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9話 ワイルド・サイコ

 手歪町で最も開けた場所はどこか。

 そう聞かれれば、町の住人達は揃って少し考え込み、小さな声で答えるだろう。この町はどう言い繕っても『田舎』であり、森と畑は『開けている』とは言えないのだ。

 広場、という意味で有れば、それに該当するのは一つしか存在しない。

 そして、『殺し屋』の三人が立っているのはそんな場所であった。


「……」

「……」

「……」


 三人は黙ったまま、駅の前に立ってみせる。

 民家に囲まれた駅前の中央には一本の巨木が鎮座し、存在感を表していた。家々の窓からは三人の様子を窺う者が居たが、彼らの姿を見ると同時に隠れている。

 彼らの手には、各自一つずつの拳銃が握られていた。

 決して大きい物ではなく、それほど威力は無いだろう。だが、この三人が持てば拳銃は重機関銃よりも危険な兵器に思えるのだ。

 三人は揃って無表情のまま、天空に向かって拳銃を突き出した。

 そして、一人が引き金を引く。


「出てこいよ!」


 銃声が響き、銃弾は大空へ飛んでいく。

 それに続いて、一人が引き金を二度引き、同じ様に声を張り上げた。


「話があるんだ!」


 声と銃声が終わった途端、最後に残った一人が三度引き金を引き、強烈なまでに力を感じさせる怒りを放った。


「大人しく、俺達の前に現れろ……地海蒼空、そんな名前の女ぁ!!」


 三つの揃った激情が町中に響き、銃声に乗って天空へ届いて行く。三人の男達の顔に浮かぶのは無表情から明るい物に変わり、清々しい気分すら見せつけている。

 彼らは、待ち構えていた。仁王立ちしている姿と堂々たる態度が強烈な存在感を発揮し、人を寄せ付けているのだ。


「こんなので本当に来るのかねぇ」

「さあ、ま、何とかなるだろ。よく分からん奴だが、俺達を殺すつもりなら、来るさ」

「映画みたいな決闘と行きたいがね、ああ、映画みたいな罠を警戒されるのか?」


 そんな中にあっても、男達には軽口を叩く。

 声の中に潜む圧倒的な雰囲気に呑まれて、民家に住む人々がひっそりと隠れる。

 これから、剣呑かつ危険な事が起きる。そう感じさせるには十分な物だった。


 そこから、一分間くらいの時間が流れた。音が止まったかの様に沈黙が伸びて、緊迫感の有る空間が作り上げられている。


 そんな三人に向かって、何者かが現れた。


 民家の影から現れたのは、一人の少年であった。彼は挑発的な笑みを浮かべながら男達へ近づいていき、片手を軽くあげた。


「……こんにちは。おっさん達、バカっぽい面だな」


 開口一番、少年は馬鹿にした声を吐いた。

 男達が銃を持っている事を知りながら、そんな言葉を口にする。相応の覚悟が有るのか、恐怖を押し殺している事は明らかである。


「おおう、会って早々に挑発か?」

「良い度胸してるなあ、お前さん。すげえよ」

「で、お前は誰だ?」


 三人の男達は微妙に顔を歪め、謎の少年を睨みつける。少年は恐怖で息を呑んだ様だが、勇気を以て一歩踏み出した。


「アンタ等が探している奴の一人、じゃないのか? 知らないけどな」


 相手を睨み返した少年が、やはり挑発するかの様な笑みを見せる。

 それを聞いた男達は顔を見合わせ、揃って疑問を顔に浮かべた。


「……どう思う?」

「そうだな、関係者って可能性は有るよな?」


 目的の相手とは違う人物が現れた為に、三人は困惑していた。

 だが、一応は少年も『敵』である可能性を考慮して、少年に向かって敵意を向ける。


「とりあえず、動けない様にしておくか?」

「ああ、良いかもな。撃ってから考えるか?」

「でも、そういうのはやばい気もするんだよな、ほら……」


 男が仲間にしか気づかれない程度に民家の影へ視線を送ると、二人は素早く反応して見せた。


「ああ……まあ、な」

「違いないな、ああ、違いないよな」


 仲間の言わんとする所を理解した男達が、少年には気づかれない様に肩を竦める。

 あらゆる動きを少年が警戒しきった顔で見つめていたが、彼らは気にせず銃を持ち上げた。


「ま、言い訳は後で考えれば良いや。あのガキの正体を聞いておこうか」

「おう、じゃあ一応な」


 行き当たりばったりで適当な事を口にして、男達はとりあえず少年に銃を向けてみる。

 猛暑と恐怖で汗を流す少年は銃口を見て、垂れ下がった拳を握り締めた。


「……っ!」

「悪いが、ちょっと足を撃たせて貰おうかな……嘘だけどよ」


 男は最後に小さく呟いたが、少年の耳には届く筈も無い。ただ、彼は引き金に力を籠める振りをして、少年の反応を窺った。


 少年は、痛みに耐える様に目を瞑っていた。



+




 少年、幽鬼は自分の中の恐怖を抑え込む事に総力を尽くしている。

 銃口が自分へ向けられ、おぞましき男達が殺意にも似た物をぶつけてくるのだ、警官であっても逃げ出すだろう。

 その中ですら気丈に立ち上がる姿は、まさしく勇気有る男であった。


――逃げる訳には、行かないよな。ああ、行かないさ。


 自分に言い聞かせて、幽鬼が目を瞑る。

 此処で逃げれば、どうなるか。頭に浮かぶのは自分の手で気絶させた安寧の姿であり、彼を託した冶木の笑顔でもあった。それは幽鬼が覚悟を決めさせる要因となっていた。


――やってやろうじゃねえか、撃つなら撃てよ、なぁ!


