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悪魔リュウトと境界の美少女生活  作者: おかゆか
煉獄ゼロ・イチ
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幼女いろは-6

 穏やかな音楽が奏でられ、歓談する人々の声がざわざわと聞こえていた。

 しかし、姿は見えない。

 ここは、白熱する光の世界。

 頭は妙に醒めている。夢を見ているのか、はたまた、見させられているのか。

 足元に意識を集中させ、一歩踏み出すと、大理石の床が現れ、着飾った男女や楽団の姿が現れた。


(この光景を俺は知っている)


 中でも一際、大勢の大人に囲まれた少年の前に、小さな影が躍り出るのが見えた。

 少年は一瞬だけ怯んだが、相手が少女だと分かると、紳士的に話しかけた。


 ――はじめまして、可愛らしい姫君。


 銀色の髪を短く一つに束ね、子供ながらに尊く、厳かな王の風格を漂わせた少年。


 ――僕はカリガネ。


 ――こんにちは、皇子さま! 私はリンネ。エテルナ家の三女よ。リンネロッタって皆は呼ぶけど、好きじゃないの。リンネと呼んで。


 白いドレスの裾を上げ、ニコリと笑った幼い少女は、俺だ。

 無垢な妖精のような容姿に反し、向こう見ずで、気が強く、とんでもない悪戯者であった。

 この性格に、男も女もなかったのだと、今は思う。


「私ね、カリガネ殿下に気に入られてくるようにって、母上に言われてきたの。だから友達になってよ」

「友達? 僕と?」


 疑うように少女を見る深い碧の瞳は、随分と大人びていて、同年代の子供たちとまるで違う。


 ……カリガネとはそういう子供だった。


 へりくだった大人の中に、身を置いているからだろうか。

 だが、その事に思い上がる事はせず、視野はいつも冷静に思えた。


「ねぇ。ちょっと、こっちに来てくれる?」


 少女おれは、そんなカリガネの態度にも臆さず、強引に腕を引き、大人たちの間からカリガネを連れ出した。


「私と友達になれば楽しいわよ! ねぇ、王宮の地下霊廟にドラゴンゾンビが居るって、知ってる? フフン! 秘密の抜け道があるんだけど?」


 カリガネは、豪胆な事を言ってのける俺に驚いたのか、はたまたドラゴンゾンビに、興味を惹かれたのか、はじめて子供らしい顔つきで俺を見た。


「本当に?」

「ええ! 骨がむき出しですっごく臭いの! でも大きいわ!」

「生きてるの?」

「もちろん! 死んだドラゴンなんかに興味ないもの」


 そして、カリガネは笑顔を不器用に隠し、気恥ずかしそうに言ったのだ。


「……友達になっても良いよ」


 その言葉を待っていたとばかりに、少女は笑顔を弾けさせる。


「言ったわね! じゃあ! その証に指きりしてよ」


 差し出した細く白い小指を、カリガネの小指が、躊躇いがちに絡め取った。

 こんな子供らしい約束の仕草、カリガネにとって初めての事だったのだろう。

 羞恥に頬を硬くさせ、緊張しているようにも見える。

 俺は、そんなカリガネを気遣う事もせず、指を繋げたまま、ブンブンと乱暴に腕を振り「これで私たちは友達よ」と笑う。

 カリガネは、呆気に取られているようだ。


「あー! 良かった! 友達になってくれなきゃ、叱られちゃう所だったの!」

「君もあの子たちと一緒?」

 

 カリガネは、俺たちの様子を遠巻きに見る少女たちを見て、少し嫌そうな顔をした。

 この頃から、すでにカリガネは、未来の王に一番近いと、呼び声が高く、王宮で行われた祝い事、その席にカリガネが出席する事を知ると否や、どの家もこぞって、同じ年頃の娘を連れ立って参加し、カリガネに見初められる事を願っていた。


