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6話 真犯人の行方

 廃工場の死体の前には、『殺し屋』組織の三人のボス達が立っていた。

 彼らは苦虫を噛み潰した様子で死体を見つめていた。人間の死体など、彼らにとっては見慣れた物だ。それが例え味方でも、慣れているのだ。

 しかし、今の彼らを真っ正面から見つめる事が出来る者などそうは居ないだろう。邪悪を通り越して吐き気すら覚えさせる殺気と怒気を散布しながら、彼らはその場に立っている。


「……ひでえ殺し方だ」

「ああ、そうだな」


 一人の声に反応したのは、高島だった。彼は三人とは違い、状況を観察する様に死体と白骨を眺めている。

 それに対して三人は何の反応も返す事は無く、ただひたすらに死体に向かって万感の思いをぶつけていた。


「危なくなったら、逃げれば良いだろうによぉ……どうしてこう、逃げないんだよ、畜生が」

「どうしてそうなるんだよ、さっき注意したばっかりだってのに」

「ああ、どうせこうなるなら俺達と一緒に地下で遊ばせておけば良かったぜ」


 三人は別々に哀悼の念を口にして、無惨な死体に布を被せ、巻いていく。布に赤い染みが広がったが、彼らは気にしなかった。


「……お前等、何時もの雑談はどうしたよ?」

「俺達でも空気くらい読むぜ。だが、そうだな……この手の殺人と言えば俺は……いや、止めておく」

「そんな気分じゃねえんだ。勘弁してくれよ」


 高島が声を掛けると、三人の男達は悲しそうに首を振った。

 とても『殺し屋』とは思えない姿を見て、発言の主である高島は軽く頭を下げる。


「悪かった」

「良いって。心配してくれるならありがとよ」


 鷹揚なのか、それとも高島に対して怒る気力がまるで無いのか。彼らは気にしていない素振りを見せて、死体をきちんと布で包む。

 漏れ出していた血や内臓の数々は身体と一緒に丁寧に包み込まれている。まるで、死体が存在していなかったかの様だ。

 高島には、彼らが何を考えているのかが分かった。こんな廃工場に、部下の死体の僅かな欠片でも残しておく気は無いのだ。


「一度、戻るぞ。情報交換をさせろ」

「死体は……俺達が持っていく」


 布を袋の形に包み込んだ男達は、三人揃って袋を抱えた。まるで、葬儀にでも運ぶように。


「……」


 高島は眉を顰め、三人の挙動や顔色の全てを見つめていた。

 三人の顔は悲しげだったが、とても平静そうに見える。そんな彼らの表情が高島にはどうも気がかりだった。その為、彼は『確認』をしてみる事にした。



「仲間が殺されたにしては、随分と冷静じゃないか」



 轟音が響き渡った。

 高島の言葉が三人の耳に届いた瞬間、工場の柱が一本だけへし折れて、工場の壁まで吹き飛んでいたのだ。

 誰がそんな事をしたのか、言わずとも明らかだった。何せ、三人は吹き飛んだ柱が有った場所に裏拳を浮かべていたのだから。


「そう見えるか?」


 三人同時に、同じ言葉を口にする。それはとても冷ややかで、蒸し暑い廃工場を極寒の地に変えてしまう。

 高島を見つめる瞳には、怒りも悲しみも、何の感情も浮かんでいなかった。


「そう、見えるのか?」


 背後で連命が怯えている。だが、高島は彼に気を回す事は無く、じっと三人を見つめていた。

 彼らは高島に対して怒る気力が無い、訳ではなかったのだ。むしろ、狂おしい程に怒っている。だが、彼らの怒りは全て『これを仕掛けてきた者』に向けられていたのだ。

 