 カッ、と目を見開いて、幽鬼は全身全霊から力を発した。それは男達の殺意すら包み、飲み込む様に暴れ回った。

 男達は笑みを浮かべ、感心した様子になる。ひっそりと銃を降ろす動きになっていたのだが、幽鬼は気づかない。

 気づかないまま、幽鬼は銃弾と男達に屈しない覚悟を決め込んで――撃たれなかった。



 男達が銃を降ろしたのではない。ただ、彼らにとっても少年にとっても完全に予想していなかった事が発生する。

 幽鬼の目が驚愕に見開かれて、そこで起きた事を理解しようとした。彼の口から出たのは、唖然とした音の響きだった。


「……は?」


 幽鬼が見ていたのは、一つの攻撃だ。男達が銃を降ろす素振りを見せると同時に、凄まじい勢いで飛び込んで来た何者かが男達に向かって攻撃を仕掛けたのだ。

 その存在は人間とは思えない様な動きで男達に迫ると、一人の銃を蹴り飛ばし、一人の銃を腕で弾き、最後の一人の銃は腕を捻って奪い取った。

 三人から一瞬で武器を捨てさせた存在は、至極興奮した様子で笑みを浮かべて奪った銃を遠くへ放り捨て、壊れきった声を上げた。


「こんにちは、おっさん達。馬鹿な人達。私の、私の大っ嫌いな塵達よ! あなた達を、ゴミを、掃除に来たのよ!」


 幽鬼の前に立ち、男達から庇う様に啖呵をきって見せる存在が居る。

 それは幽鬼にとっては先程まで一緒に居た人物で、男達にとっては話の中だけで耳にした人物でもあった。


「蒼空さん!?」


 心から驚きを声にする幽鬼。それを合図にするかの様に、三人の男達が声を繋げた。


「よう『地海蒼空』! 元気じゃねえかこのサイコが!」

「ちょっと許せねえくらいにサイコなお前こそ!」

「ゴミ以外の何物でもないと思うんだよなぁ!」


 待ち人が来たと言いたげに男達は喜び、それと同時に怒りを露わにした。


「俺達からのお返し、貰ってくれるよなぁ!」


 かけ声の様な物をあげると、銃を奪われた彼らは即座に距離を詰めて、蒼空を抑え込む様に囲い込む。

 息の合った動きで迫る様はまるで波だ。瞬く間に接近した彼らはほぼ同時に三方向から攻撃を仕掛けた。

 それらの攻撃はとても回避出来ない筈だが、蒼空はニヤニヤとした笑いを引っ込めず、まるで人間の動きではない様に体を捻って全てを避けた。


「遅い、ああ、遅いわよね。本っ当に! バッカみたい! こんな連中は死ねば良いのに! 良いと思わないの!?」


 異常なテンションで暴言を吐くと、彼女は恐ろしい勢いで反撃に移った。 

 綺麗に伸びた足が鞭の様にしなり、男の一人の首を一撃で折りに行く。しかし、狙いが分かっていたのか、男は頭を軽く下げるだけで回避する。

 空振りに終わった攻撃から蒼空の片足が地面に着くまで、僅かな隙が生まれた。それを見逃す男達ではなく、彼らはタイミングを合わせたかの様に蒼空の片足に足払いをかけた。

 蒼空が派手にバランスを崩したが、彼女は狂った様な笑い声を上げた。


「きゃっははハはアハ! なぁーにしてるのかしらあっぁはっははぁ!!」


 凄まじい笑い声を響かせながら、蒼空は自分の体が地面に落ちるより早く攻撃に使った片足で地面を蹴り上げ、その力だけで後ろに下がる。

 後ろ向きに倒れ込む様な後退だったが、体が倒れるよりも彼女の指が体を支える方が早かった。

 指の力だけで立ち直ると、彼女は悪夢の様な混沌とした言葉に出来ない笑みを体全体で表現する。


