10話 アンユージュアル・サスペクツ
「分かったな、俺がどうしてお前を捕まえるのか」
自分の職を名乗り、高島は何故か不満そうな顔になりつつも、蒼空に対して言葉をかける。
一切の手心を加えた様子も無く、相手がどんな怪我を負っていようと加減はしない。全身から覇気にすら思える圧迫感を放出しつつ、高島は蒼空を押さえ込み続けた。
最初は何とかしようと考えていた蒼空も、高島は徒者ではない事を理解したのか、身体の力を抜いた。
「……ああ、そうね。そうよね。警察が私を捕まえるのは当然か……でも、私は、私は……」
「ああ、それなんだが」
「放っておいて、私は、結局復讐出来なかった……ごめんね……」
高島が話しかけていても無視を決め込み、蒼空は自分に言い聞かせる様な口調で独り言を吐く。
周囲の言葉が全く聞こえていない状態だ。それを察して、男達が蒼空へと近づいた。
「そろそろソイツを持ち帰ってくれるか? 俺達だって、仲間の殺人犯を殺すのを『一時的に』我慢しているんだからな」
「……分かってるよ。お前等に囮になって貰ったんだからな、文句は言えないさ」
高島は首を振って、ずり落ちかけていた山高帽の位置を直す。
三人の男達は、蒼空をおびき寄せる為の囮であった。『高島の情報』を聞いた三人は、その代償として頼みを引き受けたのだ。
そして、結果はこの通りである。
「ま、話は後だな。こんな場所でお前を押さえていても何の意味も無いか」
何時の間にか蒼空の両手に手錠を掛けて、高島は彼女を押さえつけたまま立ち上がる。
そんな姿を眺めつつ、三人の男達の一人が肩を竦めながら呟いた。
「まあ、それにしても……」
そこから、男達はやはり言葉を繋げる。
「俺達の仲間は刑務所の中にだって、裁判所にだって、警官の中にだって居るんだよ」
「お前の前だからそいつを殺さなかったけどな、後でなら何時でも殺せる訳だ」
「という事は、捕まえる意味、あるのか?」
『後で殺すのだから今殺す必要は無い』はっきりとそう言った男達は、じっと高島の反応を窺う。
どんな答えをしてくるのか、それを見ているのだろう。高島は笑みを浮かべ、軽々と答えた。
「知らねえよ」
ある意味で、自分の責任を放り投げた様な発言である。
高島はそんな無責任な言葉を取り下げる事もせず、堂々と自分の考えを言い切った。
「捕まえる所までが俺の仕事だ、後は知るか」
そう言うと、高島は蒼空を押さえる事に戻る。
男達は暫くの間だけ顔を見合わせ、続いて思い切り笑い出す。彼らの顔には愉快さが有り、蒼空への殺意など吹き飛んだかの様だった。
「本当に、警官にしておくには惜しいよ、お前」
三人の内の一人が発した言葉である。だが、それは彼らの統一した意志でもあった。
「ああ、それで? お前は誰だよ?」
蒼空が捕まった事を確認すると、男達は思い出したかの様に少年の居る方へと顔を向けた。
余りにも急な展開に混乱しているのか、少年、幽鬼は身体を震わせている。
「あ、あ……?」
「何が起きているのか分からねえ、って面だな。それはまあ、そうか」
ケラケラと笑いつつも、男達の一人が理解を示す。少年の正体を男は一切知らなかったが、特に思う所は無い様だ。
他の二人も同意県らしく、ただ少年に向かって無関心そうな声を上げる。
「ま、いいや。お前が誰だろうが、敵じゃないなら良いんだよ。なぁ?」
「そうそう、その通りだ。お前が敵じゃないなら興味も無いな」
それだけ言うと男達はすっかり少年を視界に入れる事を止め、彼から背を向けた。
その間にも蒼空が高島の拘束を抜け出そうと努力を重ねていた様だが、全くの無駄に終わっていた様だ。
「まあ、抑えておけよ。もしそいつが脱出したら、俺達は今度こそその女を今殺す」
高島に向かって忠告をしながら、男達は自分達の廃ビルに向かって去っていこうと背を向ける。
そこで、男達の一人の懐から大きな音楽が鳴り響いた。それは紛れもなく携帯電話の着信音であった。
「ん、電話だぞ……」
「分かってるって」
仲間の言葉を軽く流しつつ、男は懐から携帯電話を取り出して、電話に出た。
「ん、もしもし? ……ああ」
電話の相手は彼らの部下だったのか、男は最初から警戒した様子も無く、努めて余裕の有る態度で電話の相手に応えている。
電話の相手である部下は主である男の態度に安堵したらしく、報告を始めた。
「そうか、調べ終わったか。それで? 結果は……」
部下に『電車に怪しい者が居たか』を調べさせていた事を思い出して、男は電話の相手である部下に話を続ける様に促した。
この場に蒼空が居る以上、男達にとってはもう情報は必要無かったのだが――部下が口にする内容には、男達の知らない情報が含まれていた。
「……何?」
男が聞き返した事を理解すると、他の二人が反応して聞き耳を立てる。
三人は部下からの報告に揃って集中し、話を聞いた途端に目を見開いた。
「あの女の他に、誰かが来ているのか?」
ある意味では予想していた内容を三人の男達は口にする。
蒼空以外にも、敵意を持つ誰かが町の中に入り込んでいる。その事実は男達も気づいていたが、それでも驚きを顔に浮かべ……
その瞬間、『殺し屋』組織の三人のボスは、自らの勘に従って全力で身体を捻った。
