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煌く迷図-4

 誠司から穂積に連絡が入ったのは今から一時間ほど前。


『もしもし七瀬さん? 実家に帰ってるとこゴメンね。僕たち今、あやしい人につかまっちゃってさ、色々あってすぐには帰れそうもないってリュウトに言っておいてくれるかな?』


 誠司はそれだけを伝えると一方的に電話を切り、その後の連絡は付かないのだという。


「魔界への入口が見つかったとは言わなかったのか?」


 穂積は小さく頷く。

 なぜ一番肝心なことを伝えないのだ!


「フン。動じるな。いずれ何食わぬ顔で戻ってくるだろう」

「そんな! リュウトさん冷たいです……」

「その電話に深刻さはなかったんだろ?」


「はい」と答え「でも」と肩を落とす。


「中森くんは……心配させないように明るく振舞っていたんだと思います……」

「俺の体調より誠司の事が気がかりのようだな?」


 穂積は実に非難がましい表情で「それは……」と呟いた。


「昨日よりはずっと元気そうに見えます」


 確かに。

 悪化の一途をたどっていた俺の体調だったが、回復に徹し眠り続けていたのが功を奏した。熱もようやく下がりつつある。


「すごく……心配なんです。どうしたらいいか……」

「フン。俺だってまったく気にならないわけではない。が、とりあえず誠司を信じて待つのが得策とは思わないか?」


 言っては見たが穂積の泣き出しそうな顔は深刻だ。


 杞憂(きゆう)と言えばホズミの事だ。誠司の言う「あやしい人」が何者かは分からないが「僕たち」と言うからにはホズミも一緒にいるのだろう。

 ホズミのせいで買わなくてもいい苦労を買った事はごまんとある。もし何かのトラブルに巻き込まれたとしたら、原因の十中八九はホズミだ。

 ホズミが迷惑をかけたと誠司に詫びるより、救出して感謝される方が気分は良い。


「そうだな。誠司は大切な人間だ。手を打たなくてはならん」

「……はい」

「何かあってからでは悔やんでも悔やみきれないだろう」

「はい……もちろんです」

「居ても立っても居られないな?」

「はい……」


「なら二人を探しに行ってくれ」


 穂積の肩がビクリと跳ねる。


「フン。心配なんだろ? 残念だが俺が動けるなら最初から行ってんだよ。言いたくはないが今の俺が出て行って役に立つはずがない。アパートの階段すらまともに降りられる気がしないというのに。じゃあどうするか? 動けるお前が動くんだよ」


 わざとらしくゴホゴホと咳き込み、鼻をすすってみせた。


「そうですよね……リュウトさんは寝てないと……」


 穂積は押し黙る。眉間に作った深いしわから読み取れるのは「不安」だろうか。


「夏帆を誘えば良い。誘拐の二文字を出せばホイホイ付いてくるし、金も出してくれるぞ」


 穂積の表情がさらに曇る。相変わらず夏帆の事は苦手なのか?

 冗談を言い笑い合う仲とは言えないが、知らない他人から良く知る他人くらいにはなっただろう。女の友情に越えられない何かがあるのだとしたら、俺には理解できない。

 とにかく誰も居ないよりは、誰かいた方がずっと良い。


「もし一人で行くというのなら、あまり危ない事はするなよ。ミイラ取りがミイラになったりしたら困るからな。それに俺は誠司の事をさほど心配していない。一緒に居るバカ猫の中身はどうあれ魔界の者だ。まぁ気楽に行ってこい」

