幼女いろは-3
清桜女子高等学校。その門の前で、穂積と夏帆の帰りを待っていた。
足元のホズミは、退屈なのか大きな欠伸をし、門柱に寄りかかる誠司は、渋面を見せている。
母上は「若い二人を、ひとまず見守りましょう」そう、勝手な結論を出したが、当の誠司は、ろくでもない与太話に巻き込まれたと、苦悩しているようだ。
だが、俺は悪くない。
重ねた小さな嘘が、意思とは無関係に転がりだし、勝手に大きくなったのだ。
理不尽な術を使った闇姫が悪い。その元を正せばカリガネが悪い。いや、さらには俺の性別を弄んだ者たちが悪いのだ。
だが、それを誠司に伝えても、機嫌は直らないだろう……。
「悪かったと思っているのら」
しかし、愛らしくも健気な俺の謝罪の言葉に、誠司の表情が緩むことは無かった。
「……学費が止められる所だったんだからな。リュウトは分かってないんだよ……それがどんなに怖い事か……」
じっと誠司を見つめた。
気の良い誠司にしては珍しく、ふてくされている。
「ごめんなたい」
「……可愛く謝れば許されると思ってるよね? 面白がっているのが、顔に出てるんだけど?」
言われて押さえた頬は、プニプニとした感触だ。
「そうら。これをやる。機嫌をなおせ」
「ニャッ!?」
リュックのポケットから飴玉を取り、誠司のズボンのポケットへ押し込んだ。
誠司は飴玉と俺を見比べ、口元を緩める。
「通貨にも等しいと思え」
「それじゃあ、許さないわけには、いかないか」
言って、誠司が飴玉を口の中に放り込むと、ホズミが「ニャー!」と悲鳴を上げる。
「欲しかったんじゃない?」
「猫、お前には後で、もっと良い物をやおう」
「ニャ!?」
ホズミは物分りの良い顔で、ピンと耳を立てた。
単純な奴なのだ。
「ねぇ、リュウト。七瀬さんって今日は、まっすぐ帰るよね? 部活とか出るんじゃない?」
誠司は、急かすように腕時計を眺め、周囲を気にしながら言う。
最終の予鈴が鳴り、門をくぐる生徒が増えてきたのだ。
「……うっかりしてたな、男が女子高の前で待ってたら、目立つよなぁ」
「フン、堂々としていれば良い。穂積一人では部室へ行かないらろう。じきに来る」
俺の知る穂積は、教室へは最後に入り、最初に出るのだ。
「ねぇ、あの子見て! 可愛いー! お人形みたい!」
複数の黄色い声に、視線を向けると女子高生特有の、奇声にも似た歓声が上がる。
そして誠司をチラリと見て、話の種だと言わんばかりに顔をほころばせた。
門前で待ち構える幼女と青年。
関係性の不明瞭な俺たち二人は、とにかく人目を引くらしい。
「……七瀬さん早く来ないかなぁ」
帰宅の途につく生徒が増えるにつれ、好奇な視線は無視できない数に膨れ上がっていく。
時には囲まれ、チヤホヤとおだてられる。
悪くない。
だが、誠司はとにかく居心地が悪そうに、腕を組み、ぷいと横を向いている。
「誰かのお兄たん? カッコいいね」
耳に入った単語を口に出して見せると、誠司は「やめて」と、肩をすくめた。
「賛辞の声は心を豊かにするのら。そう思え」
「僕は、ここに居るだけで犯罪者になった気分なんだけど……」
「ああ! 変質者という者らな! あまりキョロキョロするなお、疑われては困うからな」
誠司は眉間に縦皺を作り「帰りたくなってきた」と、ぼやいた。
「ニャッ!」
ホズミが立ち上がる。
「お、やっと来たか」
穂積は俺たちを見つけると、驚いたように目を見開いた。
「な、中森くん……!?」
穂積が大きな声を出したせいで、周りの女子生徒がざわついた。
自分たちの噂をしていた男、その待ち人が現れたのだ。剥き出しの好奇心が、突き刺さる。
穂積は赤面し、丸い背をより丸め、縮こまりながら、大きな息を付いてみせた。
「七瀬さん、ごめんね。リュウトと居たから、一緒に来たけど、やっぱり迷惑だったかな」
「そんな事……ないです」
穂積は、鞄の持ち手を両手でギュッと握り「嬉しいです」と、消え入りそうな声で答えたのだ。
……その反応はなんだ!
原因不明の苛立ちに、胸がざわざわする!
「リュウトさん、どうしたんですか? 難しい顔して……」
「俺が迎えに来て嬉しいか?」
「……え……? そうですね。教室に来られるよりは、ここに居てくれた方が、ずっと嬉しいです」
「……」
「プッ、アハハ。」
噴き出した誠司を一睨みするが、頭をぐしゃっと撫でられてしまう。
屈辱だ……!
「七瀬さんが、つれないからリュウトが拗ねてるよ」
「そうなんですか? すみません……」
「拗ねてなど!」
誠司に「パンパンだよ」と頬をつつかれ、穂積は「お腹空いてるんですか?」と困り顔を作ってみせた。
拗ねてなどいない。
ただ心の所在が迷子になっているのだ。
この場にいるのが“子供の俺”ではなく“大人の男の俺”であったなら、穂積をもっと辱めてやるのに。そう、当然のように感じる気持ちと、鮮明になりつつある、少女の頃の記憶が混同し“男の俺”の存在を否定してくるのだ。
俺は“男”だと、強く思えば思うほど、さらに深い溝に落ちるのではと、恐怖すら感じる。
内なる葛藤を遮るように、遥かから声が聞こえた。
「お姉さまぁぁぁぁあああ!!」
校舎から校門へと続くレンガの敷道。その遠くから、かすかに聞こえた甘え声が大きくなってくる。
夏帆が走ってきたのだ。
「お姉さま! 嬉しい! 夏帆を待ってらしたのね!」
「わ! ……やめお」
夏帆は俺を抱き上げると、一緒にくるくると回り、ふわりと足が宙を舞う。
「ああ! 可愛らしいお姉さま! まだ子供の姿のままですのね!」
「良かったね、リュウト。ゴスロリちゃんが熱く歓迎してくれて」
爽やかに笑う誠司に、夏帆は「変な名前で呼ばないで下さいまし!」と俺を抱えながら、頬を膨らませた。
しかし、言葉からトゲが消えたのは、誠司が買い与えた“綿菓子”の成果だろうか。
「例の物、部室に置いてありますわ」
悪巧みをするように、耳元でささやいてくる。
「なんら、持って来なかったのか」
「ふふっ! 一人じゃ持ちきれませんもの」
「そんなに、あうのか」
「ええ! 家の者に部室まで運ばせましたのよ。そうだ! お姉さま達も学内に入れるよう、守衛に許可を取ってまいりますわ」
言うと夏帆はスカートを翻し、軽やかに走り、その後を穂積が追いかけて行った。
どうやら、俺たちと三人並んで校門で待つのが恥ずかしいらしい。
二人の背を見送っていると、ふいに隣の誠司と目が合った。
「……誠司、女の園に入るからとあまり浮かれるなお」
「だ、誰が浮かれてなんて」
「顔がにやけている」
「……そうかな」
俺は穂積に言ってやりたい。
誠司は聖人君子ではない。頭の中は、いやらしい事でいっぱいなのだと。
「むっつりスケベらな」
頭に硬いゲンコツが落ちた……。
幼児虐待だと叫びたい気持ちを抑え、空を見て涙を堪えた。