 俺も同じ。だが違う。


「私は、王妃様になんてなりたくないわ! だって私、本当は男の子なんですもの」

「そうなの?」

「ええ! そうよ! 心はいつだって冒険に出たくて、うずうずしているの! 大人になれば体も大きくなって、強い悪魔になるわ! そんな予感があるもの!」


 俺を見据えたカリガネの瞳が、大きく揺らぐ。


「リンネって面白いね。僕には可愛い女の子に見えるけど……じゃあ、もし僕の部屋に、火炎竜の子供が居るって言ったらどうする?」


 カリガネの言葉に頬を高揚させ、薄茶色の瞳を大きく見開くと、屈託のない笑顔で答えた。


「私の氷鎧虫フローズンと戦わせましょう!」



 ……それから俺たちが、真の友となるのに時間は要さなかった。


 珍獣がいると聞けば、危険を(おか)してでも赴き、蛮族があると聞けば、いち早く懐柔を試みようと飛び出した。

 冒険に満ちた、あの友情の日々が仮初であったとは、今でも思えない……。




 ******




 バリン、と光が弾け、キラキラと空間を漂うのが見えた。


 次に意識へ流れ込んで来たのは、赤茶けた丘陵に立つ古城。

 その、高くそびえる防備堅固な塔の上で、少年が二人、翼を休ませていた。


 ……少女の面影の薄れた俺。そして、カリガネだ。


 交わす言葉も無く、ただ、赤黒い空を見上げ、砂の混じる生暖かい風に当たっている。

 この城を見つけ、どちらからとも無く降り立ったが、疲弊し、再び空を駆けるには気力は萎えていた。


 この日、宵闇(よいやみ)の悪魔が死んだのだ……。


 それは同時に、カリガネが王位継承権一位を正式に得た事を意味する。兄の死に思う事は多いだろう。だが、端正なその横顔からは、何も読み取れない。


「リュウト」


 ふいに、カリガネが俺の名を呼んだ。


 ここにいる俺は、真名(まな)として“リュウト”を名乗っている。男の名だ。少女であった記憶はすでに無い。

 少女から少年へと変化した境界は曖昧だが、ある時期から魔力が急成長し、幼名で身を守る必要は消えたのだ。


 俺は視線だけをカリガネに預け、言葉の続きを待っていたが、カリガネは沈黙したままだった。

 落ち込む俺を励まそうとしたが、かける言葉が見つからなかったのだろう。

 不貞腐れた顔で、少年おれがポツリと口を開いた。


「宵闇の悪魔を(いた)む者が、この国にいると思うか?」


 俺の言葉に、カリガネは困ったように笑った。


「リュウトが、悲しんでいるじゃないか」

「俺は特別だ」


 カリガネを友と呼ぶのなら、宵闇の悪魔は俺の師。死を悼み偲ぶのは自然な事だった。


「……特別か。確かにそうだね。あの人が傍らに置いたのは、リュウト一人だけだった。弟である僕よりも、君と過ごした時間の方が圧倒的に長い」

「フン。他の者が恐れすぎたんだ」


 宵闇の悪魔は、ずば抜けて魔力が高く、暴虐で殺戮を好んだ。だが、それは、彼のほんの一面にしか過ぎない。

 善き者ではなかったが、ひとえに悪しき者でもない。彼の奔放な振る舞いは、刺激的で、俺の憧れであったのだから。


「それに、ここ数年は穏やかだった」

「ハハッ。過去は変えられないよ。騎士隊長殿の言葉は聞いていただろう? 帝国に平和が訪れた。そう、言い切っていたじゃないか。よくもまぁ、陛下の御前で言えたものだが、それが本音なんだよ」