「……いや、見えないな。むしろ今までで一番怖い」


 凶悪な怒りの一端に触れて、高島は三人を恐れずに肩を竦めてみせる。


「まあ、それくらい怒ってる方が……お前等とは、付き合い安いよな。普段のお前等がとても付き合い難いという事でも有るが」


 苦笑混じりに高島がそう告げると、三人の男達は僅かに互いの顔へ視線を合わせた。

 彼らの顔からは既に表情が消えている。その奥で漂う粘着質な怒りは静かに漂い、吹き出す瞬間を待っているかの様だ。


「ああ、俺達を利用しろ」

「目的の為に、な。俺達だって……」

「目的の為に、お前を利用してやる」


 能面の様な男達は高島に向かって冷ややかな声を繋げた。そして、彼らは雑談を始める事も無く、黙って廃工場から死体を運び出していく。

 高島はその姿から決して目を離さず、後を追いかけた。



 そんな高島に向かって、連命が若干引いた様子で口を開く。


「あの……」

「ん?」


 連命の声を聞いても、高島は振り返らずに聞き返してくる。やはり、目は一度も三人から逸らされていない。彼らが何時『爆発』するか分からない以上、仕方ない事だ。

 そんな反応を受けても、逃げ腰の連命は話を止めずに続けた。


「俺、逃げた方が良いんじゃないですか……? 何というか、俺じゃ力不足に思えるんですけど……」


 それは連命の飾らない本音である。あの殺し屋の三人や高島は、間違いなく『化け物』と形容するべき力を感じさせている。

 だが、高島に連れてこられた彼は、特別な技術の持ち主という訳でもないのだ。

 それ故の逃げ腰だったのだが、僅かに考えた高島は首を振り、連命の顔を見ずに忠告する。


「いや、俺達と一緒に居た方が良い。残念ながら、今のこの町は地獄と同義だ。町から出た奴は、あの三人に殺される」

「そんな馬鹿な」

「信じていないのか、アレだけ心からトんでる奴等が、ただが電車一つ爆破しないと、そう思うんだな」

「……」


 半信半疑になった連命だったが、高島の深刻な口調を受けて黙り込む。

 実際に、あの三人の危険な憤怒は見た者に不安を与えるのだ。電車一つどころか、国くらいは滅ぼしてしまいそうだ。


「不幸中の幸いは、猛暑で町民が駅を監視していない所だな。尤も、敵もそれを知っていたのかもしれないが……」

「……」

「ま、あいつ等の膝元であいつ等の部下を殺ったんだ、覚悟は出来ているだろうさ」


 努めて暢気にしているのだと、すぐに分かる声音だった。

 高島は肩の力を抜く振りをして、静かに三人の姿を追いかけていく。到着する先は墓地か、地獄か、廃ビルか。どれに向かうにしても、高島の足は普段通りだ。

 その背後に居た連命もまた、三人と町と高島への恐怖心に追いかけられるかの様に、彼らへ向かって走った。

 彼の耳には、高島の言葉が届いている。彼はとても真剣な声を虚空に落としていたのだ。


「仮に町から出ても、奴らは国中に居る。顔を覚えられたら、最後だな」


 今まで言った何よりも、高島の言葉には警戒と不安が滲んでいた。



+


 


