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悪魔リュウトと境界の美少女生活  作者: おかゆか
片割れの黄金比
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片割れの黄金比-1

 夜は深く暗い。

 民家も外灯もない闇の中、懐中電灯とスコップを持ち、腰にぶら下げた剣は枷のように重かった。

 時々吹き付ける冷たい風が、丈の高い草を揺らしていく。


「お姉様ぁ……夏帆、怖いですわ」


 夏帆が俺の腕にしがみついたが、その声色とは裏腹に、口元には笑みを浮かべている。

 着ているレースやフリルで飾られ、ごちゃごちゃとした黒い服も楽しそうにふわりと弾む。


「あの……リュウトさん、ここって私有地ですよ。見つかったら怒られちゃいます……やっぱり帰りましょう……」


 穂積が俺の服の裾を掴み、か細い声を出した。

 ついて来なければ良かっただろう。言いかけた悪態を風が遮り、先頭を行く猫の、首につけた鈴がチリリンと鳴った。


「さっさと死体を掘り返して帰ろうぜ」


 俺の言葉に二人の少女達の手に力が入る。


「し、死体……?」


 穂積のひきつった顔を横目に夏帆に尋ねる。


「死体があるんだろ?」


 夏帆は何も言わず大きく頭を上下させ、穂積が息を飲んだ。

 穂積の歩みが遅くなり、その重みが華奢な俺の体にのしかかる。

 それに比べて夏帆の歩調は軽快で、穂積に引き摺られそうになる俺をぐいぐいと引いた。

 俺はいやに大きく聞こえる虫の音が耳につき、顔をしかめながら、行く先を見つめる。

 人々の寝静まった真夜中、俺たち三人と一匹は町から少し外れた小山に向かう獣道を歩いている。道の終わりには廃寺があり、そこに死体が隠されているというのだ。

 こんな事になるのなら、猫を紹介がてら学校になど行かなければ良かったが、夏帆の死体の話に興味が無かったわけではない。

 それに、俺の顧問する部活動。もとい夏帆が理事長である祖父にねだり設立した、夏帆による夏帆のための魔術研究会。その引率という名目で付き添うように。と、夏帆の祖父から握らされた袖の下には抗えなかった。

 ちなみに部員は部長の夏帆と、本日付で仮入部した穂積だけだ。


「うふふ……草木も眠る丑三つ時の頃ですわ。廃寺の木箱の中からトントン……トントンと蓋を叩く音が!誰かが閉じ込められているのかと、慌てて蓋を開けると中には死体が……!」

