる。


「懐かしい……! アイドル妖精ミクちゃんだ」


 大佐さんから奇異の目を向けられ「ごめんなさい……」と頭を下げ「ありがとうございます」とメモを受け取る。


「ミ、ミクちゃん好きなの?」

「……はい。元気で明るくて大好きでした」


 大佐さんは「良いよね。ミクちゃん」と呟きながら、カバンに手を突っ込む。


「きょ、今日は元帥もお家で遊んでるの? ド、ドラゴンは怖いからお友達も外では遊んでないみたい」

「いえ……風邪をひいてしまって」


 大佐さんは「可哀そうに」と声を沈ませ「元気になったらまた来るかな」と呟いた。


「……」


 大佐さんが知ってる小さなリュウトさんはもう居ない。だから彼女はもうここには来られない。

 その事を伝えた方が良いのかな……でも。


「……風邪が治ったらきっと来ると思います」


 リュウトさんはきっと来る。

 姿が変わってもリュウトさんはリュウトさんだ。当然のように私の制服を着て「よぉ」と片手を上げながら「ノートの感想を聞きに来た」と口の端を釣り上げて笑うんだ。


「こ、これ」


 大佐さんは「あげる」と私の手のひらに飴を落とした。




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