03,同志とする考察……楽しいっ!!!!
「クラージュ様!?」
目の前の推しに思わず声をあげる。しかも驚きすぎて声が裏返った。恥ずかしすぎる。ていうか、いつから居たの!?薔薇の騎士団に夢中で全く気が付かなかった。
(……あれ?)
顔をそらしたクラージュの表情が一瞬緩んだように見えた。が、瞬きをひとつしてもう一度見れば、いつもの眉間にしわを寄せた仏頂面だった。気のせいか。きっとオタク特有の「今、わたしと目が合った!」的な都合の良い幻覚だろう。
「お前は先日の間抜けなメイドか。何故ここにいる。」
ひーっ!認知されている、だと…!?推しに認知されていることに動揺して言葉が詰まる。クラージュ・レイニーブルーの眉間のしわがさらに深くなる。そりゃ怪しいよね!?はやく自分がストーカー系害悪オタクじゃないと主張しなければ!!
「えっと、クラージュ様に先日のお礼をしたくて、どうしたら良いかメイド長に尋ねたら、この時間にここに行けと言われまして…。」
「メイド長が?それに、お礼とはなんのことだ。」
「先日、クラージュ様がお見舞いに訪れてくださった際に置いていったアロマキャンドルのことです!有難うございました!!」
「…くだらん。あんなもので喜ぶなんて庶民の感性はおめでたいな。」
「クラージュ様からの贈り物を喜ばないわけありません!恐縮ながらあまり匂いは詳しくないので、なんの匂いだとか分からなくて無知な自分が恨めしいのですが本当にとてもいい匂いがして、あっ、本当はクラージュ様の贈り物は家宝にして末代まで飾り立て祭りたかったんですけどね、しがない平民の我が家の家宝だなんて逆に失礼かと思いまして…。」
「家宝だと?あんなものを?…本当に変な奴だな。」
あー、やばい。テンパって喋りすぎた。自分のこういうところホントに嫌い。推しにこれ以上迷惑かけたくない。認知されたくない。お礼は言えたし、推しとのグリーディングイベントはもう充分堪能した。早く戻らないと。
「あの、それじゃ「その本は『薔薇の騎士団』か。下働き風情がその本の良さを知っているとは驚いた。」
濁っていた思考がスッと晴れる。推しが、推し作品を知っている…だと!?
「ご存知なんですか!?」
思わず前のめりになってしまった。クラージュが少し目を丸くして驚いている。オタク、同志に距離感バグりがち。
「…何度も読み返す程度には。」
「分かります!もちろん初読の衝撃もすごいんですけど、伏線の張り方が細かくて読み返すほどここも伏線だったのかって新たな発見があって何度読んでも面白いですよね!!まさかクラージュ様が『薔薇の騎士団』を御存知だっただなんて嬉しいです!わたし、この本がすごく好きで、」
「人が近くに来たのも気づかずに、主人公とヒロインが出会うシーンで涙ぐむくらい好きなのだろう。」
涙ぐんでるのバレてるじゃん。小説に夢中で周りが見えてないとか、他人に指摘されると恥ずかしいよね。しかもよりによってクラージュ・レイニーブルーに言われるなんて。思わず頬が熱くなる。
「ど、どうしてすぐにお声を掛けて下さらなかったのですか?」
「本に夢中になっているアホ面が面白かったから、だな。」
クラージュ語翻訳すると夢中で読んでいるので邪魔したくありませんでした、かな。
「うう、なんとも恥ずかしいところをお見せしてしまいました。芸術的な庭園と古びたガゼボが主人公とヒロインが出会うシーンの場所みたいだと思ったら、つい夢中になってしまって…。」
「…やっぱり変な奴。」
「いえ、ここはあえて否定させていただきます。原因は薔薇の騎士団の文章力がすごすぎるせいなのです!一瞬で物語の中に引き込まれてしまうんです!!クラージュ様も薔薇の騎士団がお好きなら分かるでしょう!?」
「…そうじゃないが、それは分かる。」
「どういうことです?」
「いや、いい。それより5巻の聖剣が倒れる場面、俺は納得がいっていないのだが、お前はどう思った?下働きの感性なら俺と違うことが見えているかもしれない。聞いてやる。」
「あー!あそこ、すごく解釈が難しいですよね!!あれは4巻に出てきた宿屋の女将が実は関係あると思っていてですね…」
「宿屋の女将だと?馬鹿な。全く繋がりが無いじゃないか。」
「いやいや、実はですね……」
楽しい…!同志とする考察……楽しいっ!!!!まさか薔薇の騎士団をこんなに読み込んでいる人が身近にいるなんて…!!!思えばコーネリアは物語を読まないし、今世ではオタトークが出来る友達が居なかった。数年ぶりのオタトーク、こんなんいくらでも舌が回っちまうよなあ!!!!!永遠に語ってたい!!!!!!!!!…って、あれ?そういえば今、何時?
「あーっ!もう1時間経ってる!!すみません、わたし仕事に戻らないと!!!」
「…そうか。」
「クラージュ様と薔薇の騎士団を語れてすっごく楽しかったです!ありがとうございました!!」
本当はもっと語っていたかった。推しと推し作品を語るなんて奇跡もう二度と無いだろう。この一時間を心のアルバムに閉まって後生大事にしよう。この深いお辞儀はクラージュ・レイニーブルーと薔薇の騎士団、そして世界の全てへの感謝を込めた傾斜角90度。そう思っていたのに、頭の上から降って来た言葉は予期せぬものだった。
「明日も来い。メイド長には俺から伝える。」
驚いて顔を上げるとクラージュはもう去り際で、背中しか見えなかった。でも分かる。SNSのないこの世界で同志を見つけるのは難しい。言葉選びが終わっているせいで友人の少ないクラージュ・レイニーブルーならなおのこと…。
(クラージュ・レイニーブルーもオタトークが楽しかったんだ!)