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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

【悲報】冷徹な氷室部長、実は重度の冷え性でした。~新人部下の俺が「人間湯たんぽ」として拉致されるまで~

作者: プリュム
掲載日:2026/03/12





オレの氷室部長は、その名の通り「氷」のような男だ。

非の打ち所がない仕事ぶり、無駄のない動き。そして、冬の北風すら凍りつかせるような、鉄面皮の超絶美形。

社内では「感情を忘れてきたエリート」「血の代わりに冷却水が流れている」なんて囁かれている。

そんな氷の彫刻が、まさか。

たった一秒、指先が触れただけで、あんなに蕩けた顔をするなんて誰が想像しただろうか。


「内村君、この間頼んだウイング社の書類、どうなってる?」


書類を持って歩いていた氷室部長が声をかけたのは若い女性社員だ。

彼女はすっかりその仕事のことを忘れていたらしく、はっとした顔をした後、少し悩んで正直にまだだと返答した。

ウイングというのは取引先の会社のことで、数日後に商談があるため資料を頼んでいたらしい。


「明後日までに出来上がった資料を見せてくれ」


そういうと、氷室部長は彼女の後ろを通り過ぎていった。

周りの社員たちの間でピリピリとした時間が流れる。

こんなふうに彼の仕事のフォローは完璧で、まるで彼の周りの人々の仕事の進み具合をすべて把握しているんじゃないかと思うほどだ。


「部長、例の企画書の修正、終わりました」


金曜、時刻は午後七時。

残っている人はまばらになっている。

暖房の効きが悪い冬のオフィスで、僕は震えながらデスクに向かう氷室部長に資料を差し出した。

部長は無言で受け取ろうとして、その細く白い指先が、僕の手に偶然かすめた。


「…………あ」


部長の指は、驚くほど冷たかった。まるで冷蔵庫から出したばかりの保冷剤だ。

逆に部長の方は、人一倍体温が高いオレの肌に触れて、弾かれたように肩を震わせた。

オレは、すぐに手を引こうとした。だが。

ガシッ、と。

強い力で、部長が僕の手首を掴み返した。


「……ちょ、部長!? 急にどうしたんですか」

「…………」


見上げると、そこにはいつもの無表情……ではなく。

眉根を寄せ、熱に浮かされたように頬を微かに染め、必死の形相で僕を見つめる部長がいた。


「一ノ瀬……」

「は、はい」

「……お前、……熱いな……」

「まあ、体質ですからね。部長、その……手が痛いです」


すると部長は、オレの手首を離すどころか、吸い寄せられるように僕の手を両手で包み込み、そのまま自分の頬に擦り寄せてきた。

ひんやりした部長の肌に、僕の体温が吸い込まれていく。

エリート上司の威厳はどこへやら、彼はまるで凍えた仔猫のように、僕の熱に縋り付いて……。


「……業務命令だ。一ノ瀬、そのまま、私を温めろ」

「いや正気ですか!? これ、完全にハラスメントですよ!?」


周りに聞かれたら氷室部長の方がまずい立場になるだろうと、オレの声は小声になっている。


「…………」


しかし、氷室部長から返答はなくただとろけたような顔をして見上げてくるのみだった。

ダメだ、この人。

氷の仮面が割れた下から、とんでもなくかわいくなってしまった……。

こうして、オレの一ノ瀬悠真としてのキャリアは、部長専用の「解凍係」という謎の肩書きを兼任することになったのだった。







昨夜オレが見た部長のとろけたような表情はきっと夢だったんだ。

朝すれ違った部長はかなり普段通り氷のような表情で、てきぱきと書類に目を通していた。

夢だったと言い聞かせて、給湯室で熱いコーヒーを入れていると背後に気配を感じた。


「部長…!おはようございます。」


「一ノ瀬、おはよう」


振り返るとそこに立っていたのは、今脳内を駆け巡っていた美しい氷のような彼だった。

氷室部長はさも当然といわんばかりに給湯室に入ってくると、その細い腕でオレの脇腹あたりに指を滑り込ませてきた。


「なに!?つめたっ…!」


彼の手は、冬用の集めのシャツごしにもわかるほど冷たく、そして細い。


「部長!なにするんですか!だれか来たら…!」


オレは昨日の業務命令として命じられた温めろという言葉を受け入れたわけではないのだ。

しかし、熱いコーヒーを持ったままでされるがままになる。

近くなった部長から、男らしいさわやかな香水の匂いを感じてさらに自分がカッと熱くなったのが分かった。

こんなこと、絶対におかしいのに。


「朝から会議続きで、指先が死んでいたんだ。……ふぅ、やはりお前は熱いな。最高だ」


「最高だ、じゃないですよ!コーヒー淹れるんで、そっちで温まってください!」


非難めいた声を上げているが、声が上ずってしまいどこまで本気なのか伝わらないかもしれない。


「そんなものすぐ熱が冷めるだろう。そうだ、一ノ瀬、午後の定例会議だが…」


「はい、午後の会議ですね。オレも出席予定です」


「座席を変更させた。私の隣に座れ」


オレの脇腹で温まった手を満足げに見る氷室部長は、さも当然といわんばかりに告げた。


「え…?新入社員のオレが…?研修として入ってるんですが…」


新入社員のオレは会議に参加するのはいわば今後の練習としてだ。

つまり、末席にいるのが一番よく、声を発することはほぼない。


「A会議室は朝は会議がない。つまり、かなり部屋は冷えてるからな。

