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悪魔リュウトと境界の美少女生活  作者: おかゆか
片割れの黄金比
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片割れの黄金比-7

 魔法の使える美しい乙女。

 つまり俺は魔法少女モモリンと同業者となったのだ。

 次に公園で遊んでいるアミを見かけたならば、この力を誇示してやろう。アミは俺に対し何かと「お行儀が悪い、口が悪い、女の子らしくしましょうね」などと、幼児の癖にお姉さんぶって説教をしてくるが、俺の正体が魔法少女なのだと知れば、尊敬の目を向けてくるに違いない。

 ……ククク、楽しみだ。


 モーモリン、モモリン!モモモモ!モーモモモ!MOMO色マジック!MOMO色パニック!


 モモリンのテーマ曲がどこからか聞こえてくる。


 モーモリン、モモリン!モモモモ!モーモモモ!


「うぅ……」


 延々と同じフレーズが続き、脳を侵食されていくような錯覚に陥る……


 モーモリン、モモリン!モモモモ!モーモモモ……


「やめてくれ……」


 いつの間にか地面に縛り付けられている!手足をバタつかせるが逃れられない!遥か頭上からピンクの大きな塊がゆったり落下してくる。塊は大きな顔のようだ異形の瞳の中には星が見えた。


 ……モモリンの顔だ。

 この俺に魔法少女を騙るなと言うのか!


 モモモモ!モーモモモ……!


 肩が大きく揺すられ視界がガクガクと上下し、頭がピンクの渦に――

 強い意思を持ち、はっと目を開けた。

 ぜいぜいと息が乱れ、脈が早鐘のように激しく打ち、血を逆行させる。

 いつもの部屋、いつもの電灯。そして慣れ親しんだ陰気な顔が、心配そうに俺を覗きこんでいた。


「リュウトさん!」


『MOMO色マジック!また来週も見てね』


 部屋の隅に置かれたテレビの中で、モモリンと仲間の少女達が手を振っている。


「……穂積、俺は寝ていたのか?」

「良かった……丸一日寝ていたんですよ……!」


 起き上がると、まるで殴られたかのような頭痛に襲われ、たまらず目を瞑ると、俺の背に温かい手が添えられた。


「一日……」


 そうか、術を使った反動。魔力に体が耐えられなかったのだ。


「リンネさんは大丈夫って言ってたけど……やっぱり心配で……」

「……リンネは?」

「中森君の家に、あ!今、呼んできますから!」


 リンネが誠司の家に居るだと?

 聞き返す前に穂積は外へと駆けだして行く。

 しかし、壁の薄い家だ「中森君、リュウトさんが」と玄関先で話す穂積の声も、そのすぐ後に「ドン」と何かを倒し「カンッ」と硬い物にぶつかる音も、筒抜けだ。

 呼びに行かずとも、壁に向って大声で叫べば伝わるのではないだろうか。

 暫くすると穂積の部屋の扉が開いた。


「リュウト!良かったー!」


 最初に顔を出したのは誠司だ。


「ようやく起きたか。気分はどうだ?」


 続いて現れたリンネの姿に、我が目を疑った。


「リンネ、その服……」

「ああ。俺の外套はずいぶん風通しが良くなってしまったからな。お前のを借りたぞ。ここでは翼を隠さないと何かと面倒が多い」

「それじゃない……」


 麻混で形の良い格子柄のシャツに細身のパンツ。リンネが見なれた誠司の服を着ていたのだ。

 聞けば、翼を通す為に誠司が己の服の背を裁断し、着用しやすいようボタンまで付けたのだと言う。

「器用な男だ」とリンネは誠司を賛辞し、誠司も「いやぁ」と、まんざらでもない顔つきで答えた。

 親しげに話す二人に、違和感を覚えずにはいられない。俺の知る二人は殴り会いを始めそうな険悪な雰囲気であったのに。


「随分と、仲が良さそうだな」

「フフン、嫉妬か?」

「そうではないが……」


 男の俺であるリンネと誠司の間に友情がある事は素直に嬉しかった。けして異性愛だけで結ばれた縁ではなかったのだと思うと、仮の姿で欺いている事への罪悪感が和らぎ、気が楽になる。

