09,輝いて見えた
今までは夜に1回更新でしたが今回から試験的に投稿時間をばらけさせてみます。
また、ストックに余裕がありそうなら1日に複数回投稿も考えています。
よろしくおねがいします。
「泣いていたな。」
「あのシーンで泣かない人、いるんですか!?」
「俺は泣いてない。」
「実はロボットだったりします?」
「そんなわけないだろ。間抜け面の涙腺が緩いだけだ。」
そんなことを言って、クラージュだって目頭を押さえていたくせに。わたしがすぐに本に夢中になってしまうから油断してたな。推しの一挙一動バッチリこの目に収めている。期待の新刊の読後感は最高だった。あまりにも最高だったので読み終わった直後に自分の中にある感情をクラージュに聞いてもらいたくなった。そしてクラージュがどう思ったのか聞きたくなった。きっとクラージュだって同じように思っている、と思う。だがしかし、わたしたちは配慮の出来るオタクなのだ。今すぐ語り合いたい気持ちをグッとこらえてブックカフェを後にした。だって発売当日にブックカフェで語り合うなんて、まだ未読の同志の耳に入ってネタバレをしてしまう可能性がある。こんなに素晴らしい物語のネタバレをするなんて重罪だ。そういうわけでわたしたちは今、王都を散歩しながら思う存分お互いに感想を語り合っている。
「前作が苦みの残る話だったので今回も覚悟していたのですが、まさか感動系とは…。」
「ああ。正直、前作はラストの衝撃的な展開が評価されただけだと思っていたが、今作で本物だと確信した。」
「わ、分かります~!いや、でも前作もあのラストに辿り着くまでの文脈が、」
「その通りだ。今作もそれが、」
た、た、楽しい~~~~~~!!!!!!!!!!わたしもクラージュも舌の回りが絶好調だ。良作と出会った直後に同志と語れる幸せよ。というか、初読でここまで語れるクラージュはやはりオタクの素質がある。語り合っている間だけは、なんだか推しと話しているというよりフォロワーと話をしているような気さえしてくる。
「そういえば、3章なんですけど…、っ!」
語ることに夢中になっていたせいか、地面の溝に足が引っかかる。駄目だ、転ぶ。思わず目をつぶって衝撃に身構える。が、わたしの身体は地面にぶつかる前に止まった。
「相変わらず間抜けだな。」
クラージュの声が近い。わたしの身体が地面にぶつかる前に止まったのは、今、誰かに抱きかかえられているから。つまり、そういうことだ。恐る恐る目をあける。クラージュ・レイニーブルーの顔が近い。深い青の瞳に自分の姿が反射している。その顔を前世からずっとずっと見ていたはずなのに、その瞬間、彼の瞳の青色が今までよりいっそう深く輝いて見えた。
「…で、いつまでそうしているんだ?」
「す、すみませんでした!!」
慌てて身体を離す。はあーーー、至近距離の推し、やっべ。これがガチ恋距離というヤツか。わたしが夢女子だったら死んでいた。今、わたしの心臓が大暴れしているのは、きっと推しと接触してしまった罪悪感に違いない。いいか、オタクが推しと接触していいのは金を積んで権利を得た時だけだって決まっているんだ。多分。わたしは根っからの二次元オタクではないので握手したいとかの気持ちは正直、よく分からないけど。
「クラージュ様のお手を煩わせてしまい申し訳ありません!」
「…そうか。」
クラージュはそれだけ言うと、ふいっと背中を向けて歩き出す。先ほど止めてしまった話の続きをしないといけないのに、なんだか舌の回りが悪いのは、まだ心臓の音がうるさいせいだ。推しとの接触でこんなに動揺するなんて、今後は絶対に接触しないようにしなければ。心の中で固く誓って帰路に着いたのだった。