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賢者と堕天使の黒歴史-1

その日、リュウトは変だった。


「俺に誠司の時間をくれないか?どうせ暇なんだろ」


そう言って現れたリュウトは、気恥ずかしそうに俯いて「嫌なら断ってかまわんが」と目を逸らす。

いつもより可愛く見えたのは、仕草のせいだけじゃない。

服は僕のプレゼントしたワンピース。髪はハーフアップにまとめ、サイドに編込みまで入れてある。

“よそいき”のスタイルだ。


「大丈夫だよ、どうぞ」


部屋に招き入れようとすると、リュウトが大きくたじろいだ。


「ん?モンドンやるんじゃないの?」


モンドンとは『モンスター・ドーン』という多人数で遊べる狩猟系のテレビゲームの略称だ。

リュウトはかなり嵌ったらしく「誠司、モンドンやろうぜ」と度々遊びに来る。


「や、今日はモンドンではなく……誠司と……いや、モンドンでも良いが」


しどろもどろで、何か言いたそうにワンピースの裾を握った。


「どうしたの?七瀬さんと喧嘩でもしちゃった?」


リュウトは大きな目をさらに大きく見開いて、少し怒ったように僕を見た。


「穂積は関係ない!」

「……そっか、ごめんね」

「いやすまん……ところで誠司、あの約束はまだ有効なのだろうか?」

「えっと、約束って……?」


リュウトは顔を真っ赤にして、ぷいと横を向いた。そしてやっぱり怒りながら言う。


「……デートのだ!」

「デート?ってもしかしてハンバーグの時の?えっと、今から?」

「ああ!そうだ」


七瀬さんは?と聞けばまた怒りそうだったので、何も聞かない。

ハンバーグをご馳走した時のデートの約束なんて、冗談だと思ったのにリュウトは本気だったのか。


「じゃあ、ちょっと待っててね。着替えてくるから」


リュウトは「早くしろよ」と口では悪態をつきながら安堵したように、はにかんで見せた。

それが「うわ」と、驚きが声に出そうなくらいに可愛い。



リュウトとデート……。


リュウトとは、二人きりでゲームもするし、外でばったり会ったついでに遊びに行くこともある。それなのに“デート”と名目がつくと緊張するのは、何故なのだろう。

やっぱり、特別な事が起こるような期待感があるからかな。


「どうしようかなぁ」


どこに連れて行ってもそれなりには喜んではくれそうだけど……そもそも悪魔が喜んでくれる場所ってどこ?

