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3話 グッドフレンズ

「『ミラーズ・クロッシング』の真似か?」


 高島の前に出た三人の男達の第一声は、そんな言葉だった。


「違う。だがガブリエル・バーンの演技は好きだ」


 三人の唐突な発言に対して、高島は山高帽を脱がずに答える。彼が立っているのは廃ビルの事務室らしき場所であり、三人が動けば即座に対応出来る位置に着いている。

 そんな警戒は無視して、三人は楽しげに雑談を続けた。


「ガブリエル・バーンと言えば『ユージュアル・サスペクツ』にも出てたな」

「『ユージュアル・サスペクツ』と言えばケヴィン・スペイシーだな。いや、デル・トロも出演してたっけな」

「『セブン』とか『私が愛したギャングスター』とか『L.A.コンフィデンシャル』とか、俺は結構好きだぜ」

「デル・トロと言えば、『スナッチ』にも居たぞ」

「『トラフィック』にもな」


 目の前に高島が居るというのに、三人は雑談を止める様子が無い。

 高島が目を細めた。呆れている訳ではない、この三人は警戒心が全く無い様に見せかけているが、その実は何時でも相手を殺せる位置に着いている。

 高島は肩の力を抜く真似をしながら、呆れた声を放った。


「……本当に変わらねえなぁ、お前等は。相変わらず間の抜けた感じじゃねえか」

「そういうお前も変わってないだろ。その服とか帽子とか、ずっと前から着てるじゃないか。ギャング気取りかよ」

「俺には殺しなんて到底出来ないだろうさ。俺の憧れは『映画の中のギャング』であって、『現実の殺し屋』じゃないんだからな」


 高島がそう言うと、三人の中の一人が悟りでも開いた様な表情で遠くを見る。


「分からないぜ、どんな奴でも人を殺す可能性は有るんだ、どんなに僅かでもな」


 何処か悲しげな声に聞こえたが、男の口元は思い切り笑みを浮かべていた。どうやら、言ってみたかった台詞の様だ。

 そんな仲間を放っておいて、もう一人の男がプリンを食べながら高島に話しかけた。


「それで、何の用だ? お前に限って、殺しの依頼なんて話じゃないよな?」

「分かってる癖に聞くなよ、こいつの無罪を主張しに来たのさ、ほら、顔出せって」


 そう言いつつ、高島は自分の背後に隠れる様な位置に居た三島を引っ張り、半ば無理矢理前に出す。疑問と混乱で一杯になった三島に向かって、高島は緩く笑う。


「お前を殺しかけた奴のボスだ。一発殴りたければ俺に言ってくれ、代わりに殴り飛ばしてやるさ」


 頼もしさと同時に、何らかの『強さ』が部屋中を駆け巡る。三人の男達は自分の好きな物を手に持ったまま、僅かに目を細めた。

 隠されてはいるが、その剣呑さは強烈な物だ。高島の格好も含めて、抗争寸前のギャングが対話をしている姿を思わせる。今にも軽機関銃が火を噴きそうだ。

 そんな場所に居合わせてしまった三島は目を泳がせて逃げ場を探しつつ、高島に向かって質問をする。


「……高島さん、一体何者なんですか。っていうか、この人達は何者なんですか。殺すとか殺さないとか……」

「『殺し屋さん』さ」

「は?」


 三島は思わず聞き返した。

 荒唐無稽で、信じ難い言葉である。三島は『それ』が過去と外国にしか存在しないと思っていただけに、唖然としている。

 三人の男達は三島の反応を見ると互いに目だけで会話をして、揃ってニヤリと笑った。


「そうだな、俺達は」

「この国中何処でも動ける」

「年齢も性別も関係無く」

「悪人だろうが善人だろうが区別無く」

「相応の金を詰んでくれれば」

「確実に殺す」


 三人は次々と言葉を繋ぎ、最後の言葉は三人全員で締め括った。



「そういう仕事を、しているのさ」



 言い終えると同時に三人は何処か面白がる様な顔になる。ただ、その目の奥に有るのは嘘偽りの無い本気である。

 彼らは本当に『殺し屋』なのだ。それは、誰の目にも明らかな事実であった。


「気取ってやがるな、まあ良いさ。それよりもアレだ。お前等、最近数を減らしてないか? 国中何処でもの名が泣くぞ」

「……」


 そんな三人の様子を見て、高島は呆れ混じりに声をかけた。すると、三人の顔から僅かな間だけ表情が完全に消える。

 猛暑とは思えない程の寒気が三島を襲った。三人の『殺し屋』は化け物の様な威圧感を放ち、高島を見つめているのだ。


「そんな顔をするなよ、似合わんぜ」


 高島は相当な重圧の中に晒されている筈だが、彼は平気な顔で三人に向かって声をかけた。

 彼は威圧感を柳に風と受け流している。三人の男達は無意味を悟ったのか、軽く肩を竦めて返事をする。


「何処かの奴が俺達を皆殺しにしようと動いてるんだよ、多分な。心当たりを聞いても無駄だぞ、俺達に敵対している連中なんて幾らでも居る」

「殺し屋狩りだ」

「……あのキャスティングは凄かったな。最高にかっこ良かったぜ」

