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悪魔リュウトと境界の美少女生活  作者: おかゆか
片割れの黄金比
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片割れの黄金比-2

 似ているなんて曖昧さもない。

 魔界で無くした男の俺。その骸が、眼下に横たわっている。

 そして男が俺を模しているのは顔だけではなかった。闇夜に墨を流したような漆黒、百年に一度と誉れ高い俺の翼が、窮屈そうに男を包んでいる。


「我ながら良い翼だ。この牙のような翼角、惚れ惚れする」


 猫が賛同するように「ニャア」と鳴いた。

 

「しかし、一体この男は何者……なぜこんな所に」


 我が身をこうして上から眺めていると、自分の体から浮き上がったような、不思議な感覚になってくる。もしや死んだのは自分の方ではないかとさえ思えてくるから不思議だ。自分という存在が分からなくなってくる。

 今まで以上に、頭と体があべこべだ。


「おい、この肩掛……。こんな所にあったのか」


 男が身に着けている肩掛け。

 紛れも無く俺の物だ。これは俺が仕留めた金獅子の(たてがみ)で作らせた一点物。

 それだけではない。脛当や手甲、これらも俺の物。この男は俺が岩窟でホズミに託し、人間界で無くした俺の装備を身に着けているようなのだ。

 何者だ?いや、やはり、カリガネの手の者と考えるのが妥当だろうか。

 だとすると何らかの罠なのだろうか。


「お前、何か知っているか?」


 猫が首を横に振り、チリリンと鈴が鳴る。猫も混乱しているのだ。食入るように男を覗き込んでいる。


「お姉様ぁ……」


 背後から夏帆の泣きそうな声が聞こえた。

 少女達の安全を考えれば、すぐさま迷う事無くこの場を立ち去った方が良いだろう。だが、しかし男である本来の俺の姿に二人がどう反応するか、見てみたい。

 魔界絵巻に美男として数えられた事のある俺だ。俺を傾慕する夏帆はもちろん、穂積さえ頬を染め瞳を潤ませる事だろう。


「穂積、夏帆、お前達も来て棺を覗いてみろ、想像したものとは違うようだ」


 二人は戸惑った声を上げたが、興味はあるらしい。

 穂積と夏帆は手と手を取り合い、同じ歩幅で恐る恐る近づいてくる。とりわけ仲が良いと感じた事の無い二人だが、こうしてピタリと、身を寄せていれば不思議と仲睦ましく見えてくる。しかし、身長と体格の違いから、まるで親と子のようだ。

 まず、夏帆が体を背けながら、躊躇いがちに棺をのぞき見て「死んでますの?」と声を震わせたが、次第に目を輝かせ、穂積と繋ぎあっていた手をあっさりと解いた。


「どうだ?美男だろう」

「夏帆にはよく分かりませんわ。でも、お姉様!この方もしかして悪魔ですの?」


 夏帆のような子供には、容姿の素晴らしさより、翼の美しさに目がいくようだ。


「本物かどうかは分からないが、悪魔のようだな」


 俺が告げると夏帆は「きっと本物ですわ」と目を輝かせた。

 穂積も興味深そうに男の顔を見ているが、いつもと変わらぬ陰気を浮かべ、雑に束ねた黒い髪が、柳のようにしな垂れている。


「誠司よりも良い男だろう?」

「あの……この人……リュウトさんと似ていませんか?」


 俺の質問には答えず、思わぬ事を訊ねてくる。


「そう見えるか?」

「うん。雰囲気が……少しだけですけど」


 男の俺と女の俺、まるで違うと思うが、見る者が見れば分かるのだろうか。

 しかし、推察した通り「この男が俺の元の姿である」と、今ここで告げる事は出来ない。知っている夏帆はともかく、穂積に男だと知られるのは、まだ避けたいのだ。

 夏帆が男に触れようとして猫に前足で払われるのが横目に見えた。


「似ていたとしても、それは俺が悪魔だからだろう」


 俺の答えに穂積は「そうかな」と曖昧な相槌を打った。俺が男であると穂積に知らせるのは俺が魔界に帰るその日で良い。


「お姉様!今、僅かに肩が動きましたわ!」

 

 夏帆が興奮気味に叫んだ。

 

「……あ、本当ですね。呼吸がないような気がしてたけど、生きてるみたい。良かった……」


 確かに。青白いと感じた顔も、今は赤みを帯びたように見える。息を吹き返したか?

