フタマルフタロク
──8月1日今日はコンチキンパの日です。近年サンマが不漁でお値段が上がっていますが、今年はどうでしょうか?
WEBビジョンから流れる情報を消して、『田中・ローレンス・八田・敏郎』は
「サンマ嫌いなんだよなぁ。」
とぼやいた。朝から骨董品の「七輪」を屋上へ運んで皆がサンマを焼いている。窓の外にはサンマを焼く煙が立ち上っている。
サンマ一尾を丸々焼き、ご飯と海苔で巻いたコンチキンパ。それを尖った頭から骨ごとバリバリと食べる。毎年のことながら、嫌な風習にため息が漏れる。
「敏郎!早く七輪とサンマをもって屋上へ上がりなさい。」
敏郎の母『田中・ローレンス・八雲・麗華』がキッチンでご飯と海苔を準備しながら声をかける。敏郎は渋々、昨夜に用意した七輪とサンマを持って屋上へ上がってゆく。
エレベーターホールで七輪を抱えながら屋上への扉を開けると、もうもうと煙がホールへと流れ込んできた。敏郎は煙で涙目になりながら、外へ出て素早く扉を閉めるのだった。
煙の視界が悪い中、すでにサンマを焼いている多数の住民たちを横目に見て、敏郎は空きスペースを探す。どうにか、邪魔にならない程度の場所を見つけると七輪を置き、この日のために住民たちが共用で準備した炭を貰いに行くのだった。
目をショボショボさせて敏郎は炭の準備を終えると、めんどくさそうにWEBビジョンを立ち上げ、チャンネルを合わす。出力された映像はちょうど国文(国家文化)の教師が出欠を取るところだった。WEBビジョンの自動アクセスチェックが済むと、
「はい、今日は全員参加していますね。皆さん、さぞ待ち遠しかったでしょう?今年もコンチキンパを楽しくおいしくいただきましょう。」
国文の教師は楽しそうに声をあげるのだった。
はぁ、単位がなければ欠席するんだけど、敏郎は本当に嫌そうにサンマを焼き始める。授業はコンチキンパの日の由来について教師が説明している。サンマを焼きながら同時進行で記録を取らなければならない。
──はい、コンチキンパの由来ですが時代は平城時代の京都に始まります。当時、都は病魔に襲われておりまして、鬼として扱っていたんですね。で、サンマですが漢字で散魔と書くように、病魔を退散させる魚として広まっていました。8月が特に疫病が流行りやすいということがありまして、8月1日にコンチキンパを食べる風習ができたんですねぇ。食べる際に西の方角へ頭を向けるのは、コンチキンパが隣国から伝わったことの謝意である、といわれています。
──そろそろ時間になりますが、最後にコンチキンパの風習について、各自でまとめてボックスへ保存しておいてください。それでは、授業を終わります。
授業が終わり、WEBビジョンは自動的にスタンバイモードに切り替わる。敏郎は焼き終えたサンマをシリコンタッパーに詰めてゆく。そこへ管理人と自治会長が敏郎のもとにやってきた。
「使用済みの炭を回収するよ。」
そういうと二人は七輪の炭を火消壺へと入れてゆくのだった。
「あと、七輪は熱が冷めるまで、そのまま置いておいていいからね。」
敏郎は自治会長の声に無言でうなずくと、七輪はそのままに、後片付けをしてからその場を離れた。そして、家に帰ると母親にタッパーを渡し、宿題があるからと自分の部屋に戻るのだった。
机に着いてWEBビジョンをオンラインにすると、頭の尖ったサンマが思い出される。嫌な気分のままデータ編集を行っていると、
『トゥトゥットゥトゥー』っとWEBビジョンに割り込みが入ってきた。
「よう!敏郎!」
『金子・ヒル・三田・忠伸』からの連絡だ。敏郎は不機嫌なまま相手をする。
「なんだよ。俺は今、アレのまとめをやってたんだが?」
「それがな、マスターレコード消失前のデータが家にあってさぁ。」
「嘘だろ?なんでそんなものが?」
「あぁ、古い記録媒体だったから接続するのが大変だったんだが、どうにかアダプタ変換に成功してさぁ。」
「まじかよ。」
「それで、出てきた記録が2026年のバックアップデータなんだよ。」
*****
2026年夏。東京都練馬区の風致地区の近くに建てられた高校。窓の外、空を飛ぶ陸上自衛隊の輸送機を眺めながら『辻宏一』は軽くため息をつく。
「おい、辻、このSNS見てみろよ!」
『武井将司』がスマホの画面を辻に見せる。
「なにこれ?『コンチキンパ』?」
「インパクト強ええよな。サンマの頭ついたまま、一尾まるまるの海苔巻きだってよ。まぁ、切り分けてるけどさ。」
「へぇ。なに、韓国の海苔巻きなんだ。へぇ。」
「で、さ、『ようべべ』の動画でさ、切り分ける前の海苔巻きで『恵方巻のように頭から食べてみた』ってのがバズってんのよ。」
「なんだそりゃ。馬鹿だねぇ。」
「で、その動画がなぁ…」