「…………ああ、あのアメコミ原作のな。いや、お前等はそういう話をしている時が一番輝いてるぜ。だがその話は今は置いておけ」


 再び雑談に入ろうとした三人に向かって、高島は軽く手を挙げて制止する。

 それを見た三島が何とも言えない表情になって、高島に疑念を向けた。


「……本当にこの人達は物騒な仕事に就いてるんですか?」

「……気持ちは分かるが、残念な事に本当なんだよ。本当に残念な事にな」


 高島が肩を竦め、溜息を吐いた。

 そう言う高島自身も『映画の中に居る様なギャングの格好』なのだが、それを指摘する物は居ない。ただ、三島は更に微妙な顔をしている。


「失礼な奴らだ。俺達は純然たる殺し屋だぞ」

「自慢できる仕事じゃないけどな。正直、俺達みたいなのが活躍できる時点で色々と末期だろ」

「流石に『浮気した旦那を殺してくれ』って言われた時は正気を疑ったね、当然ながら断ったよ。いやぁ、本当に世も末だ」


 三人は若干の自嘲と愚痴を込めた会話をしていて、高島と三島の事を放置し始める。まるで三人で一人であるかの様だ。

 そんな姿を面倒臭そうに眺め、高島は貫く様な鋭い目を三人へ送る。三人は一瞬で黙り込み、一斉に高島の方を向いた。


「……まあ、何だ。目撃者のこいつから情報を貰う気は有るのか?」

「勿論だ。話を聞いたら用済み、なんて事はしないから安心しろ」


 プリンを片手に持つ男が真剣な顔付きで答えた。

 他の二人も同じ表情で三島を見て、何度か頷いている。それを見た高島が悪戯っぽい何かを瞳に宿し、からかい混じりに口を開く。


「おや、お前等はコイツを殺すつもりだったらしいが?」

「無罪は分かってるさ、お前を殺そうとしたのは俺達の部下であって、俺達じゃないんだ。俺達を責めるのはお門違いだぜ」

「……」


 三島の耳には、彼らの言葉が妙に無責任な物に聞こえた。三島を直接殺しに来たのは確かにこの三人ではないが、だからと言って全く責任が無い訳ではないのだ。

 そんな三島の感情の変化を察したらしく、三人の男達は見るからに慌て出した。


「なあ、信じてくれ。殺さないからよ」

「信じてくれなくても良いけど、情報だけは貰いたいね」

「じゃあ、話してくれ。お前は、一体何を見た? な? 教えてくれよ」


 三人は思い思いに三島へ声をかけ、期待に目を輝かせる。

 三島が高島の方へ目を向けると、高島はゆっくりと頷いて見せた。


「そいつ等、お前に対して『部下が悪い事をした』、なんて欠片も思って無いぞ。情報が欲しいからそういう態度をしているだけでな」


 しかし、高島の口から出た言葉はとても冷たい物だった。そして、その言葉が真実だという事は三人の顔の変化から見ても明らかだ。

 三人の男達が『余計な事を言うな』とばかりに嫌そうな顔で高島を見る。それでも高島は平気で口元に笑みを浮かべ、三島の肩を叩いた。


「ま、でも話してやれよ。話せばお前が危険な目に遭う確率はかなり落ちるんだ」


 言葉こそ提案に近い物だったが、その中には有無を言わせない力が感じ取れる。

 それを受けて、三島は素直に自分が見た事を説明した。


「は、はい。ええと、俺がこの間見た奴は……」




+









「……成る程、な」


 数分後、三島の話を聞き終えた男達が頷いていた。

 部屋の中は僅かな間だけ静かになっている。三人は多少の猜疑心を覗かせながらも、納得した様子になっていた。


「到底信じられる情報じゃない気もするが」

「まあ、正しいんだろうな。高島が連れてきたんだから」


 自分達の仲間を殺した『サイコ野郎』の話を聞いて、男達は疑いの気持ちを抱いていた様だ。高島が連れてきた者でなければ可能性の一つとして頭に入れるだけだっただろう。

 しかし、高島を『部下』とは違う意味で信じている三人は内心の疑いをかなり軽減していた。


「ああ、助かったよ。犯人逮捕に十歩ほど近づいた気分だ」

「逮捕じゃなくて、『報復』だけどな」

「そうとも言うな」


 高島の指摘に軽く同意を返しながら、三人の男が緩く笑う。情報を得る事が出来た為か、機嫌はとても良い様子である。脱線しやすい雑談を好む彼らは、放っておけばまた映画の話を始めるだろう。


「ところで、お前達は情報を手に入れているのか?」


 緊張感が弱まった所で、高島は三人の男達が話を妙な方向へ持っていかない様に質問をする。

 機嫌の良い彼らであれば、間違いなく答える内容である。三人は一瞬だけ迷ったかと思うと、すぐに大きく頷いた。


「……まあ、色々とな。イルミナティが世界を支配している証拠とか」

「……コイツの言う事は忘れてくれ。だが、本当に幾らかの情報は持っているよ」


 妙なペンダントを持つ男へ呆れた声をかけながら、陰謀論絡みの映画のDVDを持った男が高島に向かって返事をする。隣ではプリンを食べる男が二人に『五十歩百歩』『団栗の背比べ』と言いたげな顔をしていたが、誰も指摘はしない。


