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7話 逃亡者

 時間を僅かに戻し、高島が何者かの存在に気づいた頃。その『何者か』である蒼空と少年達は、これからの事について若干の迷いを含めつつ話し込んでいた。 


「それで、どうするつもりなんだ? 何処かに逃げ道くらいは有ると思うんだが」

「と、言われてもね……さっきも言った通り、私はまだ町の中でやらなきゃいけない事があるの、もう少し頑張るつもりなのよ」


 逃走を提案してくる幽鬼に対して、蒼空は迷い無く首を振っている。まだ彼女の戦いは終わっていないのである。

 そんな事を少年達は全く知らない。特に幽鬼は残念そうな顔をして、迷いに目を揺らしている。


「じゃあ、俺達だけでも……」

「君達だけで逃げるのは無理が有るわ。止めておいた方が良いでしょうね」


 安寧を見つめる幽鬼に向かって、蒼空はやんわりと、しかしながら強く言い聞かせた。


「……危険なのは分かってますって。でも、此処に居るよりは良いでしょうよ……安寧はどう思う?」

「僕、ですか? えっと、出来れば逃げたいと思いますけど、でも、やっぱり逃げ場が無いなら仕方ないかなって、思います……」


 安寧は目を泳がせながら答えている。未知の恐怖に怯えているのだろうか。そんな子供に話を振ってしまった事を幽鬼は少しだけ後悔する。

 そんな二人を見つめて、蒼空は蓄積された憎らしい感情を抑え込んでいた。復讐鬼になったとしても、彼女は子供達を巻き込むつもりなど無かったのだ。

 だが、蒼空は一方で理解していた。自分が関わってしまった段階で、少年達が巻き込まれる事は半ば確定した様な物なのだと。

 罪悪感や申し訳なさを覚えた蒼空は話し込む少年達から目を背け、腰を浮かせた。


「考えるにしろ、逃げるにしろ、しばらく此処で静かにしていれば良いわ」

「あの、貴女もこの部屋に居た方が……」

「あら、心配してくれるの、安寧君?」

「は、はい……!」


 蒼空が扉に向かうと、その姿をじっと見つめた安寧が声をかけた。

 それは友達を心配する表情であり、蒼空は嬉しさを覚える。だが、彼女は止まれないのだ。


「ありがとう、でも……これは、私の戦いよ」


 決意を秘めた瞳で、彼女は部屋の外へ向かっていく。


「……行くわね」


 部屋に唯一存在する扉に近づき、彼女は少年達からは決して見えない様に憎悪の光を発した。それは彼女の心を引き締め、改めて復讐に必要なだけの力を生み出すのだ。

 蒼空の口元に、邪悪と呼ぶべき笑みが浮かんだ。







 そんな彼女の姿を、少年達はじっと見つめていた。

 その気になれば止める事も出来る。三人よりは四人の方が安全で良いという気持ちは、特に幽鬼の中には強く存在する。しかし、実際には制止の声が出る事は無く、蒼空は当たり前の様に扉へ手を伸ばしている。

