10,立て替えてもらったチケット代をなあなあにするのはトラブルの元
クラージュ・レイニーブルーと王都へ行った日から、あっという間にひと月が経った。波乱万丈な春が終わり、レイニーブルー領には長い雨季が訪れていた。雨季というくらいなのだから雨の日が多く、ガゼボのトークタイムの頻度はかなり減ってしまった。そのことに寂しさを感じるのと同時に、ファンサをもらえないからと寂しさを覚える強欲なオタクになってはいけないと自分を律して日々を過ごしていた。そんなある日の事。
「明日、観劇に行く。メイド長には話を通してある。遅れるな。」
と、突然言い渡されたのが昨晩のこと。わざわざ女中部屋までやって来たものだから、びびりすぎて腰を抜かしたコーネリアから質問攻めにあったのだった。
◆
「大変だったんですよ。わたしとクラージュ様が会ってることは秘密だったというのに。おかげで庭師の才能がないこともバレてしまいました。」
「あの小動物のような下働きには話しているのかと思っていたが。」
「コーネリアです。もちろんコーネリアに隠し事はしたくないですけど、でも、コーネリアが働いているのに、わたしは楽しくおしゃべりしてるなんて言い出しにくくて…。」
結局は隠していたことの方に怒られてしまったわけだが。それと言い出しにくかった理由はもう一つある。以前クラージュがお屋敷で声を掛けてくれた時に、まさか恋!?なんて言っていたから絶対そういう話になってしまうと思ったからだ。実際に「ラブなの!?どうなの!!?」なんて聞かれたけど、わたしとクラージュの間にそんな話は絶対に無い。クラージュ・レイニーブルーには運命のヒロインがいる。それはわたしではない。これから会いに行くモネだ。
「今日だって本当は仕事だったのに観劇だなんて、なんだか申し訳ないです。」
「あの時、絶対見にいきましょうとお前が言ったんだろ。」
わたしも一緒に、とは言っていない。が、クラージュ・レイニーブルーとモネの進展が間近で見られるチャンスをわざわざ訂正する必要もない。しかもローズガーデンの劇場は夢色ローズガーデンの一番の聖地だ。そこでヒロインが出演する本物の演劇が見られるなんて、夢色ローズガーデンのオタクとしてはこれ以上なく嬉しいに決まっている。つまり、このメイドは申し訳ないなどと言いながらめちゃめちゃうきうきランランなのである。
「それにしても、歓楽街は昼でもこんなに人が多いものなのですね。」
ローズガーデン劇場に向かうために歓楽街を歩く。ここは王都の中でも特に人が多く、今世も前世も地方出身のわたしには騒がしすぎて目が回りそうだ。
「下働きの間抜け面にはあまり縁のない場所だろうな。」
「こんなところで遊ぶ金があるなら本につぎ込みたいですから。クラージュ様なら分かってくださるでしょう?」
「否定はしない。…ローズガーデン劇場は、あれか。」
賑わう歓楽街の中心部。クラージュの視線の先にひときわ大きな建物が建っていた。始めて訪れるのにずっと前から知っていた懐かしい場所、ローズガーデン劇場。
「…何をしている?」
「拝んでいるのです。まさかここに来れるだなんて…!」
「そんなに観劇に憧れていたのか?」
この感動は、いくら同志のクラージュでも理解出来ないだろう。この外観。このポスター。この入口。全部が虹色ローズガーデンで見た景色そのものだ。ああ、早く建物の中も見てみたい。そのためには、
「まずはチケットを購入しないといけませんね。」
「すでにある。」
「用意してくださっていたのですね!立て替えまでしてくださって有難うございます。おいくらですか?」
「下働きの金などいらない。」
「そういうわけにはいきません!」
「…ならば、俺の付き添いに対する賃金として、」
「クラージュ様とのお出掛けは仕事なんかじゃありません!!」
ムキになって少し声が大きくなってしまった。クラージュは口元を隠して考え込む。しかし、ここばかりは引く気はない。立て替えてもらったチケット代をなあなあにするのはトラブルの元だ。しばらくの後、クラージュは仕方がないという風に口を開いた。
「この外出が仕事でないのならば、以後デートとする。俺が観劇デートに間抜け面を誘った。だからチケット代を払うのは自然だ。」
「デッ…!?」
デートという言葉の強さに衝撃を受ける。わたしが!?クラージュ・レイニーブルーと!!?デートを!!!!?!?!?!衝撃を受け止めるために要した沈黙を、なにも言い返せないでいるのだと思ったのか、クラージュは二枚のチケットを手にロビーへと進んで行ってしまった。わたしも慌てて追いかける。
「じゃ、じゃあ、観劇後の食事代くらいは出させてもらいますからね!」
クラージュの背中に言えるのは、これだけだった。開演を知らるブザーの音が響いた。