「知ってるんだな、情報交換と行こうじゃないか。で、何を知っているんだ?」


 全く変わらない三人の姿を気に留めた様子も無く、高島は話を続ける事を促した。


「……実は、どうもこの町で殺人を働いてる奴が居るらしい。関係が有るかは分からないがな」


 三人の男達は機嫌の良さを維持したまま、少し言い辛そうに物騒な内容を教える。

 予想していなかった話を聞いたからか、高島が僅かに目を見開いた。


「この町で? そりゃ初耳だね。お前等が隠蔽したのか?」

「ああ、だが、どうせお前なら勝手に調べるだろう? どうせ俺達が疑われるんだ、教えておいた方が手間が無い」


 余り教えたくなかった、そう言いたげな顔をしつつも、三人の男達は教えた事を後悔してはいない様だ。口にした通り、高島が勝手に調べてしまう事の方が恐ろしいのだろう。

 そんな事は高島も見抜いている。だが、彼はその部分には一切触れず、ただ話の内容だけを受け取った。


「そうか、で、その話が出ている場所は?」

「……町の廃工場さ、どうせ分かるんだろ」

「ああ、勿論だ」


 話を頭に入れたかと思うと高島は勢い良く三人から背を向けて、その部屋の外へ歩き出した。


「気になる事も出来た、帰らせて貰う」

「あ、俺も行きます」


 隣に居る三島が慌てて追いかけようと動き出す。だが、彼は何か気になる事が有ったのか、足を止めて三人の方へ顔を向ける。


「ところで、皆さんのお名前は……?」

「……それを聞くのか、『殺し屋』に聞くのか」


 興味本位からの質問に対して、高島が背を向けたままでも眉を顰めていると分かる声を発した。墓穴を掘ったと三島が顔を青くする。

 しかし、三人の男達は平気な顔で目配せをして、あっさりと答えて見せた。


「ああ、俺達は」

「三人で一人の」

「殺し屋組織のボスなんだ」

「だから」

「個別の名前なんて」

「無い」


 三人は再び声を繋げ、一つの台詞を作り上げた。

 その表情は実に明るく、楽しげである。誰が見ても分かるくらい、悪ふざけをしているのだ。


「あえて名乗るなら、そうだな。『マイケル・コルレオーネ』とでも」

「嘘吐け馬鹿共、行くぞ」


 とても嬉しそうに嘘を吐いた三人に向かって、高島が背を向けたまま声を中断させた。

 彼は全く止まらないまま、三島を引っ張って走っていった。




「バレたか」

「ああ、やっぱり『ゴッドファーザー』の話は無理が有ったな」

「面白い返事だと思ったんだけどなぁ、謎めいた『殺し屋』って」


 三人の男達は高島が居なくなった場所を見つめながら、軽い雰囲気で雑談を再開する。そのまま、彼らは緩く話を続けるだろう。

 それでも、彼らの態度の端には剣呑な物が存在した。何時、如何なる時でも逃げる事が可能な位置に立っていて、馬鹿らしい動きの中にも隙は存在しなかった。





 それから十数分後、彼らの元へ電話が届いた。


+



「ヒートアイランドとは無縁そうな場所なのに、暑いですよね……あ、その、僕はですよ?」


 喫茶店の中で、子供は怯えと遠慮と恐怖を滲ませながら呟いていた。机の上に置かれたコップを握る手が小刻みに震えて、子供の内心を示している。

 他の二人も同じ様に椅子へ座り、コップを握っている。しかし、当然の事ながら震えは一切無かった。


「え、あ……寒い、ですか?」

「そう怖がるなよ」

「そうさ! 恐怖とは人の危機感を示す、つまり恐怖心の強い君はこの世で最も生存するのが上手いんだ! さあ、自分が生き残れる人間だという事を喜ぼう! 祝おう! きっと君の死因は老衰か、『危機感を上回る危険』だ!」

「うるさいぞっ!」


 騒ぎ倒す『コバヤシ』を『幽霊』、いや、三島幽鬼が勢い良く怒鳴り散らした。

 すると、部屋の隅に居た喫茶店の老人が幽鬼達を睨んだ。『コバヤシ』が困った様子で肩を竦め、楽しげに笑う。


「おやおやおや、君が騒いだお陰で店主さんに怒られちゃったよ? 嫌われちゃったよな、嫌いになってしまったんだよな! なんて事だ、嫌いなんて嫌いな嫌いは嫌いなんだろう!」

