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悪魔リュウトと境界の美少女生活  作者: おかゆか
悪魔リュウトと夜の蝶々
23/77

悪魔リュウトと夜の蝶々-1

「失礼ですが客様は未成年ですよね?身分証と保護者の同意書が無いと、買取できない事になっておりまして――」


 銀縁眼鏡の気取った男が、俺にそう告げた。


「そんな馬鹿な……どうにもならないのか?」

「決まりですから。大変申し訳ございません」


 声色こそ感情的だが、眼鏡の奥の表情は一つも変えてはなかった。

 仕切りを挟み、並んで座る女の「ラッキー」と、高く弾んだ声が耳に入る、察するにこちらでは、明朗会計な取引が進められたようだ。

 店内を見回せば、数多くの宝飾品、さらには鞄や皮小物までもが、ガラスケースに飾られ、照明も過剰な程に明るく、整然としている。

 魔界の買取商と言えば、多くの盗掘品を扱い、出入りするも者と言えば、出生卑しい放蕩無頼の男や、没落貴族の妻達が主で、店内は辛気臭く薄暗い。店の前には武芸に長けた者が立ち目を光らせているような所だ。

 人間界と魔界では同じ商売も大きく違うらしい。


「ふぅ。仕方が無い、残念だが出直そう」


 外套を羽織り、買取商の前に置いた金の指輪を、無造作に掴む。

 女の指には合わず、抜け落ちた俺の指輪だ。


「良い品物ですよ、お嬢さんの持ち物なら大切にした方が良い」

「フン。皇子様からの貢物だからな、そりゃそうだろう」


 カリガネから友の印として贈られたが、今となって思えば愛の証だったのかもしれない。


「一つだけ聞いても良いだろうか?この辺りで、角の生えた少女を見なかったか?赤土のような色の髪に、愛嬌のある顔をしている」

「角?」

「左の即頭部に一本」

「いやぁ、見たこと無いよ」


 男は冗談でも言われたのかと思ったか、砕けた笑顔を見せた。

 人間界へ堕ち、すでに二週間は立とうとしている。しかし、未だにホズミの行方は知れなかった。

 俺とは違い、わずかに魔力が使えるのだから、野垂れ死にはしていないだろう。だが、あの間抜けな小鬼が、この人間界でうまく立ち回っているとは考えにくい。


「手間を取らせた。どうも有難う」


 目を見てにっこりと微笑むと、男は顔を明るくさせ「本当は買い取ってあげたいけど、決まりだからさ」と、親しみやすい笑顔を見せた。

 これ以上の長居は無用「では、失礼」と、指輪を小袋に放り投げ、自動扉の前へ立つ。

 この扉に心を奪われたのも、すでに過去の事だ。


 しかし、困ったな。


 まさか、換金に躓くとは思っても見なかった。

 金ぐらい自力で用意できると高を括っていたが、人間界というのは身分の証明が出来ない者には慎重なようだ。

 いや、それもそうか。力の無い人間が、自身の身を守る為には必要なのだろう。嘆いていても仕方が無い。

 後々高くつきそうだが、夏帆から金でもせびる事にしようか。

 吹き込む秋風と同じように懐も寒いのだ。


「ちょっと貴女――」


 間延びした声に背後から呼び止められ、振り返る。

 中年の女だ。俺の顔を見ると「思った通り」と手を打ち「ねぇ!私の店で働かない?」と続けたのだが、その女の言葉の意味が暫く理解できなかった。


「働く……」


 青天の霹靂。

 まるで考えもしなかった。働けば金になる。こんな単純な社会的仕組みはない。いや、しかし大悪魔である俺が、人間社会の歯車に加わると言うのは躊躇われる。

 しかし、混乱する俺に、女は畳み掛けるように話を続けた。


「あのね、変なお店じゃないの!普通はこんな所でスカウトなんてしないのよ?お仕事は簡単だから!お客さんにお酌をして、にっこりと微笑んでくれているだけで良いわよ!きっと人気が出るわ、貴女、綺麗だし、何だか守ってあげたくなるような優しい雰囲気があるもの」

「酒場の女……」

「どうかしら?この辺じゃ評判なのよ、私のお店。ねぇ、お金が必要なんでしょう?うふふ、実は私も質屋にいたのよ」


 女は「お見通しよ」と、言わんばかりに、にっこりと笑って見せた

 確かに金は居る。しかし、落ちるところまで落ちたような気がしてならない。

 魔界で酒場の女と言えば、淫魔の狩場。俺のような高貴な者には相応しくないだろう。「悪いが……」言いかけたところで女がさらに追随をかけた。


「日給二万円でどう?」


 二万円だと……!

 この国の通貨にも、かなり明るくなってきた俺だ。二万円とは中々の高額。例えば穂積に手渡されているのは一日、五百円。

 そして夏帆からは、顧問料として三千円。

 あやつらは所詮、学生。俺のような美しく気高い大悪魔リュウトが、子供の小遣いで囲われているこの現状が、おかしいのだ。

 

――いけませんよぉ、リュウト様ぁ.!淫魔の真似事など。


 姿など見えないが、ホズミの声が聞こえたような気がした。

 そうだ、俺は漆黒の翼で黒天を駆け、業火をも制した大悪魔リュウト様だ。しかし、これが人間に堕ち、虫けらの中で生きる俺の生命線なのだとしたら……!

