15,一年ぶり二度目
わたしはクラージュ・レイニーブルーのことが好きだ。前世の時からずっとずっと、クラージュ・レイニーブルーはわたしの推しだ。でもそれは決して恋愛感情なんかじゃない。わたしが好きなクラージュ・レイニーブルーは夢色ローズガーデンの攻略対象で、ヒロインと結ばれる彼だ。クラージュとヒロインと結ばれることが一番尊くて美しく、なにより彼の幸せだ。それなのにどうして自分がクラージュに恋などするものか。わたしはクラージュに恋なんてしていない。それなのになんでクラージュのことを考えるとこんなに胸が締め付けられるのだろう。なんでペルルドール王子の言葉を反芻してしまうのだろう。ずっとずっと、クラージュのことばかり考えている。
「アリエッタ、そろそろ起きないと!」
コーネリアに揺さぶられて目を覚ます。身体がだるい。わたしの全細胞がまだ寝ていたいと訴えている。あれからずっと考え事が止められなくて上手く眠れていない。
「まだ寝てたい…。」
「こらー!今日は久しぶりに晴れて仕事いっぱいなんだから!!」
その言葉に思わず飛び起きる。開け放たれた窓から穏やかな陽光が部屋を照らしていた。今年の雨季はとくに雨が続いていた。王都に行った日からずっと雨。ガゼボのトークタイムもお休みだった。こんなに頭がぐるぐるしているのに、どんな顔でクラージュと合えば良いんだろう。ううん。わたしはクラージュに恋なんてしていないのだから、いつも通りでいれば良いのだ。全部ペルルドール王子が変なことを言うのが悪い。
「アリエッタ?なんか顔色悪くない?大丈夫?」
「大丈夫。眠いだけ。」
「そう?それならいいけど…。」
「うん。待ってて、すぐ支度する。」
コーネリアが言う通り、ガゼボのトークタイムの前に今日は仕事がいっぱいだ。急いで身支度を整えて、朝ごはんをいただくために使用人専用の食堂へ向かう。よほど寝不足なのだろうか、足元がふわふわする。階段を駆け下りる途中、足がもつれた。ふわりとした浮遊感。一年ぶり二度目。頭の回転が鈍くなっているせいで前回のように反省会をする間もない。コーネリアの声が響く中、意識を失った。
◆
目を覚ますと視界に入ったのは見覚えのある天井だった。これも一年ぶり二度目だな、とぼんやり思う。あの時、もう二度と頭を打って気絶しないと誓ったはずなのに、まさか二度目があるとは自分でも驚きだ。またコーネリアが涙目になっているのだろうか。まず謝ろう。
「コーネリア、ごめん。」
「俺はコーネリアじゃない。」
コーネリアとは似ても似つかない低い声に心臓が飛び跳ねる。視線を移せば青い瞳の青年がベッドサイドの椅子に腰かけていた。
「…クラージュ様?」
「全く。ガゼボに来ないから探しに来たら、また頭を打って倒れたなんて間抜けだな。それに、こんなに高熱で仕事をしようだなんて、自分の体調くらい自分で把握出来ないようでは、……いや…、」
クラージュはもごもごと口ごもる。それから大きく息を吐くと、意を決したように口を開いた。
「…とても心配した。」
クラージュ・レイニーブルーはただのメイドにそんなこと言わない。解釈違いだ。キャラ崩壊にもほどがある。それなのに、その一言に胸が締め付けられる。愛しいと思ってしまう。今までクラージュ・レイニーブルーに抱いていた感情とは確かに違う感情を彼に抱いている。この感情に気づいてしまった瞬間、どうしようもなく苦しくなって、涙が溢れた。
「…すみません。」
「何故泣くんだ。どこか痛むのか?」
わたしはクラージュに恋してしまった。でも、クラージュ・レイニーブルーの運命の人はわたしじゃなくてヒロインだ。最高の推しカプの姿を知っているくせにクラージュのことを好きになるなんて不毛だ。
「違います、違うんですけど…ううぅ……。」
涙が止まらない。好きな人の目の前で勝手に恋をして勝手に失恋してみっともなく泣いている。あーあ、わたしって本当に涙腺が緩い。
◆
「すみません、お恥ずかしい姿をお見せして…。」
「今更だな。お前は登場人物が死ぬとすぐに泣くだろう。」
「そ、それはそうですけど…。」
確かにクラージュの前で泣くのは一度や二度ではない。いきなり泣いてみっともないと思っていたが、クラージュにとってはいつものことなのかもしれない。
「そういえば、今日はせっかく久しぶりの晴れだったのにガゼボの会も…って、12時過ぎてるじゃないですか!わたしはもう大丈夫なので戻って下さい!!」
「少しくらい昼食に遅れるぐらいどうということはない。」
「なくないです!今頃探されてますよ!!」
「そうか。」
「そうか、じゃないです!早く行ってください!!」
クラージュはしぶしぶ立ち上がる。部屋を出る直前、なにかを思い出したように振り返る。
「相談に乗ったお礼に棘の姫のチケットをもらった。風邪が治ったら観劇に行こう。」
「…あ……、はい、ぜひ。」
言葉とは裏腹に内心では行きたくないと思ってしまった。観劇に行ったらクラージュとモネが会ってしまう。そんなことを考えてしまうわたしは嫌な女だ。わたしの恋は失恋が決まってるんだから、今だけは少しくらい嫌な女でも許してほしい。