表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔リュウトと境界の美少女生活  作者: おかゆか
煉獄ゼロ・イチ
44/77

煉獄ゼロ・イチ-1

 縁日の夜。

 露店を楽しみ、賑わう人間の群、その頭上に不名誉な声が響いた。


『ピンク色のワンピースを着た、アクマ・リュウトちゃん。十八歳を保護しております。お連れ様は至急、社務所横、迷子預かり所にお知らせください』


「……」


 耳を疑いたくなるような屈辱的な内容の放送に、今の俺は飴玉を咥え、膝を抱えて耐えるしかなかった。




 *****




 放送より数分後、飛び込むようにして現れた夏帆は、驚くよりも先に、俺の全身を見て賛辞した。


「お姉様? とっても可愛らしいですわ!」


 そして、俺の身に起きた不思議が気になるのか「どんな魔法を使ったのか、教えてくださいまし!」と懇願し、激しく肩を揺すってくる。

 たまらず逃げると、今度は誠司に捕まり、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。


「また迷子になったら困るから、人混みにさらわれないように、肩車してあげるよ」


 大真面目に言った誠司だが、笑いながら現れ、さらには人の姿を見て、泣くほど笑った後だ。

 目尻を涙で濡らし、緩んだ口元は今にも噴出しかねない。


「ニャッニャッニャ」


 だが、ホズミに比べればマシだ。従者の立場を忘れ、主人の危機にいつまでも笑い転げているのだから、猫の分際で性質たちが悪い。


「……あの……リュウトさん。ですよね? それ、大丈夫なんですか? どこか痛い所はないですか?……あの……どうして?」


 この者らの中、心配するそぶりを見せただけ、穂積が唯一の良心か。


「よく、迎えに来てくれたな」


 その体に、ぴったりと抱きついた。肉厚な体がより大きく感じる。

 穂積もまんざらではないのか、優しく抱き返してきた。


「ごめんなさい、まさか迷子預かり所に居るなんて思わなくて……」

「あなたがお母さん?気をつけてあげて下さいね。目を離したら危ないですよ」


 “迷子預かり所”の女の一言に、その良心の顔が凍りつく。

 十七歳のうら若き乙女が、俺の母に間違われたのだ。さぞ心外だったであろう。

 慌てて訂正する。


「この者は、母上であない」

「そうなの?じゃあ、お嬢ちゃんのお父さんとお母さんはどこかな?」

「……」


 穂積と目が合うが、名乗り出るか躊躇っているようだ。


「僕が父親です。すみません、ご迷惑おかけしました。リュウちゃん!パパの手を離したら駄目だぞ!」


 迷子預かり所の女の、疑うような目が誠司に向けられた。

 地味で野暮ったい穂積と比べ、若く、はつらつとした風貌の誠司は、一目で学生だと分かるのだろう。俺の父親と言うのは無理があるようだ。

 だが……仕方がない。乗るしかないのだ。


「あい、父上。お手をわずらわせまちた。お姉たん方、お世話になりまちた」


 誠司の大きな手をちょんと握り、頭を下げると「可愛い!」と黄色い声があがる。そのうちのニつは穂積と夏帆だ。

 くそぉ!舌が回らないのだから仕方がないだろう。


「まぁったく、この俺が保護されるとあ!ひどい目にあったであないか」


 迷子預かり所と表記された看板を、苦々しく睨む。

「名はリュウト、歳は十八歳である」そう、アナウンスさせるのに、どれほどの労を要したか! 「本当のお名前は?」「お歳は?」と、しつこく尋問され、危うく涙が出るところであった。


「あの……リュウトさん。どうして子供になってるんですか?」

「そうですわ! 夏帆でも子供になれますの?」

「悪い魔女のせいら」

「魔女ですの!?」


 思わず自らの手へと視線を落とす。小さく、ぷにぷにとした可愛らしい手だ。

 「こんな事になるとあ」ため息がこぼれた。女の姿になり、およそ一ヶ月近くが経つが、この身にそれ以上の最悪な変化が起きるとは、思ってもみなかった。


「俺は、はっしゃい(八歳)位には見えるらろうか?」


 尋ねると三人は困った顔を作り、真剣な顔で俺を見下ろした。


「……四歳?」

「五歳くらいに見えるな」

「六歳よりは下ですわね」


 ……そんなに小さくなったのか。


「ニャッニャッ」


 横を歩くホズミとの距離が、こんなにも近い。


「いつまで笑ってる? 主人を笑うとあ。立場をわきまえろ!」

「ニャッ」

「コラ!猫ちゃんをいじめちゃ駄目じゃないか」


 猫の尻尾を掴むと誠司に、たしなめられた。まるで子供に道徳を教える親の立場のようではないか。


「子供あつかいは、よちてくれ」

「……子供じゃないですか」

「ふ、ふん!」

「小さいお姉様はお人形みたいで可愛らしいですわよ!」


 夏帆が、はしゃぐように声を上げ、手を叩いた。

 当然だ。幼少期の俺は、並の可愛さを遥かに凌駕し、魔界一と噂された美幼児であったのだから!

