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心ある場所-1

 子供の姿になり、早くも一週間が過ぎた頃。

 俺の体の変化にいち早く気が付いたのは穂積だった。

 いつものように魔法少女モモリンを見終え、新しく現れた敵の情報をノートへと書き付ける俺の後ろ姿が、いつもと違うのだと言う。


「ちょっとだけ大きくなっていませんか?」

「そうか?」


 指摘され、立ち上がり、自分の手足を確認する。

 母上から貰った子供服の裾は短く、隠れていたはずの(くるぶし)が露出していた。


「……子供の成長って早いですね。こっちの方が大きそうですよ、着てみてください」


 穂積は手早く俺の着衣を剥ぎ取り、慣れた様子で「バンザーイ」と言いながら、大きなリボンが胸元にあしらわれた赤い服を強引に頭からかぶせて来た。


「あ……! ピッタリです」

「……確かに」


 しかし、体が成長するという事に驚きを隠せない。

 ある日突然、元に戻る。そう考えていたからだ。


 ……今や元を指すのが男か女かは分からないが、この事を考えると頭が痛いので考えない。


 追い討ちをかけるよう穂積に「そのお洋服、女の子らしくて似合っていますよ」と付け加えられ、悪態を付く気すら起きなかった。


「……早く大人に、戻れると良いですね」

「ああ。まぁな。このペースで成長すれば数ヶ月で元に戻るかもしれんな」

「……数ヶ月……ですか」


 穂積が深刻な顔で俺を見た。


「リュウトさん……私、困ってるんです」

「お? なんだ相談か? 良いだろう。聞いてやる、さぁ言ってみろ。どんな悩みも俺が解決してみせよう。たとえこの子供の体でもだ」


 リボンの位置を整えながら、寛容な心持で答えたが、見上げた穂積は迷惑そうな目だ。


「私……リュウトさんが次に学校に来るのはいつだって皆に聞かれるんです……リュウトさんを探している人が学校に来ているらしくて……」

「俺を?」

「モデル事務所って噂ですよ」


 期待外れの面白く無い話に、ただ「ああ」と、だけ答えた。

 珍しい事では無い。母上に店で働かないかと、路上で誘われた時のように、町を歩けば一定数そういった類の人間に声をかけられるのだ。

 中でもとりわけ腹立たしいのは、身の程もわきまえない下心丸出しの男だ。あわよくば、などと軽々しく声かけてくるのだから目も当てられない。

 それを相手にせずに邪険にしたらしたで「ブス」などと捨て台詞をはかれ、不快極まりないのだ!


「なんて答えて良いのか……私……」

「フン! どうせスカウトとか言う奴だろ? 不在の学校にまで現れるとは! 無視するように言っておけ」


 しかし穂積は眉を寄せ、面倒な表情かおをした。


「でも……私が直接聞かれたわけじゃないですし……なんて言ったらいいか……」

「フン。それをきっかけに、学友と親しくなれば良いじゃないか。相変わらず一人で居るのだろう? 話す相手が出来れば、退屈しのぎ位にはなる」


 しかし「それは……」と、さらに煮え切らない態度で答えた。


「まったく、お前という女は……」


 群れで行動する女子生徒の中で、一人きりの穂積は異端だ。

 陰気ではあるが、味のある良い女だと俺は思う。だが、同じ年頃の娘たちから見れば浮いているかもしれない。


「俺を利用できるものならすれば良い」

「……私がしゃしゃり出たって、厚かましいって思われるだけです……」


 穂積は孤独の時間が長すぎて、相手との距離感が掴めないのだ。

 だが、それについて俺が、とやかく言う事ではない。


「フフン。もしやお前、学校に俺が居ない事で寂しい思いをしているのか?」

「……」


 すぐさま否定するかと思ったが、穂積は真面目な口調で「そうかもしれないです」と呟いた。

 素直に受け入れられるのも居心地が悪いものだ。


「そうか。そんなに寂しいというのなら、明日からこの姿で学校へ行ってやろう。正々堂々、逃げも隠れもせず、俺がリュウトだと名乗り出てモデル事務所とやらと話をつけてやる。望みならばお前の膝の上で授業を受けてやろう」

「な、何を言い出すんですか! だ、駄目ですよ!! それに……寂しいとはちょっと違うんです……」

「じゃあ、なんだよ」

「……物足りない? と言うか……いえ、そんな事もなくて……」


 言って、言葉の選び方を間違えたと顔を赤くさせた。

 この要領を得ない性格。

 つい、からかってやりたくなる。


「ああ、刺激が欲しいのか? 任せておけ。得意だ」

「こ、これ以上いらないです!」

「フン。嫌がっているのは口先だけだろう? 本音が透けて見えるぞ」


 すると穂積は黙り込み、視線を泳がせ、時折握りこぶしを作って上下に揺すった。何か考え込んでいるようだ。

 そして、唐突に口を開いたかと思うと、脈絡の無い事を口走る。

 

