手負いの獣
綺麗ごとは信じないようにしている。どうせ嘘っぱちだからだ。
「汚れてれば汚れてるほど良い」
手負いの獣はそう言った。右手に負った剣の傷を僕に見せながら。
「だってその方が、より真実味が増すじゃないかね」
くだらない議論だ。
「そうか、獣よ」
「皆、朽ち果てていくのさ。最終的にはね。ならばいっそのこと、その本当の姿を晒すべきだよ」
獣はげらげら笑った。醜悪な笑顔だった。
「本当って?」
僕は尋ねた。
「本当は本当だよ」
「なんだそうなのか」
「何だ? 嫌に素直な男だな。俺を狩りに来たんじゃないのか?」
「そんなことしないよ」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「嘘だ」
「違う」
「証拠を見せろ」
「何?」
「証拠だよ。二度言わすな」
「証拠って、何の」
「お前が嘘をついてないという証拠だ」
手負いの獣は、その鋭い牙を剥き出しにして、にやっと笑った。
「そうか。獣よ。お前は僕のことが信じられないと言うんだな?」
「信じるだと? おもしろいことを言うね。これだから人間は・・・」
「よしわかった。獣よ。お前に証拠をみせてやろう」
ぐいっと、一歩前へ。
「僕の目をよくごらん」
「何?」
「いいから、僕の目をよくごらん」
獣を凝視する。その瞳を。
目と目がかち合う。
「何が映っている?」
「・・・」
「僕の魂が見えるだろう?」
「俺しか見えない」
手負いの獣の鋭い爪が、僕の喉に食い込んだ。
引き裂かれる。
鮮血がほとばしる。
「これだから人間は・・・」
薄笑いを浮かべながら、獣が呟く。
「殺す価値もない」
意識が薄れていく。見えるのは隆々たる足、血だまり。
僕は死ぬのか。
手負いの獣よ。
なぜお前はそこまで頑なに。