悪魔リュウトと魔法少女-1
機械仕掛けで開くガラス扉の前へ立つ。
どうやらこの扉は、人の接近を感知しているらしく、足を踏み出したタイミングで扉が開くのだ。
手を煩わす事無く、ガラスで遮られた世界が、目の前から切り取られていく!この感覚が実に心地良い!
俺はこの扉が好きだ。
「いらっしゃいませー」
扉が開くと、店番の女が愛想の無い声を上げた。
俺はそんな女には目もくれず、背後の扉が閉じるのを確認すると、すぐさま踵を返し自動の扉から外に出る。
「ありがとうございましたー」
出入りする度、店番の女は「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と、繰り返す。
おそらく、この女も機械だ。
俺が自動の扉を楽しんでいると、店番の女と同じ衣装の店主らしき中年の男が現れ、俺を強い口調で「お客様」と呼び「他のお客様のご迷惑になりますので」と、窘めた。
「それは失礼した、配慮が足りなかった」
にっこりと微笑むと中年の男は「次は気をつけてね」と、優しい口調に変える。
鏡の君の笑顔は魅力的だ。
そして、俺を見て「清桜女子の生徒さん?」と訊ねた。
「いや、コスプレだ」
白いブラウスに紺色のベスト、赤いプリーツスカート、紺のハイソックス。
俺が今着ているのは、穂積の制服である。
本来は襟に赤いリボンを結ぶらしいのだが、それは控えさせた。
なぜ俺が、穂積の制服を着ているのかと言うと、穂積は俺の服の洗濯に失敗し、生地を盛大に引き裂いたからに他ならない。
スカートに抵抗はあった。が、穂積の持つ服の中で、一番上等そうな物がこれであったせいで渋々着ている。
しかし、この制服と美少女という組み合わせの相性がよほど良いのか、少々人間から逸脱した行動を取っても「仕方が無い」と許されるようだ。
店主は納得の行かないような顔はしたが「今度は買い物してね」と、言い残すと奥へ引っ込んでいった。
この店の前に赴いた宝石店の女など、俺がたった三回出入りしただけで、瞼を吊り上げたのだから、女には通用しないようだが。
人間達の科学、機械、電気、とやらは実に面白い。
魔界にも機械はあるが、起動に多くの魔力を使うせいで、庶民には広く普及はしていない。
ホズミのように魔力の弱い者達は、蓄力式の簡易魔力を買っている。その為、照明のように使用頻度が高い機械を使えば、割高になり、魔界で機械は、魔力は無いが金がある。そんな、成金の象徴だ。
一般的には灯りを取るには蝋と炎。または夜行性の光花虫を集めてガラスに閉じ込めている。
そして、俺ほどの魔力がある悪魔になれば、灯りは機械ではなく火や光精霊を使う。口寄せすれば精霊が蜀台へと縛りつき、その身を燃やすのだ。
「お……」
路地裏に猫を見つけた。
「猫はどこに居ても猫か、こっちに来い」
俺が手招きをすると猫は「ニー」と、一度鳴き、背を俺の足へと擦りつけると別の路地へと消えていった。
人間の町には、魔界ではありふれた鬼や獣人も見掛けはしない。
しかし、猫が居ると言うことは、ノムミュも居るかもしれない。
猫の去った細い路地へと足を向ける。
「イールグ……イールグ……」
ノムミュを呼ぶ声を上げる。
建物に囲まれたその路地は薄汚く、陽の光は遮断され暗い。
しかし、こういう場所にノムミュは数多く居るのだ。
汚物が入れられ、異臭を放つ青い容器の蓋を開ける。
「居た!」
ノムミュは陽に晒され素早く姿を隠す。
光沢のある黒く平たい体は魔界と同じだが、人間界のノムミュは小さいようだ。
「白いヤツは居ないか?」
白いノムミュは賢く、言葉を理解する。
「お姉ちゃん、何してるの?」
背後から話しかけられ振り返ると子供が居た。
高い位置で髪を結い上げた少女だ。
「白いノムミュを探している」
「ノムミュ?」
「これだ、この黒い虫」
「それ、ゴキブリだよ、白いなんか見たこと無い!」
「人間界ではゴキブリと呼ぶのか。白いのは珍しいからな。俺が子供の頃に飼っていたが、気のいい奴だったよ」
ペットのノムミュ、名前はマーカス。大きさは手の平程だ、マーカスに紐をつけて散歩をするのが俺の日常であった。
しかし最期はホズミが踏みつけて死んだ。
「ゴキブリ触ったら汚いよ、病気になるってママが言ってたもん!お姉ちゃん触ったら駄目だよ!」
「ふむ。確かに、野生のノミュムは不潔かもしれんな、お嬢ちゃん忠告有難う」
俺が褒めてやると満面の笑みを浮かべた。屈託の無い笑顔。子供と言うのは、可愛いらしい。
いや、まて。素直にそう思った事に動揺を覚えた。
俺は今まで子供を可愛いなどと思った事が無い!
しかし今、意図せずこの下等な人間の子供が可愛い。と、直感的浮かんだのは確かだ。
もしや、思考までも女性化しているのか!?
昨晩、感極まって泣いた事も思い出す。
……母性。
その二文字が脳裏を過る。まてまて、男であっても父性を感じる事は無かった。気のせいだろう。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。それよりお前一人か?」
「お前じゃないよ!アミちゃんだよ!」
「……では、アミちゃん親はどうした?」
「ママあっち」
「あっち……?」
指差した方角は路地の行き止まりだ。
「違うと思うが?」
俺が指摘するとアミは泣き顔を作った。泣かれるのは煩わしい!
「おい、泣くなよ、一旦通りまで戻ろう、こんな路地に居ても母親も見つからない」
アミは大きく上下に頭を振ると「バイバイ猫ちゃん」と軒で寝ていた猫へ手を振った。




