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嵐の後に

 幼い翼で空を彷徨(さまよ)い、家に帰る頃には、体力は限界にきていた。

 穂積は寝ずに俺の帰りを待っていたようだが、ズタボロの姿で疲労しきった俺を見て怒りを収めたらしい。

戸惑いながらも労ってくる。


「あ、あの……リュ、リュウトさんですよね? えっえっと……私、どうしたら良いですか?」

「そうだな。とりあえず、二の腕か太ももを枕にして眠らせてくれ。怪我の手当てもいらん……」


 もたれかかって二の腕を揉みしだくと、何故か穂積は明るい顔で「嫌ですよ」と笑った。

 まんざらでも無いのか。そう言いかけた所で、意識が途絶えた。





 ******





 瞼に日差しがまぶしかった。

 陽をから逃れるように再び目を閉じ、ごろりと寝返りを打ち穂積を背後から抱きしめた。

 ふにふにと柔らかい二の腕はひんやりとして心地良い。

 だが……。


 何かが違う。


 いつもより物足りなく感じる。何故だ?

 もしや穂積は痩せたのか? そういえば最近、甘い物を控えているような気がするが……。

 

 モミモミ……。

 

 気のせいじゃない。手の中で余っていたはずの二の腕が、すっかり収まっているではないか!

 尻へと手を伸ばし、両手で揉みしだき、ほどよく余った腰の肉をつまむ。


 物足りない。

 おかしい……。

 尻も腰も……全体的に小さくなっているような……。


 背後から、のしかかり胸へと手をかけた。

 たゆん、たゆんと魅力的に手の中で弾んだが、いつもと違う。

 

 やはり萎んだか?


「ん……」


 気だるそうな声を上げ、穂積がこちらに顔を向けてくる。

 起こしてしまったようだ。


「まだ寝ていろ」


 「はぁ」と、返事とも呼べない声を出し、再び目を閉じた穂積であったが、何かを思い出したように、カッと目を見開いて飛び起きた。

 よほど慌てたのか、その勢いのまま床へと転がり落ちて行く。

 寝ぼけてるのか?


「な、な、な、な、な……!」

「どうしたんだよ」

「キャー!」

「お、おい! 枕を投げるな!」

「こ、ここ、ここ……、ここで、何してるんですか!」

「はぁ?」


 寝ぼけているのか? 穂積のヤツは。


「何って眠っていただけだ……」


 ん!?


 この低く甘い声色(こわいろ)……!


「まさか……」 


 目を落とした先には、硬く筋張った筋肉質な腕と大きな手……!

 まさか、まさか……!


「リ、リ、リンネさん! 出て行ってください!」


 俺が寝台から飛び出すと、穂積がまた悲鳴を上げ、顔を隠して床に座り込んだ。


「い、嫌ぁ! なんで裸なんですか!」

「おぉ……!?」


 男に戻っている……!

 どうして!?

 寝ている間に元に戻ったのか!? 闇姫のヤツ、出来ぬと言ったくせにやってのけたのか?


「リ、リンネさん……! リュ、リュウトさんはどこですか……な、なんで……?」


 穂積が消え入りそうな声で唸っているが、気にかけてはいられない。


「穂積! 俺の顔をよく見ろ! この世で一番良い男だとは思わないか? それにこの翼……! 惚れ惚れするだろ。なんなら触れても構わない」

「い、嫌です……!」

「触ってみろって、遠慮するな。そうだ、体中どこを触っても良いぞ」

「きゃー! 近づかないでください……! な、な、な……」

「おお、そうか穂積。さては男の裸体を見た事が無いのだな? 良かったなぁ、初めてが俺のような恵体とは自慢できるぞ。目の保養にしろ」


「も、もう……お願いです……帰ってください……」


 泣き出しそうな穂積には、リンネでは無く俺こそがリュウトであると事情を説明しても聞き入れて貰えないだろう。


「仕方ねぇな」


 窮屈な部屋と、頭を顔抱えて丸まった穂積を見下ろし、とりあえずと外套だけを羽織って外へと出た。

 

 急をしのいで誠司に服を借りるとしよう。


穂積には、落ち着いた頃向かい合えば良い。

 誠司の部屋の前に立つと、背後でガチャリと鍵のかかる音が聞こえた。


 穂積め! 俺を締め出したな!

 それにしたって女の部屋から裸で締め出されるとはバツが悪い。


「おい、誠司! 出て来い」


 乱暴に呼鈴を押し、ドアをバンバンと叩いた。


「な、なに」


 扉の向こうで狼狽する声が聞こえ、ドアノブが回る。

 それを、確認したと同時に視界が白熱し、目の奥が熱くなる。立ちくらみだと気づいたときには床に座り込んでいた。


 ガチンッ


「痛てぇ!」


 誠司の開けた扉が額にぶつかり、頭を抱えた。


「テメェ、思いっきり開けやがったな!」

「ごめんって……床に居るなんて思わなくて……って、あれ? ど、どうしたの?」

「ああ、服を貸してくれ。着る物が無いんだよ」

「……うわ!」


 立ち上がりながら外套を開くと、誠司が悲鳴を上げて背を向けた。


「あ? そう恥ずかしがる事も……」


 男同士だろ……う……。


「ぎゃっ!」


 陽の元に晒されていたのは、透き通るような白い肌と、豊かな乳房に引き締まったウエスト。

 懐かしくも美しい女の俺の体。


「そんな馬鹿な」

「な、なななな……なんだよ、リュウト! ど、どううつもりなの!?」

「どういうつもりも何もねぇよ!! くそ! ぬか喜びさせやがって……! 結局これか……!」

「お願い早く隠して……!」


 生娘のような悲鳴をあげる誠司に舌打ちで返し、望み通りに外套を身に纏った。


「はぁ……! どいつもこいつも俺の身体を弄びやがって!」


たまらず大きく息を吐いた。


「な、なに? 何の話し?」

「うるせぇ! こっちの話だ! もうどうでも良い! 二度寝だ! 二度寝してやる!」


 この苛立つ気持ちと二重三重の疲労感は、寝て沈めるしかない。


「誠司! 寝台を貸せ! 穂積に締め出されて帰れねぇ」

「え! ちょ! リュウト……!」


 誠司を廊下に残し、誠司の部屋に押し入ると、薄い腰に手を当て、深いため息をつく。

認めるのも悔しいが、この体は履き慣れた靴のようにしっくりと来る。

ひとまず元に戻った。そう言うことなのだ。


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