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去りゆく君の回帰譚-5

 高台から見下ろした地平線は、戦火に赤く染まっていた。

 夜を控えた空に浮かんで見える黒い影は、無数のドラゴンと有翼(ゆうよく)の兵。


「ここは古くからの同盟国の一つだが、テメェが生まれるずっと前から王位継承をめぐっての内戦状態だ。帝国は今日まで内政に干渉してこなかったが、国力が劣ってきた今、他所(よそ)に取られないとも言い切れねぇ。そうなっちまったら面白くねぇだろ?」


 言って宵闇の悪魔が古桶(ふるおけ)を蹴った。生活の残骸だ。


「終止符を打ってやろう」

「二人で?」

「他に誰がいる」


 口の端を吊り上げ、いつものようにニヤリと笑う。


「良いか、リンネ。お前の役目は前線に向かって火球を落とす事だ。放つ火球に威力はいらねぇ。肝心なのはデカさだ。詠唱もいらねぇ。ただ、イメージすんだよ。出来るか?」


「当然」と腕まくりで答えた。

 宵闇の悪魔と過ごして二年。魔力はかなり強くなったのに、宵闇の悪魔はそれを認めてはくれない。

 今がチャンスとばかりに、ありったけの魔力を込めて、宵闇の悪魔の度肝を抜いてやる!


「ヨシ。準備ができたら適当な所に好きなだけ落とせ」

「楽勝、楽勝」

「余計な事はするなよ」


 見透かされるが「分かってるよ」と言葉だけで答え、両腕を振り上げて構えた。

 大地から熱量エネルギーを吸い上げるようなイメージで、魔力を手の中に集中させる。


 力を溜め込めこんで一気に……!


 魔力は体を(めぐ)り、天仰(てんあお)ぐ両腕を痛いほどに刺激する。魔力は放出される時を、今か今かと待っているのだ。


「さっさとやれ」


 痺れを切らしたように宵闇の悪魔は言うが、限界までは……!

 やがて頭上で魔力の渦が起こり、大気を揺らす。足元から伝わるのは、重い地鳴りと振動だ。

 自分の魔力に押しつぶされそうだ。


 解放しろ!


 心の奥底から突き上げるような衝動に従い、両腕をまっすぐに降ろした。


「行け!」


 鋭い叫びと同時に、手から青白い光がはしる。放出された光は凄まじい光量の熱の束となって宵の闇を切り裂いていく。

 いよいよ戦線にぶつかる。そう思った次の瞬間、熱の束は空へと垂直に気道を変えた。弾かれたのだ。


「どうして!」


 直後、後頭部に衝撃が走った。


「痛ぇ!」

「この馬鹿。火球って言っただろ! 何で放射してんだよ」

「……だって」


 こっちの方が強いし、格好が良い。そう言い訳めいた事を口にしようとした瞬間、がくりと膝から崩れ落ちた。


 熱い……!


 術に耐え切れずに体が燃えたかと両手を見るがそうじゃない。


「うぐぐ……」


 痛みに気付いた時には、額を地面に擦り付け唸っていた。


「おいリンネ? どうした? ずいぶん苦しそうじゃねぇか」


 やけに楽しげな声に答える余裕も無い。


「ぐあ……」


 体内に鋭い(はがね)の竜巻を抱えているかのような、猛烈な痛み。

 震える拳で地面を殴っても、激痛に衝撃を感じるコと事も無い。暗黒に落ちそうな意識を引き止めるのが精一杯だ。


「身の丈に合わねぇ魔力を使うからだ。助けて欲しいならそう言ってみろ」

「いやだ……!」


 宵闇の悪魔に助けを求めるのは簡単だ。でも、まだ耐えられる。ここで救いを求めては、いつまでも認めてはもらえない。

 あんな程度に魔力を使っただけで、限界が来るのがおかしいんだ……! 自分はもっとやれるはずなのに!


