表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/77

心ある場所-9

 


「何をするのよ!」


 お腹の上に跨り、私を眺めるカリガネの顔は恍惚として、知っているカリガネとまるで違って見えた。

 両手首には硬く冷たい何かが巻き付き、後手に固定され身動きが取れない。


「連、綿の……んぐっ」


 術を紡いだその口は、カリガネの冷たい手に塞がれてしまう。叫ぼうにも声にならず、どんなに暴れても、女とはいえ、大人にはかなわない。


「もう少し君との時間を楽しんでいたかったけど、時間切れのようだ」


 得体の知れない恐怖に、膝が震える。

 カリガネは屈んで、耳元で囁くように言った。


「リンネ、一緒に帰ろう」

「ん!? んー?」

「残念だが分かったよ。君は僕を愛する事はないだろう。だから僕は君を手に入れるために、君を殺そうと思う」


 おかしな事を言わないで! 言った声は手で塞がれているせいで「んうう」と唸声にしかならず、思い切り噛みついたが、それでもカリガネは構わないらしい。


「最後に初恋の君に会えて良かった」


 カリガネが私の首筋に顔を埋めたのと、それは同時にやってきた。


「本当は魔界まで我慢するつもりだったが、もう良いよね?」

「んー!?」


 冷たく湿った感覚が首筋を這い上がり、全身に鳥肌が立つ。


「んぐー!」


 カリガネの重たく大きな胸が気道に押し当てられ、息が詰まる。


「良い香り……まだ誰にも触れられた事はない? ここ、柔らかくて凄く気持ちいい。ふわふわで指に吸い付いてくるみたい」


 スカートの中に手を入れないで! 変なところ触らないで! 舐めないで!


「んー……! んー……」

「泣かないでリンネロッタ」


 ふと、口を押さえる手が緩められ、顔が近づいてくる。反射的に何が起こるかわかった。


「やめて……!」


 どうして? どうして? やっぱり、この女はカリガネじゃなかったの?