 しかし、この短期間で何がこの二人を結び付けたのだろうか。

 もしや……。


「モン・ドン?」


 俺が尋ねると誠司は噴出し、リンネが「ご名答」と笑った。

 モン・ドンとは『モンスター・ドーン!』というゲームの事だ。テレビの画面に向かい架空の魔物を狩猟していくのだが、これが実に爽快で面白い。

 ゲームと言え、一つの目標に向かい共闘し、達成すればおのずと戦友のような連帯感が生まれるのだ。


「良く分かったね。リンネって意外と上手いんだよ、武器の使い方とか、間の取り方がリュウトと似てるから一緒にやりやすくてさぁ」

「……そうだろうな」


 誠司は「今度は四人でやろうよ」と、穂積に向け笑顔を見せるが、穂積は「画面に酔うから」と遠慮がちに断った。

 面倒見の良い誠司は「うちの妹は、やり始めたら酔わなくなったよ」と、なおも誘っているが、穂積は首を縦には振らない。

 誠司と男の俺との間に友情は芽生えたが、俺が男に戻れば、穂積の関係は変わってしまうのだろうか。

 穂積がリンネを特に意識しているようには見えない。

 いや、奥手な穂積は、慣れた誠司とすら目を合わせる事が無いのだ。リンネと距離を取るのは当然の事だろう。

 リンネをチラリと見るが、穂積と親しげに話す様子は無い。

 俺の視線に気が付いたリンネが、寝台に腰掛ける俺の前で片足を付いて跪いた。


「もう動けるな?マツムシを探しにいくぞ。魔力は戻ったんだろう?それを使えば、あんな男すぐに見つかるはずだ」

「……」


 やけに紳士的に差し出されたその手は受け取らなかった。代わりに己の白く美しい手を開き、確かめるように目を落とす。


 ……そんな、まさか。


「どうした?」


 横目でリンネを見て、ただ首を左右に振った。

 ……いや、ただの杞憂だろう。


「まだ無理しない方が良いと思います……顔色、悪いですよ」


 水の入ったグラスを手渡され、それを黙って受け取ると、視線を落とし水面に意識を集中させる。


「我が名はリュウト・エテルナ賢人の真理、常闇の王。万物を司り、万象を召し炎の――」


 俺が術の詠唱を始めると、リンネが期待するように眉を上げ、穂積は何か、ろくでもない事が起るとでも察したのか、緊張した顔で台所まで遠ざかって行った。

 壁に背をつけていた誠司も興味深そうに身を乗り出している。

 誠司の傷を癒した時と同じよう、丁寧に順を追って術の詠唱を続ける。


「――導線上の炎輝、泡に転じ……」


 水の中に炎の花が咲き、水を湯へと変化させる。


「火炎の光明を象徴させよ!」


 ……そのはずであったが、虚しくも術はその片鱗を見せない……。

 水面がゆらりと揺れたのは、グラスを持つ俺の手が動揺に震えているからだ。


