08,このヒーローレースで推しが勝つところが見たい
夢色ローズガーデンのプレイヤーのみなさーん!!!わたしは今、ヒロインがクラージュ・レイニーブルーと出会うシーンに立ち会っていまーす!!!!!!大声で叫びながら走り出す。もちろん心の中で、だ。そんなことをして現場を台無しにするわけにはいかない。本棚の影に身を隠す。今のわたしは空気。耳と目を全開にしながら二人の様子をのぞき込む。
「お前みたいな奴に、その本が理解できると思わないな。」
クラージュ・レイニーブルー、めっちゃ失礼だな。でもそこが良い。ちなみに今のはクラージュ語で「この本は使われている古語にクセがあって読みにくいですよ、大丈夫ですか?」だ。言葉選びが下手すぎるだろ。そしてこの後のヒロインの返し、来るぞ、来るぞ…!
「ご心配なく。どんなに難しい本だとしても理解してみせるわ。理解が出来なきゃ演じることは出来ないもの。」
来たぁーーーっ!!!夢色ローズガーデンのヒロインはね、ちょっと気が強い女の子なんですよ。だからこそクラージュ語にも臆さずにまっすぐ向き合ってくれるんですよね。ありがとうございます。
「本、取ってくれて有難う。わたし、モネ。もしよかったらローズガーデン劇場にいらっしゃって。来月からこの物語を演じるから。わたしはちょい役だけどね。」
モネはやわらかな白い髪をひらりと翻し、レジへと向かっていった。シーン終了です。有難うございました。あー、心臓が痛い。あなた、モネっていうのね。夢色ローズガーデンのヒロインはデフォルト名が無い。ゲームではプレイヤーが名前を付けるので、この世界にヒロインがいたらどうなるんだろうって思ってたけど、とても素敵なお名前ね。ちなみにわたしのようにヒロインをひとりのキャラとして見ていたファンの間ではローズガーデンから取ってロガちゃんって呼ばれてたっけ。
(って、そんなことより!)
わたしはすかさずクラージュに駆け寄る。
「クラージュ様!さっきの子の劇、絶対、絶対、ぜーったい、見に行きましょう!!!!!」
「演劇か。そうだな、あの話をやるというのも気になる。見に行ってやっても良い。」
「やったーっ!!!!!!!!!!」
計画通り。フラグが立った。実は前世を思い出してから夢色ローズガーデンのことをあまり意識しないようにしていた。というのも、ヒロインとクラージュ・レイニーブルーが出会わない可能性もあったから。夢色ローズガーデンは『育成』乙女ゲームである。その内容は、ひょんなことから劇団ローズガーデンに身を置くことになった主人公が、各パラメーターを上げて劇団のトップスターを目指しながら攻略対象と愛を育む、というものだ。攻略対象の登場にはそれぞれパラメーターによる条件があり、ヒロインの方針によってはクラージュ・レイニーブルーを登場させずにエンディングに到達することも可能なのだ。だが、今、目の前で出会いイベントが発生した。クラージュ・レイニーブルーがヒーローレースに参戦する権利を得たということ。わたしの幸せは推しの幸せ。つまり、このヒーローレースで推しが勝つところが見たい。そのためには今後も好感度を上げてイベントを発生させなければならない。夢色ローズガーデンのシステムだと毎週末に劇の公演が行われ、それを見に来ていた攻略対象と会話イベントを発生させることで好感度が上がる。つまり劇を見に行かねばヒロインとクラージュの仲が進展しないのだ。クラージュ・レイニーブルー、毎週観劇してくれ頼む。
「間抜け面がいつもに増して間抜け面だな。」
「えっ、そんなに変な顔してました!?」
またニチャり顔になってしまっていたのだろう。でも仕方がない。お目当ての本も手に入り、推しカプの出会いを生で見てしまったのだから頬が緩まずにいられない。
「クラージュ様のおかげで最高に幸せです!」
「そうか。」
クラージュの顔がほころんだ。咄嗟に視線を外す。その顔は危なすぎる。モネちゃんにだけ見せてください。
「そ、それじゃあ、カフェに向かいましょうか。落ち着いた雰囲気のブックカフェがあるんです。本の持ち込みも長居も歓迎していて、お気に入りなんですよ。」
クラージュの顔から視線を外したまま、歩き出そうとした時。ふと、あることに気が付く。
「あれ?クラージュ様って今おいくつでしたっけ?」
「なんだ藪から棒に。16だが、ブックカフェには年齢制限でもあるのか?」
「いいえ、そうじゃないんですけど、ちょっと気になったので…。」
やはりそうだ。間違いない。前世の記憶を思い出した時にもクラージュの顔が少し幼いと感じた。夢色ローズガーデンのクラージュ・レイニーブルーは18歳。まだ本編の2年前なのだ。
(それなのに、どうして…。)
「なにか気になる本でもあったのか?」
「あ、いえ。大丈夫です。行きましょうか。」
考えても分かるわけがない。今は出会いイベントが発生したという事実が全てだ。どうかクラージュ・レイニーブルーとヒロインが上手くいきますように。
虹色ローズガーデンのシステムはときメモを意識しています。