悪魔リュウトと魔法少女-5
吐き気に身を震わせ、頭を抑えていた誠司だったが、観覧車の頂上へとさしかかった頃には、症状も治まったらしく「吐かずにすんだ」と、自嘲気味に笑った。
どうやら、直前に乗った水へ突っ込む乗り物に酔ったようだ。
「まだ具合が悪そうじゃないか?」
「ん、大丈夫」
しかし、この狭い空間で膝を突き合わせ座る事に緊張を覚えているのか、今度はそわそわと落ち着つかなくなった。
視線は定まらず、手を何度も摺り合わせているのだ。
その高揚した緊張感は、伝染するようで俺までその気詰まりな雰囲気に飲まれそうになる。
「見ろ、あの大きい鳥。凄いな」
「あはは、あれは鳥じゃなくて飛行機だよ」
俺の指差した銀色の鳥を見るとそう言った。
「飛行機……?機械なのか?まさか、人が乗ってるわけじゃあるまいな」
「いや、乗ってるよ、あの大きさだと、200人くらいかな」
「信じられない……!そんなに大人数が……」
いや、人間界の機械の事に一々驚く事は愚かだ。ほら、美女に羨望の目を向けていたはずの誠司だって呆れて黙り込んだ。
「なぁ誠司、今どこを見ていた?」
「え……?いやぁ、見てない!たまたま!」
悪戯がばれた子供のように誠司の肩がビクッと震えた。その反動で宙吊りのゴンドラも揺れる。
「ふん、華奢な腿だろ?なんだ、誠司、その先が見たいか?」
綺麗に畳まれたプリーツの折り目に手を添え、スカートをそっとたくし上げる。
露になっていく太腿は、やはり自分の物ではない見知らぬ女の足に思えた。
「リュウトさん」
誠司は首を左右に振りながら俺のその手を止めた。
「冗談だよ、悪かったって」
「いや、こっちこそごめん……足を見てたんじゃ無くって、その……ちょっと考え事をしていたと言うか……」
誠司は少しムキになったような声で答えた。
場を和ませてやろうと気を使った事が裏目に出た。慣れない事はするべきじゃない。予想よりもゆっくりと動くこの乗り物は逃げ場が無く、沈黙はただの苦痛になっていく。
誠司の事は放って景色を楽しむ事にしよう、脚でも胸でも好きなところを存分に見ているが良い。
「あのさ……」
「ん……?ん?」
俺の手に誠司の手が重なる。関節の浮き出たゴツゴツとした大きな手だ。
手は震えていたが、真っ直ぐに俺を見据えたその目は相変わらず、強い意思と自信が漲り、俺の失った目のように思えてならない。
「いきなり、こんな事ごめん……」
誠司がその手に力を込めてくる。緊張に震える冷たい手。
何が言いたいのかは真剣な目を見れば分かる。俺はうぶな乙女ではない。
「誠司、お前が俺を助けようとした時、俺がどう思ったか教えようか」
「え……?」
「嫉妬だよ、俺はお前が羨ましい。俺を女にはしないでくれ」
ガラス窓に映る少女は瞳を揺らしていた。
甘栗色の髪は柔らかで、白磁のような肌は陽の光に溶けてしまいそうに儚い。
華奢な手足。まるで造り物の人形だ。
これは誰だ?
男の影にすっぽりと隠れてしまう、この小さな女。
鏡の君じゃない。俺だ。
この姿で男だと虚勢を張っても惨めなだけかもしれない。
誠司が俺を抱きしめたせいで、ゴンドラが大きく傾いた。
「ごめん、泣いてるように見えたから」
「お前、俺が人ではない事を知っているだろ」
誠司は、小さくうなずくと「天使が空に昇っていくのを見た」と、言った。
「俺はアミと同じ迷子なんだ。男なのか、女なのか、悪魔なのか、人間なのか……。その全てがあやふやだ。お前が見たあの翼も今や仮初。お前は俺に何を望む?俺に惚れたとでも言うつもりだったか?俺は、お前を利用するぞ」
押しのけた、その誠司の肩は厚く硬い。
その肩に触れながら、ぼやけていた記憶が少しだけ蘇る。
あの日、カリガネと荒野を駆けた日の俺は、少女であったような気がしてならない。そして「正しい現象に戻した」あの岩窟で、カリガネはそう言ったのだ。
誠司を真直ぐと見据える。均整の取れた顔が優しく俺を捕らえていた。
「さて、異種族をも容易く受け入れる度量の大きな友よ。俺の事はリュウトと呼んでくれ」
差し出したその手を、誠司は迷う事無く強く握り返した。
「迷子のリュウトを保護したら、懐いてくれるかな」
「どうだろうね、試してみると良い」
もう少しで空ともお別れだ。
空が朱に染まる。
地面に近づくにつれ新しい杞憂が胸を刺す。穂積だ。
***************
穂積は俺の顔を見ると大きく安堵した。
てっきり怒りに身を震わせ俺の帰りを待っているものだと、戦々恐々と部屋の扉を叩いたのだが、予想は裏切られた。
いや、これなら怒鳴られた方がマシだったかもしれない。
「リュウトさん……良かったです……途中で迷子になって、家に帰ってこられないのかと思いました、探しに行こうかなって悩んで悩んで、でも入れ違いになっても困るし……」
俺が買い物に出て帰らないと、安否を気遣っていたようだ。目尻にはうっすらと涙を溜めている。
「す、すまん……誠司と一緒だった。頼まれたものは買って来てやったぞ、これで眉毛を描くが良い」
穂積は「ありがとうございます」と荷を受け取ると「どこに行っていたんですか?」と俺に尋ねてくる。
「遊園地。ほら、土産」
星型の飾りの付いた魔法の杖だ。
「わぁ、モモリンのマジカルステッキですね」
「なんだ、知ってるのか」
「私、毎週見ていて……。明日も放送しますよ、毎週日曜、朝九時です」
恥ずかしげに笑うと、穂積は魔法の杖をアミがしたのと同じように上から順番に押していく、やはり同じように柄の先に付いた星が回り、シャララと音が鳴る。
『ピーチメモリアルロマンチック!スペクトラルシャワーアタッーク!』
「お?」
「ボタンを三つ同時に押すと、必殺技が出るんですよ」
アミの言っていた「もっと凄い魔法」とは、この事だったのか!
「良いな、遊園地。……私行った事が無いんです」
「遊園地に?なら丁度良い、明日モモリンを見たら一緒に行こう」
俺が招待券を差し出すと穂積は顔を明るくさせた。
「今から眉毛を書く練習しなきゃいけないですね」
穂積は穏やかに微笑んだ。




