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悪魔リュウトと境界の美少女生活  作者: おかゆか
悪魔リュウトと夜の蝶々
27/77

今日も明日もここに-1

 三人が膝をつき合わせるには、この部屋は窮屈だ。俺は一人寝台の上へと逃げ、胡坐をかくと、猫のホズミが当然のように膝に飛び乗ってきた。


「おい、主人の上に乗るとは、良い度胸だな」

「ニャ……」


 睨み付けると片方しかない耳を伏せ、残念そうに、ぼてっと寝台から降りて行く。

 見かねた穂積が「猫ちゃん」と呼びかけると、ホズミは穂積の腿に体をこすりつけ、丸めた背を気持ちよさそうに撫でられはじめた。

 よほど人恋しかったのだろう。目を細め随分と幸福そうな顔をしている。


「よしよし、良い子良い子。怖いお姉さんだねぇ」

「おい、怖いお姉さんとは俺のことか?」

「ほかに誰がいるんですか」

「ニャア」

「ねぇリュウト。この猫があのポスターの子って事なの?カラーは少し変わっているけど、僕には普通の猫にしか見えないなぁ」


 誠司は言いながらホズミへ手を伸ばしたが、ホズミは一瞥して穂積に擦り寄った。

 疑われるのも仕方が無い、すっかり猫が板に付いている。


「まぁ一応、紹介しておこう。コイツは俺の従者の小鬼で、ホズミと言う。紛らわしい事に同じ名だ。猫の姿になっているとは思いもしなかったが、間抜け面は絵と瓜二つだろう」

「ニャー」


 猫のホズミは、抗議するかのように低く鳴いた。

 姿は違うが、落ち着きの無い仕草、くるくる変わる表情、好奇心からテーブルの上の湯に手を出し、椀の熱さに転がりまわるその行動。見れば見るほどに俺の良く知るホズミだ。


「……この猫ちゃん、お弁当屋さんの前でリュウトさんの描いたポスターを見ていたんです。その様子がとっても可愛くて、声をかけたんです『私の友達が小鬼の子を探してるんだよ。見つけたら教えてね』って……そしたらずっと付いて来てしまって……」

