乙女の花園-6
「お、お姉様……いけませんわ!」
腕の下の夏帆はソファに沈み込みながら、たじろいだ。
「夏帆ったら、そんなに怯えちゃって……フフフ、可愛いわねぇ」
夏帆の下腹部にまたがり、抵抗する腕を左手で押さえながら、右手でブラウスのボタンを上から外していく。呼吸に合わせて上下する胸が、段々と早くなっていくのが分かった。
「ねぇ、全部外しても良いかしら?」
「お姉様ぁ……」
成長に期待を感じさせる胸の膨らみと、レースに縁取られた白い下着が露出し、夏帆が不安そうな声を漏らす。
「お姉様に変な薬を飲ませた、悪い子は誰だったかしら?」
上半身を倒し夏帆の上へ重なってみせた。己の胸に押しつぶされ、夏帆の胸が形を変える。この景観に喝采を送りたい。
首筋から胸元にかけて舌を這わすと夏帆が「ひん」と、息を漏らす。
「それともこっちが良いの?」
スカートを弄り、太腿を擦り下着へと手をすべりこませると「ひゃっ」と、夏帆は小さな悲鳴を上げ、体をよじるが、逃げられない。
「お姉様、それ以上は……駄目ですわ……夏帆、変になってしまいます……」
俺の長い髪が夏帆の頬を撫で、上気し潤んだ瞳が俺を見つめ返している。
少し、からかってやろうと誑し込んだが、予想以上の反応のよさに、英断であったと気分も上々だ。
「さぁ、そろそろ観念して言うんだな」
耳元で囁き、耳朶を咥えると、夏帆は体を震わせ「ふぇ」と鳴き、机の上のカップを指差すと、夏帆は観念したように頷いた。
「……縁日のお店で買ったのですわ」
「この薬も?」
「……そうですわ、お薬も、術札も……!一ヶ月ほど前に同じお店で」
「ふん。で、俺に何を飲ませた?」
鼻先程の距離で夏帆と目が合う。
「暗示をかけるお薬ですの……」
「暗示だと……?」
「お姉様が私のお姉様になって下さいますように!って、でも本当にかかるとは、思わなかったですわ……お父様にも御爺様にも飲ませたのに、効かなかったのですもの」
俺にしか効かない薬?あの緑色の液体。どこかで嗅いだ事のあると感じた香りは薬は魔界の物に違いはないだろう。それも高度な薬学の知識のある者の調合に違いない。この薬を作った者が人間界に居るのだとしたら、俺の体が治る術も見つかるかもしれないのだ。
「まったく、得体の知れない物を飲ませやがって」
「お姉様ぁ」
夏帆は、はぁはぁと息を途切れさせ、じれたように俺を呼んだ。そして、意を決したように顔を寄せると、唇を押し付けてきた。
「お、おい」
不意打ちに思わずたじろぎはしたが、瑞々しく柔らかい果肉のような触感に、胸が熱くなる。
「お願い、お姉様……夏帆の事、嫌いにならないで……!」
潤んだ瞳で懇願すると、夏帆は啄むような子供っぽい口付けを繰り返した。
実際、子供なのだから仕方が無いが、どうにもじれったい。
一瞬の間、躊躇ったが、据え膳食わぬは男の恥じだ。
つぼみから花弁を探るように、舌先を押し入れると、夏帆は抵抗する事無く、それ受け入れた。
夏帆の冷たい舌が、躊躇いがちに俺の口腔へと侵入してくる。
「ンッ……ンッ……」
白い指を絡め合い、吸い合うように腿を重ね、まるで溶け合うような感触と水音に、感嘆の声をあげたのは夏帆だ。
「お姉様ぁ……凄い」
ふっくらとした唇の端から銀色に光る糸を垂らし、夏帆は今にも泣きそうな顔で俺を見た。
夏帆の華奢な肢体にやや不満はあるが、女の体になってから夢にまで見たシチュエーション。
「最後までヤッても良いの?」
夏帆の頭を優しく撫でると少し震えながらも、小さく頷いた。