「こんな事……しな……やだ……やっ……んー!!」


 言いかけた言葉を唇が塞いだ。私の唇をねっとりと舐める女の唇と舌……。

 興奮した荒い吐息。

 乱暴に髪を撫でる手。

 容赦なく咥内に割り入れられた硬い舌先。


「……んんん……!」

「ハハハ……噛み付かれそうだ」


 自嘲するように言うと銀の糸を垂らしたまま、目を細める。

 何が起こったのか、いくら考えても理解できない。


「全部見せて」

「いや……! やめて!」


 恐怖と羞恥に鼓動が早まる。どうにか逃げようと体を跳ねさせても、その都度、押さえつけられ、地面に皮膚が熱く擦れた。

 悲鳴は意味を持たない。鼻につく錆びた香りだけが現実で、ブラウスのボタンはいつの間にか引きちぎられ、下着は太股までずり下されていた。


「君は僕のものだ」

「……! んぐっ」

「ごめんね、リンネロッタ。苦しいかい? でも舌なんて噛み切られたら困るから、咥えていてくれないかな」


 カリガネは私の髪からリボンを引き抜き、咥内に押し込めた。抵抗すればするほどリボンは唾液を含み、口の両端を冷たく湿らせていく。


「すごい。リンネロッタの体、綺麗なところしかない」

「んー! んー!」

「……もどかしいな」


 切れぎれの息が、耳に絡みつく。

 何をされるか分からない。でも、何かよくない事が起こる。それは確かだった。ただ、たまらなく怖い。


「んんんっ!」


 カリガネが両足を持ち上げたせいで、腰が浮き、背中が深く沈んだ。


「フフッ、可愛いね。その顔が見たかった」

「恥ずかしいわ! やめて……!」

「今度は誰も助けには来てくれないよ」


 下腹部の鋭い痛みに、言葉の意味を推しはかる事が出来ない。


「いっ……痛い……抜いて!」

「まだ第二関節までしか挿れてないよ? やっぱりまだ子供なんだ。女の指でこんなにキツイんじゃ、初めては相当痛いかもしれないね」

「うっぐぅ……!」

「でも安心して」


 今度はお腹の中を押付けられるような鈍痛に襲われる。

 苦しむ私に、女は中で指を折ったのだと笑う。


「っ……!! 抜いて……! 抜いて……」


 叫んで恐怖を紛らわすことしか出来ない。何か術を使おうにも、頭がうまく公式を整理できない……。

 女の冷たい指が中で溶け、温度を失っていく。

 どこか身体の中で自由になるところはないかと探してみるが、うまくいかない。

 もがけばもがく程、追い詰められるのだ。


「……リンネロッタ。ここは気持ちいいよね?」

「ひ……!」


 足の裏から痺れるような刺激が全身に走った。未体験の鋭い感覚に、体が強張る。

 刺激は繰り返され、体が甘美に(うず)く度、悔しさに嗚咽(おえつ)がもれた。


「可愛いなぁ……! 僕の指で感じてるんだね。じゃあ、もっと奥まで挿れてみようか」

「や……やっ…………もうやめて……どうしてこんな酷いことするの……」


 情けなさに涙が止まらなかった。

 月の光に反射する眼鏡の奥で、翠眼が恍惚に揺れている。

 親友と同じ色の瞳、髪の色……。


「愛してるからだよ。ずっと、愛してた。愛してるから欲しいんだ」

「大嫌いよ! アンタなんてカリガネじゃない!」


 体の上に覆いかぶさっていた女が動きを止めた。

 女の顔から余裕が消え、凍るように色を失っていく。

 絶望的で、心底打ちひしがれているように見える。


「……うぐぅぅ!」


 敏感な突起をきつく摘まれ。腰が大きく跳ねた。


「僕が嫌い? 僕は大好きだよ、リンネロッタ。そうだ。指をもう一本増やしてみよう」


 冷たく迷いの無い声で囁かれた。


「あっ……!! 抜いて……! 抜いて……ってば! いやぁぁ」


 全身の力が抜け、深淵の底に落ちていくような感覚を覚えた。

 視界が暗くなる。

 夢の中で目が覚めるような不思議な感覚。

 呻くような泣き声をどこか遠巻きに聞きながら、過去が頭の中に流れ込んでくる。


 ……ああ、そう言う事だったんだ。

 私は一度消えたんだった。


 遠ざかる意識と、それを覚めて見る自分とが交差していく。


 ……眩しい。


 まるで深海から水面へ飛び出したかのように、目の前に光が差し、明るく開けて気が付いた。

心地の良い眠りから覚めたような充実感を覚えたが、違和感と状況に気づき、その感情は不快なものへと変わる。


「……痛いばかりで何も良くないぞ。もっと優しくしろよ。なんせ、初めてなんだ」


 首にかかる熱い息まで不愉快だ。


「ああ、リュウトに戻ったのか」


 カリガネは冷静な顔で答える。


「俺で残念だったな」

「まさか。君が愛しい人に違いないよ」

「よくこんな小さな少女に発情できるな……そんなに俺が抱きたければ、俺の人形でも作って勝手にやってろ」


 俺の言葉にカリガネは薄い笑みを浮かべる。


「くそ、変態が……」


 カリガネは俺を強く抱きしめると、唇を押し当ててきた。


「……常軌を逸している。まぁ、男のお前に()られるよりは、まだ精神的にマシだ。視覚的にはかなり良い。だが、肌を見せるのが俺ばかりではつまらないだろう? お前も脱げよ。俺は女を悦ばせる自信ならあるんだ。楽しませてやるよ」


 カリガネは何も言わずに俺の口を塞ぎ、両腕が俺を締め付けた。

 俺を自分の内側に密着させるような、胸苦しい抱き方だった。


「君を殺して魔界に連れて帰るよ。残念だが、それが良い。その身体に無垢な魂を入れるんだ。そうして僕たちは新しく出会い直す。今度こそ、友人としてではなく……」


 馬鹿げた事を……!

