魔法は使えないよ
少女は、朝になっても起きなかった。
ゆいは一睡もできないまま、焚き火を絶やさぬよう見張り続けていた。
山に人が落ちてくる時点で非常事態なのに、その正体が白いワンピースにとんがり帽子だ。警察?救急?——いや、説明できない。
ゆい「……生きてるよね」
恐る恐る近づき、懐中電灯を顔に向ける。
肌は雪のように白く、髪も眉も睫毛も、すべてが淡い。
半分閉じられた瞼の奥に赤みのある瞳が揺れている、まるで人形のよう。
その時。
謎の少女「……きみ、じっと見すぎ」
唐突に声がした。
ゆい「ひっ!?」
少女はいつの間にか目を開け、ゆいを見上げていた。
謎の少女「おはよう。……ところで、ここはどこ?」
状況確認が雑すぎる。
ゆい「え、あ、あの……! 山です! わ、私の!」
少女はゆっくりと上体を起こし、とんがり帽子を押さえた。
謎の少女「なるほど。落下地点、的確だったみたいだね」
そう言って、にこりと笑う。
ひかり「ぼくの名前は、ひかり。きみが願った“美少女”で合ってる?」
ゆい「……え?」
ゆいの思考が完全に停止した。
ゆい「え、あ、あの、魔法使い……ですか?」
問いかけると、ひかりは首をかしげ、少し考える素振りをしてから言った。
ひかり「見た目上はね。でも——」
ひかりは帽子に手を突っ込み、何かを探る。
ひかり「魔法は使えないよ」
次の瞬間、帽子から白い鳩が飛び出した。
ゆい「……え?」
ひかり「これは奇術。ちゃんと種も仕掛けもある」
鳩は木の枝に止まり、すぐにどこかへ飛んでいった。
ひかり「火も出せるけど」
ひかりは小石を並べ、指を鳴らす。
カチッという音と同時に、小さな火花が散り、焚き火に火が移った。
ひかり「着火装置。摩擦と圧力。魔法っぽいでしょ?」
説明が冷静すぎる。
ゆい「……えっと……」
ゆいは頭を抱えた。
魔法は使えない。
でも、空から落ちてきた。
鳩は出た。
火も出た。
ゆい「じゃあ、願い事は……」
ひかり「有効だよ」
ひかりは即答した。
ひかり「きみ、甘やかされたいんでしょ?」
ゆい「……はい」
反射で答えてしまった。
ひかりは満足そうに頷いた。
ひかり「了解。じゃあまず、生活基盤を整えよう」
そう言うなり、ひかりは周囲を一瞥し、
ひかり「畑は南斜面。水源はあっちの川。罠は今日中に仕掛けられる。
テントは風向きが悪いから向きを変えよう。焚き火は石組を作って地面から離そう直火すると最悪山火事になる」
淡々と指摘していく。
ゆい「……え?」
ひかり「朝ごはんは?」
ゆい「え、ない、です……」
ひかりは少しだけ目を細めた。
ひかり「それはダメだ。甘やかしが足りない」
そう言って帽子を逆さにする。
中から出てきたのは、布に包まれた干し肉と乾燥果物だった。
ひかり「保存食。高タンパク。きみ、今日は何もしなくていい」
ゆい「えっ……?」
ひかり「ぼくが全部やるから。
きみは——」
ひかりは星の残る朝の空を見上げ、言った。
「ぼくに甘やかされる練習、しよう」
ゆいは、なぜか泣きそうになった。