「ねえ! ずぅぅぅっと待ってたの! あなた達を殺せる機会をね、ボッコボコの、グチャグチャの、ミンチにしてあげるんだから、そう決めてきたのよ!」

「そ、蒼空さん……?」


 その豹変に一番に恐ろしい物を覚えていた幽鬼が、声を震わせながら蒼空の顔を見る。

 戸惑いの籠もった言葉を聞いて、振り向いた蒼空の表情に穏やかな物が宿った。


「ああ、大丈夫よ。大丈夫、きっと助けてあげる。絶対に助けてあげる。私は今、ちょっと『本気』だから、だから、あなたを殺さない様に気をつけるね」


 言葉の内容は悪魔に死を宣告されるよりも恐ろしかったが、それを口にする蒼空は本当に暖かで、そのギャップこそ何よりも化け物めいた印象を与えていた。

 くるりと男達の方向へ顔を戻す所も、まるで首が一回転したかの様な恐ろしさが有った。


「さあ、覚悟は良いかな? 私の友達を殺した責任はその命で、六百倍にして返してあげようか!」


 『怒り』や『何か』で一杯になり、その場の印象は凡そ無限に近い恐怖が溢れるかの様な惨状となる。

 しかし、男達は至極当然の様に揃って駅前で平然としていて、深く頷いた。


「……ああ、納得したよ。心から、本当にな」

「違いない。こんな奴なら納得するしか無いよなぁ」


 彼らは何事かを理解した素振りを見せる。だが、それを無視した蒼空は冷笑を浮かべて足踏みをした。


「来ないのかな? 来ないならこちらから、殺さないといけない!」


 その瞬間、いや、瞬間と言って良いのかも分からない程の間に、蒼空は勢い良く男達の側に迫った。獣の様な挙動で近づくと、蒼空は鋭い拳を一人に向ける。

 狙われる場所が分かっていたのか、予め身構えていた男が拳を避け、男は肩を竦めながら蒼空の脇腹へ蹴りを入れた。


「ぐぇ……うぐぁ! ああ、痛いな全く……ぅ!?」


 何かが折れる音が聞こえ、蒼空が痛みに顔を顰めた。

 しかしそれでも彼女の足は全く止まらず、痛みを感じる神経が麻痺したかの様に軽やかな動きでステップを踏み、後退する。

 だが、そこには男達の一人が立っていた。


「おおっと! 残念だなぁ!」


 待ち構えていた男は片手の拳を思い切り振り、助走を付ける様にして拳を打ち出した。

 弾丸の様な拳は殺人的な勢いで蒼空へと迫ったが、彼女は片足を軸にして自分の体を横へ逸らし、間一髪で拳ごと男を通り過ぎた。

 それだけではない、蒼空はそのまま腕を使い、その男の首筋へ腕を叩き込んだ。

 何とか反応した男は、腕を盾にして首の骨を折られる事だけは防ぐ。が、それでも十分な衝撃が伝わったのか、首の辺りを撫でていた。


「……死ぬかと思ったぜ」

「油断するからだよ、どうしてそう馬鹿なのか」

「お前も人の事は言えないよな。勿論、俺もな」


 安堵を顔に浮かべた男に、容赦無い言葉がかけられる。そんな声の主達の顔も喜びが浮かぶ辺り、男の事を心配していたのだろう。

 そんな仲の良い三人の会話を聞く事すらせず、蒼空は歪んだ表情のままだった。


「痛いが、痛いけどね。それがどうしたんだ、体が動かないくらいで私が止まる訳が無い、止まれる筈も……無い!」


 少し離れた場所から叫び、蒼空は素早く前に出て走り出す。

 素早く男達の元にまで向かう姿は何とも凶悪だ。しかし、男達は今度は攻撃に対応する事すらせず、静かに口を開いた。


「そうだな、残念なお知らせをしなくてはな」

「その、悪いが……お前と本気でやり合うつもりは無いんだ」


