君の心を癒すため
——確かめよう。
ゆいは、朝の冷たい空気の中でそう決めた。
ひかりは優しすぎる。
出来すぎている。
何か裏があるはずだ。
だから、甘えてみる。
相手の反応を見れば、本心がわかるかも。
ゆい「……ひかり」
朝食の後、ゆいは控えめに声をかけた。
ひかり「なに?」
ゆい「その……今日は、何もしたくない、かも」
わざと視線を逸らし、語尾を弱める。
演技。これは演技。
ひかりは一瞬も迷わなかった。
ゆい「いいよ」
即答。
ゆい「え?」
ひかり「今日は休む日。きみは寝てて」
そう言って、毛布を肩にかけてくる。
ゆい「え、でも……」
ひかり「大丈夫。全部終わらせてから、起こす」
拒否の余地がない。
——あれ?
想定では、「それは困る」とか「少しは手伝って」とか、
そういう反応を引き出すはずだった。
ゆい「……じゃあ、お昼ごはんも……」
探るように、さらに一歩踏み込む。
ひかり「うん。作る」
ひかり「……お風呂も……」
ひかり「薪で沸かして用意しとく」
ゆい「……えっと、えっと……」
ひかりは首をかしげる。
ひかり「まだ足りない?」
その言い方が、あまりに自然で。
ゆいの決意は完全に崩れた。
——何も要求されない。
——見返りがない。
それが、怖いはずなのに。
ゆい「……頭、撫でてほしい、です」
口から出た言葉に、ゆい自身が一番驚いた。
ひかりは少しだけ目を丸くしたが、すぐに頷いた。
ひかり「いいよ」
膝に座らされ、白い指が髪に触れる。
力は弱く、一定で、逃げ道を塞がない。
ゆい「……どうして、こんないに」
思わず声が漏れた。
頭を撫でられる感覚なんて、いつ以来だろう。
褒められるより、評価されるより、ずっと直接的で。
ゆい「……これ、演技だったのに」
小さく呟く。
ひかり「知ってる」
ひかりは淡々と言った。
ゆい「……え?」
ひかり「きみ、嘘つくと呼吸が浅くなる」
見抜かれていた。
ひかり「でも、甘えたい気持ちは本物だよ」
否定しない。
責めない。
突き放さない。
ゆいの胸が、じわじわと温まっていく。
ゆい「……これは危ない」
ひかり「なにが?」
ゆい「このままだと……依存しそう」
正直な言葉だった。
ひかりは手を止め、ゆいを見下ろす。
ひかり「依存していいよ」
あっさりと言う。
ひかり「でもね」
少しだけ、声を落とした。
ひかり「ぼくは、きみが一人でも立てるように甘やかす」
意味が、すぐには理解できなかった。
「甘やかすのは、逃がすためじゃない。
きみが“君の心を癒すため”に甘やかす」
撫でる手が、再び動き出す。
ゆいは、抵抗する理由を失った。
——探るつもりだった。
——騙すつもりだった。
なのに。
ゆい「……ずるい」
ひかり「それでいいよ」
ひかりは、少しだけ笑った。
ゆいはそのまま、ひかりの膝の上で目を閉じた。
警戒心より先に、眠気が勝った。
完全に、心を包まれていた。




