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悪魔リュウトと境界の美少女生活  作者: おかゆか
あれは魔界での出来事
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あれは魔界での出来事-2

「そのお姿は最強に違いありませんね! もしかして、どこかの王様に見初められてしまうかもしれないですよぉ」


 羨望の眼差しだ。

 気落ちする俺を(はげ)ますために言っているのではない。本心から言っている。


「……気色の悪い事を言うな」

「プリンセスは女の子の夢と憧れですよぉ! うふふ!」


 妄想に浮かれた顔を見れば、言葉より先にため息が一つ漏れる。

 まったく愚かな小鬼だ。

 小鬼を后にする王なんてありえん。せいぜい夢だけ見ていろ。


「俺が求めたのは美しさではなく力だ! まったく、こんな体にしやがって。あの呪術士、王宮へ戻ったら喉元を掻っ切ってやる」

「そうしましょう! 苦しめて殺すのが良いですねぇ。ゆっくりと酸欠にして殺しましょう! 反乱分子は根絶やしですぅ! きっとカリガネ様だって黙ってはいないですよぉ」


 ホズミは小さな体を揺すり、牙を見せ「イヒヒ」と、笑ってみせた。


「こんな姿だ。カリガネも大笑いするだろうな」


 カリガネとは王の息子。つまり次期王になる男で、王弟の息子である俺の従兄弟であり親友の名だ。

 二人で魔界を制圧する。幼少の頃からそう誓い高め合って来た仲でもある。


「良いか、ホズミ。俺の志す座は王の妻では無く、王の剣だ。俺がこんな姿にされたのも、誰かの(はかりごと)だろう」


 俺のように力の強い悪魔は脅威だ。カリガネの傍にいる事を良く思わない者も多いのだ。


「まぁとにかく、王宮へ戻れば女を治せる術が調べられるだろう。頼むぞ。ホズミ、お前が頼りだ」

「はい? どういう事でしょう?」

「今の俺には魔力が無い。つまり、お前が俺を連れて帰るのだ。同じ道を帰る事も困難かもしれないが、命を投げ打ってもお前は俺を助けろ。いいな」

「……そ、そんなぁ」


 少し青ざめて見える。道中を思い出したのだろう。

 俺たちが今居るこの岩窟は、深く地下へと伸びる構造になっていた。いくつかに枝分かれした小道や高低差のある断崖、大きな地底湖もあったが、最終的には最深部であるこの場所へ繋がっているような、単調な道だ。