 申し訳なさそうな顔をしながら、男達が蒼空から目を逸らす。それは強烈な衝撃だったのか、蒼空の足が思わず止まる。


「……何、それは。どういう、事? 意味わかんない、どういう、一体何かな?」


 予想外の言葉に幾つもの邪悪な意志を発しながら、蒼空が首を傾げた。

 彼女は腹部と太股と胸に銃弾で穴が空き、脇腹の骨が危険な状態にあるとはとても思われない程に感情豊かに見える。


「『真実を知った』今の俺達の目的は、ちょっとばかしお前に報復の雨を浴びせかける事でな。もう俺達の仕事は終わったのさ。後はお前が逮捕でもされた後にゆっくりと、部下達に処刑して貰うさ」


 色々な常識を突破してしまったかの様な蒼空に対して、男達の一人が静かに語った。

 それが余計に火に油を注いでしまったらしく、蒼空の顔に更なる歪みが生まれる。


「お前達は……!」

「何だよ、分かったら失せろって。用事は無いんだ」


 怒ろう狂おうがが知った事ではない、男はそう言いたげに追い出す様な手振りを使ってみせた。

 明らかに馬鹿にした様子の為か、蒼空は狂った笑い声を上げた。


「あは、っつあはは! ぶっ殺しちゃおうじゃないの!」


 我慢しきれなくなったのか、三人に飛び込む勢いで彼女へ迫った。

 迫ろうとした。しかし、身体が前向きになった瞬間、彼女の片腕が何者かに掴まれて、動きを止められる。


「悪いな」

「え、あわっ!?」


 蒼空が予想もしなかった妨害に目を見開いている間に、その人物は素早く女の腕を捻り、背後に持っていかせた。

 全身を武器とする事も出来る蒼空だったが、彼女が何かをする暇すら与えられず、本当に軽々と拘束されたのだ。


「はな、離せ、放しなさい……!」

「嫌だね」


 蒼空が暴れようとすると、その人物は背後から彼女を転倒させ、地面に顔を押しつけた。

 酷い痛みを覚えたのか蒼空が一瞬だけ目を見開き、呻き声を上げる。


「うぐ……! 痛いから、離しなさい……」

「駄目だな」


 蒼空を捕まえた人物は、彼女の哀れさを誘う様な弱々しい声を軽く受け流している。

 相手に殆どのし掛かられた状態の蒼空が動く事は難しく、彼女は耳元で囁く男の声だけを意識に入れた。


「なあ、地海蒼空。やっと捕まえたぞ」


 深く、低い声だ。それは強い意志よりも強壮な『力』を感じさせ、蒼空の心に響く。

 しかし、蒼空は声の主の正体が全く理解できなかった。

 唐突に現れて、邪魔をしてきた相手が、一体何者なのか。それに対する心当たりは皆無であった。


「……誰?」

「おいおい、知らないのかよ。俺はお前等の事件を追っていた男で」


 耳聡く蒼空の声を聞き取り、男は彼女の耳元に口を寄せる。隙あらば脱しようとする蒼空だったが、男の口振りにも動きにも、どんな部分にも隙は存在しなかった。

 そして男は誇るでもなく、自嘲するのでもなく、ただ淡々と『自分の職業』を口にした。



「つまり――警察だよ」



 男こと、高島が自分の事を口にした瞬間から、三人の男達が笑いを堪えて顔を歪めていた。

 それは、彼には決して似合わない職業なのである。

 だが、三人の男達は高島が嘘を吐いていない事を知っている。だからこそ笑いそうになっているのだ。

元ネタは『サイコ』と『ワイルド・バレット』です。

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