「駅から逃げるのは止めた方が良いわ。奴らは……とても危険だから」


 『駅から余所の町に逃げる』という少年達の話を聞いた蒼空は、必死と呼べるくらいに思い切り首を振って否定を口にした。

 自分の考えが完全に否定されるとは思っていなかったのか、幽鬼は目を見開き、それでも無事に助かる道が無いかを相談する。


「蒼空さん、でも、逃げ道なんて他には無いんだ。どうにかならないか?」

「私の友達は奴らに殺された。とても酷い有様でね……知り合いがそんな風になる所は……」


 最後の言葉は小さすぎて良く聞き取れなかったが、その暗く辛そうな表情は幽鬼の心に強く響く。

 それだけで幽鬼は駅から逃げるという選択肢を自動的に頭から消し去り、別の道を模索しようと思考を続けた。


「分かりましたよ。駅は無しにするから、他に何か無いんですか?」

「そう、そうね……悪いけど、私はこの町に残るつもりだから、ごめんなさい」

「あの、蒼空さん。頭は下げなくて良いです。僕達も逃げられないんですから」


 蒼空が申し訳なさそうに頭を下げると、安寧が慌てて元気付ける。まだ恐怖から抜けられない安寧だったが、蒼空に対してはとても親切で優しかった。


「そうね。そうよね、今度こそごめんなさい。ちょっと血迷ったのかもしれないわ」

「いえ、良いです。僕だって頑張ります、頑張ってます。だけど失敗だってしますから」

「ふふ、まあね。同じ事が私にも言えるわ、一度の失敗で怖がっていては駄目よね。それでは、一番したい事を逃すかもしれないもの」


 安寧と蒼空は互いに遠慮がちながら笑みを浮かべ、心を通わせた様子で話をしていた。酷く人見知り気味な安寧ですら、蒼空とは僅かな間で打ち解けている。


「……」

「美人で優しいお姉さんと安寧君が仲良く喋ってるから、入る余地が無くて悲しいっていう感じかな?」

「……バカ、ちげえよ」

「あら? どうかしたの?」

「……あ、いえ。ちょっと気のせいで」


 目を逸らし、幽鬼は変わらずふざけ続ける冶木に返事をする。それに気づいた蒼空に幽鬼は手を振って話を流した。

 冶木は死体を見た後も全く変化しないまま、ここまで来ている。此処まで徹底していると、むしろ見事だ。


「なーなー、なーなー、にゃーん」


 考え込む幽鬼を邪魔する所も、普段通りである。冶木は猫の鳴き真似をしながら頭に自分の両手をかざし、耳に見立てて遊んでいる。

 悔しい程に無駄に似合う姿だ。猫の真似と少女に見える顔立ちは見事な調和を保っていて、言葉を発しなければ愛くるしい物と化すだろう。

 それを分かっているのか、冶木は両手で耳を作ったまま騒ぎ出した。


「なぁーなぁー……ってこれは子猫みたいな鳴き声だね。それはいけないな、いけないなぁ。だって私は……いや、あるいは今の私は子猫の見ている夢で、私など存在しないのではないだろうかっ!?」

「……胡蝶の夢かよ。何で猫だよ」


 疲れた幽鬼が適当に返事をすると、冶木は少しの間だけ床に座って自分の手を一度だけ舐める。無駄に猫らしい挙動だったが、幽鬼には怒る気力も無かった。


「まあ良いじゃないか。胡蝶だけじゃなく様々な物は夢を見る! 夢とは夢の中の世界とは一つの閉鎖された世界だ、つまりこの世界と何ら変わらない!」


 止める者が居ない為か、冶木の独り言の様な何かは延々と続けられる。

 やはり幽鬼は放置して半壊したソファに座り込み、安寧は蒼空との話を優先させていた。その為か、冶木の言葉が更に方向を間違えて吹き飛んでいく。


「で、あの白骨死体が噂の元なのかねえ、なのかねえ。私としては人生に幸が必要だと思うんだよな、思うんだよ! ああ、何て素晴らしいんだろう! 死体が幸せを運ぶなんて!!」

「……おい」


 流石に聞き捨てならず、幽鬼が声を止めさせた。


「おおう、怒るなよ。さあ落ち着け、落ち着いて楽しく人生を過ごす計画を立てよう! そうすれば人は幸せに向かって一歩前進する、前進すれば幸せな気分になれる! その気分が幸福を呼ぶ! まさに完璧な幸福への道じゃないか!」