机の下で手を温める係として私の隣だ」


そういうと、何かオレが返答する前に氷室部長はオレが入れていたコーヒーに湯を注ぐとさっさとカップを持って出て行ってしまう。

残されたのは、部長に触れられた場所だけが妙に熱いオレと、部長が持ってきた彼の彼のカップ。

……これ、午後の会議で済む話なのかな。僕、そのまま部長の部屋までお持ち帰りされたりしないだろうな。







「……以上のデータから、来期のプロモーション費用は三〇%の増額を提案します」


静まり返った会議室に、氷室部長の冷徹で理知的な声が響く。

無駄のないプレゼン、完璧なロジック。居並ぶ役員たちは「さすが氷室だ」と感心したように頷いている。


だが、その隣に座らされているオレは、今にも叫び出したいのを必死でこらえていた。


(いや部長、顔はめちゃくちゃクールですけど……。左手、めちゃくちゃに「恋人繋ぎ」してきてますよね!?)


大きな会議机の下。

 人目に付かない暗がりで、部長の冷え切った左手が、僕の右手をがっしりとホールドしている。

 しかも、ただ握るだけでは物足りないのか、部長の長い指が僕の指の間に割り込み、隙間なく密着させてくるのだ。


(冷たっ……! 氷か! これもう氷点下だろ!)


部長の指先は、まるで冬の鉄柵のように冷たい。あまりの冷たさに僕の右手が感覚を失いかけた時、部長がさらに指を絡める力を強めた。

見上げれば、部長は一点の曇りもない無表情でスクリーンを指し示している。


「……何か、質問はありますか?」


堂々たる振る舞いだ。だが、机の下では、冷えが限界に達したらしい部長の足が、僕のふくらはぎにスッと擦り寄せられた。


(ひっ!? 足まで!?)


ズボンの生地越しでもわかる、暴力的な冷たさ。

僕は顔を引きつらせながら、手帳の端にペンを走らせ、部長の視界に滑り込ませた。


『部長、やりすぎです。みんな見てます。あと、足はさすがにマズい』


それを見た部長は、一瞬だけ僕をチラリと見た。

その瞳はいつも通り冷ややかだが、よく見るとわずかに瞳孔が開いていて、耳の先が微かに赤くなっている。

部長は僕のメモを奪うと、その下に震える字でこう書き殴った。


『……死ぬほど、寒いんだ。一ノ瀬の熱が、今すぐ必要だ。業務だと思って、黙って……貸せ』


エリートの威厳もへったくれもない、ただの「ぬくもりジャンキー」の懇願だ。

しかも部長は、僕の手を自分の太ももの上にまで引き寄せ、より熱を吸い取ろうと密着させてきた。


「……氷室部長? どうかされましたか。顔色が少し……」

「いえ、問題ありません。一ノ瀬くんが非常に有能なサポートをしてくれているので」


役員の問いに、部長はオレの手をギュッと握り締めながら、平然と答えた。

 

(サポートってこれのことかよ! 仕事しろ部長!)


会議が終わる頃には、僕の右半身は部長に熱を吸い尽くされて、すっかり冷え切ってしまっていた。





終業後、逃げるように帰宅の準備をしていた僕の背後に、すうっと冷気が立ち込める。

その手には、ずっしりと重そうな高級車のキーが握られている。


「一ノ瀬。……今日は私の家に来い」

「は? 嫌ですよ。なんでオレが部長の家に行かなきゃいけないんですか」

「緊急事態だ。……さっきから指先の感覚がない。このままでは、自宅のスマートロックを解除することすらままならない」

「いや、指紋認証とかですよね? 指が冷たくてもいけるでしょ!」

「無理だ。お前の熱で指を温め続けなければ、私は家に入ることすらできず、エントランスで凍死する」


無表情でとんでもない理論を展開し、部長は僕の腕をがっしりと掴んだ。そのまま、有無を言わさぬ力で地下駐車場へと引きずられていく。


「ちょ、部長! 拉致ですよこれ!」

「……業務の一環だ。残業代は出す」

「金の問題じゃない!!」


連れてこられたのは、都心の一等地にある超高層マンション。

無機質で冷んやりとした高級感あふれるリビングに入った瞬間、部長は僕の肩を掴んで奥の部屋へと促した。


「一ノ瀬、あそこだ。……一番効率よく温まれる場所へ行く」

「えっ、リビングの床暖房でいいじゃないですか……って、おい!」


案内された寝室には、一人暮らしの男性用とは思えないほど巨大なベッドが鎮座していた。ホテルのスイートルームかと思うような、分厚いマットレスとシルクの掛け布団。


「……ここ、ベッドですよね。しかも、なんでこんなにデカいんですか」

「……冷えすぎて眠れない夜のために、一番良いものを買った。だが、これでも足りない」


部長はコートを脱ぎ捨てると、震える手で僕をベッドへ押し倒した。

ふかふかの羽毛に体が沈む。その上に、氷のような冷気をまとった部長が、重なるようにして潜り込んできた。


「……っ、部長! 重いし冷たい!」

「……黙れ。……お前は、本当に、……火の塊みたいだな……」


部長は僕の胸元に顔を埋め、両手で僕の胴体をがっしりと抱きしめた。

広すぎるベッドの真ん中で、二人分だけのスペースが急激に熱を帯びていく。

 

「部長、温まったらすぐ帰りますからね」

「……ああ。……だが、完全に解凍されるまでには、あと十時間はかかる予定だ」

「十時間!? それ、朝じゃないですか!!」


氷の部長による「強制解凍」は、どうやら一晩中、僕の体力を削り取りながら続くらしい。









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