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悪魔リュウトと境界の美少女生活  作者: おかゆか
煉獄ゼロ・イチ
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煉獄ゼロ・イチ-4

 闇姫の気分を損ねぬよう、慎重に言葉を選び、尋ねた。


「闇には悪いが、覚えが無い。期待させたのなら謝るが……いつの話だろうか?」

「この身に、禁術が封じられ、魂が囚われる前の事じゃ!」

「な……!」


 子供の頃の話だろう! そう怒鳴りかけたが血塗られた長針を思い出し、口を押さえた。

 今の俺が針を食らえば、致命傷になりかねない……。

 

「我にとっては宝物のように大切な、それは、それは、甘美な思い出なのじゃ……! それを背の君は、覚えていないと言うのかえ?」


 感傷的な口調とは裏腹に、鋭く冷酷な目つきで俺を見た。

 ゾッと両腕に鳥肌が立ち、反射的に腰を浮かせ、逃げる体勢を作った。


「……やがて思い出すだろう」

「そうかや?」

「……」


 闇姫の表情が完全に消えた。

 相手を痛めつけてでも、自分の意思に同調させよう。そう、考えている時の顔だ。じゃれつき、甘えながら牙を剥く時の顔とは、まるで違う。


 かつては容易く逃げられたが、この身ではそうもいかん……。


 俺の心境を顔色から読み取ったのか、マツムシが同情的な目で俺を見ていた。

 闇姫の従者、察する事も多いのだろう。


「記憶とは曖昧なものだ……ッ……グ!」


 突如、首を掴まれた。

 いや、闇姫が右手を伸ばす体勢を見切り、半歩仰け反って上手く逃げたつもりだったが、避けきれなかったのだ……。

 女の身がはがゆい。


「細い首じゃな。うっかり折ってしまいそうじゃ。背の君、苦しいかえ?」

「やみ……ッ」

「我の心も苦しいのじゃ」


 俺の首を締める闇姫に、躊躇はない。

 片手だというのに、なんて力だ!

 そのまま持ち上げられ、体が浮いたが、つま先を床に立て、なんとか体を支えた。

 まるで溺れかけ、水面に顔を出し、流されまいと必死に耐えているかのようだ……。


 ……情けない。


 非哀の色を顔に浮かべたマツムシと目が合った。

 この屈辱的な姿、よりによってマツムシの前でさらした挙句、哀れみを受けたのかと思うと、行き場の無い怒りに胸が支配されていく。

 しかし、大げさに暴れてみても、薄い首の皮膚に爪が食い込むだけだった。


「背の君に、過去の記憶はあるか、なしや?」

「……ぐ……う!」


 気道が押さえられ、喋ることはおろか息をするのも困難になってきた。


「よく王宮の花園で遊んだじゃろう? 忘れてしまったのかえ?」


 ……闇姫が二人の過去らしき事を語っているが、まるで耳に入らない。

 朦朧(もうろう)と気が遠くなりかけた所で、わずかに力が緩められ、体が開放される。


「否、それも仕方が無いことかの……」

「うぐ……」


 再び首を潰す手に力が入り、本格的に息が詰まった。


「可哀相な背の君」


 紫水晶の瞳が、憂い気に俺を見据える。


「カリガネ殿下も浅はかじゃ、背の君は男の姿が似合いじゃというのに」

「……はな……せ!」


「煉獄の王。我が背の君、(あわ)れを()いて(うれ)しけり。殿下に差し出す位なら、いっそ……」


 苦しさにもがくが、その手からは抜けられない。

 闇姫に殺されるのはごめんだ!


「……! 離せ!」


 全力で闇姫の腹を蹴った。

 さすがの闇姫も俺を掴む手を放し、毛足の長い敷物の上へ倒れていく。


「ゲホ、ゲホ……おっまえなぁ……」


 ようやく開放された俺だが、全身の力が抜け、へなへなと座り込んで動けない。


「二度とするなよ。この身は、か弱いのだからな」


 反射的に悪態だけはついて見せたが、ぜいぜいと肩を上下させ、声は消え入りそうなほど小さかった。


「ふぇ……背の君が我を足蹴にするなんて……酷いのじゃ」


 闇姫は半身だけ起き上がると、己が被害者であるかのように、しくしくと泣き始める。


 ……泣きたいのは俺の方だ!


「姫様! 大丈夫すか? おい! リュウト! 女に暴力を振るう奴があるかよぉ!」

「俺も今は女だから良いんだよ!」


 慌てて駆け寄ったマツムシを、闇姫が殴るのが横目に見えた。

 そうやって周囲が甘やかすせいで闇姫の性格が歪んだのだ。時には誰かが殴ってでも、躾てやった方が良い。

 しかし、今は闇姫の事をとやかく考えている場合ではないのだ。


 帰ろう。


 あの扉の向こうは人間界。

 穂積たちの待つ縁日の夜。


「げ……!」


 さめざめと肩を落としていたくせに、闇姫の動きは素早かった。

 立ち上がる間もなく、今度は馬乗りの体勢で組み敷かれ、退けようとした両手に鎖がかけられた。


「……闇! いい加減にしろよ!」

「嫌じゃ! 嫌なのじゃ! 背の君が、我のものになると言うまで退かぬ!」

「俺は誰のものにもならない!」


 手綱のように、鎖を強く引かれ、手首にピリピリとした痛みが走った。

 闇姫は目の端に涙を溜め、粘膜を赤く充血させているが、その泣き顔に「可哀想」とも「可愛い」とも感じない。

 ただ、億劫で面倒な存在にしか映らなかった。


「冗談じゃない……。四年前もそれで俺を怒らせたのだ。忘れたか?」

「三年と二百二十一日前じゃ! 我はどうしても背の君が欲しいのじゃ! 仕方がないのじゃ!」


 なんて女だ! カリガネから逃れたかと思えば、今度は闇姫! 俺の前でジョーカー二枚が揃い踏みしているようなものではないか! 自己中心的な者にばかり好かれ、嫌になる!


