警戒心
山小屋が、三日で建った。
ゆい「……いや、無理でしょ」
ゆいは完成した小屋を前に、何度も瞬きをした。
丸太組み。断熱材。雨水を集める簡易の屋根構造。
床下には排水溝、裏手には濾過装置付きの貯水槽。
ひかり「上下水道、仮だけどね」
ひかりはとんがり帽子を被り直し、事も無げに言った。
ひかり「水は自重で流す。濾過は砂と炭。
魔法じゃない。きちんとした仕組み」
そう言いながら、帽子からパイプを一本取り出す。
ゆい「……帽子、四次元ですか?」
ひかり「収納ギミック。折り畳み。
中に入ってるわけじゃないよ」
毎回ちゃんと説明はする。
節目はするのに、信じられない。
畑も、気づけば耕されていた。
罠で獲った野ウサギは下処理され、干し肉になっている。
薪は割られ、積まれ、焚き火は常に最適な火力を保っていた。
ゆいは、何一つしていない。
ゆい「……私、役立たずすぎない?」
そう呟くと、ひかりは鍋をかき混ぜながら首を振った。
ひかり「違うよ。これは甘やかし」
ゆい「え?」
ひかり「きみは今まで、誰にも甘やかされてこなかった。
だから慣らす必要がある」
理屈が独特すぎる。
ひかりは木の皿に料理を盛り、ゆいの前に置いた。
山菜と肉の煮込み。香草の匂いが立つ。
ゆい「……いただきます」
一口食べた瞬間、ゆいは目を見開いた。
ゆい「……美味しい」
ひかり「でしょ」
ひかりは嬉しそうに微笑む。
誰かが自分のためだけに作った料理。
それを、当たり前みたいに差し出される感覚。
胸の奥が、落ち着かない。
ひかり「……なんで、そこまでしてくれるんですか」
箸を置き、ゆいは尋ねた。
ゆい「願い事」
即答だった。
ゆい「それだけ?」
ひかり「それだけ」
あまりに迷いがない。
ゆいは視線を落とした。
好意を向けられると、どう対応していいかわからない。
疑う癖だけが先に出る。
——この人は、いつか何かを要求するんじゃないか。
——それが怖い。
ひかり「……ひかりさんって、何者なんですか」
問いは、慎重に投げた。
ひかりは少しだけ黙り、焚き火を見つめた。
ひかり「ぼく?」
帽子の影が、顔に落ちる。
ひかり「ただの奇術師さ。」
それ以上は語らなかった。
夜。
小屋の前で、ゆいは星を見上げる。
すべてが整っている。
食べ物も、水も、暖かい寝床も。
なのに、心は落ち着かない。
——優しすぎる。
——出来すぎている。
そして何より。
あの夜、星は確かに落ちた。
ゆいは胸の奥の警戒心を、まだ手放せずにいた。