男達の身体の側を、三つの何かが通り過ぎる。
それは強烈な勢いであり、殺人的な威力の物体だ。物体の正体を一瞬で読み取って、男達は顔を歪めた。間違いなく殺傷力の有る攻撃を仕掛けてくる者が居るのだ。
何せ、その物体は銃弾だったのだから。
「チッ……! おい、相手の外見を教えろ!」
銃弾が飛んできた方向を睨み、身体を動かし続けつつも、男は部下に向かって続く情報を教える様に要求する。
電話越しにも危険な状況が理解出来たのか、部下はすぐに蒼空と一緒に居た者の特徴を教えた。
「オールバックでスーツの奴だな!? 分かった、後で連絡する!」
話を聞いた男は即座に電話を切り、銃弾の主が居るであろう方向へ走り出す。
照準を狂わせる為か、その挙動は曲芸でもしているかの様で、再び迫った銃弾を避ける事に成功していた。
しかし、他の二人まで同じ様に動けた訳ではない。敵は三人が同時に動く瞬間を見抜いていたらしく、続いて放たれた三発の銃弾に、一人が撃ち抜かれた。
「ぐっ……」
「大丈夫か!?」
「……大丈夫だ! それより、あの銃弾、恐らく俺達の持ってた奴だぞ!」
腹部を撃たれた男が膝を付く。が、男は即座に敵の追撃を懸念し、他の二人に注意を呼びかける。
それと同時に、場の流れを見ていた高島が笑みを浮かべた。
「なあ、その銃は八発式だったよな? 後一発しか弾は残ってないんだろう?」
家と木々の影から男達に攻撃を仕掛けた存在に向かって、高島は至極冷静な様子で話しかけた。
「出てきたらどうだ? どうせ一発しか弾は無いんだろ。それとも、一発で残り二人に傷を負わせる事が出来るのか?」
高島は蒼空を押さえながら、挑発的な発言をする。それは紛れもない真実だったのか、攻撃を仕掛けた者が続く銃弾を放つ様子は無く、ただ静まり返るのみである。
冷笑する高島は、反応の無い相手を馬鹿にした様子で言葉を続けた。
すると、声が向けられた場所から一人の男が現れた。
「……出てきてやったぞ、これで良いのか」
オールバックで、夏用のスーツを着込んだ男だった。
外見だけなら真っ当な会社員と思えるだろう。しかし、その表情に浮かぶのは怪物にすら思える程の邪悪な微笑みである。
その男は蒼空が投げ捨てた銃を持っていて、銃口を三人の男に向けていた。
「まあ、何だ。俺って奴はそういう奴だよ」
「良く逃げなかったじゃねえか」
「ま、一発は当たったしな。高島、お前相手じゃ逃げきれないよ」
男は嘲笑を混ぜながら、高島、ひいては彼に組み敷かれた蒼空へ目を向けた。
「全く、失敗するとは酷いザマだなぁ、蒼空」
「そう……ね……雨中……」
「そうさ、どうせなら三人とも殺しておいてくれよな」
雨中と呼ばれた男は、愚かしくも面白い物を扱うかの様に蒼空を見つめている。
それを端から聞いた高島が、相手の発言を鼻で笑う。相手が銃を持っていようが構わなかった。
「はっ……お前にこの女を馬鹿にする資格が有ると思うのか?」
「いや、思わないな。むしろ、俺の方が馬鹿だった」
高島の指摘を聞いた雨中が自嘲気味な笑みを浮かべて、肩を竦める。同調する様子で高島が自分の押さえつける女を指さした。
「そうだよ、本当に頭がおかしいさ。この女が狂っているだけかもしれないが」
嘲笑の混じる雨中とは違い、高島が蒼空を見る目はとても鬱陶しそうな物であった。
全く見に覚えの無い事を言われた為か、蒼空は顔を地面に押さえつけられながら、疑念に声を歪める。
「どういう、事……?」
「ああ、蒼空、お前が忘れていてくれたのは……本当に嬉しかったぜ! 余りにも愚か過ぎてな! 色々と哀れだが……ま、自業自得だ」
何かの秘密にしていた事を白状する気になったのか、雨中は一層愉快そうに頭を掻き毟り、異常者にしか思えない声を張り上げる。
負傷した仲間を守っていた男達が、雨中の豹変を見て納得をした様に頷いた。
「成る程ねぇ」
「サイコ女を利用して、俺達を殺す様に仕向けた訳か、お前が……」
「はっはは、面白いな……笑えねえよ」
三人は半ば青筋の浮かんだ顔をして、雨中に対して怒りを放つ。しかし、雨中は彼らの怒気を軽々と流してみせる。
唐突におかしな状態になった雨中に対して、正気に戻った蒼空は戸惑いを覚えた。
「え、え、何……?」
「く、ははは! いやあ、そうだな、俺にとっては笑うしかないくらい都合の良い話だよ!」
愉快極まる、そう言いたげに男は騒ぎ出す。
銃を降ろしてもその危険な雰囲気は微塵も揺るがず、雨中はただ頭の壊れた笑い声を叫びつつも、隙は全く無かった。
更に戸惑った蒼空は、無意識に冷や汗を流している。
「何が、おかしいの……?」
「ああ、だってよ? だってよぉ? 面白くなっちまうじゃねえか……!」
化け物の様な雨中の声を聞き、蒼空は聴覚を封じたそうに身じろぎする。
『聞いてはいけない』と彼女自身の心が感じているかの様だ。しかし、彼女の腕は手錠で拘束されていた為に、雨中の言葉を聞かされてしまった。
「てめぇでてめぇの親友をぶっ殺しておいて! 『犯人に復讐を誓う』んだからよぉ!」
全ての真実を表す言葉を聞いて、蒼空の顔が青ざめた。
元ネタ『ユージュアル・サスペクツ』です。
『アンユージュアル・サスペクツ』という音楽関係のドキュメンタリーとは関係ありません。