「……もう勘弁してくれ。反応する気力が沸かないんだよ。死体なんて見たんだからな」


 冶木は止まらず騒ぎ続けて、音波によって部屋中が破壊されるのではないかと思えてくる。幽鬼は目を逸らして、極力気にしない事にする。

 そんな姿を見てヒソヒソと蒼空が安寧に話しかけている事は理解していたが、幽鬼は極力気にしない様にした。









「ねえ、安寧君? ちょっと……」


 隠しきれない戸惑いを浮かべ、蒼空は奇妙な不審さを覚えた声音で安寧に向かって話しかける。

 気の合う友人に向ける様に穏やかな表情をした安寧は、そっと蒼空の顔を見つめて首を傾げた。


「……どうしたの?」

「いえ、その……変わった子だなぁと思ってね」

「あー……すいません、本当に騒がしい人で……」


 安寧は気まずい様子で頭を下げた。冶木は今も騒ぎ続けていて、幽鬼を更に疲れさせている。隣で聞いている安寧ですら『うわぁ』という気分にさせられるのだ。


「え、ええ。そうね……うん」

「……?」

「そう、ええ……そうでしょうね」


 返答を聞いた蒼空が微妙な戸惑いの含まれたニュアンスの声を放ち、微妙に目を泳がせている。

 そんな反応に安寧はまた首を傾げたが、特別気に留めた様子は無く、聞きたかった事を話す。


「ところで、蒼空さんはこの町をどう思います?」

「え? そう……ねぇ。閉鎖的で、ちょっと暗い。何処にでもある普通の町に思えるけれど……そういう風体をしている、恐ろしい町にも見えるわ」


 少し考えて、蒼空は気を取り直した風にしっかりと答えた。真剣な返答であり、町に対する嫌悪感や『憎悪』が感じ取れる。

 それを聞いた安寧は嬉しそうに頷いて見せた。


「同感ですね。僕もこの町は怖いですよ、変な感じというか……でも、そういう所も堪らない気もします。ほら、僕って怪しいのが好きですから」

「そう? 私には分からない世界なのだけど……」


 安寧が怪しい物や都市伝説を好む事を『天井から』聞いていた蒼空は、納得しながらも理解は示していない。どうやら、彼女にはその手の趣味は無いらしい。

 内心では残念そうな気持ちになった安寧だったが、彼はすぐに気を取り直して話を続ける。


「……面白いんですよ? ナチスがUFOの製造に関わっていたとか、日本国法が通じない村が有るとか、口裂け女とか、ベッドの下の殺人鬼とか、新しい娯楽は全部マインドコントロールの道具で闇の権力が関わっているんだ、とか」

「そ、そうなの」

「あ、ごめんなさい。分からないですよね……」


 夢中で話してしまった事を理解すると、安寧は反省する姿勢を見せて俯いた。


「いえ、良いのよ。好きな物の話で饒舌になるのは恥ずかしい事じゃないでしょう?」


 そんな安寧の肩を叩き、蒼空は穏やかに微笑んだ。

 目に見えて安寧の表情は明るくなり、何度も頷いて見せた。


「そう、ですよね……好きなんだから、仕方ないですよね!」

「そうそう、恥じる事なんか無いわよ。私だって趣味くらいあるもの」

「蒼空さんにも趣味が? あ、普通は有りますよね。じゃあ、一体どういう趣味が?」


 興味津々と言いたげな様子で、安寧が蒼空の顔を覗き込む。

 聞かれた蒼空は少しの間考える素振りを見せて、唸る様な声を上げる。頭から何かを引きずり出そうとして、迷っているかの様だ。

 やがて蒼空は大きく指を伸ばし、安寧の唇に乗せた。


「ナイショ」

「え……?」

「……というより、よく分からないの、頭に浮かんでこなくって。おかしいなぁ、私にも何か有った筈なのに……」


 首を傾げた蒼空は、その整った眉根を寄せて悩み始めた。もどかしい気分が表情からも強く伝わってくるのだ。

 安寧が心配そうに顔を覗き込んでいたが、彼女はそれでも思い浮かべようと努力を続けていた。








 考え込む蒼空と、その顔を見つめる安寧。二人の姿を背に、冶木はまだ口を開いている。


「あひゃひゃひゃひゃあははは!! ああ、死体探しに行こう! 死体隠しに行こう! 自分で隠した死体を自分が殺してなかった事にして、自分で探すのさ! きっと楽しいぞ、楽しいよ! 面白い遊びになりそうだ! すてんばーい!」

