乙女の花園-4
「お姉様、手を繋いで歩きましょう」
柊夏帆は、私の答えなど待たずに、華奢なその指をそっと絡めてきた。
「まぁ、夏帆ったらフフ、甘えん坊さんね」
「だってお姉様は夏帆のお姉様なのに、皆がお姉様の事を見ているんですもの!お姉様にも聞こえているでしょう?あの綺麗な人は誰?って、噂している声が」
私より少しだけ背の低い夏帆は、上目遣いに桃色の唇を尖らせている。
昼の休み時間に入り、廊下は行き交う人も増えた。どうやら、女だらけのこの場所でも、私の容姿はとても目立つみたい。ああ!この美しさが、可愛い妹を傷つけてしまうなんて!
「お姉様は夏帆のお姉様よ、心配なんてしないで……」
夏帆の眉間を指でツンと押すと、夏帆は潤んだ瞳を寄せた。
「お姉様……大好きですわ」
その言葉に胸が愛しさでいっぱいになる。
「私だって夏帆の事、大好きよ」
夏帆は私の言葉に、恥ずかしそうに少しだけ俯き、もじもじと体をよじった。本当に可愛らしい妹!
「夏帆のお姉様になれて、とっても幸せよ」
「ほんと?嬉しい!お姉様」
こんなに可愛い妹が出来たのですもの、もう魔界になんて帰らなくても、男に戻らなくて良いかもしれないわ。
夏帆に私が悪魔である事、生徒では無い事、男であった事、全てを伝えたのに、夏帆は「悪魔だなんて魅力的!」と感激し「今のお姉様が理想のお姉様」と言って、頬を寄せてくれた。
「お姉様?どうなさいましたの?目が潤んでるわ」
にこにこと笑う夏帆を見れば、自然と口角が上がり目は愛しさで細くなってしまう。
「夏帆があまりに可愛いから」
「もう!お姉様からかわないでくださいまし」
ふわふわの髪を揺らし、夏帆は耳まで赤くした。抱きしめたくなるような気持ちを、そっと抑える。
「お姉様、中庭でランチにいたしましょう!今日は陽射しが温かいし、桜の紅葉が盛りですわ」
「まぁ!素敵ね。そうしましょう」
夏帆と一緒なら、どんな景色だって色づくわ!魔界の廃墟だって、花畑に見えてしまうかもしれない。夏帆にはそんな華やかな魅力があるもの。
「あら!」
ふと、ガラスで遮られた世界の向こうに、知った顔を見つけた。背を丸め、胸に抱えた見覚えのある若草色の包みは、お弁当。
「穂積~!お昼ご飯かしら?」
私が窓を開け、手を振ると、慌てたように髪を振り乱し、渡り廊下を走ってきた。
夏帆が心配そうに「誰ですの?」と耳打ちしてくる。
「リュ、リュウトさん!やっぱり学校に!な、何してるんですか!」
穂積は、私が優雅に振っていたその手を掴む。
「まぁ!そんなに声を荒げなくても良いじゃない。私はこれから可愛い妹とお昼ご飯を食べるのよ」
「い、妹?」
声を裏返し、夏帆へと目を向けると穂積は「ん?」と、眉根を寄せた。
「……一年の柊夏帆です」
穂積と目が合った夏帆は、私の背に隠れながら可愛らしい小さな声で囁くように自己紹介をし、穂積は思い出したかのように「あ……七瀬です」と、簡単に名乗った。
私は、二人が仲良くなれば良いわ!と、微笑ましい様子で見守っていたのに、穂積ったら「ちょっとリュウトさん」と声を荒げ「乱暴ね」と、言う私の精一杯の抗議を無視して、物陰へと引っ張っていく。
「……リュウトさん、あの子、誰だか知ってるんですか?理事長のお孫さんで……学校では有名人なんですよ『不思議ちゃん』って」
「不思議?確かに不思議だわ、あんなに可愛いらしいのですもの……!人間界の生き物とは思えないわ」
「リュウトさん……?話し方も仕草も、いきなり女の子らしくなって……違和感が……」
「まぁ!ひどいのね、喋らなければ美人だから、喋るな、喋るなって遊園地で、ブーブーと文句を言っていた人の発言とは思えないわ。穂積、私ね、夏帆に相応しいお姉様になろうと思って、今とっても努力しているのよ」
穂積はきょとんとした瞳で私を見つめ、頭から爪先までを確認して見せた。
「何だか気持ちが悪いです……」
穂積の頭を「失礼ね」と、ポカリと殴ると「痛い」と頭をさすった。そして辺りをきょろきょろと見渡し「なんでも良いですけど、早く帰ってくださいね」と、念を押してきた。
「お姉様ぁ……」
夏帆が私の服の裾を引く。
「まぁ、ごめんなさい……!寂しい思いをさせてしまったかしら」
夏帆は私たちの会話が耳に入っていたらしく、苛立った口調で穂積に詰め寄った。
「七瀬先輩はお姉様の何ですの?」
「ええと……居候と保護者?みたいな……」
「まぁ!穂積ったら、ずいぶん上から目線ねぇ」
「じゃあ私とリュウトさんは何ですか?友達……じゃないですよね?」
確認するよう言ってから頬を赤らめ「……まぁ、何だって良いんですけどね」と、口を噤んだ。
友達だと言い切れば良いのに、相手を気遣って何も言えない様な不器用な所が憎めなくて、放って置けない存在なのよ。そして思わず、からかってやりたくなるような隙が、彼女の学校生活においてプラスでもマイナスでもあるのでしょうね。
「穂積。嫉妬してしまうのは分かるわ、でも私は一人しか居ないから……貴女は別のお姉様を探してちょうだいね」
「なっ、違います……!」
「そう?それなら良かった。それで穂積、大丈夫だったの?」
何が大丈夫なのか。その意味をすぐに察したのか、穂積はなんとも言えない顔をした。
それが答えのようね。
穂積の気に食わない人間を、一人ずつ闇討ちしていこう。そう、提案した私に「絶対やめて下さい」と、拒否したのは誰だったかしら。あの時「良いですね」と一言、言えば今頃、そんな顔はしていなかったでしょうに……。
再び夏帆が、焦れたように無言で私の腕を引いた「ごめんなさいね」と、夏帆に微笑みかける。でも穂積一人を残すのも気が引けてしまう。ああ、そうだ!一緒に食べれば良いんじゃない。思わず、ポンと両手を叩いて名案を披露する。
「ねぇ穂積、私たちと一緒にお昼を食べない?」
間髪いれずに「嫌ですわ!」と叫んだのは夏帆だった。
「どうして?」
訊ねても頬を膨らませ、首を振るばかりで、しまいには私の腕に頬を寄せて俯いてしまった。
「あの……私の事は気にしないで、二人で食べて下さい」
穂積が本心を押し殺したような硬い笑顔を浮かべた。なんだか捨て猫を見送るようで胸が打つけれど、私は夏帆のお姉様だもの。夏帆の嫌がる事は出来ないわ!
「仕方の無い子ねぇ、それじゃあ穂積、またね」
「うん、リュウトさん……あまり目立たないうちに早く帰ってね、学校に居ると思うと、凄く迷惑です。柊さんも気をつけてね、そのお姉さん、かなり常識と外れているから」
吐いた毒も恋しさの裏返しだと思えば許せるわ。軽く手を振って、穂積と別れる。……つもりだったのに、その直後、ケラケラと笑う女達が穂積を呼んだ。




