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心ある場所-4

「お、お姉さまぁ! お怪我はありませんかー!?」


 見上げた先に心配そうな夏帆の顔があった。


「……なんとか」


 言って暗い穴の中、自分の手足を見れば、土で汚れ、擦り傷だらけ。

 その上、服はビリビリに破れて、ほぼ裸。

 穴はかなり深く、地上までは大人の体で三人分はありそうだ。夏帆が「ロープを持ってまいりますわ」と叫んだが、自分の翼で飛べるだろう。狭い穴の中「えい」と、翼を広げ一気に飛び上がった。


「はぁ……酷い目にあった」


 体についた土を払い、久しぶりに使った翼を大きく開く。陽をも遮る漆黒が美しい。


「お、おおおお、お姉さま?」


 ひどく混乱した様子の夏帆と目が合う。


「驚いた? かなり成長したみたい」


 だが背丈は小柄な夏帆よりもまだ低く、歳は十一か十二と言った所だろうか……。

 見上げた夏帆は頬を染め、怪しげな挙動で目を泳がせている。


「今すぐ、き、着る物を持って参りますわ……!! 話は後で聞かせてくださいまし!」


 すぐさま駆け出した夏帆だが、振り返って叫んだ。


「と、とにかく、お姉さまは木の陰に隠れて待っていらして!」


 走る夏帆を見送り、改めて見下ろす自分の体。華奢な骨格に、膨らみかけた胸、産毛すら無い恥丘にはぴったりと閉じた縦線が見えた。

 成長過程に在る少女の身体は、妙に艶かしく、見てはならない物を見てしまったような罪悪感に苛まれる。

 きっと夏帆もそう感じたのだろう。


「……」


 急に裸で青空の下に居る事が恥ずかしくなり、翼で体を覆い隠して、言われた通り木の陰に逃げ込んだ。


「ニャー……」


 木の陰で、僅かに残った布を体に巻きつけていると、ポカンと口を開けたホズミと目が合う。


「ニャニャニャニャ?」


 ホズミが怪訝そうな顔で見るが、何を言っているのかは、サッパリ分からない。


「ニャニャッ」


 大穴を指差し、何やら喚く。


「ああ。褒めてるのね? 凄いでしょう? フフン。暴走した魔力を制御できたみたいなの! 並みの悪魔なら、蒸発して死んでいたわ!」


 大穴を見て、鼻を鳴らすと同時に、自爆という馬鹿らしい死に方しなくて良かったと、心底安堵した。


「ニャ?」

「どうしたの?」

「ニャニャ?」


 しかしホズミは賛辞もなく、ただ首を捻っている。


「まさか、魔力を使い果たして、ただの猫になったんじゃないわよね?」

「ニャ?」


 ホズミはさらに、地面に頭が付きそうなほど、大きく首を捻った。


「お姉さまぁ!」


 ホズミと一緒に首を傾けていると、走る夏帆が斜めに見える。


「夏帆、早く! 恥ずかしくてたまらないわ!」


 勢いを上げ戻った夏帆は、目尻に涙すら浮かべ「ごめんなさい」と、私の体にタオルを巻いた。


「テニスコートとプールのわきにクラブハウスががありますの。泥を落としてまいりましょう」


 夏帆は言って、私の手をぎゅっと握る。


「夏帆が洗って差しあげますわ」

「ニャッニャッニャ!」

「猫さん、どうされましたの?」


 ホズミが夏帆に何やら喚くが、やっぱり何を言っているかは分からない。


「ニャニャニャ! ニャーニャニャニャー」


 たまらず夏帆は、救いを求めるように私を見た。


「……お腹が空いてるみたい?」

「まぁ! そうでしたのね? でも猫さん、ごめんなさい。今はお姉さまが優先ですわ」


 ホズミは「ニャー」とうな垂れ、地面を前足で殴りつけた。




 ********




「新しいお姉さまにお会いできたみたいで、夏帆嬉しいですわ! ああ……清楚なお顔立ちに、透き通るような白い肌……まるで絵画や彫刻の天使が、現実に抜け出してきたみたい」