「ホント馬鹿だな。ガキのくせに妙な意地を張るな」

「んぐぐ……!」


 全身から汗が噴出し、息が止まる。喉が動き方を忘れたかのように、空気を吸い込めない。

 喉から出るのは、嗚咽だけだった。


「まったくお前ときたら……」


 ふわりと体が浮き上がった。

 宵闇の悪魔に抱き上げられたのだ。全身が青い光に包み込みこまれていた。

 光はやがて金色の光へと変わる。それと同時に痛みが和らぐ。


 「潮時(しおどき)だな。そろそろ終わりにするか」


 宵闇の悪魔の声を聞きながら、目を閉じたとたん、深い眠りに引き込まれた。






 ********






 パチパチと火の燃える音を聞きながら目が覚めた。


「きゃっ……」


 驚いたのは、そこがサリッサの腕の中だったからだ。


「あ、あれ? な、なんでサリッサに抱っこされてるの? っていうか、いつから寝てたのか分かんないんだけど……」


 聞いてもサリッサは、私を赤ん坊のように胸に抱いたままで、答えてくれない。


「ねぇサリッサ、いつまでそうしてるつもり? 恥ずかしいわ」


 サリッサは穏やかに微笑むも、首を横に振る。


「ようやく起きたか」


 背後からの声に顔を上げる。


「ねぇ! サリッサに何かあったの? いつもより変よ」

「サリッサが変なのはいつもの事だろ」


 言いながら宵闇の悪魔は向かいのソファに腰を降ろし、組んだ足に肘を乗せて険しい顔。


「お前、リンネロッタだな?」

「当たり前じゃない。何を今更。宵闇の悪魔まで変になったのって……ちょ、ちょっとサリッサ! 痛いわ!」


 サリッサが私の腕に爪を立て、グサリと食い込ませてきたのだ。。

 その意図は分からない。私が悲鳴を上げるのを楽しんでいるのかもしれないし、別の意味があるのかもしれない。


「リンネロッタ。起きて早々で悪いが、死んでくれ」

「……どういう事?」


 悪巧みをするような口調は、冗談を言っているようにしか聞こえない。

 けど、サリッサの微笑みが絶えたのを見るに、ただの冗談とも思えない。


「言葉通りだよ。寝首を欠かれなかった事は、サリッサに感謝しろよ。説明もなしに殺しては可哀想だと、そうやってお前を守ってたんだからな」


 サリッサは穏やかに微笑みを浮かべ、慈しむように抱きしめてくる。


「泣き顔が見たかったのよ」


 泣きそうなのはサリッサの方だった。


「よく分からないんだけど……なんで?」

「うるせぇな。俺が死ねって言うんだから、死ぬ必要があるんだよ。悪いようにはしねぇ。良いから一回死んでおけって」


 宵闇の悪魔は素早く精霊を口寄せし、光の粒を集めた。光はやがて実体を持ち、長く華奢な(つるぎ)の形を取る。


「光が揺らめいて綺麗だろ? コイツでお前を貫き殺す」


 宵闇の悪魔に殺すと宣言されて、逃げられた者は今まであったのかしら。私、本当に殺されるの? でもどうして?


「私の事が邪魔になったの? だから殺すの?」


 宵闇の悪魔は「まさか」と目を細めた。


「かけられた呪いを解きたいか?」

「……もちろんよ! 呪いが私の可能性を潰しているんですもの」

「その通りだ。お前は、まだまだ強くなるよ」

「じゃあどうして……?」


 固く握りしめた拳にサリッサの手が添えられた。


「呪いの正体が、リンネロッタなの」

「……呪いの正体が私?」


 サリッサの言った意味が分からず、そのまま聞き返していた。


 私が何ですって……?


「前に自分の中にもう一人いるって言っていたな」

「……うん。いつも胸の中に感じているわ」

「ソイツが本当のお前だよ。エテルナ家の魔女共は、本来あるべき性と人格を、リンネロッタという呪縛で縛り付けてやがったんだ。馬鹿らしいほど大掛かりな呪術だが、封じられた”本物”の魔力はそれを凌駕するほど強いらしい。並みの悪魔なら違和感も覚えず、呪いに乗っ取られたまま一生を終えてただろうよ」