「……ほんっとうに……うるせえなぁ……お前、もう少し静かにするんじゃなかったのかよ……」


 一方、幽鬼はすっかり騒ぎ続ける冶木に根負けしてしまい、座り込んだ状態で魂が抜けたかの様な表情をしていた。


「ひゃっははっははー! 白骨死体のお陰で私は正気を失っちゃったんだよ、仕方ないじゃないか、白骨死体なんだから!」

「いや、最初から変わって無いじゃねえか……」


 決して口を止めない冶木を尻目に、幽鬼は別の場所、というか虚空を見つめている。

 その目には後悔が見て取れた。まさか、本当に死体を見つけるとは思っていなかったのだ。遊び半分で町に来た事は、失敗だったのである。


「やっぱり、兄貴に話をしてから来れば良かったな……」


+



「……ん?」


 誰かの声を聞き取ったのか、三島連命は地下室の中から天井を見上げた。

 しかし、そこには染み以外には何もない。自分の中に宿った感覚に疑問を覚え、連命は首を傾げる。


「どうした?」

「いや、今、弟の声が聞こえた気がして……」


 高島に返事をしながらも、連命はじっと天井を見つめていた。

 そこは廃ビルの地下室である。この場に戻ってきた三人は、高島と連命の目の前で、殺気を放ちながら話をしている。


「俺達を狙ってる奴は山ほど居るさ。復讐まで含めると、数を把握する事も難しいな」

「何せ『殺し屋』だからな。国から個人まで手を伸ばせるが、同じくらい敵も居る」

「さて、どうやって犯人を特定すれば良いのか……少しロマンに拘り過ぎたな。町中に監視カメラでも置いておけば良かった」

「馬鹿、表向きは普通の町だぞ。こんな田舎町じゃカメラは物々しいだろうが」

「だが、カメラさえ置いてあれば犯人の特定も簡単だっただろうな」


 彼らの言葉の中には幾らかの棘が含まれている。普段の様な雑談を始める様子も無く、彼らはひたすらに犯人の特定を考えている様だ。

 とはいえ、三人の元には情報が足りなかった。彼らは連命と高島の顔を見比べて、連命の方に向かって話しかける。


「連命、だったか?」

「は、はいっ!?」

「お前の情報が頼りだ。他に何か思い浮かぶ事は無いか……何でも良いんだ、思い出してくれ」


 連命は上擦った声で反応したが、三人は気にせず頭を下げた。

 相手が頼み込んできた事で少し落ち着いたのか、連命は少し記憶を探る。しかし、何も思い浮かばずに首を振る。


「い、いえ。話した内容の他には……」

「そうか……残念だ。いや、殺したりはしないさ、安心しろって」


 三人が落胆した事で連命が『始末されるのではないか』と怯えたが、彼らは首を振って安心する様に告げた。

 それは本当の事だ。今の彼らには、『どうでも良い目撃者』に対して何らかの行動をする余裕が無く、時間も無いのである。


「いや、もしかすると本人が記憶していない『何か』が有るかもしれない。頼むからもっとよく考えてくれ」

「お前が唯一の目撃者なんだ。残虐な癖に姿は見せないからな」


 もう一度頭を下げて、三人が頼み込んだ。


「うっ……」


 いよいよ困り果てたのが連命だ。彼の頭の中には『犯人の顔』と『どうやって殺したのか』しか頭に無いのだから。

 しかし、何か言わねば殺される。今の三人は殺気に満ち溢れていて、非常に怖いのだ。連命は頭を全力で回転させて、何か言うべき事が無いかを考える。

 すると、彼の頭の中に一つの思いつきが宿った。何故今まで考えつかなかったんだと言いたくなる様な、簡単な事だ。既に三人が『それ』を実行していた場合が怖いが、連命には『それ』しか無かった。


「……あの、一つ、思ったんですが」


 三人の目が一斉に連命を見つめる。思わず気圧されて、連命は一歩退いた。


「で、何だ?」


 連命が距離を取った事など気にせず、三人は能面を向けている。危険な状態だ、連命は怯えながらも何とか自分の考えを口にする。


「あの……いえ、つまり。ですね。此処には、電車で来た訳じゃないですか。っていう事は、駅員が見てるんじゃ……」

「残念ながら、手歪駅は無人だ」

「いえ、そうじゃなくて。切符を買った方の駅とか、あるいは車掌とかが見てるかも……」


 逃げ腰で告げられた連命の言葉に、三人は思わず互いの顔を見た。

 少しの間、沈黙が訪れる。三人が何を考えているのかが分からず、連命は冷や汗を流す。

 

「……」

「……」

「あ、あの……一体……」


 不安そうな連命の声を背景にして、彼らはじっと見つめ合う。

 重苦しい雰囲気と言うよりは、自虐的な物を感じさせる。その証拠と言わんばかりに、彼らの内の一人が呆然として呟いた。


「それは……盲点だった」


 その言葉を合図にしたかの様に、三人の内の一人が素早く携帯電話を取り出して、猛烈な速度で電話をかける。電話の相手がワンコールで出た瞬間、男は用件を告げていた。


「ああ、俺『達』だ。今から言う外見の奴が、手歪町に行ける電車の切符を買っていないか、仲間が居なかったか、車掌が見ていないか、とにかく調べてくれ。良いな? そいつの外見は……」