「あはは、本人だもんね、付いてきちゃうよ」

「ニャア」


 その様子が目に浮かぶようだ。背筋を伸ばし瞳を爛々と輝かせ、口など半開きで掲示物を眺めていたに違いない。

 ホズミは大人しく穂積に撫でられ続けている。

 しかし、猫の姿になった理由が知りたい。ホズミに変化のような術は使えないはずなのだ。


「おい。どうして猫の姿になったか説明してみろ」

「ニャニーニャニャニャニャ、ニャーッニャ」

「全然わからん」

「ニャーニャニャッニャニャー」


 ホズミは必死に牙を剥いてニャーと鳴くが、その意味はまったくつかめない。


「何者かに術でもかけられたか?」


「ニャ」と、誇らしげに一度だけ鳴く。そう言う事なのだろう「カリガネか?」ホズミは「ニャニャッ」と、首を振った。


「じゃあ、何者なんだよ」

「ニャーニャニャッニャニャー」


 猫から名前を聞き出すことは不可能か。文字を書かせようと筆を握らせるがそれは文字にはならず、鼻先に墨を塗ろうと提案すると、二人から全力で止められた。


「そう言えば、お前があの岩窟で背負っていた荷、あれはどうした?まさかどこかに置き去りではあるまいな?俺の肩掛けが入っていたんだぞ」


 珍しい金獅子の(たてがみ)を編みこんだ肩掛けで、女の姿では丈が余り、ホズミの荷へしまいこんだのだ。

 あれだけは手元に戻したい。


「ニャニャニャニャニーニャニャニャニッナァ」


 ホズミの言いそうな事なら、手に取るように分かった。


「……いつの間にかなくなっていましたぁ。だと?」

「ニャ!」


 やはり無くしてきたか。腹いせに枕を猫へ向けて投げると、狙いが外れ穂積の後頭部にぶつかり「痛い」と悲鳴を上げさせた。


「ニャアニャニャニャー」

「くぅ……可愛い!」


 誠司がたまらないと言った様子でホズミへと手を伸ばすが、その手は無残にも前足で払われた。

 引掻き傷を作っても、なお目尻を下げ誠司は随分と猫が好きなようだ。


「まぁ、良い。ホズミ、こっちへ来い」

「え?」

「ニャッ」


 穂積が立ち上がり、ホズミが跳ねるように寝台に飛び移った。

 二人は条件反射で動いたのだろう「何ですか」と、俺の方を向くと、次の指示を待っていた。


「……すまん、猫の方を呼んだのだ」

「ははっ、ややこしいね」


 全く、同名とは不便だ。


「ふむ。猫のホズミ、お前の名を変えよう。ボンクラなんてどうだ?ピッタリだ」


 ホズミは低く「ニャ」と、一度鳴きジトリとした視線を寄せてくる。


「気に入らないか?ボンクラ、マヌケ、アホウ。どれも似合いだ。好きな名を選べ」

「ボンちゃん、マーちゃん、アッちゃんかな。呼びやすいね」


 誠司にからかわれ、ホズミは尻尾でその頬を叩くも、誠司は頬を緩めながら「猫と意思の疎通が図れるなんて」と喜んだ。


「もう、二人して猫ちゃんを苛めないでください!あの、リュウトさん。私の事は苗字の七瀬で良いです。皆もそう呼んでいますから」


 確かに誠司も、学校の者も皆、穂積を七瀬と呼ぶ。


「どうして俺が皆の呼ぶ名に合わせなければならんのだ。俺はお前を穂積と呼びたいから呼んでいる」

「……リュウトさん」

「まぁ、良い。猫の方は猫だ」


「乱暴だなぁ」誠司は、言いながらハンカチを取り出し「ねぇ、猫ちゃん」と、猫の目の前で振ってみせた。猫は目でそれを追いながら、飛び付くことはしなかった。

 しかし、それは興味がない。というよりは必死に耐えているのだ。うずうずと、尻尾を動かし、今にも飛びかりたいのが見て取れる。その猫の形相に、誠司は至極満足そうだ。

 そして「僕はこれから、穂積ちゃんって呼ぼうかな」と呟くと、「いつも通りで良いですから……」と穂積を俯かせた。

 穂積の、あの恥らったような顔。俺には見せない表情だ。全く面白くない。


「ん?」


 腹いせに誠司の背を足で小突く。誠司が驚いたように振り返ったが、俺の足だと気が付くと「どうしたの?」と、何やらまんざらでもないような顔をしたので、慌ててその足を引っ込める。

 まるで、構われたくて気を引いた女のようではないか!


「足が長くて悪かったな」

「あはは、じゃあ、その長い足、目のやり場に困るから、もう少し隠しといてよ」


 スカートから、すらりと伸びた俺の素足は確かに魅力的だ。

 猫は猫で、俺が誠司のハンカチの誘惑から救ったと勘違いをしたのか、期待した瞳を向けてくる。

 コイツとは、長い付き合いだ。顔を見ただけで分かる「リュウト様ぁ、この人間をボッコボコのギッタギタにしてやって下さいなぁ」と言っているのだ。

 穂積といえば「私もニンゲンって名前にしたら、おあいこかな?」と、何やら頭の悪い事を猫に話しかけていた。

 このゆるい空気が、少しだけ張り詰めていた俺の気持ちを穏やかなものに変えてくれる。人間界で出来た大切な友なのだ。そう、心から言えよう。

 しかし今後、俺がここに居る事が、この者たちを危険に晒す事になるだろう。二人はそれを許してくれるだろうか。


「我々は魔界に帰るとするか。今まで世話になったな」

「……え?」

「帰る?」

「ニャ?」


 俺の言葉に二人と一匹は目を丸め、一斉にこちらを見た。


「か、帰るんですか?猫ちゃんが見つかったから?」

「ああ。穂積、お前も来るのなら、用意しろ」

「いいえ……私は……あの……」

「そうか。お前は魔界につれて帰りたかったが、残念だな」

「リュウト、もうお別れって事?」


 混乱した視線と言葉が胸に刺さる。

 こうも二人が、俺との別れを惜しむとは思わなかった。頬が緩むのを必死に耐える。その表情が沈痛に見えたのか、穂積は俺の手を取り、力強く握り締めると瞳を緩ませ、眉根を寄せる。

 こんな顔が見られるのなら、より別れを情熱的なものに演出してやろう。そう思うのが、慈悲深い俺の優しさだろうか。

 身振り手振りを交え、大げさに別れの言葉を告げる事にした。


「穂積、力になれなくてすまなかったな。俺が居なくとも、しっかりやれよ。お前の食事は最高に上手かった、人間界に来てからの数少ない楽しみであった。夏帆にもよく言っておいてやってくれ」


 穂積は言葉を詰まらせ、何度も頭を上下させた。

 誠司は何やら真剣な面持ちでこちらを見ている。穂積の前で愛の言葉でも囁かれては面倒だ。


「誠司、お前がいなければ今頃、別の形で魔界に戻る事になっていたかもしれない、本当に有難う、別れの言葉は胸に締まっておいてくれ」


 上目遣いで儚げに微笑んでみせた。今の顔は絶対に可愛かったはずだ。


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