御影蓮の日常
俺、御影蓮の朝は別に早くない。
「‥‥‥ごちそうさま」
母、御影京子さんが作ってくれた朝食を、俺はいつも7時半に過ぎに食べ終える。そして、俺は鞄を掴んで立ち上がる。
「ちょっと待って蓮くん! お弁当あるから!」
「あ、いつも‥‥‥本当にありがとうございます」
いつものように素直な気持ちを伝え、ありがたく弁当を受け取る。すぐに鞄に入れて、リビングを出る。
「そんな他人行儀にーーー」
「時間無いから、ごめん」
あまり気を遣わせても良くない。
京子さんは俺を含めて、3人分の弁当まで作ってくれているのだから。俺が長居してると家事も捗らないだろうし。
「‥‥‥いってきます」
誰にも聞こえないような声で呟き、玄関の扉を開ける。それが、母さんの教え。
いつも通り、俺は8時前に教室に入る。
通称の『普通』の黒崎高校。教室も普通である。いや、普通じゃない教室の方が少ない‥‥‥そもそもどんな感じ?
「「「‥‥‥‥‥‥」」」
賑やかだった室内に、突然として静寂が訪れる。
俺って何か特別な力があるのかも‥‥‥みたいな発想は小学生で卒業した。厨二‥‥‥じゃない中2の時も全く、これっぽっちも、いや本当に。
「お、おはよ‥‥‥御影くん」
通り過ぎていく中で、挨拶してくれる人がいる。
それはクラスの学級委員長。彼女は心優しいので、交流の無い俺にも挨拶してくれる。
「おはよ、委員長」
学校で話す第一声は、大抵委員長の挨拶を返す時だと相場が決まっている。俺の相場ね。
そして、俺の席は窓際の1番後ろという神席。前回の席替えで引き当てたのだ。運というチートスキルでな。
「あ、あのっ! 今日‥‥‥御影くん日直だよ」
委員長の気遣いが優しい。そして今日豪運も持ち合わせていたようだ。
「ありがと。教えてくれて」
「い、いえ‥‥‥」
気まずそうに呟く委員長に一瞥する。
その後、俺は足早に後ろを歩いて自分の机に鞄を置く。椅子に座って教科書を入れ込んでいく。俺って置き勉とかしないからね、優等生だし。
「ーーーおはよう御影蓮。あなたが来ると静かになるから助かるわ」
開口1番。どう返したら良いか分からない言葉が飛んできた。
「‥‥‥おはよう、小鳥遊」
「フルネームで読んで」
「そんな要求聞いた事ねえよ‥‥‥」
「ふんっ、私ルールよ」
椅子に座った途端、隣の小鳥遊朔から小言を貰うのも、最近の日常になりつつある。高校生ならではのコミュニケーションだ。
宿敵呼ばわりしてきた相手でも、俺は気兼ねなく会話をすることができる。
「‥‥‥毎朝勉強して、精が出るな」
「や、やだ。何言ってるの変態」
前言撤回。あまり会話にならない。ていうか会話したくないかも。
「‥‥‥」
「な、なによ。言いたい事があるなら言いなさいよ」
ガン見してくる小鳥遊に対して、俺は言い告げる。
「そこ、前提からして間違ってるぞ」
「前提って何よ!?」
ほら。数学の話も会話にならないでしょ?
小鳥遊朔は、その『普通』じゃない雰囲気で次々に人を魅了していった。
「小鳥遊さんの好きなタイプは?」
「ていうか彼氏っているの?」
「LINEやってる?」
外見だけは正統派美少女だから、主に男が群がってきている。正直、隣の席に人が集まってくるのは見てて面白い。
「まるで発情期ね。気色悪い」
そして、小鳥遊は持ち前の内面で一蹴していた。その堂々とした口の悪さが、むしろ清々しいと好評となり。
「小鳥遊さんっ、一緒にお昼食べよ!」
「小鳥遊さんの髪ってホント綺麗だよねっ」
女子たちからの人気も、瞬く間に獲得していった。ほんと、大した女子高生だ。
「ごめんなさい。小テストの勉強しないといけないの」
だが、小鳥遊は一瞥もせず机に縋り付く。5時間目にある英語の単語テストに向けて。
「そこの綴り間違ってるよ?」
「そんなっ!?」
お前‥‥‥間違えたまま覚えちゃったのか。
「うぅ‥‥‥」
「さ、レッツゴー!」
「お〜!」
そして、意気消沈の小鳥遊は女子2人に学食へと向かっていった。
「いただきます」
俺は‥‥‥弁当を1人で食べた。すぐに食べ終わって昼休みが長くなるから理に適ってるぞ!