「…………モモリンごっこはしませんよ?」


 長い前髪の間から覗く顔は真顔だ。

 言葉の意図の不可解さに数秒間停止し、見つめ合っていたが、たまらず噴出して答えた。


「ぶっ……! そうか、残念だ」


 どういう思考回路で、行き着いて出た言葉なのかは読めないが、穂積は面白い。

 しかし、学生生活においてはこれが悪く作用するというのだから、難儀なものだ。

 だが今は穂積の学生生活より気にかかる事が一つあった。


「……どうしたんですか? モモリンのマジカルステッキなんて持ってきて」

「刺激的なモモリンごっこをしてやろう」

「はい?」


 実は体の変化に、もう一つ引っかかりを感じているのだ。


「この方が雰囲気が出る」


 ステッキを一振りして、叫んだ。


「ピーチビーム!!」


 バリンッ!

 ステッキの先端から放たれた、蒼い稲妻によってテーブルの上のカップが二つに割れた。


「おお! やはり! 魔力が戻っているではないか!」


 成長と共に魔力も育ったのか!?

 よし、もう一度! ステッキを握りなおし、振りかぶった。


「あ! 何を!」


 しかし、再び振りあげた腕は、穂積に捕まえられてしまった。


「なんて事するんですか! このマグカップ気に入っていたのに……」


 穂積は目を細め、割れて転がるカップを指差した。

 動物らしき珍妙な絵がカラフルに描かれ、お世辞にも趣味が良いとは思えない。


「……悪かった」

「人の物を面白半分に壊すなんて酷いです……リュウトさん、私……今かなり怒ってます」


 静かな口調が怖い。カップを割った事だけでは無く、からかった事も怒っているのだろうか。


「しかし、魔力が戻って嬉しくて……」

「じゃあ魔法で治してください!」

「……治してやる」


 強く言われて承諾したが、再生の魔法は破壊よりも高度な術……。

 さすがに、無詠唱とはいかない。

 だが、自信は無くとも、やるしかない「よし」と再びステッキを振り上げた。

 シャララと音が鳴り、ステッキの先端の星が回ったのは、うっかりボタンを押してしまったせいだ。

 ふっと息を止め、心を整える。

 瞼の裏に感じるのは、精霊の息吹と魔力の熱。


「我が名はリュウト・エテルナ。賢人の真理、常闇の王! 元素万物に満ち、根源の――」


 ふわりと室内に風が立ち、カーテンを大きく揺らし、読みかけの本のページをパラパラとめくる。

 やがて沸いた光の粒はぶつかり合いサラサラと清涼感のある音を立て、輝きながら部屋に満ちた。


「わぁ……」


 穂積は怒りを忘れ、胸の前で手を組み感嘆の声を漏らす。

 これこそが悪魔の力! 無から生まれた光を砕き、粒子を集め、割れたカップと接合させるのだ。


 ……だが、今の魔力の量で、そう上手くいくはずが無い。詠唱の途中で、正しく術を発動させるのは無理だと確信し、術の軌道を変えた。


「――!」

「リュウトさん!?」


 俺の姿が消えた事に、穂積が驚きの声を上げた。


「すまん! 許せ、穂積」

「ど、どこに居るんですか!?」


 穂積は俺の居た場所に話しかけているが、俺はすでに玄関を目指し、走った所だ。


「もう! 都合が悪くなって逃げるなんて、まるきり子供じゃないですか……!」

「ああ、子供のいたずらだ」


 穂積の視線が俺を捕らえた。

 姿を消せるのも数秒が限界のようだ。


「夏帆の家に行ってくる!」


 怒りの声が背後から投げかけられたが、無視して勢いよく部屋から飛び出した。





****




 足取りは軽い。うっかり持って出たモモリンのマジカルステッキをぶんぶんと振り回して歩くほどに、浮かれていた。

 微力ではあるが、魔力がこの手へ戻っているのだ!


「くふふふ……」


 無意識に含んだ笑いが漏れてしまう。

 この、ゆるやかな坂を上りきれば夏帆の家と学校までは目と鼻の先。

 夏帆に本物の魔法を見せてやろうではないか!