 静かな口調で男は連命から聞いた者の外見を話し、素早く命令をする。電話の相手も命令の中身を理解した様で、男はすぐに通話を止める。

 自分の携帯電話を懐に仕舞うと、男は連命に向かって深い感謝の念を籠め、頭を下げた


「助かった、俺達は馬鹿だな」

「いえ、そんな」

「いいや、馬鹿だね。頭に血が昇っちまって、そんな事すら考えられなかったんだからな」

「普段から馬鹿なんだけどな、俺達は。アマチュア無線に盗聴される『バンク・ジョブ』の主人公達より酷いぜ」


 自虐から普段の調子が戻ってきたのか、男達の一人が部屋の隅に転がったDVDを持ちながら肩を竦める。

 そんな態度を改めさせる事も無く、他の二人もまた普段通りに趣味の物品を手に取り始める。一人は冷蔵庫の中から小さなプリンを取り出して、高島に声をかけた。


「なあ、高島よ。お前もそう思うだろ、というかお前なら、そういう方法くらいすぐに思い付いただろ?」

「さては、知ってて黙っていやがったな?」


 それなりに落ち着いた彼らの声は、何処か楽しげですらある。いや、そんな風を装っているだけで、実際には怒り狂っているのだろう。

 彼らの声音には剣呑で危険な物が混じり込んでいて、聞く者を恐怖させる。

 しかし、高島はその声に対して何ら反応を示さなかった。

 彼はひたすらに天井の方を見つめて、目を細めている。不審に思った男達の一人がその顔をじっと見つめた。


「……高島?」


 相手の耳に届く様に、その声は努めてよく通る発音で高島を呼ぶ。それでも高島は反応せず、じっとしている。

 その態度から『何か』を感じ取ったらしく、三人の男達は高島へ届く様に揃って声を上げた。


「おい、高島!」


 かなりの大声だった為か、高島は片目だけを三人に向ける。


「ん……ああ、そんなに大声を出さなくても聞こえるさ」

「嘘を吐くなよ、つい今しがた無視したばかりだろうが」

「そうだったか? ま、良いじゃないか」


 男達の一人が若干の怒りを口にしたが、高島はやはり天井に目を向け続けたまま、彼らの言葉を適当に流してしまう。

 何かが有ると思わせるには、十分過ぎる姿であった。


「どうした、何が有ったんだよ?」


 その場の誰かが高島の行動の意味を尋ねると、彼は静かに目を細めながら答える。


「……なあ、このビル……上部には電気とか水道とか、そういうのが通ってるんだよな?」

「あ、ああ。それがどうした?」


 質問に質問で返されて、一人が戸惑いを以て答える。すると高島の顔が納得を帯びた物へと変わり、完全に男達の方を向くと、形容し難い声音で自らの直感を告げた。


「……誰かが、このビルの中に居るぞ」


 三人に連命を加えた四人の目が見開かれて、一斉に天井を見上げる。

 何故、そんな事が分かるのか。そう聞く者は居なかった。笑い飛ばせないくらいに鋭い勘によって気づいたのに違いないからだ。


「そうかい、そうかい……」

「このビルに、誰かが居るんだって? ははっ……ちょっと、殺してくる」

「そいつは、俺達の部下を殺した奴かもしれねえから、な」


 何時の間にか自分達の拠点に進入されていた。そう聞いた三人の男達は怒りを放ち、素早く武器を取って部屋を取びだしていく。

 それが『沢山の部下を殺害した犯人』に違いないと判断したのか、彼らの行動は爆発的であった。


「……やれやれ、行くぞ。関係無い奴を殺したら目も当てられないな」


 山高帽を深めに被ると、高島もまた凄まじい勢いで上方へ上がっていく。


「ちょ……ああ、俺も行かなきゃいけないのかよ」


 半ば放置される形となった連命は、少しの間だけ唖然としてからビルの一階に昇る。

 廃ビルの内部は一応の掃除だけは為されていたが、窓ガラスは何年も拭かれずに汚れが放置されている。連命は窓の方を見ずに、高島達が行ったと思わしき上階へ向かって足を働かせ----その直前で、足を止める。


 何故か、ビルの窓の前では柴犬が立ち上がる様な姿勢で顔を覗かせていたのだ。

 気が惹かれる物を感じた連命の足は、自然と前に進んでいった。

タイトル元『真実の行方』

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