そして放課後。
ここで暫くの間、外を眺めて時間を過ごすのが俺の習慣。時には宿題したり、本を読んだり、寝たり。
日常は、こうやって何事も無く続いていくのだ。
「ーーーねぇ」
日常は、こうやって突然脅かされるものだ。
頬杖を突いてぼんやりしている所を、小鳥遊に話しかけられたのだ。
「‥‥‥なに?」
「私は噂の転校生だから仕方ないけど、あなたは部活動とかやってないの?」
痛い所を突いてくる。本当に痛い所を突いてくる。
「やってないよ」
「‥‥‥そう」
「だから勉強とか読書に時間割けても、けっこう余るくらいだ」
「何それ嫌味!?」
いや、そう思うのは自意識過剰だと思う。小鳥遊の机には、教科書とノートが広がっている。
「‥‥‥お前も頑固だな」
「何がよ」
「今日の小テストだよ」
「うっ」
隣の席だから、プリントを交換して丸付けする。つまり、小鳥遊の点数が分かってしまうのだ。
「あなたは満点だったわね。なに、自慢?」
「自慢っていうか‥‥‥まあ義務みたいな感じ」
「義務?」
小鳥遊は椅子ごと俺の方を向き、真っ直ぐ見つめてくる。その視線が、俺には少し痛い。
「まあ、家族を心配させないように」
「私は心配されてるわよ? 『ちゃんと勉強した〜』って耳にタマができるくらい」
「タコな。なんか少し卑猥に聞こえるぞ」
「っ、だれの耳がキ○タマよ!!」
「お前だよ!!?」
なんか話すのバカらしくなってきた。
「‥‥‥のよ」
小鳥遊が視線を落として小声で呟く。俺は耳を澄ますことにした。
「え? なんて? 俺に負けられないって?」
「聞こえてるじゃないの!?」
たまには揶揄ってやらないと、割に合わないからな。防戦一方は好きじゃない。
「それで、なんで俺に負けられないんだよ。今日の小テスト勝ったし、理由を聞かせてもらおうか」
「ぐっ、、卑怯よっ!」
「いや約束なんてしてなかっただろ‥‥‥」
ほんと小鳥遊の頭を覗いてみたくなった。いや、卑猥な意味とかでは無く。
「‥‥‥もういい。私があなたに勝ったら教えてあげるから、精々眠って震えてなさい」
「あ、そう‥‥‥」
もうツッコむの疲れて来たし、口休めするか。
「ーーーそこ、計算が間違ってる」
自分の椅子を持って引き寄せながら、小鳥遊のノートを指差す。
「えっ‥‥‥?」
「簡単な計算を間違えて、ドツボに嵌るのが数学の恐ろしい所だ。えっと、ドツボっていうのはーーー」
「意味分かってるわよ!! なんで、あなたが私に‥‥‥?」
ああ、それに驚いてるのか。
「理由はどうあれ。何かに頑張ってる奴も見かけたら、多少はお節介も焼きたくなるだろ」
「御影、蓮くん‥‥‥」
「隣で毎回間違われると、こっちも気になるし」
「悪かったわね!?」
小鳥遊との会話は、いつも片方が大声を出してる気がする。
「教えてやる。俺に勝ちたいんだろ?」
「っ‥‥‥うん」
少し可愛いじゃん。そういう態度は反則だろ。可愛ければ何しても許されるって、割と真理かもな。
「ほら、次の問題」
「うん」
こうして、俺の日常に‥‥‥非日常が混ざっていく。
「‥‥‥‥‥‥」
「な、何よ‥‥‥」
「‥‥‥中学の範囲から、やり直そっか」
いや‥‥‥混ざらない方が良いかもしれない。必ず許されるものなんて、現実にはない。