「お前の性だろうが!」


 心から楽しげな様子で騒ぐ『コバヤシ』の頭を軽く叩き、幽鬼は思い切り怒りを口にする。それでも欠片とも反省の態度も見せない所を見て、幽鬼は更に怒りを覚えた。


「あのな、お前さ……本当に、いや、本当に……」

「んんん? よく分からないけど分かった! 騒げば良いんだね、だよねぇぇぇ!!!」

「うるさい止めろ!」


 怒りが突破した幽鬼が思い切り怒鳴り声を上げた。殆ど掴み掛かる様な勢いであり、そのまま殴り飛ばしてもおかしくない。

 殺伐とした雰囲気が喫茶店の中を覆い尽くした。その瞬間、机を思い切り叩く男が部屋の中に響いた。


「あの!」


 大きな鞄を机に叩きつけた『セーフ』が、神経質そうな大声を上げていた。

 声変わり前の子供の声はとても高く、幽鬼の怒りを一時的に吹き飛ばすのには十分過ぎる物だ。


「あの、喧嘩は……う……ごめんなさいぃ……でも、でも、喧嘩は……だめ、駄目ですよぅ……」


 幽鬼が思わず『セーフ』の方を見ると、彼は怯えながらも必死の様子で二人に向かって制止の言葉を紡いだ。


「仲良く、しましょうよ……折角、会ったんだか、ら……」


 『セーフ』は涙を瞳に浮かべ、一生懸命に二人を止めようとしている。

 喫茶店の中にどうしようもない気まずさが漂った。間違いなく一番年下である『セーフ』の涙は、特に幽鬼の心に響いた。

 幽鬼と『コバヤシ』は一瞬で目を合わせ、頷き合った。


「……悪かった」

「すまないね。ごめんよ、うん」


 二人は揃って深く頭を下げ、謝罪をする。

 自分より大きな人物に謝られて、子供は気後れをして手を大きく振った。


「い、良いですよ!!! でも……えへ、仲良くなってくれて嬉しいです……」


 『セーフ』は遠慮がちで決して目を合わせなかったが、それでも二人のチャット仲間が怒りを収めた事は本当に喜んでいる様だ。

 ぎこちないが素直で子供らしい笑顔を浮かべ、『セーフ』はカップの中のコーヒーを飲み、話を続けた。


「じゃあ……その、改めて挨拶。しましょうか?」

「……うん、そうだな。そうしようか」


 『セーフ』のオドオドとした提案を受けて、幽鬼は僅かに腰を浮かせて挨拶をする。


「さっきも名乗ったが、俺は三島幽鬼。幽と鬼で、幽鬼だ。ちなみに兄が一人居るからよろしく頼む」


 二人、特に『セーフ』へ友好的な笑みを浮かべ、深く一礼する。

 その表情の奥には嫌な物が有った。名乗った瞬間に『セーフ』の顔が怯えに歪んだのだ。名前が怖い雰囲気の有る物だったのだろう。


「怖い名前だろ?」

「い、いえ! そんな事ありませんよ!」


 『セーフ』は腰を浮かせると首を大きく振って、必死に恐怖を抱いていない事をアピールする。

 その姿が面白かったのか、『コバヤシ』が愉快そうに笑っている。幽鬼はそんな『コバヤシ』を放っておいて、話を進める事を促した。

 

