悪魔リュウトと夜の蝶々-4
「誠司、打ち合わせ通り頼むぞ」
穂積の家の前で、そう目配せをすると、誠司は俺を持ち上げ「軽い」と感想を漏らした。
「なぁ、俵でも抱えるような感じに肩へ担いだ方が、緊急性があると思わないか?」
「それは乱暴すぎるでしょ、このままお姫様抱っこで良いよ。楽だし」
ふと、目と目が合うと誠司の頬が緩んだ。
「おい、変な気を起こすなよ」
口付けのせいで、誠司はかなり浮ついているのだ。
誠司には悪かったと、少しは反省したが、カリガネに泡を吹かせるにはアレが一番効く。
そして第一印象が良かったせいか、不思議なもので、誠司になら触れられても嫌悪感は薄い。
「思ったより顔が近くて焦る」
「だから肩に担げと言ったのに」
「あはは、ごめんって」
「まったく、イヤラシイ男だ。まぁ頼むぞ」
そして俺は誠司の腕の中で、全身の力を抜き、だらりと手足を垂らし、天を仰いで瞳を閉じる。
ピンポン。呼鈴を押す音が聞こえる。肘で押したようだ。誠司に抱えられていた膝がぐにゃりと曲がった。
「七瀬さん、中森だけど。夜遅くにごめんね、リュウトが……」
誠司は沈痛な声で扉に話しかけ、言い切らないうちに、パチリと灯りの付く音が聞こえる。
穂積は今日こそ遅い帰宅を怒るに違いないし、俺は怒られたくは無い。
誠司は「警察の事情聴取とかあったし、説明すれば分かってくれるよ」そう、言ったが理由を話して騒がれる事も面倒だ。
そこで一芝居打つ事にしたのだ。
ガチャリと扉が開く。
「リュウトさん!?どうしたんですか?」
穂積の慌てた声が耳に入る。よし、動揺している。
薄目を開け弱々しく口を開く。
「うぅ……町で体調を崩し、誠司に助けられたのだ」
「だ、大丈夫ですか?中森君、リュウトさんを早く中に」
「すまん……世話をかける……な!!痛てぇ!」
「わっ!」
腹の上に重たい何かがぶつかり、俺が半身を起こしたせいで誠司がバランスを崩した。
俺はとっさに誠司の首へと腕を回し、誠司も腰を落とし、足を安定させたので転がり落ちる事にはならなかった。
「一体何だよ!」
「わっ!出てきたら駄目だよ、猫ちゃん!」
「あ、可愛い猫だね」
俺の膝の上に猫がいた。小豆色の猫だ。耳を伏せ、ヒゲをピンと立たせ、大きな瞳で俺を見ている。
子猫と呼ぶには大きく、大人の猫と言うには小さい。そんな猫だ。
「なんだこの猫は!いきなり飛び乗りやがって!」
「アー」
「アーだって、可愛い」
誠司が猫に笑顔を向けると猫は毛を逆立たせ「フーッ」と威嚇した。誠司は「嫌われたかな?」と目尻を下げた。
この猫、どこかで見覚えがある。
「……リュウトさん、いつまで中森君に抱きついてるんですか?」
穂積が顔を歪め、こちらを見ていた。
慌てて誠司の腕を振り解き、その腕から飛び降りた。
「元気そうじゃないですか」
その声色は安堵と怒りが混ざり、誠司は「小細工しようとするから」と、笑ったが穂積は「中森君まで一緒に何やってるんですか!」と眉根を寄せた。
「ニャー!ニャー!」
猫は俺の足に背をこすりつけてくる「お前のせいだ。バカ猫が」ひょいっと首根を掴んで猫をぶら下げる。
「あ、そんな乱暴な持ち方しないで下さい!」
「ずいぶんリュウトに懐くね」
「おい、この猫……」
目の前の猫をまじまじと見つめる。何かがおかしいと思ったら、右の耳が無いのだ。
猫は、どんぐりのような瞳の中に俺を滲ませ、前足で空をかいて「ニャーニャー」と騒ぐ。
「……なるほどな。どうりで見つからなかったわけだ。」
「ニャッ」
「愚かなるホズミよ。今までどこをほっつき歩いていやがった?」
ホズミだ。これは猫だが猫ではない、俺のホズミだ。
「どこって……家にいましたけど」
「ニャー!ニャー!」
「この猫に聞いてるんだよ」
「リュウトさん!やめて下さい、猫ちゃんに何をするんですか」
猫の首根を持ったまま揺すっていると、穂積が俺の手から猫を奪い取り「いじめないで」と抗議の目を向けてくる。
「穂積」
「ニャ」
「お前じゃねぇ」
桃色の猫の鼻を指でパチンと弾く。
「な、なんですか?やめて下さい!リュウトさん、さっきから酷いです……!」
「くそ、ややこしいな、この猫どうした?」
「付いてきちゃったんです……」
「ニャ!」
「この猫、まるで言葉が分かってるような反応をするなぁ」
誠司が感心したように猫の頭に手をかけると、猫は前足で誠司の手を払いのけた。
「コイツは猫じゃねぇよ!俺の探してた小鬼だよ」
「ニャー」
猫のホズミは穂積の腕から飛び出すと、俺へと飛びついたが、すぐさま首根を掴んでぶら下げた。
「ニャーニャニャーニャー!」
「リ・ュ・ウ・ト・様~。じゃねぇよ、なんだその姿は?」
「いじめないで!」
ホズミの頭を叩くと、それを穂積が慌てて止めた。
カリガネに見つかりはしたが、ホズミを見つける事が出来た。しかしこの姿だ。役に立つのか?