 自分で言っては虚しいが、カリガネが恋心を抱くのも分かり得る。


「それにしても……子供になるなんて。体は大丈夫なんですか?」


 穂積が俺の目線まで体を傾けたので、服の襟元から胸の谷間が大きく露出した。

 ……今は、このような事に喜んでいる場合ではないのだが、この目線で見られる事はそうない。

 これを機にじっくりと凝視してやろう。

 うっすらと汗ばんだ谷間が、祭りの赤い照明の下、いやに刺激的に見える。

 しいて言えば、もっと色気のある下着を身に付ければ良いものを、実に惜しい。


「あー!! 何をゆす ぶれいもの」


 誠司にひょいと持ち上げられ、肩に担がれてしまった。


「とりあえず、人の多い所から離れよっか」

「ええ、お姉様がまた迷子になったら困りますわ! 魔女の事、じっくり教えてくださいまし」

「だえが、迷子になんてなうものか」

「……なっていたじゃないですか」

「フン! はぐれたのは、お前たちの方ら。祭りに浮かえて、散り散りに消えやがって!お前たちの方が、子供らな」

「リュウトだと分かってても、生意気な子供だなぁ」

「なんあと……!」


 ポカリと目の前にある誠司の頭を小突く。

 だが、正直な気持ち、肩車も悪くない。上から眺めるのは好きだ。遠くまでよく見通せる。活気付いた色とりどりの提灯に、夜空も明るく照らされていた。

 この場に来て早々、一人で彷徨うはめになり、祭りを楽しむ余裕は無かったが、露店がひしめき、人々が群がる、この雰囲気は嫌いじゃない。

 ひどく楽しげな物に映って見えるのは、童心という物があるからだろうか。

 しかし、男の楽しみを無残にも奪われたのだ。熱心に整えたのだと想像のつく、誠司の髪の毛を、ぐしゃぐしゃと鷲づかみにしてやった。

 誠司が「あー」と情けない声を上げ、俺を非難する。


「いたずらな子には、こうだ!」

「あわわ……やめお!」


 視界が激しく上下し、大きく揺すられる。誠司が跳ねる度に、尻がふわりと浮き放り出されそうだ……!

 目をぎゅっと閉じる。そして、必死に誠司の首にしがみ付き耐えた……。

 俺が相応の年齢の時は、気取って振舞うくせに、子供の姿に惑わされやがって!


「な、中森君」

「やりすぎですわよ!」

「ふぇぇ……ううううぅ……」

「え! ごめん、リュウト泣いちゃったの?」

「ふぇぇ……! 泣いてなど……! 泣いてなど……」


 涙は出ていない。ゆえに泣いてなどいないのだ!


「リュ、リュウトさん……」

「ほじゅみ……!」


 手が差し伸べられ、誠司の背から逃げるように穂積の胸へと収まった。


「誠司きらい……」

「え!?」

「お姉様!お可哀相に!野蛮な方ですのね!」

「ごめんって」


 真摯さに欠ける物言いである。俺がどんなに怖い思いをしたか! 子供になった俺は、三半規管が未熟であるのだぞ。


「詫びう気持ちがあるのなら、あえを買ってくれ」


 モモリンと仲間たちの肖像が描かれた色とりどりの袋。それを、ところせましと店先に吊るした露店を指差す。

 袋はパンパンに張り詰め、中に何が入っているか確かめてみたい!


「……あれって、パッケージがモモリンなだけで、中身はただの綿菓子ですよ?」

「ほお、菓子か! 良いであないか!」

「わたあめなんて、食べた事が無いですわ」


 その言葉に、穂積と誠司が仰け反って驚いてみせた。どうやら綿菓子は、祭りの露店の中では、定番にありふれ、口にした事のない夏帆は、少数派のようだ。


「ゴスロリちゃんって、お嬢様なんだっけ?」

「変な名前を付けないで下さいまし」


 夏帆は頬を膨らませ、ぷいと横を向く。

 ゴスロリとは、どうやら夏帆が身に纏っている、フリフリとした服の名称らしい。

 女だけで祭りに行くのは危険だと、護衛のつもりで誠司を連れてきたが、夏帆はそれが気に入らず、機嫌が悪い。


「じゃあ僕、わた飴買ってくるから、境内の階段にでも座って待っててよ」


 誠司が俺ではなく、夏帆に言ったのは気を使っているからだろう。


「七瀬さんも食べるよね」


 誠司は穂積の答えを待たずに、人の波間に消えて行く。

 面倒な事にも、気の回る器用な男だ。俺には到底、真似が出来ない。

 夏帆は綿菓子が楽しみなのか、頬を緩ませ誠司の消えた方向を見つめている。

 「良かったな」そう、声をかけてやりたかったが、どうにもまぶたが重い。

 穂積の豊かな胸に抱かれ、ゆらゆらと揺らされているせいで次第に心地よく、眠たくなってきたのだ……。

 体が子供だからか?

 ざわざわとした喧騒すら、耳に心地よい。

 鉛でもぶらさげているかのように、瞼は硬く閉じ、意志では開かない。あぁ……緩やかに闇へと落ちていく。

 夏帆が「寝ないで下さいまし」と体を揺すり、穂積に「綿菓子食べられなくなりますよ」と励まされるが、まるで気にならない。

 駄目だ……眠気に抗えない……。


 ……まったく、闇姫のやつ……なんて事をしてくれたんだ……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