 俺の体に代わりの物を詰めて、それは俺だと言えるのか?


 喉の奥で唸る俺の頬に、カリガネの流した涙が落ちて弾けた。


「リュウト。僕は君の事を心から愛している。この感情は狂気じみていると自分でも思う。だが止められないんだ。誰かに奪われるぐらいなら、殺したい」


 胸の奥の余韻として残るリンネロッタの意識が、ズタズタに切り裂かれていく。

 俺は二度もカリガネに裏切られるのだ。

 ショックを受ける気持ちを宥めるように、カリガネの本性はこっちなのだと、言い聞かせる。


「だが、君に愛情を持ちながら友情を感じた日々は、けして退屈なものではなかった。いや、楽しかった。充実していたよ。それを失うのも辛いんだ。君に分かるかな、僕の不幸が」

「んぐぐぐ!」


 体を左右に振り、動かない両足を引きずってみたが、カリガネから逃れる事は難しい。

 手足の自由は奪われ、動くのは上半身のみ。

 魔力は切れ、術も使えない。

 もはや、涙を浮かべて命乞いをしたところで無駄だろう。


「昔の君と今の君、最後に二人の君に会えて嬉しかったよ。次に会う時は未来の君だね」


 言いながらカリガネは、自身の服の中に手を差し入れた。

 取り出すのは、俺を殺す為の道具なのだと直感的に分かった。

 どうする?

 今一番恐ろしいのは冷静さを欠く事だ。術は使えなくとも、俺には経験がある。

 カリガネの一挙手一投足から目を離さず、その機会を伺った。


「リュウト、恨むなら宵闇の悪魔を恨んでくれ。僕はずっと……僕から君を奪ったあの人を憎んでる」


 カリガネの手に短刀が見えた。

 勢い良く上半身を振り起こし、勢いのまま刃に噛みつきそれを奪った。

 刃は唇を傷つけ、口の端に焼けるような痛みが走るが、かまわず、より強く噛みしめた。


 俺を甘く見るなよ!


 腹の中で叫び、カリガネの首に短刀を突き立てた。


「リュウト……!」


 カリガネは悲鳴をあげたが、その顔が苦痛に歪む事はない。


「お前……!」


 カリガネの首からひびが入り、破片が剥がれ落ちていく。剥がれた体の奥には空洞が広がっていたのだ。

 短刀から滴る血液は、俺の物だ。


「……偽物ホムンクルスだったのか……」

「さすがリュウト。油断したよ。危ないところだった」


 カリガネは首に刺さった短刀をゆっくりと引き抜く。

 首から左肩にかけて亀裂がはしる。


「まだ安心するには早いんじゃないか?」


 おどけた調子で言ってはみたが、額に浮いた汗は誤魔化せそうにない。

 カリガネがその刃を俺へと向けたのだ。

 押し倒され、崩れる人形(カリガネ)の破片を浴びながら、その向こうで銀色の光が一筋見えた。

 それはカリガネが振り上げた刃。


 くそ!


 最後に見た女がカリガネになるとは、不幸すぎるだろう。

 だからと言って心に残す女も無い。それが俺らしいと言えば俺らしいが……。

 

『背の君の心の中にあるのは我じゃ』


 聞きなれた声。

 いや、声じゃない。

 それは文字を目で追っているかのような自然さで、脳に沁みこんできたのだ。


 閃光が目の中を走り、見上げたカリガネが見る間に崩れ落ちていく。

 短刀は俺の胸を貫く事無く地面へ落ちた。


 助かったのか?


『我に感謝じゃな』


 喜々とした闇姫の言葉に、疲労と焦りに脱力を覚えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