拳を握り天へと突き上げたくなるような衝動を抑える。人間風の言葉にするならば「まじで?ヤッター」だ。
とは、言え女として女を悦ばせる方法は知らない。まぁ、やってみれば何とかなるだろう。鼻歌でも歌いたくなる気持ちを堪え、夏帆の下着に手をかける。
夏帆は反射的に体を硬ばらせ、心配そうに瞳を潤ませる「大丈夫」と、優しく唇を舐めると安心したように、ふっと力を抜いた。
……その時だった。
暗いこの部室に一筋の光が刺したのだ。
「げ……」
「きゃ……!」
夏帆も半身を起こし、悲鳴を上げた。
扉がゆっくりと開き、差し込んだ光の幅も広がっていく。光の中に人影が見える。肩を落とした陰気な影。穂積だ。
「お前、ノックぐらい……」
「何度もしました……」
「な、何怒ってるんだよ」
「……怒ってません、呆れているんです」
穂積が胸元から真紅の小石を取り出したのが見えた。やばい。
「おい!それは今、使うものじゃない」
穂積は俺の静止にも躊躇い無く、俺に向って石にふーっと息を吹きかけた。
「あ!やりやがったな!夏帆!逃げろ!穂積も石を捨てて部屋から出ろ」
「え?なんですの?」
石の名前は憂鬱の石。一番会いたくない人物を一時の間、呼び出すのだ。
光の粒がパラパラと海の泡のように空中に集まっていく。
誰が出る?俺の会いたくない相手なんて誰が来てもタチが悪い。カリガネ、父王、皇帝。考えただけで眩暈がする。
しかし、魔界の者は呼び出せまい。一縷の望みにかける。
もし、父王か皇帝が出れば、この状況を打破するチャンスかもしれない。
「あ……」
会いたいと願っては駄目なのだ。
夏帆と穂積を追いやり自分も扉へと駆け込むが、遅かった。ポンと肩に乗った、この男の物にしては美しく長い指。
ざわざわざわとした悪寒が、足元からせり上がってくるような感覚に囚われる。
「リュウト……!」
強い力で捕まれ、強引に振り向かされる。
俺を見下ろす銀色の髪、鋭敏な知性を感じさせる穏やかな眼差し。カリガネだ。
「……よお相棒、数日会わない間に随分やつれたんじゃねぇの。そんなに俺が恋しかったか……ん!」
カリガネはふわりと俺に覆いかぶさるように胸に抱いた。背後で穂積と夏帆の、悲鳴にも似た混乱した声が耳に痛い。
「ああ……無事で良かった……」
「どこが無事なんだ、見て分かるだろう。悪い王子様にこんな姿に変えられて、挙句、人間界送りだ」
「すまなかった。今、退屈な門を捜索しているところだ。属国の境界の門にも声をかけた。じき帰れるだろう。君は今、人間界の何処に居る?」
やはり探されていたか。肩から力が抜け、大きなため息が出た。
「言うかよ。お前に連れ戻されるなんて冗談じゃねぇよ、自力で帰って真っ先にお前を殺しに行ってやる」
「……リュウト」
カリガネは心底悲しそうに瞳を揺らし、俺を真直ぐに見据える。
「やはり女の服が似合うな、綺麗だ」
「口付けだけはするなよ」
夏帆の柔らかさの残るこの唇を奪われては敵わない。先に権勢を入れる。石に呼び出された者は実体であって実体ではない。力も出せず、触れる事は出来るが魔法は使えない。こうなればカリガネなど、ただの男だ。恐れるに足りない。
「ホズミは無事か?悪いようにはしてないだろうな」
カリガネは少し驚いたような表情を見せ、ふっと口元を綻ばせた。
「一緒ではなかったのか?ホズミはお前と一緒に人間界に行ったようだ」
「な!」
予想外の言葉に胸が詰まった。ホズミがいる?人間界に。ホズミも境界を超えたと言うのか?俺が落とされたあの夜の街には、俺一人だったはずだ。ホズミなんて居ない。別の場所に落とされたか。一人で人間界にいる。あのホズミが?