「ニャー!」


 夏帆が手にした懐中電灯を顔に向けて照射し、猫が悲鳴をあげた。

 穂積など耳を両手で塞ぎ目を硬く瞑り背を丸めている。


「うふふ!驚きすぎですわよ!この噂話、四番ホームの伝言板に書かれていましたの」

「四番ホームって、……あの都市伝説の?」

「そうですわ!」

「なんだ、それは。夏帆が誰かに直接聞いたわけではないのか?」

「ええと……都市伝説が書かれるって有名な駅の伝言板なんですけど……信じている人なんて、いないと思っていました」


 死体など無いと確信したのか、穂積が少しほっとしたような声を出した。


「まぁ!嘘か本当か、これから確かめたらよろしくてよ!私には悪魔のお姉様がいらっしゃるんですもの。動く死体なんて怖くないですわ」


 死体が動けば、それは死体ではないと思うのだが、それも夏帆が『不思議ちゃん』と呼ばれる所以なのだろうか。



「これか?」


 廃寺の裏、土の中から木箱が姿を見せていた。誰かが掘ってから日が浅いのか、周りの土は柔らかく盛り上がっている。


 夏帆がパンと手を打ち、木箱の端を蹴ったので、穂積が「ひっ」と悲鳴を上げた。

 その表面の残土をスコップでかいてみる。木箱は思ったよりも大きい。


「棺桶のようだな」

「か、棺桶?リュウトさん……帰りましょう……」

「夏帆、俺の手元を照らしてくれ」

「はいですわ!」


 夏帆の黒いスカートがふわりと翻った。死体捜しに来たと言うより、夜のピクニックに来たような服装だ。

 試しにスコップで木箱を叩くと、ドンドンと重たい音が闇夜に響く。箱は空ではなさそうだ。死体などではなく宝でも眠っていてくれたら尚良いが。


「よし、掘り出すか」


 片足を振り上げ、思い切りスコップを土に突き立てる。土は思ったよりも固く重く、思うように掘り進まない。土を捨てるたび両腕が引き攣るようだ。

 誠司の帰りを待ってでも、連れてくれば良かったか。

 額に滲んだ汗を冷たい風が撫でていく。


「穂積、ちょっと手伝わないか?」

「い、嫌ですよ……」


 夏帆を見る。

 俺よりも華奢で小さい少女だ。聞くだけ無駄だろう。しかし当の夏帆は「お姉様、夏帆に任せてくださいまし!」とスコップを奪うと懐中電灯を俺に押し付けてきた。

 そして、意気揚々と土を掘っては投げ捨てていく。


 ……そんな馬鹿な。


 夏帆は汗一つ掻く事無く、スカートの裾をひらりと優雅に弾ませ、木箱の周囲を掘り、呆然とする俺に目もくれず、あっと言う間に掘り進め、木箱は蓋まで露出した。

 夏帆にとりわけ力があるのではないのだろう。俺に力が無いのだ。しかし、この夏帆よりも劣るというのか……。

 俺の魔力と性別を封じたあの薬。よほど強力な薬だったに違いない。


「ニャア」


 猫が励ますように鳴き「なんだ」と、その首根を乱暴に掴むと穂積が「乱暴しないで下さい」と、猫を俺から取り上げた。

 人の穂積と猫のホズミ、いやに気が合うらしい。


「お姉様、これで蓋が開けられますわね」


 さすがの夏帆も、蓋を開ける役は買いたくないのか、俺に屈託の無い笑顔を向けた。

 夏帆からスコップを受け取ると、蓋と箱との間に無理矢理ねじ込み、力任せにこじ開ける。

 ギギギと杭が外れ、パキパキと木板が割れる不気味な音が響く。


「さぁいよいよ、ご対面か」


 蓋を蹴り飛ばすと、闇夜を劈くような悲鳴が二つ上がった。

 夏帆の悲鳴と、それに穂積が釣られて叫んだのだ。


「し、死体ですわ……!」


 木箱の中、確かに人が横たわるような影が見えている。

 魔術や魔界、悪魔や魔女。そんな人知の及ばぬものに傾倒しても、夏帆はまだ十六歳の幼い少女なのだ。死体探しに来た事を後悔しているに違いない。頭で予想していたとしても、現実に起これば怖いのだろう。

 震えながら穂積と抱き合い、木箱から大きく遠ざり、枯葉を踏み、また悲鳴を上げた。


「まったく……」


 夜の海のような黒い木箱の中に明かりを落とす。

 足だ。

 真新しい靴を履いた男の足がそこにあった。

 明かりを頭の方にスライドさせた。


 殺され隠されたのか?その間抜け面、拝んでやるよ。

 闇の中に青白い顔が浮かび上がる。


「……な!」


 照らされたその顔に、俺は息を飲み、心臓が打ち抜かれたような衝撃を受けた。


「ニャー!」


 木箱を同じように覗いていた猫のホズミも、悲鳴のような鳴き声をあげ、同意を求めるよう俺の顔を見た。

 葬られている男を、俺たちは良く知っている。


「まさか……こんな事が……」


 美しい男だ。形の良い眉、すっと通った鼻筋、長い睫が頬に影を落とし、瞳を開けば薄く茶色の虹彩が月の光を湛え輝くに違いない。

 久しぶりに見たその顔は、青年への過渡期、男らしさの中に甘さも残している。

 そう、俺だ。

 廃寺の裏に隠された死体は俺だったのだ。


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