「分かったよ。じゃあ、そっちの名前は?」

「あ、はい。僕はその、立鳥安寧たつとりあんねい、です……『立つ鳥跡を濁さず』と平和って感じに、『安寧』、で……」


 『セーフ』、いや『立鳥安寧』は思い切りオドオドとした態度で名乗り、何度も幽鬼の顔色を伺った。

 幽鬼の表情は変わらない。それを見て取ったのか、安寧は続けて自己紹介をする。

 

「都市伝説、とか、怪しい事とか、大好き、です……」

「へーえ。まあ、俺達ってそういう集まりだもんな」

「あ、そ、そうですよね! 僕が、そういうの好きだって、分かりきってますもんね……」


 安寧はまた落ち込み、俯いた。

 言わなくても良い指摘をしてしまった幽鬼は自分を殺したい気分になり、思い切り眉を顰める。


「……悪い、こんな事を言うべきじゃなかったな」

「いえ、僕が、悪いんですから……」


 二人の間に漂う空気が淀む。どちらも暗い顔をしていて、空気を払拭するきっかけが無い。


「まあ、落ち込む事は無いって!」


 そんな二人の肩を両手で叩き、空気を読まない『コバヤシ』は元気良く二人を元気づけた。


「別に悪い事を言ってる訳じゃないだからさ、ね? 二人が辛い気持ちになったら、私も辛い」


 心からの言葉であれば、とても良い発言だと言える。だが、ヘラヘラとした『コバヤシ』の言葉に真剣味は全く感じられない。

 しかし、それは幽鬼と安寧の心に不思議な程に素直な言葉として響き、二人は素早く顔を上げた。


「そう、だな。よし、本当に悪かった」

「いえ、本当に良いんです……あの、『コバヤシ』さんのお名前は……?」


 居心地の悪い空気を拭い去ると、安寧は『コバヤシ』の名前を尋ねた。

 『コバヤシ』は安寧の方へ顔を向けて、ヘラヘラとした表情のままで首を傾げる。


「私か?」

「はい、お願いします」


 そっと頭を軽く下げて、安寧が『コバヤシ』に名乗る様に頼み込む。特に隠す事ではなかったのか、『コバヤシ』はすぐに答えた。


「エア・ポート」

「は……?」

「あ?」


 『コバヤシ』の言った名前が偽名どころかハンドルネームにしか聞こえず、安寧と幽鬼は思い切り首を傾げ、唖然とした声を上げる。

 その反応は『エア・ポート?』にとっては不満の有る物だったのか、彼は勢い良く立ち上がって机を叩いた。


「空港を馬鹿にしているのかな、馬鹿にしているんだね。あのさあのさぁ! 私は空港って凄いと思うんだ、何せね、空とは人間の夢なんだよ! 古来から人は空を目指してきているんだ、それを僅かにでも叶えてくれるのが空港。それはつまり、人類の英知でありながら夢を叶える存在でもあるのさ! そう、だから称えるべきなんだよ崇めるべきなんだよ、昔は神様と鳥しか居なかった空の上に、今は人間が居るんだからさぁっ!!」


