表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/21

01,何度も設定資料集を読み返したんだから間違えるはずがない


あ、ヤバい。


そう思った時には遅かった。浮遊感。乗っていた踏み台が倒れる音。直後、重力に引っ張られる感覚。横着せずにもう少し高い踏み台を持ってくるべきだった。つかの間の反省会は頭部が床にぶつかって即時解散。わたしの頭を駆け巡るのは痛みよりももっと大きな衝撃。だって、たった今、とても大事なことを思い出してしまったのだから。


(これは…前世の記憶……。)


溢れかえる記憶の濁流に耐え切れず、わたしは意識を失った。



「…う、…うぅ……。」


重い瞼を上げる。視界に入ったのは見覚えのある天井だった。


「アリエッタ!良かった、目を覚ましたのね!!」


自ら現状を確認するよりも早く、クリっとした丸い目に涙を貯めた赤毛の少女が三つ編みを揺らして駆け寄ってきた。彼女はコーネリア。わたしと同じ16歳で、この小さな女中部屋をシェアする同僚であり唯一の親友。そう、わたしたちはこの春からレイニーブルー伯爵家のお屋敷に務める住み込みのメイドである、のだが……。


(やっぱりレイニーブルー伯爵家って『夢色ローズガーデン』に出てくるレイニーブルー伯爵家のこと、だよね?)


頭を打った時に思い出した記憶。前世のわたしは稼いだバイト代を全てオタ活に注ぎ込む高校一年生のオタク女子。その日はゲームの公式イベントの帰り道、運悪く交通事故に巻き込まれ……。って、わたしのことはどうでも良い。それより前世のわたしが死ぬ間際、公式イベントに参加するほどドハマりしていた育成乙女ゲーム『夢色ローズガーデン』。引き込まれるシナリオに美麗な絵柄と奥深い育成システム、そしてなにより魅力的なキャラクター。何度も何度も設定資料集を読み返したんだから間違えるはずがない。今、わたしが生きている世界は夢色ローズガーデンの世界だ。つまりこれって転生したってこと!?タイトルをつけるならオタク転生!!?!?


「…アリエッタ?大丈夫?」

「あっ!ごめん、えっと、わたし物置の掃除をしてて、頭を打って……どうなったの?」

「それから丸一日ずっと眠ってたのよ!わたしもメイド長も先輩たちも、みーんな心配してたんだからね!!」

「丸一日!?た、大変!今日の仕事は!?」

「こらっ!急に身体を起こしちゃダメ!!頭を打ったんだから安静にしてなくちゃ。もうっ、一番最初に仕事の心配だなんて、そんなに真面目ちゃんだったっけ?」


だって働かなきゃ推し作品や推しキャラに貢げなくなる…!と言いかけて今の私はメイドのアリエッタだと思い返す。確かにまだ頭が混乱している。お言葉に甘えてもう少し寝ていた方がいいかもしれない。


「アリエッタの目が覚めた事、メイド長に報告しなくちゃ。ちょっといってくる!」

「うん。ありがとう。」

「どういたしまして!ちゃんと寝てるのよ?」

「はーい!」


頭の中が前世の記憶で溢れかえっていても、コーネリアのおかげで今の自分はアリエッタなのだと見失わないでいられる。もし一人だったらもっとパニックになっていたかもしれない。心配してくれる友人の存在に感謝をしながら三つ編みが揺れる背中を見送る。が、その背中の主は扉を開けると同時に「びゃっ!?」と声を上げて足を止めた。そこには人が立っていたからだ。黒い髪と冷たい冬の海のような青い瞳を持った、すらりとした長身の人物。その人が誰であるのかを把握した途端、心臓が高鳴る。さきほど寝てろとコーネリアに言われたことも忘れ、思わず身を起こす。


「クラージュ様!?も、申し訳ありません!」


その人物はクラージュ・レイニーブルー。レイニーブルー伯爵家のご子息であり、夢色ローズガーデンの攻略対象のひとり。前世で親の顔より見ていた立ち絵より少し顔立ちが幼いのは、今が夢色ローズガーデンの本編より2年前だからだろう。そう、親の顔より見ていたんだ。だって彼はわたしの推しなのだから。


(なんでクラージュ・レイニーブルーがここに!?いや、レイニーブルー家のお屋敷にクラージュ・レイニーブルーがいるのは当然。いやいや、でもなんで女中部屋に!?)


突然の生の推しとの遭遇に口から心臓が飛び出そうになったが、推しの事をフルネームで呼ぶクセが転生しても残ってることに気がついて平常心を保つ。その間にクラージュは眉をひそめて辺りを見回していた。やがてベッドの上のわたしと目が合う。


「目覚めていたのか。下働きが頭を打って丸一日寝ていると耳にしたから間抜けの馬鹿面を確認しに来たのだがな。」

「ありがとうございますっ!!!」


やべ、咄嗟にお礼を言ってしまった。コーネリアもクラージュ・レイニーブルーも驚いてるじゃん。違う、違うんだよ。クラージュ・レイニーブルーのこれはね『目が覚めたのですね、良かったです。メイドが丸一日目を覚まさないと聞いて心配して様子を見に来たのですが余計なお世話だったみたいですね。』なんだよ。クラージュ・レイニーブルーは夢色ローズガーデンのツンデレ担当。凛としたツリ目の常に眉間にしわを寄せているお顔とキツい言葉のせいで、にわかな人からは性格の悪いキャラだと勘違いされがちだが、実は言葉選びが壊滅的に下手なだけで本当は心優しい青年なのだ。素直になれずキツイ言葉ばかりだったクラージュ・レイニーブルーが、明るくほがらかなヒロインちゃんと交流していくうちに段々素直になっていくのが最高にたまらんわけよ。語り出したら止まらないからこの話はまた今度。そう、だから心配してもらったお礼を言うのは必然。決して罵りファンサにお礼したわけじゃない。ほんとほんと。あー、ふたりの視線が痛い。