 俺はその顔を睨み付ける。


「この男、何の使命でここに在るかは判らないが、善き者ではないだろう。正しく息の根を止め、只の死体が確かにここにあった。と、この夜のピクニックは終りにしようではないか」


 そう宣言し、腰の剣を鞘から抜くと、少女たちがざわめいた。

 かなり格好をつけ剣を引き抜いたせいで、呼吸をするよう自然に「重い」と口から悲鳴が漏れ出てしまう。

 一振りで、とはいかないが、全体重をかけ男の胸へと剣を突き立てさえすれば、今の俺の力でも肉を貫けるだろう。

 俺の名を非難めいた声が呼ぶ。


「リュウトさん!」

「お姉様いけませんわ!」

 

 無視だ。

 不恰好だが、両手で柄を握り、肘を上げ「せーの」と、刃を付き立てようとしたその時。

 少女達と悲鳴と共に、小豆色のしなやかな体が目の前を跳ねた。


「おい!邪魔だ!」


 猫が眠る男を庇うように、その胸に飛び乗ったのだ。

 ペチン!

 猫は男の頬を躊躇い無く、殴りつけた。

 柔らかな肉球だが、力は小鬼。闇夜に乾いた音が良く響く。


「ニャニャニャ!」

「なんのつもりだ!退け!」


 一見は主人である俺の寝姿。眺めているうちに錯乱し取り乱したか。


「愚か者、落ち着け、それは俺じゃない。俺は俺だ!」

「ニャニャ!」

「猫ちゃん!」


 猫が再び男の頬を叩いた。

 しかし男は何の反応も見せない。それでも猫は諦めず右頬、左頬と殴りつけ、最後は両手を使って顔面を打った。

 男が起きるまで続ける気か?まったく、諦めの悪い猫だ。


「お姉様!人殺しは駄目ですわ」

「リュウトさん……!」


 タイミングを逃し、行き場のなくなった剣先をしぶしぶと地面に突き立てたが、猫に殴られ続ける俺の姿を見ていると、今度は無性に腹が立ってくる。

 そもそも、主人の顔を殴る従者など、前代未聞だ。

 そして、男の頬……俺の顔に赤く、猫の爪痕が残ったのが見えた途端、かっと頭に血が上った。


「顔に傷が……」


 悪魔として生まれ、畏怖され、群集の上に君臨してからと言うもの、顔に傷などつけられた事などない!

 このクソ猫め……限界だ!これ以上はもう我慢ならない……!


「悪魔の顔に手を上げるとは、いい度胸だな!」

「悪魔の顔に手を上げるとは、いい度胸だな!」


 異口同音、男女二つの声が重なった。

 ……一つは俺、もう一つは棺の中。

 悲鳴が上がり、どさっと土の付く音が聞こえた。振り返ると穂積が腰を抜かしたのか、地面に座り込んでいる。


「ニャ!」

「くそ!生き返りやがったか。猫もろとも刺し殺してやれば良かった!」


 男にじゃれつく猫をひっぺがし、力任せに放り投げたが、飛距離は伸びず、猫はすぐさま男の元へ戻っていった。


「ニャーニャニャニャ!」


 男は棺から半身を起こし、ゆったりと立ち上がると甘栗色の髪を掻き上げた。そして、漆黒の翼を悠々と闇夜に広げて見せたのだ。

 隣の夏帆が息を飲んだのが分かった。

 そして、月を湛えた茶色い目が交差する。

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