 『エア・ポート?』は何度も机を大きく叩き、分かる様な分からない様な主張を口にした。

 金切り声に近い意味不明の言葉を聞いて、幽鬼は何よりも優先して喫茶店の老人へと頭を下げる。


「すいません! 言って聞かせますから!」


 謝罪を受けた老人は、先程とは違って全く興味の無い様子で幽鬼を一瞥し、すぐに目を逸らす。それを容認と見て取った幽鬼は安堵の息を吐き、疲れた様子で椅子へ座り込んだ。


「許して貰えるみたいだぞ、良かったな」


 肩を竦めつつも、幽鬼は先程の様に『エア・ポート?』に怒鳴る様子は無かった。

 視界の端で、安寧が瞳に涙を溜めていたのだ。少し気まずくなって、幽鬼は話を進める事を決める。


「……で、お前の本当の名前って何だよ」

「だから『エア・ポート』」

「見え見えの嘘は止めろ」

「そ、そうです。名前は、ちゃんとしないと……嫌なら、せめて、それらしい名前で……」


 幽鬼の声に加えて、安寧もまた弱々しい声音ながら『エア・ポート』に声をかける。

 二人が揃って本名を明かせと要求したからか、『エア・ポート』は部屋中を観察しながら考え込む様子を見せ、ほんの少しだけ真剣に答えた。


「……私は医査冶木。『いさ』が名字で『やぼく』が名前さ。ちなみにコバヤシって名前は、ほら」

「……?」


 『エア・ポート』、ではなく、『医査冶木』は店に備え付けられていたペンを取りだして、自分の手の甲に『ISAYABOK』と書き込んだ。

 意味が分からず幽鬼が首を傾げる。しかし、安寧は理解した様子で冶木の顔を覗き込む。


「えっと、ISAYABOKを反対にしてKOBAYASI、って事、ですか……?」

「KUだったら『ウコバヤシ』だけどな」

「そこは目を瞑って欲しいね!」


 手を振る事で『ISAYABOK』という単語を揺らしながら、冶木は友好をアピールするかの様に笑う。

 それが合図になったかの様に幽鬼が釣られて困った様な笑みを浮かべ、安寧と冶木の顔を見た。


「ま、いっか。じゃあ、よろしくな。安寧、冶木」

「えう……お願いします……幽鬼、さん。冶木……さん」

「おお! よろしくだな幽鬼君に安寧君! 挨拶とはとても良い事だ、世界で最も尊い事とは誰かを愛する事と誰かを殺す事に違いない! そんな愛する事への第一歩こそ挨拶! そう挨拶とは人と人の関係を作り上げる道の一つ! さあ挨拶をしよう、犬に猫にも挨拶をしよう! 羽虫に脱帽して敬礼するんだ!」

「いや、『誰かを殺す事』って何だよ……っていうか本当にうるさいな、お前」


 辟易しながら幽鬼が店主の老人へ目を向ける。今度も老人は騒ぐ冶木を睨む事は無く、ただ店の端で座り込んでいた。

 その事実に対して安堵の息を吐き、幽鬼は話を進める。


「そうだ、今日はどうするんだ? 噂の調査は分かってるんだが……冶木、お前は何か準備してきたのか?」

「いいやぁ、私は何にも用意してないね。だってほら、怪しい噂を調べるなんて怖いし……」

「何でそういう所は常識的なんだよ」


 目を逸らす冶木に向かって幽鬼が呆れ顔を晒す。

 二人の姿を見ていた安寧は遠慮がちに大きな鞄を開けて、何かを探り出していた。


「……そ、その、あの……」

「良いぜ、好きに喋ってくれよ」


 安寧が何かを言おうとしている事を察知すると、幽鬼は気軽に話が進められる様に声をかける。

 それが良い方向に働いたのか、安寧はゆっくりと顔を上げて鞄から数枚の紙を取り出した。


「あの、ですね。僕、色々と調査したんです。だから、それは……ええっと……」

「具体的な被害が有ったとか、そういう話なのか? 喋る犬の噂とかは?」

「それなんですけど、行方不明者が出てる、って噂は……何だか本当っぽくてですね」


 幽鬼の質問に直接は答えず、安寧は自分の持つ紙に目を通している。それまでよりもオドオドとした態度が薄れて、代わりに若干の興奮が見て取れた。


「そのですね。ある程度、噂の場所も知ってるんです。何処からそんな話が出たのか、面白いですよね。この町では『殺し屋』が拠点を構えてる、なんて荒唐無稽な話も聞きますし、その派生なのかもしれないかな、と個人的には予想しているんですけど」