また遊園地じゃありきたりかな、動物園……子供っぽいか。モモリンの映画は……僕が辛い。

なるべくなら、リュウトの喜ぶ顔が見たい。夜ご飯はハンバーグが良いかな。

リュウトは乗り物が好きだから、電車に乗って……。

ふと、ガチガチにプランを組んで全ての予定が狂った、人生の初デートを思い出す。

結果、彼女に突きつけられた「オリエンテーリングしてるみたいでつまらなかった」という感想に、中二の僕は泣いたのだ。

余計な事を思い出してる場合じゃない……。


……とりあえず大きい町に出てから考えよう。


財布の中を覗いて余裕がある事を確認する。これならどうにでもなるかな。親の脛かじりではあるけど実入りの多いバイトで良かったと改めて思う。

もう中二の僕とは違うのだ、道の途中で花の蜜なんて舐めたりしない。

身なりをそれなりに整え、扉を開けるとリュウトが立っていた。


「あれ?部屋で待ってて良かったのに」

「あぁ、そうか。そうだよな……だが居ても立ってもいられなくて、まぁ良いじゃないか」

「……ん?」


リュウトの小さくて柔らかい手が、僕の指に強く絡みついてきた。

組んだ指を「これは?」と、わざとらしく胸の高さまで持ち上げて見せると、リュウトは頬を膨らませて、ぷいと横を向いた。


「フン……!お前が言ったんだぞ、て、手を握る権利をつけろと!」


「恋人繋ぎだね」なんて、冗談のつもりで言ったら、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

握った手からリュウトの動揺が伝わって来て、あまりの甘酸っぱさに心臓が踊ってしまった。


「……無駄口叩いてないで、さっさと行くぞ!」


歩き出したリュウトの肩が僕の腕にぶつかる位、二人の距離は近かった。

リュウトの甘い花のよう香りが胸をくすぐってくる。

気づくとリュウトの手を強く握っていた。

慌てて握る手を緩めると、今度はリュウトが同じようにギュッと握り返してきた。

いつもより寡黙になったリュウトが、横で恥ずかしそうに唇を尖らせている。

そして、遠慮がちに僕を見上げて「分かったか」と、怒った顔が可愛い。

これはきっと、何かの罠で裏に悪巧みがあるに違いない。





 *****





俺はいつまで女の体で過ごすのだろうか……。魔力が戻りかけている今、男に戻る日もそう遠くは無いだろう。

白く華奢な手をグー、パーと開いて確かめるように眺める。

男に戻りたいとそればかり願っていたが、やり残した事もある。


「……でもなぁ」


手鏡を覗きこむ。

花のつぼみの様にふっくらとした唇が嫌悪に歪んでいた。それを笑みの形に整えると、深い二重の目元が俺に微笑みかけてくれた。


「はぁ……なんて美しいんだ」


気は強そうだが、表情に柔らかい幼さも持ち合わせ、とにかく可憐だ。

しかし、この美しい鏡の君は口説きようが無い……俺なのだから。

こうも焦がれているのに、相思相愛の純愛だと思い込むには虚しい。

いくら鏡を眺めていようと、穂積の呆れるような視線は感じない。穂積はまだ学校で、その上帰宅が遅くなるらしい。


「やはり、この身をリンネに委ねてみるべきだったのか?」


いや。と、横しまな感情を振り払うように頭を振った。

例えリンネが自分自身だったとはいえ、男と性交に及ぶなど考えただけで気色が悪い。おぞましい。

だが、女になったからには一度ぐらい。


「だがなぁ……」


無理だろう。

寝台にゴロリと寝転び、股の根に触れると、ふにふにとした柔肌が指に吸い付いてくる。

下着は履いていない。

なんて柔らかくて心地良い体だろうか。

服の襟元を引っ張り、豊かな胸の膨らみと桃色の突起を確認する。この心地良い体は俺の物なのだ。

無意識に快楽を求め、指が尻の曲線を這っていた。

ビリリと甘美な疼きが体を貫く。


駄目だ……!

一人でするなど変態行為!悪魔のプライドが許さない。


「ああ!このままだとバカになってしまう」


勢い良く起き上がり、両手で頬をパチンと叩いた。


「出かけよう。一人で家に居ては、ろくな事を考えない」


その時、ガタガタと音が聞こえた。壁の向こう、誠司の部屋からだ。好都合だ!モン・ドンの世界で大剣を振るい、煩悩を断ち切ろう。

それが良い、名案だ!

ふと、視線の先、飾り棚の上に無造作に置かれた小瓶が目に入った。

俺にしか効果を発揮しない夏帆の謎薬だ。夏帆から取り上げ、穂積に試した後、こんな所に置いたまますっかり忘れていた。

吸い寄せられるようにその小瓶を手に取る。

そして、リンネに言った自分の言葉を思い出す。


――女としての悦びも味わいたい……だが、気持ちの問題なのだ。と


夏帆のお姉様になったと信じて疑わなかったように、俺は女だと暗示をかけてみるか?

いや、心まで女になったとしても簡単に股を開くような浅はかな事はしない。

やはり「誰とでも」と、言うわけにはいかないのだ。


ガタリと、再び誠司の部屋から物音が聞こえた。


誠司となら?


己の想像にゾーッと鳥肌が立った。

接吻は出来ても、それ以上は考えられない。


しかし……。


これが男としての挑戦なのだとしたら?

一つ上の男となる為に必要な障害と呼べば聞こえは良いだろう。

小瓶から取り出した緑色の粉を、ティーカップに入れ、湯で解いた。

ブクブクと発砲しドロドロとした緑の泡が底から沸き上がる。泡と共に弾けた薬草の香が、魔界を思い出させる。

しかし、どうやって自分に暗示をかけたら良いだろうか。それに誠司が俺を拒否する可能性は?

いや、それはない。誠司は俺に惚れている。紳士を気取って手は出さないかもしれないが、そこは俺の魅力でどうにでもなるだろう。




――俺は誠司が好きだ――


紙に書いた文字を見て、額から冷たい汗が噴出した。

腕組みをし、机の上のそれをしげしげと眺める。なんて生々しい文字列だろうか。

つい、勢いでここまで用意したが、かなり冷静になってきた。


「やめよう、バカらしい。俺は純潔を貫くのだ」


そう、男に戻った暁には好きなだけ女を抱こう。それで良いじゃないか!俺はすでに一つ以上は上の男だ。

なにより誠司は友だ。

一時の性欲に翻弄され、大きな過ちを犯してしまうところだった!