「もしや……この美しい顔が変態を呼んでしまうのか?」


 手首に巻きついた鎖を、ガシャガシャと鳴かせて唸った。


「我は美しい女は嫌いじゃ。たとえ背の君だと分かっていても女は愛せぬ」

「だったら男に戻せ!」


 闇姫は、思い出し笑いをするようニコリと微笑むと、顔を近づけてきた。


「……言い忘れておったのじゃが……小鬼殿には会ったかえ?」


 うんざりと、とてつもなく長いため息が漏れた。


「……静かで良い」

「そうじゃろう」


 納得のいく答えだったのだろう。無邪気に笑い、俺を見下ろしている。


「……おかしな事を考えるなよ」


 何も言わずに闇姫は、襟元から小さな黒い筒を取り出した。

 そして、自らの指先を噛み、滴る血液を筒の中へ落とすと、マツムシへと手渡す。

 慣れた作業なのだろう。一連の所作に無駄がなく手際も良い。だが、受け取ったマツムシの額には汗が浮かんでいた。


「なんだ? それは」

「そう嫌な顔をされるな、これは術札で作った特別な筒じゃ。我の血液に眠る禁術と、マツムシの魔力を併せれば面白い事が起こるのじゃ」


 闇姫の面白い事が、俺にとっても面白い事であるとは思えない。いや、ありえない。


「……マツムシ。闇姫に魔力を貸すなど、反逆罪で捕らえられかねないぞ」


 人間界に行き来している事だけでも大問題なのだ。

 捕らえられるだけでは、すまないだろう。

 それでも闇姫には逆らえないのか、しどろもどろに「でもよぉ」と頭を振る。


「何をするつもりだ?」

「善き事じゃ」


 闇姫が朱の唇を横に引き、再びマツムシから筒を受け取った。その隙を狙い、大きく上半身を捻る。

 中腰で這うように、なんとか闇姫の下から逃れた姿は不恰好だったが、ひとまず、抜け出せた。

 しかし、手首にかけられた鎖の端は、闇姫が掴んだままだ。


「往生際が悪いのう」


 悠長に言いながら、鎖を手繰る。

 もう捕まるわけにはいかない!

 小さく息を吐き出し、とっさに術を口にしていた。


連綿(れんめん)の刃!」


 パシッ。

 闇姫と鎖との間に青白い火花が散り、ガチャンと鎖が切れた。


「ぬ……! 術が使えるのかえ?」


 自分でも驚いたが、驚いている暇も無い。踵を返し、出口を目指して駆けた。

 同時にマツムシも俺を捕らえに動く。


「空虚の(いしずえ)!  断絶の糸!」


 次々に術を口ずさんだが、術はどれも発動しない。

 仕方なく、太股に括りつけた短刀を抜き、マツムシへと狙いを定めたその時、指先に鋭い痛みが走り、短刀が床の上を滑っていく。

 闇姫が投げた長針が、俺の指をかすめたのだ。


「……飛び道具とは、お転婆が過ぎるぞ」

「背の君の方こそ、ワンパクじゃな」


 武器がない事に油断を覚えたのか、マツムシは余裕のある態度で俺の前に立つ。


「悪りぃな、リュウト」

「俺の方こそ悪いな」


 言って思い切り、膝で股間を蹴り上げた。


「……リュ……!」


 マツムシは青白い顔で俺を睨み、涙目でその場に固まった。

 この手だけは使いたくなかったと、心の底から謝ったが、言葉にはしなかった。

 続けて、マツムシの頬に平手を一発入れ、よろけた所を蹴り飛ばす。


「痛って! ぎゃ……姫様! ちょ……まッ!」


 膝から崩れ落ちるマツムシを盾に、闇姫の暗器を防いだ。

 枯葉色の羽織の残骸が空を舞う。


「じゃあな」


 扉の前に立ち、ドンと横の壁に手を付いた。


「な……なんて事をするのじゃ!」


 壁を覆う術札が、紫色の炎を上げる。

 俺に会いたいと綴られた術札。成就すれば燃えるのだ。

 紫色の炎は、黒い薄布へと燃え移り、瞬く間に壁一面へと燃え広がっていく。


「願いが叶って良かったではないか」


 まるで部屋が、紫の炎のカーテンに包まれているようだ。

 ゆらめく炎が幻想的で美しい。


「姫様の部屋で火事なんて起こしたら……! くぅ、俺がしっかりリュウトを捕まえてればよぉ」


 狼狽する二人を残し、扉を開けた。人間界の景色が目に入った。その時。

 ヒヤリと冷たい黒煙が、まるで蛇のように足首から胴へと巻きついた。

 この煙、燃える術札の煙ではない。


「闇姫……この期に及んで何を……」


 黒煙は闇姫の手中の筒から、溢れ出ていた。


「背の君! それは時遡(ときさか)じゃ! 我を思い出してくりゃれ」


 時遡だと?

 しかし立ち止まり、闇姫に構っている場合ではない。それ以上は振り返らず、扉の外へと飛び出した。


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