 何となく止める気にならなかった為に、彼らは黙って蒼空が去り行く姿を目撃しようとしていた。

 しかし、そんな蒼空の姿を見ていない者が一人だけ居る。そう、冶木だ。安寧の鞄に入っていたガムテープで口を塞がれた彼は、何故か窓の外を眺めている。

 まるで興味が無いかの様に一点を見つめ続ける姿は何とも嫌な空気を感じさせていた。

 そんな冶木だったが、彼は唐突に窓の下を見て、何かを理解した様子で喋ろうとする。


「むぐ、むむむ……! ぐぐぐぐぐっ……」


 口を塞がれている為に言葉にはならなかった。彼は自分の口にしっかりと接着されたガムテープを剥がし、痛そうな顔にニヤニヤとした笑みを浮かべた。


「私は、開けない事を勧めるね!」


 ほぼ同じタイミングで、何処かから犬の遠吠えが聞こえてくる。

 遠吠えが部屋中に響いたその瞬間、蒼空は何事かに気づいて勢い良く顔を上げ、ドアノブから一気に手を引いた。


「逃げなさいっ!!」

「え、え……それはどういう……?」

「良いから早く!」


 必死と言うべき形相となった蒼空の言葉に、安寧が困惑した様子を見せる。

 だが、幽鬼は全く異なった反応を見せた。幽鬼は蒼空の声を聞いた瞬間から身体を動かして、安寧の全身を抱き込む様に掴んでいたのだ。


「掴まっててくれ! 冶木も早く!」

「はいはーい」


 冶木に声をかけると幽鬼は素早く窓枠に手をかけて、ほんの僅かな時間を迷いに使う。

 それでも少しの間で覚悟を決めて、彼は勢い良く窓から飛び出す。

 落下目標はビルの隣で生い茂る木々である。幽鬼は安寧に衝撃が行かない様に努めて身体を下にして、衝撃に耐えようと目を瞑った。


 そして、少年達が部屋から抜け出たのと同時に、扉は何者かの手によって吹き飛ばされた。


+





 扉を吹き飛ばした三人の男達は、中に一人の女が居る事を確認すると同時に、各々の武器を勢い良く使用する。三人は全員が拳銃を握っていて、その引き金は完璧に照準を女に定めた状態で引かれた。