 ドライヤーで私の髪を乾かしながら感嘆の声をあげる夏帆を、下着姿の私が鏡越しに睨む。


「天使ですって? 失礼ね! この翼を見なさい! 私のどこが天使なの!」


 広げた翼が、背後に立つ夏帆の両腕にぶつかるが、夏帆はいっそう歓喜の声で答えた。


「ふわふわ! 黒い羽根は硬いと思っておりましたわ! 骨格は鋭利なのに……まったく違うさわり心地ですのね!」

「悪魔の翼に触った事ないの?」

「もちろんですわ! ああ……お姉さまの翼、ふわふわ……! すごく気持ちいいですわ」

「あんまりペタペタ触らないでよね!」


 言っても夏帆は隙を見て触れてくる。


「もう! くすぐったいんだから!」


 夏帆は「ごめんなさい」と、謝罪の言葉を口にしながらニコニコと笑い、黒いワンピースと白いブラウスを私の胸に押付けてきた。


「夏帆が小学生の頃に着ていた服ですの! ハイウエストワンピース、お姉さまにきっと似合いますわ! それに、この服なら翼もファッションの一部に見えますでしょ?」

「……」


 着れば胸が強調されるようなデザイン。夏帆は「クラシカルな甘ロリですの」と説明してくるが、趣味じゃない……。

 ただ、いつも夏帆が着ている服よりは、レースやフリルの数は少なく、この服なら着られない事も無いと、しぶしぶ受け取った。


「ブラウスの背中の生地、お姉さまには邪魔ですわよね? 翼の位置を計ったら、裁断してまいりますわ」

「大丈夫よ」


 鉛筆と巻尺を手にした夏帆の手を遮る。

 夏帆は悪魔が着替える所を見た事が無いのだ。夏帆の手からブラウスを奪い、羽織る。


「まぁ!」


 夏帆は目を丸め、手を叩いて感動を示した。

 翼が一瞬だけ消え、服の上から翼が貫通して現れたからだ。


「フフン! こんなの悪魔の常識よ」

「素晴らしいですわ! これも魔法ですのね……」


 絡みつくような視線を浴びながら、黙々と着替えを続けていると、夏帆が手を差し伸べてきた。


「お手伝いしますわ」


 この服はボタンの数が不必要に多く、難儀していたのが伝わったのかもしれない。


「もう私は小さな子供じゃないんだから、大丈夫よ!」

「夏帆がしたいから、するのですわ!」


 強引に胸のボタンに触れた夏帆の顔が、どんどん近づいてくる。

 やけに荒い息が顔にかかった。


「お姉さま……すごく、すごく……可愛いですわ」

「か、夏帆?」

「今、お姉さまの唇を奪ったら、お姉さまのファーストキスは夏帆の物になりますの?」


 同じ高さまで目線を下げた夏帆の顔は真剣だ。


「私に口づけしたいの?」

「も……もちろんですわ」


 夏帆は「はしたない子だと思わないでくださいまし」と、頬を染めたが、私から視線は外さなかった。


「したいなら、別に良いけど……あっ」


 夏帆が私の両腕を強く掴んだせいで、白いブラウスが大きくずれ落ち、肩が剥きだしになってしまう。


「……お、おい夏帆」

「だってお姉さま……」


 なぜだか胸が大きく高鳴った。夏帆の手から、緊張が伝わるせいか? 


「お姉さま……震えていますのね……可愛い」


 夏帆は俺の胸に手を当て、意味ありげに耳元で囁いてくる。


「や、やめ……」


 不思議な羞恥が込み上げてきた……。

 まさか、どうして? たかが口付けをしようとしているだけだぞ? 身体だけでなく心まで乙女になっているようではないか。


「参りますわ……」


 宣言通り、夏帆が顔を傾かせ、熱い吐息が肌にかかる。


「……っ」

「お姉さま?」


 無意識に身を引いていた。

 夏帆も驚き、少し遠ざかる。


「すまん……おかしいな……何故だか酷く緊張するんだが……」


 たかが口付けの一つで、こうも身体は硬直するのか?


「夏帆、雰囲気は作らなくて良い。したいなら、さっさとしてくれ」

「そんなぁ……悪い事をしているみたいですわ」

「何でも良いから、さっさとしろ」


 ぎゅっと目を瞑り、顎を上げた。冷たく震える夏帆の指が俺の指に絡る。

 ……いや、震えているのは俺の方なのか?



『リンネは分かっているのかい? 結婚するってどう言う事か』



「キャッ! い、いきなり目を開けたら駄目ですわ!」

「わ……悪い」


 夏帆が慌てたように顔を背け「もう、お姉さまったら」と息を吐く。


 誰だ……? 確かに今、誰かの声が耳に蘇ってきた……。

 聞き覚えのあるあの声。


「……夏帆、やめておこう。口付けをする気分じゃない」

「そ、そうですわね……」


 安堵と落胆とを混ぜ合わせたような表情で答える。


「それと夏帆、こんな少女の身体に欲情をするとは、やはりお前は変質者の素質があるぞ」


 夏帆は「もう、お姉さま!」と頬を膨らませて怒るが、間違いではないと思う。




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