はぁ、と腹の底からため息がこぼれた。

今まで感じた事の無い疲労感に、眩暈すら覚える。


「俺は、本当に愚か……」


ゴクリ。


「嘘だろ」


喉が鳴り、額に手を当て天を仰いだ。

無意識にティーカップを手に取り、飲み干していたのだ。

一度ならず二度までも……。

抗えない睡魔のように、この薬に呪われた何かが存在して居るとしか思えん。

とにかく、紙を……誠司が好きだと綴ったこの紙を捨てなければ……厄介な事に……。




 *****




「くふふ」


リュウトは、パンケーキに添えられたクリームの山を、几帳面に端から削りながら幸せそうに笑った。

スイーツで有名なこの店を思い出し、目的地に変えたのは正解だったかな。と、この顔を見て改めてそう思った。


「甘い物は苦手だったのに、味覚が変わったようなのだ。今ならいくらでも食べられる!」

「じゃあ、僕のチーズケーキも一口どうぞ。これも美味しいよ」


実は、リュウトが僕のチーズケーキを狙っているのは最初から気づいていた。

いつもなら「一口もらうぞ」と勝手に取っていくのに、なぜか今日は遠慮して手を出さないのが、不思議なくらいだった。


「はいどうぞ」


フォークにケーキを一欠片乗せて、リュウトに差し出すと、はっとしたように目を丸めた後、恥ずかしそうに口を開けた。

パンケーキの皿に着地する予定だったチーズケーキは目標を変え、リュウトの口へと直行する事になったのだ。

冗談で「あーん」と付け加えても、リュウトは何故か怒らない。

いつもなら「やめてくれ」と不機嫌になるはずなのに。


「んぐ、味が濃くて美味いな」

「でしょ」


心地良い笑顔に、つい誇らしげな気持ちになってしまう。


「ほら」

「えっ」


起こった事を理解したと同時に、顔が赤くなるのが自分で分かってしまった。

リュウトはパンケーキを切り分けて、フォークに刺すと僕に向けて「あーん」と言ったのだ。

「あーん」と言い終わった後も、開きっぱなしのリュウトの口が可愛い。


「恥かしがらずに口を開けろよ」


いかにも悪だくみ中という風に、リュウトはニッと笑う。

動揺を隠し、すました顔で開けた僕の口にパンケーキを放り込んだ後も、リュウトはテーブルから身を乗り出して、僕が食べ終わるのを見守っている。

その、わくわくとした顔は僕が感想を言うのを待っているようにも見えた。


「……ふわふわで、凄くしっとりしてるね」


なるべく余裕のある態度を意識したら、食レポみたいな感想になってしまった。正直、舞い上がって味は分からない。


「フフン、そうだろう?もう一口食べるか?」

「じゃあ、クリームの所ちょうだい」


リュウトは得意げに「ヨシ、良いだろう」と、スプーンでクリームをすくうと、同じように僕の口元まで運んだ。


「誠司、あーん」


期待して僕が口を開けると、リュウトは途中でその手を引っ込めた。


「やっぱり、あーげない!」


リュウトは、そう言ってスプーンを自分の口に咥えてしまった。


「くふふふ、その顔!どうだ悔しいだろ?あー美味しい!」


ぺろりと舌なめずりすると、呆気にとられて呆然とした僕に、目を細めて悪戯っぽい笑顔を見せた。


あまりの……可愛さに殺されるかと思った。


じゃれ付きながら悪ノリしてくるリュウトなんて、今まで見た事が無い。

罠にかかって騙されたとしても、後悔なんてしないだろう。母さんの店の来る男の気持ちが分かったような気がする。

僕も搾取される側の人間だったんだな、でも仕方が無い。

こんなに可愛いんだから。

リュウトはそんな僕を、きょとんとした顔で見た後、頬を膨らませ、ぷいと横を向いた。


「真顔で俺を見るなよ!一人で、はしゃいでるようで恥かしいだろ!」

「ごめんね、ただ可愛いなぁと思って。なんだか今のやりとりって恋人同士みたいだったよね」


何気なく言った僕の言葉に、戸惑ったように大きな目を見開いた。


「ば、馬鹿な事を言うな……!俺はハンバーグの礼に奉仕してやってるんだからな……勘違いするなよ」

「あ、コレお礼なんだ」

「何か裏があるとでも勘ぐっていたのか?」

「うん。言いにくいお願い事とか、欲しい物でもあるのかな?なんて思っちゃった」

「フン!強請(ねだ)るなら媚など売らずに、そう言う」

「例えば?」

「た、例えば……?」


リュウトは顔を真っ赤にさせ、よほど言いにくいのか、小さな声で囁くように言った。


「……この店を出た後に、家に帰ろうとは言わないでくれ」


ぞわっと鳥肌が立った。なんてくすぐったい台詞なのだろう。

リュウトが母さんの店で働く事にならなくて本当に良かった……。

のぼせ上がった僕は、照れ隠しに意地悪を言いたくなる。


「まだ僕と一緒にいたいって事?」

「う、うるさい!理解できたのなら言葉にするな!恥かしい奴だな」


怒って、ぷいと横を向いてから不安そうに「良いだろ?」なんて、聞いてくる。

初々しい付き合いたてのカップルのようなやりとりの連続に、なるべく気取って対応しているが、心の中では悶絶していた。

これって、もしかして、リュウトが僕の事を好きだとか、自惚れちゃっても良いのかな。

いやぁ、でも、まさか……ないでしょ。


「えーと、少し散歩して、ベイサイドの方まで行こうか?」

「ああ、それで良い!」


でもやっぱり、僕を見るリュウトの目がいつもより熱を帯びているように感じる……。


「な、何をじっと見てるんだよ……!俺に見とれるなら許可を取れ」

「あのさ、言い忘れたけど、鼻にクリームついてるよ」

「な……!」

「嘘だけど」


涙目で僕を「非道だ」と罵るリュウトも可愛いかった。





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