 しかし、女は勢い良く隣に有ったソファを転がして盾にする事で銃弾から身を守って見せる。

 男達は銃弾を無駄遣いするつもりは無かったのか、盾を作られた時には既に引き金から力を抜いている。彼らは素早く女に接近し、その中の一人がナイフを取り出した。

 二人は銃を持って待ち構え、ナイフを持った男が女に襲いかかる。急速に攻撃を仕掛けられた女はソファを一番近い男に投げつけた。

 それが狙いだったのか、盾を失った女に対して二人は針の糸を通す様な正確な射撃を行う。今度は避けられず、女はその身に銃弾を受ける。

 それでも僅かに身を捻る事で、心臓を打ち抜かれる事だけは避けていた。二つの銃弾は彼女の心臓に近い胸元と脇腹を貫通し、血を吹き出した。

 彼女が痛みで目を見開いたが、三人は欠片も哀れとは思わず、むしろ恐ろしい表情で女に向かって問いかけた。


「ああ、確認しておくぜ」

「お前が……俺達の部下を殺したのか?」

「そうなら、この場で殺す。違うなら、後で殺す」


 三人は微塵も迷わず女、蒼空を殺そうとしていた。それでも確認をするのは、近くに高島という第三者が居る事を分かっていたからだろう。

 そうとは知らない蒼空は、痛みに耐えながら憎悪で瞳を曇らせる。その表情を理解したのか、三人は納得して頷いた。


「成る程、復讐か何かだな。だが、それは俺達を殺して良い許可証じゃない。まあ、俺達にもそんな物は無いがな」


 肩を竦めつつも、銃口は蒼空に向けられていた。相手の動機を知ろうが、全く揺らぐ事は無い。

 彼らは能面の様な顔のまま、血を流す蒼空の姿を見つめた。


「さて、覚悟はしなくても良い、一瞬で死ぬ」

「ああ、一発だ」

「ま、もう二発ぶち込んでるんだけどな」

「茶化すなよ」


 心の余裕が戻ってきている為に、彼らは僅かな間だけわき道に逸れた会話をしている。それでも銃を降ろす様子は無く、蒼空が殺される事は確定しているかに思えた。

 三人は銃の引き金に力を入れようとする。と、その時、彼らの背後から声が聞こえてくる。



「おい、そいつを殺す気か?」



 高島の声だと理解出来たのは、一瞬遅れての事だった。声に反応したが為に三人の男達の間に僅かな隙が生まれ、意識が蒼空から逸れる。

 それを見逃す蒼空ではなかった。彼女は一瞬も無い隙を突いて背後へ跳躍し、そこに転がっていた物を掴む。


「おいっ!」


 ようやく状況に気づいた男達が怒りを籠めて銃弾を放つ。が、狙いも付けなかったそれは幸いにも蒼空の身体を掠めるだけであった。

 自分の身に銃弾が届かなかった事を体感するよりも早く、彼女の手が持っていた物を投げつける。

 それと男達の一人が引き金を引くのは殆ど同時だった。銃弾と床に転がっていた物、いや、『大きな鞄』が互いの敵に向かって迫るのだ

 やがて大きな鞄に銃弾が直撃し----爆発音の様な物が響く。

 すると、鞄から強烈な煙幕が部屋の中に広がった。


「何っ……!?」

「やっべ……っ!」

「どこの怪盗だよ、忍者かよ!」


 鞄の中身には、煙を出す何かの物品が入っていた様だ。それが銃弾の衝撃で作動したのだろう。

 それでも男達の目は何とか蒼空を見つけようと動く。その時、蒼空は窓枠に手をかけていた。


「逃がすかっ!」


 一人が銃弾を放ち、蒼空の身に当たる。しかし、打ち抜かれたのは足であった。

 そこで足を崩した蒼空だったが、身体は窓から乗り出した状態となっている。力が抜けた為に、彼女の身体はそのまま滑り落ちる様に窓から飛び出す。


「畜生……!」


 思わず男達の一人が追いかけようと動いたが、窓から出る寸前で他の二人に止められた。


「まて、飛び降りるのは危険だ」

「冷静になれ、俺達が怪我をする訳にはいかないだろうが」

「……ああ、そう……そうだな」


 冷水を被った様な顔をして、男は気を落ち着かせる。

 煙が毒物である可能性を考えた三人は、そのまま何とかして部屋の外へ出る。そこには、高島が腕を組んで壁にもたれ掛かっていた。


「ああ、逃げられたのか」

「馬鹿言うなよ、お前が声をかけていなければ……いや、止めておくさ」


 悪態を吐きそうになって、男達は口を噤む。それよりも彼らの身体は自然と下の階へ向かっていた。

 部屋から逃げたとは言っても、女は三発の銃弾を受けて、しかもビルから飛び降りたのだ。無事では無いだろう。










 しかし、ビルの近くに生える木々の側には女の影も形も存在しなかった。


「おい……どこに行った?」


 男達の一人が周囲を見回し、誰もいない事を理解する。人が落ちた形跡や血痕は確かに存在したが、それは途中で途切れている。

 まるで、途中から血液が流れなくなったかの様である。エンジン音が聞こえなかった事から、車などの乗り物で逃げたという可能性は殆ど無かった。


「おい、見てみろ。落ちた痕が二つ有るぞ」


 そう言うと、一人が木々に出来た痕跡を指さす。確かに二つ存在していた。


「となると、さっきまで女以外の奴も居た、という事か?」

「そうなるな。ちょっと俺達の足が遅かったらしい。いや、残念だな」


 悔しそうな表情になり、三人は互いの顔を見合わせる。が、すぐに気を取り直したのか、冷静な様子で話を始めている。


「さっきの女……話に聞いた通りじゃないか」

「それなりに逃げ足と身体能力は良いらしいな。ま、あれだけぶち込まれたら動くのも難しいだろうが……」

「と、なると、まだ遠くには行っていないな。どうする? 手分けして探すか?」


 一人の提案に二人が数秒だけ考え込み、それからすぐに答えを出してくる。