 夢中で語り続ける姿からは怯える様子は無く、話の内容に恐怖を覚えている風でもなかった。安寧は本当に噂や都市伝説が好きなのだろう。

 それは『自分の好きな事を語る』者の姿であった。


「……面白そうだな」

「そうですよね……! 僕としては、噂の元になったっていう『廃ビル』と『廃工場』が気になります……!」


 幽鬼が興味を示すと、安寧は更に調子を上げる。

 ヘラヘラとした冶木がその姿をじっと見つめていたが、安寧と幽鬼は気づかずに話していた。


「そうだな、先に行くのはどっちが良い?」

「『廃工場』だと思いますよ。『廃ビル』は悪い人が隠れ住んでるって噂が有りますから……」

「成る程な。まあ、少しの危険くらいはリアリティが有って良いと思うが……仕方ないか」

「じゃあ、『廃工場』に行きましょう! 僕、今日を本当に楽しみにしていたんです……!」

「ああ、そうだな」


 先程までと比べれば異常に押しが強く、喜ばしげな安寧の言葉に、幽鬼は殆ど流される様に頷いた。

 すると安寧は勢い良く立ち上がり、店主である老人の元へ向かっていく。支払いをするのだと理解し、幽鬼がその背中に声をかける。


「ああ、俺が三人分出すよ。払ってきてくれるか?」

「いや、悪いですよそんなの……僕だってお金はちゃんと持ってます」

「良いって。ずっと年下の子供に払わせるなんて、俺が外道みたいじゃないか」


 それは、紛れもない本心である。

 安寧は幽鬼より五歳以上は年下で、明らかに『小学生』なのだ。そんな相手に金を払わせるのは、幽鬼の心に針の刺さる様な痛みを与えてくるのである。


「そう、ですか? じゃあお言葉に甘えて……ありがとうございます、幽鬼さん」


 少し遠慮がちだったが、安寧は幽鬼の手に乗せられた紙幣を受け取った。

 安寧は冶木と幽鬼の顔を見て、ニッコリと微笑んだ。


「じゃあ、先に外へ出ていてください。支払っておきますから」

「オッケー、少しくらい涼しくなってると嬉しいな」

「無いね、今は夏さ。暑いのが当然なんだよ、そうじゃなかったらきっとこの世は滅びちまう……滅びるんだ! 世の中は滅びるんだ! 逃げよう、今すぐこの世から逃げよう! きっと誰かが救いの手を差し伸べて人類は……!」

