04,推し作品の初見の感想は美味しいもんね
そんなこんなで平凡なメイドの日常に、晴れの日の午前11時に推しとオタトークをする日課が加わった。話せば話すほどクラージュ・レイニーブルーの読み込みの深さに舌を巻く。もしも前世だったらSNSの考察系アカウントで人気になれてたかもしれない。いや、その前に言動で炎上するわ。とにかく、クラージュ・レイニーブルーとのオタトークタイムはわたしにとっても日々の癒しだった。
「ふぁーあ…。」
「俺の前であくびなんていい度胸だな。間抜け面。」
「誰のせいだと思ってるんですか。昨日クラージュ様に貸して頂いた本が面白すぎて止まらなかったからですよ!ラストシーンのどんでん返し、ああくるとは思いませんでした。まだ余韻が残ってて最高の気分です。あ、もう一周するのでまだしばらくお借りしますね!」
わたしたちのオタトークは『薔薇の騎士団』を飛び越えて、お互いの推し作品をオススメしあうまで進んでいた。クラージュの推し作品の中にはわたしの手持ちや読了済みのものもあったが、恥ずかしながら平民のわたしと貴族のクラージュとでは読書量に差があり、知らない作品も多かった。クラージュはわたしの懐事情を気遣いながら(実際には哀れみ蔑まれる発言なのだが)自身の一番オススメだという本を貸してくれたのだ。内容が面白かったのももちろんだが、推しの一番の推し本を一刻も早く味わいたくて寝る間も惜しんで読み込んでしまった。
「もう読み終わったのか?間抜け面にあの作品の本質が本当に理解できているのか疑問だな。」
「一周しかしてない人にそれを言うのは卑怯ですよ!でも初見には初見にしか味わえない味がありますから!!…それで、語っちゃって良いですか?」
「聞いてやらないでも無い。」
「よし来た!まずはですね、」
わたしの感想を聞くクラージュの表情はいつもの眉間のしわが無く、穏やかだった。わかる、推し作品の初見の感想は美味しいもんね。というか、思い返すとオタトークタイムのクラージュ・レイニーブルーの表情は終始穏やかだ。夢色ローズガーデンのクラージュシナリオの中盤くらいから出てくる表情差分くらい。それってつまり、それくらいオタトークが好きだということだ。確かにクラージュが本好きだという設定はあったけど、ここまでオタ気質だとは設定資料集にも書いていなかった。推しの新たな一面を知れるのは嬉しい。でもわたしだけが知っている特別な彼、だなんて思ってはいけない。そういうのは厄介オタクの感情だ。メイド長だってきっと知っていることだろう。だから本好きのわたしにここに来るように言ったのだ。クラージュ・レイニーブルーとわたしは公式とオタク、伯爵子息とメイド。忘れてはいけない。
「あ、あと忘れてはいけないのは主人公!この主人公、生き方が不器用すぎて賛否あると思うのですがわたしは好きですね。素直で正直者なヒロインとの対比も良い味だしてます。」
「…俺も。俺もこの主人公が好きなんだ。」
クラージュの顔がほころぶ。そのあまりの美しさに思わず顔を下に向ける。これは危機回避行動だ。だってクラージュ・レイニーブルーのあんな顔、直視したら尊死してしまう。推しを殺人鬼にしてはいけない。そう、それより主人公の話。あんな顔をするくらい好きなんだ。そういえば確かにどこか既視感があった。その正体は、
「そうだ、クラージュ様に似てるんだ。本当は優しいのに言葉がきつくて誤解されてしまう、不器用なところ。もう少し素直になればいいのに…な……。」
あ、やらかした。いらないことを口に出してしまった。オタクでメイドの分際なのに。嫌な気持ちにさせてしまったかも。実際、クラージュは何も言わない。ガゼボの床から視線が外せない。
「……真似たんだ。」
ぽつりと、クラージュの声が響いた。顔を上げるとクラージュは懐かしむような表情で遠くを見ていた。
「父様は優しすぎる。父様のことは尊敬しているが、人の上に立つ伯爵家として優しすぎるだけでは駄目だ。だから、せめて俺は人に厳しく立派な人になりたくて。それで思い浮かんだのがその本の主人公で、……幼稚だろう。笑いたかったら笑えば良い。」
知ってる。けどそれが推し作品の理想のヒーローの真似だなんて知らなかった。クラージュにとってこの物語の主人公は人生に影響を与えたキャラクターなんだ。本人はちょっと恥ずかしがっているようだけど、わたしはそれすら愛おしい。
「幼稚なんかじゃないですよ。わたしも小さい頃に憧れて真似した登場人物がいます。ちなみに魔法使いの女の子で、なりきりすぎてわたしも飛べると思い込んで木から落ちて怪我したのまでセットのエピソードです。」
「面だけじゃなくて頭も間抜けだな。」
「小さい頃の話ですよ!」
「踏み台から落ちて頭を打ったのは誰だ?」
「くっ、なにも言い返せない!」
クラージュの表情がやわらぐ。わたしもなんだか嬉しくて笑った。時計をみれば長針はもうすぐ真上を向く頃合いだ。名残惜しいけど今日のこの時間もおしまいだ。
「そろそろ時間ですね。今日もとっても楽しかったです!」
「……俺も、もう少し素直になったほうが良いだろうか?」
クラージュがぽつりと口にした質問。わたしはクラージュの言葉選びが下手なところも推せるけど、にわかとはいえ彼の事を性格の悪いキャラだと誤解している人も多かった。今世でも友人のコーネリアがクラージュ様のことを誤解しているのが悲しい。ギャップ萌えも大事だけど本当はとっても心優しい人なんですってもっと多くの人に知って欲しい。だから今の気持ちを素直に伝えよう。
「わたしは今のままでも良いと思います。けど、もうちょっと言葉が優しいほうが良いかもしれません。同僚のコーネリアなんてクラージュ様のことを誤解して怖がっていますし。わたし、クラージュ様のこともっとたくさんの人に好きになって欲しいです。」
「…そうか。」
「申し訳ありません、偉そうなこと言ってしまって。」
「いや、いい。…明日も晴れると良いな。」
「はい!また明日!!」
この返答が、わたしと彼を大きく変えることになるなんてこの時はまだ知らなかった。