「……そんな!」


 もう一度口に出してみる。


「……私が呪い? 私が……?」

「そうだよ。つまり、呪いを解くと言う事は、お前を殺すと言う事だ」

「……待って……じゃあ今の私はどうなるの?」

「消えるよ」


 容赦の無い言葉に、息が詰まる。


「みんな最後は消えるのよ」


 サリッサの燃えるような瞳が揺れていた。


「リンネロッタ、お前、昨日の事を覚えてるか?」

「……昨日?」


 霞みがかった記憶の中で、戦火の赤が鮮明に思い起こされた。


「……戦場に火球(かきゅう)を落としに行ったじゃない。宵闇の悪魔に力を見せつけようと、ありったけの魔力を込めて放ったのよ。そっか、あのまま倒れちゃったんだ……」


 どうしてすぐに思い出せなかったのかしら。あんなに痛い思いをしたのに。


「でも……それと何が関係あるの?」

「俺と一緒にいたのはお前だが、お前じゃない。少年のリンネだ」

「え……?」

「お前は気が付いてねぇかもしれねぇが、ここ一年ぐらいずっと、二重人格者みてぇになってんだよ。二人とも記憶は共通してるが、その認識がねぇ。そうだろ?」


 宵闇の悪魔の言うとおり。私はずっと私だと思ってた。いつ私じゃなくなっているのか分からない。


「俺はどっちのリンネも気に入ってるし、どっちのお前が本物だって正直かまわない。だがな、中途半端が一番悪い。このままでいると人格や体が破壊されちまう。白黒つけるなら早い方が良いだろう」


 宵闇の悪魔が初めて見せる真剣な表情かお

 いつものように面白半分でからかっているんじゃない。


「体の占有(せんゆう)が長いお前に選択権をやろうか。魔力を望まず、つつましく生きると言うのなら、実家に帰ってババア共に泣きつけば良い。(ここ)にいる間に弱まった呪術を喜んで上書きしてくれるさ。お前が大人の女になったら、俺が責任を持って(はら)ませてやるよ」


 ニヤリと笑う宵闇の悪魔に悪態を付き、自分の胸元を掴んだ。


「そんなの絶対に嫌よ! 殿下のお嫁さんになんかなりたくないもの」


 だけど……消える? 自分と言う意識。その行方を想像するのが怖い。


「……他に方法は無いの?」

「良いか、リンネロッタ。お前は消えるが、本当に消えるんじゃない。新しく成長していくんだ。並行して育ってきたもう一人と融合してな。だが……まぁ、少女だった事の多くは忘れてしまうかもしれない。あっちは自分を男だと信じて疑ってねぇからな」

「忘れる……」

「私が嫌でも覚えていてあげるわ。可愛いリンネロッタの事」


 寄り添った手が背中にじんわり温かい。


「勇気がないなら、私も一緒に(つらぬ)かれてあげる。そうしたら怖くないでしょ?」

「何を言い出すの……? サリッサが私の為に怪我をするなんておかしいよ」


 呆れる私をよそに、宵闇の悪魔が声を上げて笑う。


「騙されるなよ、リンネ。サリッサはこの(つるぎ)の切れ味が気になるんだよ」


 宵闇の悪魔は言うが、私の髪を撫でるサリッサの手が緊張している。

 サリッサは怖い事しか言わない。けど、優しい女性だ。眠る私を胸に抱いて、宵闇の悪魔とどんな話をしたのだろう。

 感謝を伝えようと思ったが、それがお別れの言葉になりそうで怖かった。


「お前が男になったら、カリガネには恨まれるかもしれねぇな」


 ふと宵闇の悪魔がぼやいた。


「カリガネは親友よ……姿なんて関係ない」

「そうかね。だと良いんだが。ああ見えて弟は情熱的な所があるからな。まぁ、それも今は都合が良い。アイツはまだ僻地(へきち)だ。どうせ子供の内に起こった出来事なんて、ひどく曖昧で、親友が実は男だったと知っても、思い違いの笑い話で済むだろう」


 宵闇の悪魔は「あとは俺がうまく誤魔化してやる」と薄く笑った。


「さぁ。リンネ。覚悟は決めたか? 体に染み付いた呪術を抜くには、それなりの覚悟が居る。生者への呪いは、死者への祝福。お前だけを殺すつもりだが、死んで生き返らない可能性もある。だが、俺は悪名高い宵闇の悪魔だ。俺を信じるなら試してみろ」


 期待に満ちた碧眼(へきがん)が光る。

 私がどういう決断をするか、もう分かっているのだ。


「私は私を取り戻すわ。誇り高い悪魔だもの」


 剣先は真っすぐに私を捉えた。


「生きていれば、俺が捨てた名前をやろう」



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