武井がスマホで『ようべべ』を開こうとする。辻はその操作を遮るように、
「いや、見せなくていいよ。なんか気持ちのいいもんじゃなさそうだし。」
「まぁ、そうだな。でも、節分の時にこの海苔巻きが売り出されるかも、だぜ?」
「うわぁ、ありそうで嫌だわ。」
「あれ、おかしいな。」
武井はスマホを振ったりしながら、画面をやたらとタップする。
「なに、どうしたんだよ?」
「いやさ、『ようべべ』が開かなくなっちまった。」
「ギガの使いすぎだろ。そんなんばっか見てるから。」
「いや、俺の無制限だぜ?おかしいな。」
「再起動したらいいんじゃね?」
「まぁ、試してみるけどさぁ。辻のはどうよ?」
「なんで俺ので確認すんだよ。ギガつかいたくないんだよな。」
しぶしぶ辻はポケットからスマホを取り出すとブラウザを操作しだす。
「あれ?」
「どうよ?」
「アンテナ立ってるけど、画面が開けねぇ。」
「あ、こっちは再起動後だけどサーバーに繋がんねぇや。」
二人は顔を見合わせてひどく不安になるのだった。
ところ変わってBokumoデータセンター。
「いかん!失敗か!?」
顔面蒼白になった『世代間情報システム管理長』青柳忠司は震える手を握りしめながら画面を眺めていた。
「いえ、まだです!AIは生きてます!」
助手の黒木枢は画面上で天井に張り付いた計測値がわずかに動いていることを確認し、システムが動いていることを青柳に伝える。
「起動処理の情報が多すぎたのか?システムが安定していない?」
青柳は黒木に問う。
「おそらく、起動処理で最適化が働いているものかと。」
「だが、まずい。トラフィックがジャムってる。」
「大丈夫です。処理が軌道に乗ったようです。リソースが解放され始めました。」
「うん。ここが正念場だ。次世代へ向けた新しい情報伝達手法となるか、だ。」
青柳はこれまでの問題点が頭の中に去来した。
──匿名による誹謗中傷。
──不適切な動画などの投稿。
──個人情報の暴露、流出。
──犯罪への手引き。
──拡散し残り続ける問題ある情報。
情報過多であふれる悪意。人の手では到底抑えきれない情報量。それがAIによる適正な校正によってネットワーク内の情報に安寧が得られる。
「ネットワーク復旧しました!AIによるチェック機能、良好です!」
黒木が所員全員に聞こえるように大声で報告した。自然とそこかしこから歓声と拍手が上がっていたのだった。
*****
──警告 この動画はAIによる校正を受けていないデータです。不適切な表現がある可能性があります。再生しますか?
WEBビジョンからの警告。敏郎は忠伸から暗号化して送られてきたデータを復号化し動画に変換。そこで表示された警告を無視し再生する。
「なんだこれ?」
動画を視聴し、まずそのタイトルで驚く。
『サンマ丸々一尾を使った韓国風海苔巻き、コンチキンパを恵方巻のように頭から食べてみた』
動画はどうやらおふざけでコンチキンパを頭から食べているらしい。で、それがおかしなこととしてやっている。画面に視聴者からのコメントであろう阿鼻叫喚の文字が埋め尽くしてゆく。
「2026年だよなぁ。この時代は『コンチキンパの日』はなかったのか!?」
敏郎は絶句した。そして、これから課題をまとめようとしたところに、こんなものを送り付けてきた忠伸にちょっとした怒りを感じたのであった。
──『私とコンチキンパの日』田中・ローレンス・八田・敏郎
今年もコンチキンパの日が来た。私にはこの日をよく思わない。なぜなら私はサンマが苦手であるからだ。しかし、この風習は平城時代から伝わるという。この社会にとって意義のある風習なのだ。病魔を退避させたい思い、それが散魔、すなわちサンマに込められている。私はその思いを否定するわけではないので、風習として受け入れている。
(中略)
このように、コンチキンパの日は続けられてきた。しかし、近年の不漁によりサンマから将来的に別の代替魚に変わることがあるかもしれない。たとえば増えすぎた鯨や鮪といった食卓に並ばないものが代替として食べられる未来があるかもしれない。私のサンマが苦手なことは変わらないが、風習は時代を経て変わることがあり得る。未来へ何が残されるのか。コンチキンパの日が未来へ続いていくのか。私にはわからない。
敏郎はまとめるだけまとめたテキストをWEBビジョンで送信する。
──不適切な表現が検出されました。校正してアップロード完了
WEBビジョンからのメッセージを見てため息をつく。
「まぁ、そうだよな。」
そう言うとWEBビジョンをスタンバイモードに切り替えた。ダイニングでは、コンチキンパを準備して母親が待っている。そんな日常のもと、違う明日へと向かうのだった。
─完─




