去りゆく君の回帰譚-6
「呪縛が解けて、また呪縛か」
過去を思えば喪失感が拭えない。
カリガネの事を思えば、怒りしか湧いてこない。
一先ず考えるのは止めよう。思い出に浸っても未来は無いのだ。
気を取り直し、闇姫に問いかけた。
「で、体は元には戻せるんだろうな?」
『変化した術を解くというのはのう、絡まりあった糸の行く末を捜すようなものじゃ。この思念の身の上では骨が折れる仕事じゃのう』
「それもお前の撒いた種だ。責任をもって刈り取れよ」
闇姫は何も答えないが、否定もしないと言う事は素直に従うつもりがあるようだ。
安堵した次の瞬間、焼けた石が胸の中を転がっていくような感覚に身悶えた。
熱が肢体を締め付ける。
「闇姫どういうつもりだ! 痛ぇじゃねぇか」
『我慢されよ。我は今、背の君の中を診ているのじゃ』
喜々とした様子に、ため息がこぼれる。
闇姫は闇姫だ。
思念になったからといって、態度を軟化させる分けではないのだ。
「俺は男に戻れるか?」
闇姫は答えないが、体を巡る熱は高まるばかりだ。
胸を押さえ暫くは耐えたが、やがて足がふらつき、片膝を地面に付いてしまう。
……満身創痍だな、こりゃ。
口元を拭うと、擦り傷だらけの腕に血がべっとりとついた。
歯は折れていないが、どこかが切れて出血しているらしい。頬は殴られたせいで腫れ上がり熱を持っている。
その上、夏帆の服はカリガネに引き千切られて、見るからに痛々しい。
カリガネの野郎、子供相手、それも好いた少女によくもこんな酷い事が出来たものだ。
愛情が憎しみに変わる事もあるのか? 俺には分からない。分かりたくも無い。
リンネロッタは傷ついただろう。あの子の精神は無垢な子供そのものだ。
「……なぁ、闇姫。リンネロッタの意識はどこに消えたと思う?」
平行していた俺たちの意識は同期し、リンネロッタの意識は差分として俺の中に消えずに残っていた。
これは宵闇の悪魔の優しさだろう。
今なら分かる。宵闇の悪魔がリンネロッタに向けていた愛情の正体が父性であったと。サリッサから受けた愛情もまた母性だ。
二人はもうこの世にはいない。
傷ついたリンネロッタの意識が今も俺の中に眠っているのなら、可哀想でならない。
呪いだとかどうでも良い。あれもまたもう一人の俺だ。
『リンネの意識は我が譲り受けても良いかえ?』
闇姫の言葉には慈しむような優しさがあり、俺は何の抵抗も覚えず言った。
「ああ、頼むよ」
闇姫に任せるのが良い。
『リンネロッタは我の親友じゃ』
「闇、リンネロッタが俺にかけられた呪縛だという事に、お前は気づいてたのか?」
『当然じゃ。我は煉獄の闇姫じゃ』
「ふん。なるほどな」
ほどなくして、全身を包んでいた熱が和らぎ、無意識に抑えていた呼吸を緩め、息を大きく吐いた。
しかし、身体は幼い少女のままだ。
問いかける前に闇姫が答えた。
『我の時遡は、明日には抜けるじゃろう。しかし問題はカリガネ殿下が背の君に施した禁術の……じゃ……』
闇姫の思念が近づいては遠ざかる。
「おい、なんか変だぞ。どうした?」
『うむ。思念は……潮の満ち引きのように……不安定なのじゃ。依代も無しに人間界と繋がるとは本来……事なのじゃ……褒めて欲しいのじゃ……』
言葉は切れ切れになり、胸の中に熱く感じていた闇姫の存在が希薄になっていく。
「御託は良い。術が解けるのか教えろ」
『……背の君の魔力は強大じゃ……禁術とはいえ長く抑えるのは不可能じゃ……しかし……強い呪いは身体を蝕む。禁術が解けるのが先か………じゃ……』
「おい闇姫!」
言っても闇姫は答えない。
「くそ!」
肝心なところで!
これではまったくの振り出しだ!
悔し紛れに地面を蹴りつけたが、ふらついた足がもつれた。
「もう、体力は限界か……」
空を見上げ、力を振り絞った。