混乱する俺にカリガネは「余計な事を教えてしまっただろうか」と、余裕のある笑みを見せた。
「あの……!貴方、お姉様の何なのですの?」
夏帆がおずおずとカリガネに話しかけた。俺が乱した衣服はすでに整えられている。
「お姉様とは、リュウトの事かい?」
「ええ!そうですわ!お姉様になっていただきましたの」
カリガネが「おや」と、嬉しそうに目を細めた。
「おい……夏帆」
「フフ、リュウトがお姉様か。なんだ、女として上手く過ごしているのではないか。では、僕は君のお兄様になるのかな、僕はリュウトの夫となる男だよ」
俺を、よりぎゅっと強く抱きしめるその腕を、振りほどこうと肩を押し、脛を蹴る。
「お、夫!?」
先に声をあげたのは穂積だ。
「ちげーよ、一方通行の片思い勘違い変態野朗なんだよコイツは」
「僕のリュウトは恥かしがり屋なんだ、分かるだろ?いつも悪態ばかりだが根は優しい」
「おいカリガネ!余計な事を言うな!」
「お兄様……」
夏帆が反芻するようにその言葉を口に出した。やばい。瞳が輝いている。
ようやくカリガネの手を振りほどき、カリガネから大きく遠ざかる。
「その翼、貴方は悪魔ですの?」
「夏帆、そいつと口を聞くな、馬鹿が移るぞ」
「随分な言われようだな、僕は」
カリガネは夏帆の前へと向き直り、ゆっくりその翼を開いて見せた。
洗練された鋭利な骨格。整った黒い翼。俺には及ばないが、カリガネの翼もまた美しい。
月に映えるその翼は、闇夜を飛ぶと僅かに輝き、流星のように空を走るのだ。
競い合うように二人で空を駆けた事を思い出す。
「素敵ですわ……」
夏帆のうっとりとした、その言葉に無意識で舌打ちが出た。
「ありがとう、お嬢さん。悪魔を怖がらないなんて、人間も成長したものだね」
穂積がそっと俺の肩に手をかけた。意図は読めないが、穂積の手から伝わる温かな体温に、ざわついていた心が落ち着くような気がしてくる。
「リュウト」
カリガネが俺の前に跪き、手を取ると当然のように口を寄せた。
「絶対に迎えに来るよ」
「冗談じゃねぇよ」
カリガネはやれやれ。と、わざとらしく困った表情を作り鼻で笑ってみせた。
「愛している。逃げられると思うな」
カリガネは真剣な瞳で俺を見据えたまま、光の粒となって消えていった。
それを見届けると胃の中の物が逆流するような不快感に襲われる。
本能の赴くままに暴れて、部屋中の物を破壊してやりたい。そんな衝動を懸命に押えつけた。唇がわななく。俺の様子に二人は声も掛けられないでいるのが空気から伝わってくる。それに堪えられず、乱暴にテーブルを殴りつけた。派手な音は立て、ティーカップが弾む。たが衝撃を受けたのは俺の拳の方なのは明らかだ。
やりきれない苛立ちと、熱いものがこみあげ、感情に歯止めが利かない。
「穂積……!なんて事をしてくれたんだ!」
八つ当たりだ。分かっているのに怒鳴りつけてしまった。穂積が体を硬直させていた。
「リュウトさん……ごめんなさい、私……」
その細く今に泣き出しそうな声に、すぐさま後悔が襲う。
「いや……すまん。俺の方が悪い。そんなつもりではなかったんだ」
自分が悔しく不甲斐ない。
「すまなかった……」
早く帰らなければならない。しかし、ホズミも探さなくてはいけない。
「夏帆、お前の言う縁日の店に案内してくれ」
「次の縁日は来月ですの……」
夏帆の言葉に深いため息がこぼれた。