「ああ……なんだ。術は使えないのか」


 リンネの落胆した声が、絶望的な気分に追い討ちをかけるように胸に突き刺さる。

 一時は手中に感じた、あのマグマを溜め込む火山のような魔力の漲りも、今や夢であったかのように幻と消えていた。


「そんなバカな!魔力が消えるなんて!」


 立ち上がるとグラスの水を一気に飲み干し、硬い顔で俺を見るリンネに空いたグラスを押し付けた。

 そして誠司に詰めよると、その胸倉を両手で掴む。


「わ!」


 ブチブチと音を立て、誠司のシャツのボタンが飛んだ。


「リュ、リュウトさん!」

「ちょ、な、何!?」

「……」


 胸から剥ぐように服を捲ると適度に鍛えられた、誠司の健康的な身体が露出する。

 左胸から脇腹にかけ、赤いひきつれた傷跡が僅かに残っていた。その傷を指でなぞると、誠司が身を硬くし「うわぁ」と、変な声を出して身を退いた。

 確かに術は起動し、俺は誠司の傷を癒したのだ。だが今は――。


「誠司、もう一度死にかけてみないか?追い詰められた時こそ、真の力が発揮できるのかもしれん」

「そう怖い事を大真面目な顔で言わないでよ!」

「刺す役目なら俺が買おう」


 リンネが笑顔を見せると誠司は「冗談でもやめろよ」と、だらしなく開いたシャツの胸元を押さえた。


「くそ!魔力が戻ったと思ったのに!これでは、モモリンにもなれない!」


 誠司のボタンを拾い集めていた穂積が「モモリンになれるんですか」と顔を上げ、それに「そうだ」と答えた。

 俺ほどの強い魔力があれば大抵の事は叶うのだ。


「……まぁ、良かったじゃないか。お前はもう魔界には帰れないものと思っていたよ」


 リンネが自虐的に笑う。


「……ああ、そうか」


 確かにリンネの言うとおりだ。俺は重大な事を忘れていた。

 魔力があれば境界を越えられないと言う事を……。


「おそらく力は戻りかけているのだろう」

「フン。あんな薬如きで、俺の魔力を長く抑えていられるはずが無いんだ!まったく早く魔界へ帰らないと面倒な事になるな」

「では、やはりマツムシを捜すのが手っ取り早い」


 リンネはよほどマツムシを捜したいのか「さぁ行くぞ」と俺を急かす。

 いや、それも当然か、リンネの存在理由は今の所マツムシしか知りえないのだから。


「うわっ」

「リュ、リュウトさん!……な、なんで、いきなり脱ぐんですか!」

「穂積、俺の服は?」


 寝着を脱いだ俺に、誠司が悲鳴を上げて顔を背け、リンネは「裸体も素晴らしい」と口笛を吹いた。


「リュウトさんに貸してた制服……クリーニングに出しちゃってて……あ、もう!リュウトさん!その格好でふらふらしないで!か、隠して!男の人がいるのに……!だ、だめです」


