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悪魔リュウトと境界の美少女生活  作者: おかゆか
あれは魔界での出来事
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あれは魔界での出来事-1

 にわかには信じ(がた)く、何度も触れ確認せずにはいられなかった。

 流麗(りゅうれい)な曲線はメリハリがあり、触れた指の腹にふんわりと吸い付いつく。上等な絹糸を思わせる甘栗色の髪は、乱暴にかき上げても、サラサラと正しくあるべき場所へ戻っていった。

 さらに、柔らかな双丘は弾力があり、片手では余る程に豊か。


 ……これは完璧と呼んでも過言ではない。彫刻のように整った女の体躯(たいく)だ!

 いや、だがどうして……?


「リュウトさまぁ……(わたくし)、この魔界の地に光り輝く天使が舞い降りてきたのかと思いましたぁ」


 従者である小鬼のホズミは、ウットリした表情(かお)で俺を見上げ、歌うように言った。

 言葉通り。真珠のように白く透き通った女の地肌は、ここ暗く深い岩窟(がんくつ)の中、手燭(しゅしょく)(あかり)を反射して自ら輝いているようにも見えるのだ。

 若く健康な体の証とでもいうべきか。

 だが、そんな事はどうでも良い。


「ホズミ、一度だけ聞くぞ……いいか?」

「はい、なんでしょう?」

「お前の瞳に俺はどう映る?」


 答えは分かっていた。が、聞かずにはいられない。 

 俺は美しいその手をそっと握り締める。


「それは、それは、美しい女性の姿に見えます!」


 赤い髪のおさげを揺らし、まるで教師の問いへと答える生徒のように、誇らしげにホズミは答えたのだ。


「……そうか。女か」


 細く薄い腰に手を置く。

 この調和の取れた女の体は、俺だ。

 下腹部へと目をやれば、あるべき正しい位置に収まっているはずの“モノ”も無い。


「俺は騙されたのか……?」

「まぁ、そうでしょうね! だから言ったじゃないですか! やめましょうよ~怪しいですよ~! って。まぁ、命があっただけ良かったではありませんか」


 言いながらホズミは地面に転がる薬瓶を拾い上げる。

 瓶に貼られたラベルには『全知全能を知る“奇跡の悪魔”が最後に残した秘法!』とポップな文字で書かれている。

 王宮仕えの呪術士は、この薬瓶をちらつかせ俺に囁いた。


「この薬を飲み干せば、魔界全てを平伏す奇跡の力を得る事ができますよ。魔力の強いリュウト様になら相応(ふさわ)しいでしょう」


 その秘法の結果がこれなのか?


「欲を出したのが悪いのですよぉ! リュウト様ほどの悪魔が更なる力を求めるなんて!」

「ちっ、ホズミのくせに生意気な口を聞きやがって」

「あれぇ、リュウト様? 翼はどこにお隠しに?」


 その言葉に、ハッと肩を上げ、背を見ると血の気が引いた。


「無い! そんな馬鹿な……俺の漆黒の翼が無いなんて……」


 翼は悪魔のステータス。一夜で千里をも天駆(あまか)ける強さを持ち、牙のような鋭利(えいり)な骨格に縁取られた俺の翼は、まさに剛と美を兼ね備えた一級品。自慢の翼だ。


「いっそ白い翼に生え変われば本当に天使のようでしたのにねぇ」

「良い度胸だな。主人を侮辱(ぶじょく)するつもりか?」


 悪魔の翼は闇のように黒い程「良し」とされ、白羽とは最大の侮辱。

 言うが早いかホズミの後頭部に手をあげた。

 ポカリと軽快な音が岩窟に響く。

 しかし、ホズミの反応はいつもと違った。


「……痛くない! リュウト様の鉄槌(てっつい)が、ぜんぜん痛くないですぅ」


 ホズミは目を丸くさせ、こちらを真っ直ぐに見つめ返してくる。殴った俺への非難の目ではない。

 純粋に驚きの目を向けていたのだ。

 一方、俺の殴った手の平はジンと痛み、熱さえ持っている。


「はぁ……腕力まで……」


 この華奢な手が恨めしい……! 生まれて初めて脱力からへたり込んで唸った。


「……どうなってるんだ?」


 汲んだ水が指の隙間から流れ落ちる様に、魔力が抜けていくのが分かる。


「馬鹿げてる。俺の魔力がこんな薬一つで奪えるものか!」


 言って、小さく術を口に出してみるが、旋風(つむじかぜ)一つ起こらなかった。

 噛み締めた唇は、まるで熟した果実のように柔らかく、それが気持ちを沈ませる。

 今の俺は、魔界に住む種族の中でも魔力の弱い小鬼であるホズミより、矮小(わいしょう)で貧弱なのかもしれない。


「くっそ! 最悪だ……!」

「香りは良くなったような気がします!」


 鼻を鳴らすホズミに再び手をあげるが「痛くない痛くない」と、喜ばせるだけだった。

 まったく頑丈な小鬼だ! 


「この体には腕力も魔力も無いが、女としては俺が圧勝だな。どうだ? この肉感的な体! 俺が山ならお前は平地だ。フフン、ホズミ。綿でも詰めてみたらどうだ? 今よりマシに見えるだろう」


 小柄なホズミは発育が良いとは言えない。

 

「この体型は身軽で良いのですぅ! 女性として張り合うのはお止めくださいな! それよりも、リュウト様! どうか服をお召しになってくださいませ! 目のやり場に困りますよぉ!」

「ふん、美術品のように美しい裸体だ、しっかり目に焼き付けておけ。愚かなお前でも教養が付くのではないか?」

「そんな教養はいりませんよう! 早くお隠しくださいなぁ!」


 精一杯の悪態を付くが、ホズミは唇を尖らせ、脱ぎ捨てた衣を拾いぐいぐい押し付けてくる。その仕草は従者と言うより母親だ。

 奪うように受け取った服を被る。


「くそ、背もかなり縮んだな。服がブカブカじゃないか」


 元の姿で着ていた上服は、女の体には大きい。被ると膝まで隠す。

 遥か眼下に見下ろしていたホズミも、今や頭ひとつ分の差しかないのだ。


「その服はワンピースとして着た方が良さそうですねぇ、なんだか見習いの魔法使いのようで、とっても可愛いですぅ」

「フン。俺が可愛いだと? いい加減にしろ」

「でもズボンは、どう見ても着られないですよぉ」

「……くそ、股がスースーする」


 外套は、まともに羽織ると引き摺る事になりそうだ。

 ブカブカのブーツに足を入れ、カチャカチャと剣と短刀を腰へ括り付ける。


「重い……! 女とはなんて非力なんだ!」


 軽々と持ち歩いていたはずの荷物すべてが重い。胸の勲章すら重く感じる。


「そうでございましょう!なのに、リュウト様はいつも私に重たい荷物を持たせて――」

「荷運びしか能が無い愚かなお前に、俺は仕事を与えてやってるんだ! 感謝して欲しいくらいだな。それに荷物の量が増えたのは、お前が余計な物を突っ込むからだろうが」


 ホズミは頬を膨らませ黙り込む。そして俺の顔を改めてじっとみると目を輝かせた。


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