「えっと、心配してくださったんですよね?こんな下っ端のメイドにまで気にかけてくださりありがとうございます。」

「…別に心配なんてしていない。メイド長に報告に行くのだろう。とっとと行ったらどうだ。」


今のは『どういたしまして。メイド長への報告は良いのですか?みんな心配していますから早く行ってあげてください。』だ。クラージュ語の翻訳なら任せろ。前世ではクラージュ推しのフォロワーたちとクラージュ語翻訳まとめサイトを作ったことがある。懐かしいな、と思い返している間にコーネリアは行ってしまったようだ。ドアの前にクラージュだけが立っている。え、もしかして推しと二人きり?どうしようドキドキが止まらない!?なんて、わたしが夢女子だったら思うのだろう。残念だがわたしはコミュ力底辺クソカス言葉選びのクラージュ・レイニーブルーがヒロインちゃんによって少しずつ素直になっていく過程が好きな根っからのカプ推しオタクである。クラージュ×ヒロインしか勝たん。だから推しが目の前にいる今の状況は、正直どうしたら良いのか分からない。


「あの、どうされましたか?」

「…まさかこの俺に、女中部屋に立ち入れというのか?」


今のは『女性の部屋に入るなんて出来ません!』ということか。彼がなにをしたいのか、クラージュ語検定一級のわたしでも汲み取れないが、もしかしてこの部屋に用事があるのだろうか?クラージュ・レイニーブルーはいまだに扉の前で仁王立ちをして動く気配は無さそうだ。このままだとコーネリアが戻って来るまでこれか?それはさすがに推しとオタクとかを抜きにしても普通に気まずいな。打開するにはこちらから要件を聞く必要があるだろう。が、さすがにメイド風情が伯爵令息にベッドの上に腰かけたまま話しかけるのは失礼だ。立ち上がってクラージュ・レイニーブルーに近づく必要がある。これ以上、生の推しに近づいて大丈夫か?高解像度でお顔を見たら尊死しないか?と心停止の心配をしながら立ち上がろうとした時、


「もういい。お前でも先程のメイドでも構わないが、後で片付けておけ。」


と、部屋の入口に手のひらサイズの何かを置いてクラージュは行ってしまった。まだふらつく足取りで入口まで向かい、それを手に取る。包装紙に包まれた中身を確認しようした時、クラージュとは逆の方向からコーネリアとメイド長がやってきた。


「あ!寝てろって言ったのに!!」

「それならクラージュ様を置いて行かないでよ。」

「あ、あはは…、クラージュ様って怖いからちょっと苦手で……。」


コーネリアはちょっと人見知りだし、クラージュ・レイニーブルーのあの顔と言葉じゃ仕方がないか。


「アリエッタ、もう立ち上がっても大丈夫ですか?」

「はい。ずっと寝ていたから少し足元がふわふわしてるけど大丈夫です。メイド長、自分の不注意で迷惑をおかけして申し訳ありません。」

「無事なら良いのです。でも、これからは気をつけるように。みんなとても心配していましたから。」


いつも微笑んでいるメイド長が珍しく少し険しい顔をした。それだけわたしのことを心配してくれていたのだろう。年配のメイド長は親元を離れて住み込みで働いているわたしとコーネリアを優しく、時に厳しく、娘のようにかわいがってくれる。メイド長だけでなく、お屋敷で働く先輩たちはみんなとても優しい。前世のバイト先とは全然違う。そんな人たちに心配をかけないよう、もう踏み台から落ちるような不注意は起こさないようにしなければと心の中で誓う。


「あれ?アリエッタなにもってるの?」


コーネリアがわたしの手元をのぞき込む。そうだった、まだ中身を確認していなかった。


「ちょっとまってね、今開けるとこ。」


推しから貰ったものなのでいつもより丁寧に包装紙を開ける。中身はロウソクだった。


「ロウソク、ね?これどうしたの?」

「さっきクラージュ様が片付けておけって。」

「えっ、わざわざ来ていらないロウソクを捨ててったってこと!?やっぱりクラージュ様って怖い…。」


うんうん。きっと前世の記憶を思い出す前なら、きっとわたしも同じように思っていた。けど、これは……


「おやおや。ふたりとも、これはアロマキャンドルですよ。」

「アロマキャンドル?」

「ええ。令嬢たちの間で流行っているロウソクで、火を灯すと練りこまれた香料の良い香りがするのです。火と香りの効果で気持ちが落ち着くとか。」

「へぇー。…って、どうしてそれをクラージュ様がここに置いてったの?」


コーネリアが丸い目をさらに丸くする。もう言わなくたってわかるでしょ。クラージュ・レイニーブルーは顔と言葉が怖いだけで、怪我した下っ端メイドを気にかけてくれる優しい人だって。ああ、それにしても推しからのプレゼントだなんてどうしよう。家宝にするべきか、わたしの棺桶に入れてもらうべきか、これは難しい問題だ。



初投稿です。オタクなメイドと語彙選びがクソ雑魚な坊ちゃんのラブコメディです。宜しくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