「良いから行くぞ、冶木」

「……はーい」


 再びよく分からない発言を始めた冶木の首根っこを掴み、幽鬼が店の外へ向かって歩き出す。


「え、二人分で良いって……サービスですか? ありがとうございます!」


 幽鬼の背中越しに、安寧の声が聞こえてきた。嬉しそうにしているが、対面しているであろう店主の声は聞こえてこない。

 そっと幽鬼が後ろを見ると、店主である老人は安寧の顔を見ようともせず、完全に無視を決め込んでいた。


「……やっぱり、怒らせたか」


 老人の沈黙の原因を『冶木が散々騒いだ為』だと考えて、幽鬼は困った風に頭を掻く。しかし、それ以上は何もせず、店の扉を開ける。


 店のドアを開けた先に、一匹の犬が座り込んでいた。


「うおっ!?」


 驚いて、幽鬼は一歩後退する。

 扉の開けた瞬間に目に飛び込んできたのは中型の柴犬で、飼い犬と思わしき首輪を着けられていた。

 犬は吠えるのでも噛みつくのでもなく、ただ幽鬼と冶木の顔を見つめている。冶木は犬の視線を受け止めて、僅かに考え込んだ。


「へぇー犬か、そうそう。犬って旨いのかな? 私的には調理次第でとても美味しいと思ってるんだが、よし! ここは確認する意味でも調理するしか……あ、おい、待て!」


 冶木が何処かから包丁を取り出した瞬間、犬は言葉が分かっているかの様に立ち上がり、素早く逃げ去った。

 尻尾を振りながら逃げていく姿を見て、幽鬼は頭の中に一つの事を思い浮かべる。


「犬……いや、まさか」


 『喋る犬』そんな話をした記憶が、幽鬼には有った。

 勿論、それは単なる想像である。冶木の言葉に反応する姿が言語を解している様に見えただけだ、そう幽鬼は自分に言い聞かせている。

 しかしながら、幽鬼は走り去る犬の姿から目を離す事が出来なかった。



+



 三人のボスから捜索を命じられた男は、暑すぎる町中の商店街を闊歩していた。

 元々、殆どの店が潰れてシャッターになってしまっている事に加え、余りの猛暑に開店される気が失せたのか、開いている店は殆ど無い。

 男にとっては人目が少ないのは好都合だったが、一方で町の状況が心配になる光景でもあった。


「この町、二十年後には残ってるのかねぇ」


 間違いなく若者は町から出てしまうだろう。それが続けば、町は無くなってしまう。

 男は肩を竦めつつも、若干の懸念を顔に浮かべていた。彼らの『組織』がこの町に拠点を作ったのは、一応の通信設備が整えられている上に隠蔽と逃走が簡単だからだ。町が無くなっては外部との通信が面倒になってしまうだろう。


「まあ、良いか」


 あの三人の男達であれば、何とかする。男はそう信じていた。例え口を開けば映画の話ばかりをして、プリンを貪り、闇の権力について熱く語り、部屋から溢れる程のDVDを大量に集めていたとしても……


「……いや、まずい気がする」


 改めて自らの『ボス』達の事を考えて、男は僅かながら不安を滲ませて眉を顰める。

 三人は仕事絡みでは不思議な程に良い結果を手繰り寄せるが、普段の彼らの脱線する雑談を聞いていると、とてもではないが信頼するに足る相手だとは思えないのだ。

 それでも彼らに付いていくのだから、男自身も頭が良いとは言えないだろう。そんな事は男も分かっている。


「ま、俺も大馬鹿だって事だな」


 自嘲気味な発言だったが、男の顔に迷いは無い。

 三人の男達の下に付く事に対する後悔など微塵も感じられず、むしろ誇らしげですらあった。

 男は笑みを浮かべたまま、廃墟と見間違う様な商店街の道を行く。


「……ん?」


 男の足が唐突に止まり、視界の先に在る者を見た。

 そこに居たのは、少年だった。背丈も外見も年齢も違う少年達が誰も居ない商店街の道を歩んでいて、楽しげな様子で話をしているのだ。

 男は目を細めて、じっと少年達を見つめる。若く、一人は幼いと言っても過言ではない。大きな鞄が不釣り合いで、どこか微笑ましくなるだろう。

 しかし、男が笑みを浮かべる事は一切無く、むしろ怪しげな物を見る目で少年達の姿を捉えていた。

 何故なら、そんな年頃の少年達がこの町には一人も住んではおらず、今の所の町には観光資源も無いのである。


「……」


 少年達がどうにも怪しく思えて、男の足は自然と少年達の姿を追っていた。


 この時、もしも彼が少年達の事を『珍しい観光客』とでも考えていれば、あるいは彼の運命は、違った物になっていたかもしれない。

 だが、男は少年達を追いかけた。追いかけてしまったのだ。

タイトル元『グッドフェローズ』


使用させていただいた映画タイトル

『ユージュアル・サスペクツ』

『セブン』

『L.A.コンフィデンシャル』

『スナッチ』

『トラフィック』

『ミラーズ・クロッシング』

『ゴットファーザー』


作中で名前を出した人物

ガブリエル・バーン氏(俳優)

ケヴィン・スペイシー氏(俳優)

ベニシオ・デル・トロ氏(俳優)



『マイケル・コルレオーネ』は『ゴットファーザー』の主人公名です。

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