第4話 納車と軽いお説教
「あれ、前見たときよりきれいになってませんか?」
今日は早速大学の講義をサボって、最寄りのバス停からかなりの距離を歩いて父の行きつけ、……と父は言っていたが、実際はそれ程お金を落としていないらしくて、単に仲の良いバイク仲間だったようだ……のバイク屋さんへ私の初めての愛車Ninja 250Rを引き取りにきた。
購入を決めた日に父と見た時には、なんというか、もっと痛々しかったと記憶している。でも今、私の前にあるニンジャはカウルにヒビこそあるが、全体的にまるで雰囲気が違う。マフラーの擦り傷も注意して見なければわからない程に消えている。
「僕は先ぱ……響ちゃんのお父さんが学生の頃からの付き合いでね。独立してすぐの頃、お父さんが知り合いのバイク友達を沢山連れてきてくれたんだよ。そのおかげで今もこうやって商売が出来てる。だから恩返しだと思って受け取って欲しい。やったのも磨いたり、タッチアップしたくらいだし、お金は掛けてないから安心して」
思春期真っ只中の頃は、正直に言うと父のことが嫌いな時期があった。しかし彼の人柄や人格は尊敬出来る。バイクに関わり始めると、そう感じるエピソードを聞く機会が多い。今がまさにそう。
親孝行なんて意識したことは殆どないけど、したい時に出来ないものというのは本当だろう。こうしてせっかくいい話を聞いても、彼は既に近くにいない。単身赴任で広島だ。きっと今頃はもみじ饅頭かお好み焼きでも食べていることだろう。
「そうだ、響ちゃん。前に言ったこと覚えてる?」
「……前?」
「あ、覚えてない感じだね。なんか予備校行くときに先輩……お父さんのスクーターで転けなかった?」
そういえば、言われてみれば確かにあった。思い出した。たまにしか動かしていなかったスクーターを借りて転んだっけ。あの時うちまで引き取りにきてくれたのは店長だったのか。
「あの、オートバイを運転するときは時間は気にしないっていう」
「約束とかの時間に間に合わないからって、オートバイで急いじゃダメって。……因みにまだ一年経ってないからね」
「す、すいません……」
「ことバイクに関しては、遅刻する方がマシだから。これから大学で出来る友達にも寛大にね」
まるでこれからの学生生活で、私にバイク乗りの知り合いが出来るのが当然のように話す店長。彼も大学生の時に父と知り合ったのだという。以前、何かの時に父が「大学で出会った友達は一生続くことが多い」と言っていたのを思い出した。
その後、頂いた缶コーヒーを啜りながら、父の後輩だという店長からひとしきりバイクの説明とほんの少しの昔話を聞いてから、ことさらゆっくり安全にお店を後にする。バックミラーには、私が見えなくなるまで見送ってくれている店長の姿が小さく映っていた。
神奈川の中でも、特に開けている訳でもないが、かと言って田舎というほどでもない。湘南ライフタウンはそんな街なので、中型バイクでの初の公道走行ではあったけど、それほど緊張することも恐怖体験をすることもなく自宅へと辿り着けた。
それでも勿論緊張はしていたから、帰ったらすぐにベッドにダイブした。深夜に一度起きた時も、スマホに表示されている『LINE新着メッセージあり』の通知をガン無視して朝まで惰眠を貪った。
翌朝に確認したメッセージは彼氏からだった。これには流石の私も人並みには自責の念に駆られた。
高校の時、向こうから告白されて(ここ重要!)付き合い始めた彼氏は、いまや都内の大学に通う二年生。てっきり大学で新しい彼女でもつくると思っていたけど、意外にも細々く続いている。
父が単身赴任、私が一人暮らしになってから、やたらと会いたいと言ってくるのが少し引っ掛かる。メッセージの頻度から、身体でのコミュニケーションを期待しているのが透けて見える。だけど、今はまだこの家の中は私の家というよりも、幼少期から父と二人で過ごした家という印象が強い。
そんな気持ちもあり、メッセージは未読無視する。今は彼氏とのまぐわいよりもずっとワクワクすることで頭が一杯だ。
父の言いつけを忘れないように曜日ごとのゴミ出し区分を確認して、ゴミ袋片手に収集所へと向かう。
収集所から帰り、自宅前の愛車Ninja 250Rのそばで立ち止まる。
夜露にまみれて埃が水玉状になり、その水玉に沿って埃が新たな曲線を作っている。父が庭先に置きっぱなしにしている不動バイクですら、銀色のカバーがかかっているというのに。
今日は大学の講義が終わったらバイクカバーを買いに行こう。