 表面上は落ち着いていたが、銃を握り締めている所には逃げられた恥や憤怒が感じ取れた。


「いや、駄目だ。流石に三人じゃ少ない。町の連中に探させるのはどうだ?」

「連中に血を流した女を捜させるのか? 俺は反対だね」

「……確かに、そうだな。ああ、ちょっと冷静にならないとな」


 二人の反論を受けて、一人は自分の考えた方法を取り下げる。それから彼らは一様に周囲を見回して、誰かが移動した痕跡が無いかと確認する。

 彼らにとっては残念な事に、痕跡は存在しなかった。しかし、彼らは落ち込む素振りは見せず、凄まじい力を感じさせる声音で言葉を呟いた。


「まあ、何処へ逃げても俺達からは逃げられないがな……」


 三人の魂から響く様な決意が周囲に撒き散らされる。握ったままの銃が物々しい雰囲気を演出していて、側に近寄る事すら躊躇われる。

 しかし、そんな彼らの雰囲気に慣れきっている男が居た。言うまでもないが、高島である。


「ん……?」


 高島は三人の猛悪な気配を無視しながらビルから出て、周囲を見回すと同時に首を傾げた。

 疑問を覚えた理由は、女が居なかった為ではない。三人の様子から、高島は既に女が逃げている事を理解している。

 彼が探しているのは、殺人の犯人ではなかった。


「連命の奴、どこに……?」


 そう、高島は周囲を見回し、三島連命が居ない事に気づいたのだ。

 彼の優れた五感は即座に連命の居場所を探していたのだが、それでも見つける事は出来なかった。少なくとも、彼が知覚出来る範囲には居ないのだ。


「高島、どうしたよ?」

「何だ? 何か気づいたのか?」


 男達が高島の気配に反応し、彼に向かって視線を寄越す。殺気を隠していない為に、見られるだけでも嫌な緊張感を覚えるだろう。


「いや、何でもない。それより、完全に逃げられたらしいな」


 素直に言えば男達が連命を殺しに行きかねないと判断し、高島は適当に手を振って話題を変えようとする。

 高島の誤魔化そうとする意図を男達は理解したが、今の彼らには追及する気が無く、ただ苦々しげな顔をした。


「ああ、逃げられたよ。最悪だ、だが……町を封鎖してでも捕まえてみせるさ」


 例え町中の人間を殺してでも、彼らは迷わず犯人を捕まえるに違いない。そう思わせるのに十分な覇気と怒気を纏っていた。

 悪魔の様な邪悪な顔をする彼らを見て、高島は内心で溜息を吐く。

 それは彼らが恐ろしい事をする前に止めようとする感情の発露だった。が、三人の男達はじっと高島の顔を見つめている。


「……どうした?」


 自分に向かって視線が集中した事に高島が疑問を抱く。

 しかし、彼らは高島に何も説明を行わぬまま、ただその顔を見つめ続けていた。


「おい、気持ち悪いぞ。何が言いたいんだ」


 鬱陶しそうに眉を顰めた高島の声が響く。

 有無を言わせない態度が三人に届いたのか、彼らは僅かに顔を見合わせて、高島に向かって口を開いた。


「お前、本当は何か知ってるだろ」

「……へえ」

 

 三人の言葉を聞いて、高島が関心した風に笑みを浮かべる。それは出来の悪い後輩が良い所に気づいたと賞賛するかの様であり、男達の直感が正しい事を表していた。


「よく気づいたな。ははは、成る程。気づかれたか」


 馬鹿にしている風に高島が笑い、肩を竦める。

 そんな態度に腹を立てるでもなく、三人の男達はじっと高島の顔を見つめていた。


「お前の事だ。俺達が掴んでいない事も実は知っていたりするんだろう? いや……俺達が捕まえるより早く、捕まえるつもりだったんだな?」

「最初から犯人の顔も名前も出自も知っていた、違うか?」


 返答を迫る口調で、彼らは高島へ声をかける。そんな事をされた高島は困った様子で笑みを浮かべた。


「流石にそれは買いかぶりさ。俺だって掴んでいたのは一部分だけだ。まあ……お前等よりは、色々と知っているが」

「何で教えなかったんだよ」

「その理由は、お前等だって分かってる筈だぞ? ここへ来てやったのは、目撃者がまかり間違ってお前等に殺されない様にする為だ、お前等に情報をくれてやるからじゃない」


 嫌な気配を纏った男の言葉に、高島が『何を当たり前の事を』と言いたげな顔をする。

 それに対しては三人の男達が腹を立てた様子は無く、むしろ納得した様子で頷いていた。


「……ああ、成る程な」

「それは、仕方ないか」

「だってお前だもんな」


 妙に素直な様子の三人は、高島から目を離さなかった。

 それが何よりも彼らの意図を表していて、そんな彼らの様子を見た高島が再び肩を竦め、仕方ないと言いたげに帽子を撫でる。

 高島の反応を理解した上で、三人は言葉を紡いだ。


「ああ、仕方ないから許してやる。だから、話してくれ。お前の知っている事を」


 じっと見つめる瞳には、殺意が含まれていた。高島が答えなければ、彼らの持つ銃の引き金へ力が込められるだろう。

 勿論、高島が『銃弾で倒せる訳ではない』。仮に撃てば、『反撃されて返り討ちになるかもしれない』。三人が銃を構えたのは、脅しですらない。単なる意思表明だ。

 『高島と敵対してでも、部下を殺した者を許さない』そういう気持ちなのだ。


「さあ、本当は、何を知っている?」


 彼らは、純粋に質問をしている。

 答えないという選択肢も高島には存在していた。が、彼は仕方が無いと言いたげに何度も帽子を撫で、何とも不本意な顔をしながらも、笑みを浮かべ続けていた。



「……しょうがないな、おい」

タイトル元『追跡者』

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