「……ん?」


 前方に、佇んでいる女が目に止まった。

 休日で人通りは少ないとはいえ、学園通りと呼ばれるこの道に女は珍しくない。だが、パンツスーツを着こなすスラリとした体系と、何よりこの国では珍しい銀色の長い髪が、一際目を引いた。

 すれ違う学生も「外国のモデルさんみたいだったね」と、はしゃいだ声で噂している。


 よし、近くで顔を見てやろう! 浮かれた俺の足が、さらに浮き足立つ。


 子供の俺にとって、女の顔を覗き込む事など、造作も無い。

 何食わぬ顔で女の前を通り、追い抜きざまに下から見上げた。


 ……美女だ! 


 予想外の角度から刃を受けたときのような感覚に反応が鈍り、自然に立ち去る算段もかなわず、その場で足が止まってしまった。

 形の良い鼻と唇。そして知性的な翠眼が白い肌に映え、美貌を縁取るような眼鏡が実に艶っぽい!

 思わず息を呑み、ぼんやり見惚れていた。


 これほど美しい女には人間界で出会った事が無い……。


「あ……」


 美女に見下ろされ、目が合ってしまった。

 だが問題ない。子供らしい無邪気な笑顔で答えた。

 必然的に美女の笑顔を誘う自信もあったが、返されたのは唖然とした表情だった。


「……なんて理想的な少女……!」

「え!?」


 美女は感嘆の声を出し、躊躇う事無く俺を抱き上げた。

 髪を撫でられ、頬擦りをされる。


「ひぃ……や、やめ……!」


 手足をバタつかせ、助けを求め周囲を見回すが、俺のような無垢な子供が抱き上げられたというのに、通行人その誰一人として、動揺を見せていない。

 それどころか、遠まきに微笑ましく見守っているとすら感じる。


 そうだ……この国の人間は、美女のとっぴな行動には寛容なのだ。それは身を持って知っている。


「君……その愛らしい顔を、もっとよく見せてくれないかな?」

「ちょ……あんまりベタベタ触るなよ」


 湖の底のような深い色の瞳にうっとりと見据えられ、不快な寒気が背筋を刺激する。

 本能的な直感か!? 危険を身体が知らせているかのようだ。

 相手は美女だというのに嫌悪感が拭えない……!


「君の顔や仕草、鼓動を近くに感じていると、熱い気持ちが抑えられなくて……どうしてかな? 君の成長を見守りたい。そう思ってしまう自分の心に今、とても戸惑ってる」

「あ? 何を勝手な事……」

「……ああ、可愛い! 六歳くらいかな? 少し生意気そうだけど……その年齢なら、いくらでも教育できそうだね」


 もしや……変質者!?


 そうだ! これがアミの母親が警戒する、悪い大人に違いない!

「ハァハァ」と荒い息を付き、時折「あぁ……っ」と、喘ぐような声を漏らし、興奮した熱っぽい目で俺を見ている……。

 美しい女だが、どんな憶測を巡らせても、変態か変質者以外の答えにたどりつかなかった。


「離して貰えませんか……?」


 一先ず、変質者を刺激しないよう、慎重に言葉を選んだ。


「いや、悪いが離すつもりは無いよ。追い求めていた少女が現実に現れたのだから! あぁ……夢みたい。いつまでも、こうして抱きしめていられたら良いのに……」


 変質者は俺の言葉に耳を貸さない……。

 それどころか、目尻に涙を浮かべ、俺をぎゅっと抱きしめる腕に力をこめた。


「おい! 俺が怒らないうちに離しやがれ!」

「言葉が悪いね。よし、決めたよ! 連れて帰って育てよう……! きちんと躾をしないといけないね」

「ちょ! よせ!」

「大丈夫。何も心配は要らないからね。今日から君はうちのだよ」

「冗談じゃねぇよ!」


 人間、それも美女を相手に、この手は使いたくなかったが、平和的な解決は不可能なようだ。今こそ魔法少女としての力を見せ付けてやる!


「白昼堂々、人目も気にせず人さらいとは! だが相手が悪かったな!」


 マジカルステッキを振り上げて叫んだ。


「ピーチッメモリアル!」


 閃光が音も無く辺りを包み、変質者がひるんだ隙に腕の中から抜け出し、スタッと灰色の地面へと飛び降りた。


「モモリミックス!」


 マジカルステッキの先端から飛び出した光の輪が、変質者を後ろ手に拘束する。変質者はバランスを崩し尻を付いて転んだ。


「え……!?」


 変質者は目を丸め俺を見上げている。驚いた顔も美しいが、変質者なのだ。


「変・態・撲・滅!」


 胸の前に指でハートマークを作り、反転させる“ピーチサイン”を決め、颯爽と走って逃げた。


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