「フン! 騎士隊長は、臆病者だ! どいつもこいつも、宵闇の悪魔の死を喜びやがって! あの強さに救われたのも一度や二度ではないはずだ!」


 帝都で交わされる言葉の多くは、俺にとって胸糞が悪いものばかり。たまらず飛び出した俺の後を、カリガネは追って来たのだ。


「宵闇の悪魔はカリガネの事も気にかけていたんだ」

「あの人が……? あるはずない」

「曲がりなりにも兄上だ。まさか、お前まで宵闇の悪魔の死を、喜んでいるわけじゃないだろうな?」


 反面教師とばかりに、抑圧され育てられたカリガネだ。自由に生きた兄を恨み、妬んだ事もあったはず。

 だが、カリガネは俺の問いには答えず、鋭い声で言った。


「リュウトは、宵闇の悪魔を王に望んでいたのかい?」


 その言葉に俺は不快感を露にさせた。俺が次の王に望むのは友であるカリガネであると、言わずとも伝わっていると信じていたからだ。


「何を言う! 宵闇の悪魔は尊敬しているが、王の器ではない」

「僕は作られた王だ」

「俺はそう思わない。お前の人並みならない努力と勇気を尊敬している。お前を王に据え、共に魔界を制するのが俺の夢だ」


 うそ偽り無く、子供の頃からそう願っていた。

 そして、自分の中の魔力が高まるにつれ、夢は現実味を帯び、ただの友とは呼ばせない自信もある。


「……国捕りか」


 カリガネは表情を変えず、ポケットから何かを取り出し、乱暴に投げて寄越した。


「これを持っていてくれないか」


 細かい装飾の入った、金の指輪だ。


「これは?」

「偉大な魔術士が金へと変化した、いわくつきの黄金だと聞いた。リュウトが好むと思って作らせた物だよ」


「悪くない」と、月光に掲げて眺め見る俺に、カリガネがほくそ笑んだ。


「二人の来し方行く末のため、持っていて欲しい」

「友情の証か? 悪くない。だが、詰めが甘いな、どの指にもブカブカだ」

「そうか。指は意外と細いのか。僕と同じ位かと思っていたよ」


 俺は気にするでもなく、ニヤリと笑うと翼を広げた。


「フン。いずれ指も太くなる。俺は今、自分の体に魔力が漲っているのを感じているのだ! この魔力は宵闇の悪魔すら凌駕するだろう。どうだ? 頼もしい相棒だろう? 俺こそ王の剣にふさわしい」


 言って、塔の欄干の踏むと、真っ直ぐに上昇した。そして、上空で上げた両手を一気に振り下ろすと、無数の刃が古城に向けて放たれた。

 轟音と共に砂煙が舞い、城の壁が崩れ落ちていく。


「リュウト、貴重な文化遺産を壊してはいけないよ」


 傾いた塔から、ゆったりと翼を羽ばたかせ、カリガネは呆れたように言ったが、目は笑っていた。


「この城は宵闇の悪魔へくれてやろう」





 ******




 白熱し、ぼやけていた視界が輪郭を帯びていく。


「リュウト様! 目が覚めたのですね、良かったですぅ!」

「大丈夫ですか!?」

「ああ! お姉さま! 良かった」

「見えてる?」


 俺を見下ろす四人を交互に見た。どうやら、ソファに寝かされているらしい。

 ここが現実なのだと、意識すると急に感覚が鋭くなり、口の中に残る薬液の味まで蘇ってきた。


「おえ……口の中が気持ちわゆい」


 誠司に体を支えられ、差し出された水を飲み干すが、口の中がまだネバネバと不快だ。


「どえぐらい寝てた?」

「五分ぐらいかな」

「……そおか」


 深いため息が漏れる。


 ……体は子供のまま。

 薬は効かなかったのか。

 こめかみがズキズキと脈打つように痛み、穂積の胸へとしな垂れると、穂積が俺の髪を撫でた。


「顔色、悪いですよ……」


 過去を見たのは、闇姫の術の続きか、悪い薬の刺激のせいか。


「……ホズミ。俺の金指輪だが、どこに捨てた?」

「遠い所に捨てろ。と、おっしゃられたので、魔界に捨てましたよ」

「魔界らと!?」


 ガバッと半身を仰け反らせたせいで、頭がふらつき眩暈がした。いや、この眩暈は愚かな従者への呆れだろう。


「はい! マツムシ様に偶然お会いして、お預けしたのです!」


 完璧に仕事をこなしたのだと言わんばかりの、ハキハキとした口調だ。

 脱力し、ズルリと穂積の胸からずり落ちた。


「お姉さま!」

「くだらない事を、いつまでも愚痴うなら、そえを先に言え! このバカ猫」

「はううう!」

「リュウトさん、そんなに興奮しないでください」


 うんざりと大きく息を吐き、頭を抱えた。


「どこでマツムシと会ったのら?」

「えーと……変な木の下です」

「変な木らと? お前の存在の方がよほど妙だお!」

「そんなぁ……!」


 ホズミはとにかく指輪を捨てる為に遠くを目指し、一晩走り続け、行き着いたその場所がどこかは覚えていないと言う。

 そのまま帰ってこなければ良かったのに、鼻だけは聞くようだ……。


「その木の付近に、境界の門があるのかもしえないのに!」


 マツムシは、月に一度しか人間界へ渡れぬ闇姫とは、違う。廃寺で会ったように、定期的に境界を行き来しているのだ。

 だが、この身では魔界に戻れない。


「ニー!」


 ホズミの耳を掴んだ。


「ちょ、リュウト」

「その耳、今こそ千切ってやう」

「ニャニャニャ!」

「お姉さまぁ」

「白々しく猫のフリなどしあがって」

「ニャニャー! ニャニャニャ! ニャ!」

「……猫ちゃん?」

「……ニャーン!」


 ホズミは情けなく口を開き、涙目で訴えかけてくる。


「喋れないのです?」

「……もう一度、薬を飲め」

「ニャ!?」

「あの、リュウトさん……」


 穂積が手を上げ、おずおずと口を開いた。


「床に落ちて割れたので、全部こぼれちゃいました……」

「で、臭いから雑巾ごと捨てちゃったんだよ」


 夏帆と目が合う。


「材料は、もうありませんの……」


 ほっとした顔のホズミが視界に入り、睨みつけると「ニャー」と鳴いて逃げて行った。


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