序章
「ようこそ。まあ、座って座って」
目の前のロングヘアーの女の子に席を勧められた。
ちょっと茶色がかった髪。
「それで、どんな依頼?」
「え……?」
「言い難い話かな? 大丈夫。レコーダーとかで記録したりしないからさ。ね?」
顔を伏せていると、満面の笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。
ちょ、顔近いって……。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。
やばい、この娘かなり可愛いんじゃないのか?
「あ、もう来てたのか」
後ろのドアが開くと同時に黒髪のポニーテールの少女が姿を現した。
この娘もかなり可愛い。
凛とした声が部屋に響く。
「ん? 飛鳥、どうしたの?」
どうやら、後から入ってきたポニテの女子は飛鳥という名前らしい。
「こいつは依頼人じゃない」
「そうなの!? じゃあ、どうして部室に……」
ロングヘアーの少女は、きょとんと首を傾げた。
うん。ものすごく可愛い。男が可愛いと思うポイントを完全に抑えてやがる!
俺が脳内で悶えていると、飛鳥が不敵な笑いを始めた。本当に不敵なんだよ。悪役っぽく、「フフフ……」とか言ってるしさ。せっかくの美少女が勿体無い。
「それは……私が拉致って来たからだっ!!」
「え……!?」
そうなんだ、拉致られて来たんだ。
「誰も居ない廊下でこいつが一人ぼーっと立っていたところを、花音が後ろから殴って、気絶したところを私と由亜で運んできた」
いい笑顔で話す飛鳥。
暴力って恐ろしいね。そんな話を、ポニーテールを揺らしながら嬉しそうに語るこいつも恐ろしい。
東堂さんはあたふたしている。それが正しい反応だと思うよ。
「もしかして、君は成宮稜君ですか?」
「うん。そうだけど……」
「私は東堂渚。よろしくね」
「私は桐笠飛鳥。よろしくな」
「よろしく……」
なんだ?一体どうしたっていうんだ?何がよろしくなんだ?
東堂さんが右手を差し出してきた。
反射的にその手を握った。
「創始者の弟さん、期待しているわ」
『創始者の弟』……まさか……。
「もしかして、ここって『探偵部』の部室ですか?」
「うん。そうだけど?ここは、星ノ坂学園高等部ミステリー研究部――通称『探偵部』よ」
にこっ。
そう言い放ち、満面の笑みをこちらに向けた。
うん。最高の笑顔だよ! 今はいいけど!
『探偵部』。俺がもっとも関わりたくなかった部活。俺のトラウマの元凶。
最悪の事態を予測しつつも、俺は敢えて尋ねる。
「『よろしく』っていうことはさ、俺、この部活に入るの?」
「そうだよ。だって、お兄さんから連絡があったもん」
兄貴~! 何してんだ。こっちには何週間も連絡よこさないで。
ん? 飛鳥が俺の背後に回ってきたぞ。足音立てろ。コワイ。
口を俺の耳元に近づけてきた。
烏の濡れ羽色の髪が俺の首筋に触れる。なんかもういい香りが凄い。
東堂さんに聞こえないように、そっと囁いてきた。
「ここでお前が言うべき返事はイエスだ。ノーと言ってみろ。くれぐれも帰り道には気をつけるんだな」
背筋に何ともいえない悪寒が走る。
こいつか!真のボスは!
「入るってさ、こいつ」
「よかった~。これでこの部も安泰だね」
天使のような笑顔で俺を迎えてくれる。東堂さん、軽く天然入ってるね。人工じゃなきゃいいけど。
「一緒に、頑張っていこうね」
これが、全ての始まりの日。最悪の始まりの日。