「……はい。あの、でも……」


 今にも泣きだしそうな穂積のすがる様な目が向けられる。

 無口で内向的な穂積。

 付き合いの長さから何が言いたいのか分かるようになってきた。

 おおよそ「どこに行ったら良いのか見当が付きません」と俺に泣きつこうか悩み、でも「リュウトさんだってそんな事わかりませんよね」と泣きそうになっているのだ。


「フン。闇雲に動けなんて無責任なことは言わねぇよ。道筋はキッチリつけてやる」

「居場所に心当たりがあるんですか? 早く教えてくれたら良かったのに……!」


 強い口調で非難され「フン」と鼻を鳴らして答えた。使いたくない手を使うのだ。責められる覚えはない。


「心当たりはないが情報はある。どうする?」

「……探しに行きます。じっと待ってるよりずっと良いですから」


 その言葉に「よし」と手を打ち、穂積の肩を借りて寝台から降りた。


「俺の秘密部隊に協力を(あお)ごう」

「秘密部隊……ですか?」


 怪訝(けげん)な視線をよそに、クローゼットの小引き出しを開けると青色の平たい缶の箱が見える。

 中にあるのは俺が人間界で過ごした(わず)かながらの形跡だ。

 折に触れ夏帆や誠司が撮った写真や、飲食店の割引券にモモリンのシール。中でもカラフルなのは学生からの手紙だろう。

 数ある紙束の中から、とりわけ小さな紙切れを引き抜いた。


「……名刺……ですか?」

「ここに電話をかけたいんだが」


 言って穂積に手渡すと顔を強張(こわば)らせる。


「警察署……?」

「違う。その裏だ」


 走り書きの数字の羅列があるはずだ。


「フジイ……カツミ?」

「そんな名前だったかな。汚い字だ」


「さぁ」と急かすと、穂積は携帯電話を取り出し、ためらいがちに数字を打ち込んでいく。

 まったく便利な道具だ。これさえあれば自らの場所を変える事なく遠方の相手と連絡が取りあえる。


「俺も自分の電話が欲しい。おソレのじゃなくて夏帆や誠司が使ってるようなやつだ」


 可愛らしく片目を瞑り両手を合わせたが反応は冷たい。


「……悪魔にスマホは要りません」


 言いながら穂積は携帯電話を押し付けてくる。どうやら繋がったらしい。「ゴホン」と咳をして声を整える。

『はい』と相手が出たのを確認すると、一呼吸置いて声色を作った。


「アリアです」


 そう名乗ると電話口の男 (おそらくフジイ)は驚いたように『アリアさん!?』と声を弾ませ、二言目には気取ったように『お久しぶりです』と続けた。


 フジイとは仮面の者が母上の店を襲撃した後、事件を解決すべく来た若い警察官の名だ。

 俺はいつでも美しいが、あの日の俺は特別美しかった。瞳に焼き付いてしまったとしても誰が責められようか。

 誠司から聞くに、もう一度俺に会えたならと店に現れ、今ではすっかり常連になったという。

 フジイの瞳に俺が映る事は二度とないが、「困ったことがあったら」と、下心を隠さず渡された名刺だけは、いつか使えるカードだと取っておいたのだ!


『アリアさんから連絡がもらえるなんて……!』


 職務中に女を口説こうとする男だ。フジイが真面目でお堅い人間のはずがない。


「店に何度か来ていると聞いて気になっていたんだ」


 キョトンとする穂積を横目に話を続ける。


「調子はどうだ? いや、無礼な聞き方をした。さぞ町の安全に尽くしている事だろう。まったく物騒な世の中になった。強盗なんてもんじゃない、今やドラゴンが襲ってくる時代なのだからな。人並み以上に勇気のいる仕事だ。尊敬するよ」


 話に乗せられフジイは何やら自分の事を語り始めたが、俺が知りたいのはフジイの休日ではない。ホズミが盗んだ田中の体操服の行方だ。

 もし二人が返しに行ったのなら、その足取りが掴めると踏んだのだ。


「変な事を聞くが、体操服を盗まれたという家を知らないか?」


 そう切り出すとフジイは「今朝、坂町で一件……そんな通報があったかな」と言いかけ「おっと、アリアさんにも情報は漏らせませんよ」とおどけた声を出し「もしかして下着泥棒でお困りですか?」と続け「僕でよければ力になります」と、今にも(ここ)にやってくる勢いでまくし立ててくる。


 ――ブチッ


 坂町。それだけ分かれば十分だ。


「よし。田中の家を探そう」


 奇異な目で見る穂積に携帯を返すと、その手の中で携帯が振動していた。


「ほらみろ。俺に携帯が無いばかりに、お前の電話が鳴り続ける事になるんだ」


 穂積は俺と携帯電話を見比べて難しい顔をする。近いうち俺は携帯電話を手に入れることが出来るかもしれない。



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