 抱き付く様に俺を隠す穂積を引き摺りながら、クローゼットを開き、中を漁る。

 色気も可愛げも無い地味で貧相な服ばかりだ。


「これを借りるか……」


 肩のざっくりあいた紺色のニットを手に取り頭から被った。


「良いな」


 先に、声を上げたのはリンネだ。姿見で確認するが悪くない。

 穂積の服は俺には大きく、袖も裾も余り気味。だが、それが妙に色気があって良いのだ。露出した胸も足も良い。

 ただ素肌に着るにはごわごわとした服の繊維が俺の柔肌を刺激し、チクチクと痛かった。


「リュウトさん!その格好で外に出ないでくださいね……着るなら中にブラウスを着て、下にもちゃんとを履いて下さい……!」

「中に服を着たら台無しだろう」

「まぁ、少し大胆すぎるかもしれないが。誠司はどう思う?悪くないだろう?」


 この、着こなしの良さは女には分かるまい。


「……」


 しゃがみ込んで両手で顔を覆っていた誠司がチラリと俺を見た。それに「どうだ」と体をくねらせ、色気のあるポーズを取ると誠司は眉間に皺を寄せたのだ。


「……ちょっと待ってて」


 誠司は険しい顔で部屋の外へと飛び出して行った。


「刺激が強かったんじゃないか」


 リンネが口の端を吊り上げて見せる。


「これなんてどうですか……」


 穂積に差し出されたのはネズミ色で、女らしさのかけらもない服の上下だ。


「穂積……」

「な、なんですか」


 服に文句をつければ、穂積は静かに拗ねるに決まっている。


「俺は俺の魅力を惹き出すような、可愛らしい服が着たいんだ!お前だってそうだろう?」

「わ、私は別に今のままで……良いんです」

「だが、その服は無いな。若い娘が着る服とは思えん。まるで囚人の服のようだ」

「おい、リンネ。口を慎め」


 リンネの言葉に穂積は何か言いたそうに、口ごもると顔をうつむかせてしまう。


「穂積、リンネの言う事は気にするなよ、悪気は無いが配慮が足りないんだ」

「いや、人間の娘。お前は背が高く、体の形が良い。髪も整えの女らしい格好をすれば、ずいぶんと見栄えが良くなるだろう」


 リンネの言葉に穂積は居心地が悪そうに「私なんて」と口を結んだ。


「その前髪が、まず悪い」


 リンネは言いながら穂積の額に手をあてがうと、撫でるように長い前髪を上げた。ようやく生え揃いはじめた薄い眉がハの字を書いている。

 穂積は驚き、目を見開いてリンネを見たが、すぐに頭を垂れた。


「素材は悪くない」

「……すみません」

「リンネ。むやみに穂積に触れるなよ、穂積も嫌なら拒絶しろ」

「……は、はい!」

「嫌だったのか?」

「からかわないで下さい……」


 穂積は両手を頬にあて、背を丸めて俯いた。


 ……こんな恥らうような仕草、穂積は俺に見せた事がない!


 リンネの表情は俺からは見えず分からないが、穂積の反応から察するに随分と気取った顔を作ったに違いない。

 自分の所有物を取られたような、腹ただしさが込み上げてくる。


「リンネ、良く聞け。穂積は俺と寝てるんだからな」

「い、いきなり何を言い出すんですか……!へ、変な事を言い出さないで下さい……」


 フンと鼻を鳴らした俺に、リンネは「ほう」と感心した声を出した。


「……それにしても中森君は」


 話を逸らすよう穂積が言いかけた所でタイミングよく誠司が、自分の家でも無いのに「ただいま」と戻ってきた。


「これ、何も聞かずに受け取って」

「俺に?」


 誠司が差し出したのは、女物の服だった。

 白い丸襟の清楚なワンピースは薄桃色で、ウエストに黒いリボンベルトが結ばれている。

 袖を通した形跡はあるが、可憐な俺に似合いそうな可愛らしい服だ。


「これは助かる、ありがとう!」

「で……こっちは七瀬さんに」

「わ、私ですか……!」


 穂積の手元には上品な深緑色のシャツワンピースが押し付けられたが、穂積はそれを広げ気難しそうな顔で眺めた。


「なぁ、誠司」

「何も聞かないでくれ!」

「いや、そうではなくて。着られない事は無いと思うが、穂積には小さいだろ……」

「えっ、本当に?ごめん、僕全然わからなくて」

「すみません……でも痩せますから」


 穂積に「俺が着てやるよ」と笑いかけたが、穂積は強い意思をもって「痩せます」と答えた。


「痩せる事はないだろう、今のままで良い」

「痩せる事はないだろう、今のままで良い」


 同じ口調、同じ調子でリンネと声が重なった。思わず顔を見合わせる。リンネは真剣な顔だ。そして俺も同じ表情をしていたのかもしれない。俺達を見た誠司が盛大に噴出し、穂積が「血の繋がりはないんですよね」と念を押してくる。


「性別が違うだけだ」


 リンネが整然と答えた。


「概ねそんな所だが……なぁ穂積、俺とリンネどちらが好き?」


 穂積に笑いかけると穂積は「おかしな事を聞かないで下さい」と口を尖らせた。


「誠司、お前は言わなくても分かる。俺だろ?」


 リンネが口の端を吊り上げると、誠司は顔を引き攣らせ吐くような真似をして見せたのだった。


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