 ホズミ、主人を許せ。恨むなら馬鹿皇子を恨むが良い。


「やってやろうじゃないか」

「ほんと?きゃー!良かった!私の事はママって呼んでね」

「ま、ママ?」

「えぇ!本当のお母さんだと思って頼ってね。今から時間があるなら、お店に出てみる?えぇと、今日はミナちゃんとレイナちゃんがいるし――」


 早まったか?もしや、俺は今、身売りをしたのか……?

 手帳を開き何かの確認をし始めた中年の女に、改めて目をやる。年の割には可愛らしい雰囲気で、背は高く姿勢も良いが、化粧気のない普通の中年の女だ。

 この者が俺の母上……!?


「あらあら、大丈夫?緊張してきちゃった?」


 ごくりと喉を鳴らした俺に、母上は優しく背を撫でた。その肉厚で温かな手の平は、何故だか穂積の手を思い浮かばせた。





 *****





 女は好きだ。耳障りの良い言葉を並べ、仮初の愛を囁けば、その柔らかな肢体で極上の快楽を与えてくれる。しかし、それ以上の特別な感情を抱いた事などはなかった。

 一時の感情に一喜一憂し、時に愛を歌い、全てを投げ出してでも得たいと願う事など、己には訪れない絵物語の出来事だと思っていた。

 だが、この俺の胸の内にある、溢れる思いが、恋なのだとしたら。

 全く、どうにかなりそうだ。体の芯が打ち抜かれたような衝動。瞳を閉じ、訪れた闇さえも眩しいと感じる、この高揚感。


「…………」


 鏡の中の俺は、もはや今生の者とは思えない程の美貌を湛え、目の前に大きく存在している。

 瑞々しく光沢のある唇が、小刻みに震えているのは感動からだ。

 適度に巻かれた髪は胸元までしな垂れ、適度な色気を醸し出す。背景に写りこむ裸の女など目に余地すらない。


 こんな事ってあるのか……。


 胸の高鳴りは抑えられそうもなかった。見慣れたと思った女の姿の俺であったが、化粧を施すと一段と輝いて見せたのだ。

 自分である事が悔しいほど、愛しい姿がそこにある。

 鏡の中の自分に恋をした籠の鳥の気持ちが、今なら分かる。こんな良い女が自分だなんて……!

 陽に照らされた氷河を思わせる淡い水の色のドレスには、金糸が編み込まれ、その輝きが俺をまた惹きたてた。

 この美しい女を我が物にしようとしているカリガネを思うと、腸が煮えたぎる。俺達は恋敵だ。


「ママー!この子、凄い綺麗になっちゃった!」


 俺に化粧を施した女が叫んだ。


「あらぁ!やり過ぎじゃない?元が良いんだから、ここまでしなくても良かったのに」

「でも、お人形さんみたいで可愛くて、気合入っちゃった」

「ねぇ、自分で見て、どう?」


 品の良さそうな貴婦人が俺の顔を覗き込む。誰だ。と、じっと見つめると「嫌だ、私よ」と婦人が笑って見せた。

 その笑顔に、この人物が母上なのだと気が付く。

 化粧とは、なんて恐ろしい物なのか……。


「魔法にかけられた気分だ」


 俺の言葉に母上は小指を立てて笑った。

 母上の店は、悪魔の俺から見ても、ここが花街であると一目で分かるそんな町の一角にあり、店は美麗な装飾と花々に飾られ、洗練されていた。

 もし、母上の店が薄布一枚の魔女ばかりであったら逃げ帰ろう。そう、肝に銘じていたが、その必要は無さそうだ。


「仕上げにラメでもふっちゃおうか」


 客前に上がる支度を整える為、鏡の前に座らされ、なすがままに美しくなっていく。

 周りの女達も皆、別人のように変貌を遂げていく。男はこうして騙されるのかと思うと乾いた笑いが出た。

 しかし、着替えの為に裸の女が往来しているこの控室こそ、客の男にとっては真の桃源郷であるかもしれない。


「ドレスも素敵でしょう?良く似合ってるわ」

「魔殿に使える占師のような服装だな」

「マデン?」

「邪蛇を祭った祠だ……そこの女達は皆こういう服を着ているのだ」


 母上は聞かなければ良かった。と、言う顔をして「アリアちゃんは、お喋りはしないでニコニコしてくれたらそれで良いからね」と、念を押した。

「アリアちゃん」とは俺の仮の名だ。ここに居る女は皆、仮の名前で呼ばれているのだと言う。

 ――アリア。鏡の君の名はアリアと言うのだ。


「どうしたの?赤くなって」

「い、いや。なんでもない」


 自分と目が合った。とは、言えまい。




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