 だがしかし、注意力が散漫で足が遅く体力も無いホズミは、大きな裂け目へ落ちて死にかけた。それも一度や二度ではない。それをその都度助けてやったのは俺だ。

 一睨みで遠ざけた小物の幻獣も、今の俺を見れば獲物だと喜んで襲ってくるだろう。

 そして、この手燭に縛り付けた焔の魔術が消えれば、辺りは暗闇に包まれ上下の区別もない真の闇に沈んでしまう。

 力の無い者にとって、この岩窟は脅威だ。


「罠にかかって帰れなくなった。って事ですかねぇ」

「まったくだ」


 それは認めざるを得なかった。

 呪術士は「森に広がる(いにしえ)の岩窟、その最深部にある神殿跡の祭壇を踏み、この薬を飲むように」と、何度も念を押してきたのだ。

 だが、呪術士に言われるがまま、ハイハイと二つ返事で、のこのこと敵の誘導に乗った。と、愚かなるホズミに思われるのは面白くない。


「ホズミ、この岩窟は聖域。人間界との次元が重なり合う境界の場所だったと言う事は、愚かなお前でも知っているだろ?」

「はい。人間界への門があったとかぁ……?」

「そう。退屈(たいくつ)した門だ」

「退屈した? 門が退屈をしていたのですかぁ?」

「ああ、ふざけた門だ。だがしかし、門は退屈しすぎて姿を消し、この岩窟の神殿は役目を終えたと言われている」


 かつては神殿の支柱としての役割を担っていたであろう大岩も、今やただの岩の一つと化し、その面影は無いに等しい。神殿跡とは名ばかりだ。


「しかし、元は聖域。ここを指定されたならば、何かそれらしい気がするだろう? だから誘導されても疑わなかったわけだ。結果的に騙されはしたが、俺に非は無い」

「はぁ、なるほどぉ! さすがリュウト様です! 私は、のこのこ呪術士に言われるまま、ここへ来たのかと思っておりました!」


 ホズミの頭部へと垂直に手を落とすが、ダメージを受けたのは俺の可憐な小指だけだった。


「しかしながらリュウト様。退屈な門はどこへ行ってしまったのでしょうか? 私、一度で良いから人間界に行ってみたかったのですぅ」


 ホズミは何かを思い出したかのように、ゴツゴツとした岩の間を次々に飛び移り、何度か足を踏み外しかけたが、最終的には遥か頭上、一際大きな岩の上に立った。

 手燭の火を岩の陰まで差し入れるが、ホズミの姿はほとんど闇の中だ。


「おいホズミ! 何をやっている!」

「門~!! いませんかー?」


 その素っ頓狂な大声は岩窟に幾重にも広がっていく。

 もちろん門が現れる事も無い。

 ホズミは登った時と同じように、危なっかしく戻ると「暗くて見えませんでした」と、首をゆっくりと振った。


「やかましい! 魔物に気づかれたらどうするつもりだ!」


 指摘してやりたい事は山ほどあるが、とりあえずその中の一つを口に出す。


「俺は迷わずお前を餌として差し出すからな、そのつもりでいろよ」

「ふぇぇん……ごめんなさい。リュウト様ぁ」

「お前はいかに安全に俺を王宮へ送り届けるか。その方法を考え実行に移せ。余計な事はするな」

「はうぅ、頑張ります」


 そう言ってはみたが、元よりホズミなど当てにはしていない。

 帰れなくとも、ここへ来る事はカリガネが知っている。ホズミが詰め込んだ食料は数日分ある。暫く耐えれば迎えに来るだろう。

 悲観することは無い。今をしばらく耐えれば、きっと元通りになるのだから。




 ***************




 ホズミのふわりとした赤髪が、視界の端で揺れていた。

 考えろ。と、命じてから何やら地図らしき紙を広げ、それを回転させては首を傾げ、裏から透かし眺めては溜息をついているのだ。

 小鬼と言うのは本来、思慮深い種族なのだが、短絡的で浅はかなホズミは別の種、または突然変異なのではないだろうか。

 ホズミの髪の中に、小鬼の特徴である角が二本見えている。親指程度の大きさだ。

 退屈しのぎに、その角と角の間を狙い小石を拾い投げた。

 必死に地図を読み呟く中に「イテッ」と非難の声が混じる。


「いつの間にか角の年輪が増えたな」

「ふふふ、私だって成長しているのですぅ」


 角を褒めてやる事が小鬼にとって一番の賛辞だ。

 弾けるような笑顔から二本の牙が覗く。

 力の弱い小鬼族は微量の魔力を日々角に溜めこみ続け、窮境(きゅうきょう)に備えている。その為、角の大きさが己の誇示できる力そのものなのだ。

 小鬼同士の話に耳を傾けると「あの角の綺麗な人」「小さな角の癖に大きな口を叩いて」等、と互いに評価しあっている場面が良く見て取れる。

 概ね、悪魔で言うところの翼の評価と同じなのかもしれない。

 ホズミでさえ成長しているのに、翼も魔力も失い女になった俺は退化と言うべきなのだろうか。


「ああ、そうだ。なぁ、その角を一本俺に差し出さないか?」

「えぇぇ! 駄目ですよぉ! 気軽に恐ろしい事を言わないでくださいませぇ……」

「それがあれば、今の俺でも多少の力が使えるだろ、それで帰ろう! さぁ、今がその時だ」

「そ、そんなぁ! 絶対駄目です! きっと安全なルートが見つかりますからぁ、角だけは駄目です!」


 必死に片手で頭を隠しながら、慌てて地図へと目を落とす。

 小石を再び投げたが、今度は何の反応が返ってこない。

 よほど角を奪われたくないのか、ずいぶんと真剣に見ているようだ。

 続けて何個も投石していると、その内の一つが頬に当たり、ぺちっと弾けるような音を出した。


「もー! 私は今、忙しいのです! 邪魔をしないで下さいなぁ!」


 邪険に手を払う仕草を見せる。仕方なくその横に座る。

 ついでに地図を覗き見る。この地図では役に立たない事は一目瞭然だった。

 ホズミの見ている地図は岩窟の内部の地図ではない、おそらく地上の、この周辺の森の地図だろう。


「ホズミ、いつも有難う。頼りになるなお前は」


 耳元でささやいた。ぶっきらぼうに聞こえないように、なるべく気取って聞こえるように。


「は? はいぃっ! リュウト様」

「俺は、お前を信じている。お前はやれば出来る小鬼だ」

「ふぁあ!リュウト様、有難うございます!」


 照れ笑いを浮かべ、その目尻にはうっすらと涙が光っていた。


「地図など見ても答えは出ないだろ? 出発の準備をしようではないか」


 待つのも飽きた。ホズミさえ慎重に動けば帰れるだろう。

 それが俺の出した結論だ。現れるか読めない救助を待つのは性に合わない。

 カリガネも俺がこんな目に遭っているとは思うまい。自分でさえも未だ信じられないのだから。

 ホズミは「リュウト様に頼りにされる日が来るなんて」と、しきりに感激し、俺の顔を見るなり頬を赤らめ、微笑み返せば嬉しそうに大きくうなずいた。


「はぅぅ、そうですね! 私がここから外まで絶対にお連れしますですぅ! 沢山の魔法は使えません。が! やればできるのですぅ! いざ地上!」


 これだけのやる気を出すのなら、賛辞の一つも惜しくは無い。帰る事が先決だ。

 ホズミは、自らを奮い立たせるように真っ直ぐと背を伸ばし、ささやかな胸を大きく張った。

 そして、携えた剣を引き抜こうとするが、鞘からピタリとも抜けない。

 使う場面も無く、長く手入れされる事の無かったホズミの剣は、刀身が錆付いているのだ。体を仰け反らせ、鞘を股で挟み柄を引いても抜けない。「えい!えい!」と、威勢の良かった掛け声も次第に「このー!」と恨み節に代わっていく。

 そして曇りきった刃先が、ようやく姿を現した頃にはホズミの息はすっかり上がり、意気は消沈していたのだった。


「ホズミ、しっかりしろよ」

「は、はい……!」


 ホズミは消え入りそうな声で答えた。


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